わたし西向きゃ、きみ東 | ナノ
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05




「これ誰の落とし物〜?」

女の子が鉛筆を掲げている。走り寄って、「貸してー」と手を伸ばす。鼻を近づけ、持ち主の名前を口にすると、ちょうど本人が、廊下から教室へ戻ってきたところだった。

「はい!落とし物だよ!」

「あ、わたしの!すごい。なんでわかったの?」

「匂いでわかるよー」

え?という顔をされて初めて、他の人がそれをできないことを知った。

「すごいねー」

「すごいねー」

驚いたみんなにちやほやされて、私はそれが特別なことだと錯覚してしまった。





「ねえ、なまえちゃん!私のリコーダーなくなっちゃったよ!探して!」

「うん、いいよ〜。あ、ここにあったね!」

何も考えずに案内した先は、クラスの男子の鞄の中だった。

「ありえない!こいつ持ち帰ってどうするつもりだったの?」

「きもい!」

「最低!」

泣き出した女の子と、それをかばうクラスメイト達。責められた男子は、めそめそしながら私をにらんでいた。





「学校にグミ持ってきちゃダメっていったでしょう?」

先生にお菓子を取り上げられた子が私をちらりと見た。首をかしげると、先生がいなくなったあとで呼びつけられた。

「先生に言うなんでひどいよ」

「え?私いってないよ」

「嘘つき!だって、うち誰にもいってないもん。匂いで分かってちくったんでしょ?」

「う、ううん!先生にいってないよ!」

「ほら、持ってきてたことは知ってたんじゃん!」

嫌い、と言葉を置き去りに、彼女は逃げ去った。





「どこ行ってたの?授業中でしょ」

「…………」

クラスの女子が黙り込むので、先生は困ってしまったようだった。

「せ、先生。その子、具合悪かったんだよ。たぶん」

見かねて口を挟むと、先生が私をにらみつける。

「みょうじさん。聞いてたの?ならどうして教えてくれなかったの?」

「ううん、聞いてない、です。でも……芳香剤の匂いがするから、たぶん、ずっと、トイレにいたんじゃ……」

最後まで言い切る前に、口をびたんと叩かれた。びっくりして黙り込むと、先ほどまで先生に問い詰められていた女の子が、真っ赤になって私を見下ろしていた。

あれ?と思ったときには男子が「あいつ、授業中にうんこしてたんだ!」と叫んだ。ぎょっとして教室中を見渡すと、至る所から手拍子が沸き起こる。男子が下品な言葉を繰り返すので、女子はとうとう泣き出した。震える肩を見て、私は自分の失敗を理解した。





