わたし西向きゃ、きみ東 | ナノ
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09




身の回りで頻発する現象に名前をつけるなら、「災い」が適していると思う。大切な人を亡くし、全てを失い、周りから忌み嫌われる“偶然”の数々。

ボクは呪われていた。

些細な“特別”から、渇望するものまで、自分が大事にしたいと思ったものは、ひとつ残らず消えていった。





病院に着いたころ、みょうじさんは気を失っていた。幸い命に別状はなかったけれど、入院を余儀なくされた。全身の打撲に加え、足の骨が折れているらしい。頭部も強打している恐れがあるので、検査が必要だと医者が言った。事故のあった場所について説明すると、医者も良く知る場所だったらしく、「下手したら死んでいたよ」と青ざめた。数十段もある石階段を思い出し、ボクまでつられて血の気が失せる。不幸中の幸いだったと喜ぶこともできなかった。

放火魔は翌日に捕まった。ボクの証言を元に捜査をしたところ、すぐに見つかったそうだ。

警察の人曰く、ボクらが火を消したところを、犯人に目撃されていたらしい。少し脅してやるつもりでみょうじさんの後をつけたと証言していた。一人になったタイミングで水をかけてやったら、想像以上に怯えるので、興奮したそうだ。しかし、鞄を投げつけられたことに腹が立ち、カッとなって石階段から突き落とした。一番下まで転がり落ちた彼女が動かなくなったのを見て、殺してしまったと思って逃げ出したらしい。

どうやって放火現場を見つけたのか、という警察からの質問が、最も返答に困った。みょうじさんの嗅覚を世に知らしめるチャンスだったけれど、彼女がそれを望んでいないことも分かっていた。仕方なく、不審な人物を見かけたので後を付けたと嘘をついたら、ものすごい剣幕で怒られた。

彼女が目覚めて、同じ勢いで怒鳴られたら、泣いてしまうんじゃないだろうか。そんな風に思ったのは、多分、キーホルダーを探している時に、普通の女の子みたいな泣き顔を見たせいだ。いつ、どんな時でも笑顔を浮かべていた彼女が、人目もはばからずにわあわあ泣きじゃくるから、ボクは本当に驚いたのだ。





彼女が眠りについて三日目。ボクは見舞いの品を持ち、昼頃に病院へ向かった。彼女の病室の前に来た時、中から話し声がした。その声に聞き覚えがあるような気がして、通りがかりの看護師を呼び止めて尋ねる。

「すみません。この部屋の人、目覚めたんですか?」

「え?……ああ、みょうじさんを連れてきてくれた子ね!そうよー。今朝方、目が覚めたのよ」

安堵の息をつく。しかし同時に中で響く話し声も一際盛り上がった気がして、胃がムカムカした。ボクは声を潜める。

「――ひょっとして今、誰かお見舞い中でしょうか」

邪魔をしたくなくて、と遠慮がちに付け足すと、看護師さんは疑問を抱くことなく、答えてくれた。

「ええ、学校のお友達って言ってたかしら」

学校の友達?

ボクの幸運は、彼女をすっかり孤立させた。思い当たる存在がなく首をかしげたが、すぐさま続けられた言葉に、嫌でも一つの可能性が浮かぶ。

「ショートカットで、気の強そうな顔立ちの……」

敵意をあらわにこちらを見据えた、あの双眸がよみがえった。ボクは途端に「そうだ」と笑顔を作る。まるでたった今思い出したかのように。

「すみません。ボク、用事があって。でも、お見舞いの邪魔をするのは申し訳ないので、これを渡してらえませんか?」

「え、でも」

「お願いします」

果物の入った籠を押し付ける。踵を返して足早に廊下を戻ると、ようやくボクの名前を思い出したらしい看護師が、大きな声で「狛枝さん」と呼んだ。

ぴたりと病室内の話し声が止んだ。ますます早歩きになったボクが角を曲がる間際、背後で扉が開く気配を感じたけれど、振り返らずに駆け抜けた。

病院には色がない。どこもかしこもくすんでいて、現実味が失われている。目の前がチカチカする。息苦しさを覚える。段ボール箱の中、敷き詰められた白いクッション。横たわる愛犬と、顔にかけられた白い布。フラッシュバックした記憶は、何年も前のものなのに、酷く生々しかった。まるで、たった今、病室で見てきたような鮮明さ。

昔飼っていた愛犬が、車に轢かれて死んだ際、散歩をしていたのは自分だった。大型トラックが突っ込んできたというのに、ボクだけ無傷だった。

自動ドアにぶつかりそうな勢いで、病院を飛び出した。冷えた空気が肺を満たすけれど、ちっとも気分は晴れなかった。ベッドに力なく横たわっていたみょうじさんの姿が、愛犬と重なった気がした。頭を何度も左右に振ると、乗り物に酔ったような気分になる。

見上げた病室、窓際に立つ彼女の友人の姿があった。こちらを見下ろす視線には、色彩も温度もない。いっそ勝ち誇った顔でもしてくれたら、良かったのにと思う。彼女はやがて、カーテンを閉じる。遮断された世界に、はっきりと拒絶されたのを感じた。

『彼女が認めてくれたボクの能力は、彼女がより高みに行くための踏み台として使うのが然るべきだろ?君に同じことができる?できないよね?』

吐き捨てた厚顔無恥な台詞がこだまする。なんて愚かで、浅ましいのだろう。希望である彼女を輝かせることができるなんて、おこがましいにもほどがある。みょうじさんを傷つけることしかできない、無価値で劣悪なボクの運命から、うな垂れるように目を背けることしかできない。

この「災い」が「才能」になるかもしれないなんて、どうして思ったんだろう。




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