わたし西向きゃ、きみ東 | ナノ
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01




告白をしたことは一度もなかった。見ているだけで満足するような、臆病な恋ばかりしていた。

そんな私が本気で気持ちを伝えたい、と。ずっと傍にいて欲しいと思った人は、普段と変わらない柔らかい笑みを携え、私の想いに応えた。

「ボク、猫派なんだよね」

まるで世間話の続きのように言うので、最初はそれが、私の告白を拒絶する返事だということに気づかなかった。「ねこ、派?」と繰り返すと、「うん、猫派」と簡潔な返事が渡される。

「だから、犬みたいなみょうじさんとは、付き合えないなぁ」

狛枝先輩の言葉は鋭利な刃物となって、私自身でさえ手の届かないような部分をえぐり取っていった。そして、それ以来私たちが言葉をかわすことはなくなり、やがて彼の卒業を機に、二人が顔を合わせることはなくなったのだ。










中学校へ入学して、すぐに彼の存在を意識した。

きっかけは、やけに記憶に残る香りだった。私は人より嗅覚が優れていて、香りの元を探したり、何の匂いかを当てたりすることが得意だった。だからつい、入学したての校舎の探索も、目や耳より鼻に頼っていたのだけど、校内のどこを歩いても、その匂いを真っ先に見つけ出してしまうのだ。さっきまでこの移動教室で授業を受けてたんだな、とか、この席で食堂のご飯を食べていたんだな、とか。

存在を主張する香りを追っているうちに、自然と私は匂いの持ち主に会いたいと思っていた。別にいい香りだったわけでも、嫌いな香りだったわけでもない。ただ、猛烈に記憶に残るのだ。香水も制汗剤も使った形跡がないのに、どこか人工的で、だけど柔らかい。どんな人がこの香りをふりまいているんだろうと、想像が膨らんだ。会ったこともないのに気になって、学校にいる間はずっとその人の残り香を意識していた。

だから、初めてその人物に会った時、私は何も考えず、彼の背中に鼻を押し当てていた。持っていたお昼のパンを握りつぶすほど左腕に抱き、空いていた右手で相手の制服を握りしめる。答え合わせをするように大きく息を吸いこんだとき、胸の奥がじわりと満たされた。

肺いっぱいに求めていた香りを吸い込みながら、友人が私の名前を繰り返し呼ぶのを意識の外に聞いていた。だんだんとその声が近付いてきて、覚醒した脳みそが、とんでもないことをしてしまったと理解する。

「……君は誰?」

少年が振り返る。彼の持っていたトレーには、ラーメンの汁がこぼれていた。どうやら私が背中にぶつかったせいで、どんぶりからあふれてしまったらしい。

「ご……ごめんなさい!弁償します!」

私の謝罪で、初めて自分のトレーの惨事に気づいたらしい。彼は「うわぁ」と情けない声をあげたけれど、すぐに微笑んでみせて、「大丈夫、ナルトとかチャーシューは落ちてないから」と言った。その基準がいまいち分からなかったのだけど、人のよさそうな笑顔から、目が離せなくなった。やわらかい、という表現が適切な微笑。儚げというか、中性的というか、とにかく透き通るような美しさがまぶしかった。

「なまえ!」

背後で様子を見守っていた友人が、たしなめるように名を呼んだ。私はそれに後押しされるように、もう一度、深々と頭を下げた。

「いえ、ごめんなさい。やっぱり弁償します!だから、ちょっと待ってください……」

自分の腕に抱えていたサンドイッチや牛乳パンを、なんとか片腕に収め、脇に挟んでいた財布を手に取った。焦りから動作がうまくいかない。もたつきながらも小銭を出そうとしていたら、伸びてきた手がサンドイッチをつまんだ。それを目で追うと、少年がいたずらの成功した子供みたいに笑っている。彼はトレーの隅の汚れていない部分に、潰れてしまったパンを置いた。

「じゃあこれ貰っていい?それで、全部チャラにしよう」

「で、でも!」

サンドイッチとラーメンでは値段が違いすぎる。足りない分の小銭を出して補おうとしたら、再び伸びてきた手が私の手をやんわり抑えた。冷えた感触につつまれ、心臓がどくりと唸る。目と目が合って、息が詰まった。

「なまえさん、気にしなくていいから」

どうして名前を、とフリーズしかけて、先ほど友人に呼ばれたことを思いだした。そしてそれに気づいたころには、彼はもう人混みに紛れて食堂を出て行ってしまった。匂いを辿れば追いかけることなど容易かったけれど、不思議とそうする気が起きなかった。友人が私の不可解な行動を責めるのをぼんやり聞きながら、彼が触れた手で、そっと心臓のあたりを抑えた。




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131018





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