「この前、めっちゃ給食の匂い嗅いでたよ」

「犬かよ」

「気色わる」

帰り道、前を歩くクラスメイトが、ささやきあうのを聞いた。私はわざと歩調を緩めて、距離を広げる。

そっかぁ、私、気色悪いんだ。

風が運んできた金木犀の香りが、鼻の奥をつんと刺激した。





「みょうじさん、その私立中学受験するの?あたしもいくよ」

教室で一人、過去問を解いていたら、声をかけられた。顔をあげると人懐っこい笑みを浮かべた女の子がいた。

「そ、そうなんだ……」

「大丈夫だよ。あたしは気にしないから。ちょっと嗅覚がいいぐらい、なんだってーのよね」

あけすけな言葉に驚いた。ドキドキしながら周りを見渡すけれど、誰もこちらに注目していないようでほっとした。

「あたしも、ちょーっと視力いいからって、マサイ族とかいわれるんだよ。ほんとあいつらガキだよねー」

「そうなんだ……それはやだね」

「うん。だからさ、一緒に私立受かって、楽しい中学生活送ろうね」










「大丈夫!?」

瞬いた途端、少女の顔が、大人びたきがした。何度も瞼を開いて閉じて、ようやく自分が幼いころの夢を見ていたのだと気づく。

「あぁ……あれ、ここ」

口にしてから薬品の匂いに気づく。答え合わせをするように周囲を見渡していたら、彼女が先に正解を言った。

「保健室だよ!あんた、体育の時間に急に倒れるから……」

脱力するように友人が額をベッドにうずめた。肘をついて上体を起こそうとすると、肩を押し返された。どうやらまだ寝ていろという意味らしい。

「軽い熱中症だねー。九月になったからって油断しちゃだめだよ。まだ暑いんだから、水分補給してね」

カーテンの外から保健医の声がした。「はい」と声を張って返事をすると、寝起きのせいかかすれてしまった。

「じゃあ担任の先生呼んでくるから」

その言葉とともに、扉を開閉する音がした。ぼんやりと人の気配が遠のくのを感じていると、泣きそうな友人の顔が近づいてきて緊張する。

「ねえ、あんた最近ケガとか多くない?」

「え?そうかな」

「すっとぼけないでよ!ほら、痣とか、切り傷!」

彼女が私の腕をつかんだ。改めてみると、あちこち生傷があった。

「あ〜、言われてみたら確かに最近ドジが多いかも。寝不足かなー?ほら、もう中間テストとかも近いし――」

「狛枝先輩に会うのやめなよ」

言葉を遮るように、彼女が言った。突如あげられた名前に、胃の奥が落っこちた気がした。笑い飛ばすことさえできなかったのは、彼女の表情がいたって真剣だったからだ。

「ねえ、あの人ぜったい変だよ。だって、最近のあんたホントについてないし……」

「それ、狛枝先輩関係ないよ。それに、本当にいい人なんだよ?何度私が勉強教えてもらいにいったって、全然嫌な顔しないで教えてくれるし、いつもお菓子もくれるし……」

「騙されてるんだよ!」

剣幕に驚き、言葉を飲み込む。何か得体のしれない恐ろしさを感じながら、シーツの上で震える彼女の手を見下ろした。

「あいつ、変だよ。絶対に変」

「だっ、大丈夫だよ。そんな、変なことなんて一個も……」

「あたしの言うこと信じられないっていうの!?」

怒鳴られてひるむより前に、悲しみが押し寄せた。伝わらないもどかしさに、もやもやした気持ちが沸き上がる。

「そ、そんなこと、言ってないじゃん。私は、ただ、狛枝先輩のよさを、知ってほしくて……」

「だから、なまえが知ってる狛枝先輩が“演技”とかだったらどうするのって言ってるの!なんでわかんないの!」

握られていた手首を振り払う。途端に彼女の瞳に動揺の色がやどった。私は項垂れ、視線を合わせまいとする。必死に、声が震えないことだけに気をつけながら、言葉を選んだ。

「わ、私、狛枝先輩のこと、ちゃんと知ってる」

「なまえっ……」

「少なくとも、そうやって、そんな、うわさ信じて、勝手な決めつけする人たちより、ちゃんと知ってる」

意地の悪いことを言った自覚はあった。罪悪感と、我慢していたことを口にできた解放感から、心音の速度が増した。怒った彼女にビンタをされる覚悟で、恐るおそる顔をあげると、そこには想像とは違う、傷ついた表情があった。間違えた、と思った。口を開きかけたら、彼女は立ち上がった。素早く背を向けられて、声をかけることすらできなかった。

「――ごめん。早退するでしょ。鞄持ってくるよ」

「え、あ、あの」

名前を呼んだけれど、扉の開閉音にかき消されて、返事はなかった。私は取り返しのつかないことをしたような気になって、ぶるりと体を震わせた。大丈夫、鞄を持ってきてくれた時にきちんと謝れば、仲直りできるはず。そうやって自分に言い聞かせながらブレザーのポケットに入れようとした手が空を切り、アメーバのキーホルダーを握り締めることができなかった。体育の時間に倒れた自分がジャージを身に着けていることすら忘れるなんて、どうかしている。体を起こして膝を立てると、シーツの上に額を乗せた。消毒くさいそれの匂いを嗅ぎながら、不安のあふれ出る心を必死に押さえつけようとした。




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160921