ここほれわんわん | ナノ
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今までの裁判通り、投票ボタンに明かりが灯ったけれど、なかなか動こうとしない。誰もが決断を下しかねている中、一人だけが潔くボタンを押した。

「ボク達は……負けない……」

自分に言い聞かせるように、うつむき、そうつぶやいた苗木くんが面をあげる。顔つきは、自信に満ちているようにも、緊張にこわばっているようにも見えた。

「希望がある限り、負けないんだ!」

彼が証言台に身を乗り出すので、うつむき視線が絡むことを避けた。迫るタイムリミットに鼓動が早まる。

「葉隠クン!」と苗木くんが叫び、隣の影が大きく揺れる。

「お、俺の占いだと、やっぱ……ここから出ない方が…………」

「本当に?ボクは葉隠クンみたいに占いの能力があるわけじゃないけど……それでも、ここに残るのが最善じゃないことは分かるよ!今までの黒幕のやり方、見てきただろ?いつ『気が変わった』って殺されたっておかしくないし……」

「もし、アタシが処刑されたら、希望ヶ峰学園は終わりだから」江ノ島さんが二人のやりとりをかき消すように、声をはりあげる。「外の世界は汚染されてるよ。ここが平気なのは、物理室の空気清浄機のおかげ」

苗木くんが江ノ島さんを見たのは一瞬で、すぐにそれより声を大にした。消されないように、隠されてしまはないように、懸命に葉隠くんに訴える。

「誰よりもここを出たがってたのは葉隠くんじゃないか。それなのに黒幕の言いなりのままなんて、生きてるとは言えないよ!」

「……っ、うぉおおおおおっ!!」

突如響いた雄叫びに、肩がびくりと震えた。朝日奈さんも驚いたようで、パッと顔を上げる。

「生きることって、前に進むことだよな?辛くても……怖くても……前に進むことだよな……?俺はまだ生きたいべ!次の扉を開きたいべ!新しい何かが待ってるはずだって!だから……だから……やっぱここから出たいべ!もう、占いなんてどうでもいい!俺は俺の直感を信じる事にしたんだ!!」

興奮気味にまくし立てた葉隠くんに呆気にとられた。思わず彼を見つめていると、背後から「私……」と小さな声が震える。振り返ると、朝日奈さんがおもむろに苗木くんを見たところだった。

「朝日奈さん。ボクらはただ、生き残ればいいわけじゃないんだ。ボクらは、死んでしまった皆の希望を背負って生きていかなきゃいけないんだよ!」

彼女の表情が歪む。その視線は、大神さんの遺影に向けられた。

「…………ちょっと……考えてみたんだ……。こんな時、さくらちゃんなら、なんて言うのかなって……」

瞳には涙がにじんでいた。しかしジャージの袖を伸ばした彼女は、それを潔く拭い取る。

「『強さは困難に立ち向かう事でしか掴めん!ならば、我はあえて茨の道を進もう!!』……とか言いそうじゃない?ていうか、絶対に言うと思うんだよね……だから……私は…………。うんっ、決めたよ!!」

諸手を握りしめた朝日奈さんは、意志のこもった瞳で瞬き、苗木くんに笑いかける。

江ノ島さんの表情が、だんだん陰りを増していく。おもむろに口を開いた彼女は、「アタシが死んだら空気清浄機も強制停止。つまり、アタシが処刑された時点で、この学園にはいられなくなるから」と補足した。刺すような視線を向けられた十神くんは、それすら気づかずうなだれている。

「例え外の世界が滅茶苦茶になっていたとしてもやり直せばいいんだ」

十神くん、と念を押すように名前を呼んだ苗木くん。色素の薄い、サラサラの髪がわずかに揺れたのを見た。

「……プライドが高くて、何ごとにも屈しない十神家次期当主が、こんなところで負けを認めるはずがないよね?」

苗木くんにしては珍しい、挑発するような言葉だった。十神くんはハッとしたような顔つきになると、すぐに背筋を伸ばしてメガネを人差し指で押し上げた。

「……まさか、お前如きが俺を励まそうなどと考えているんじゃないだろうな?」

ぴしゃりと打ち付けるような声は、いつも通り威厳に満ちていた。

苗木くんがたじろぐと、目をそらして腕を組み、鼻を鳴らす。

「……バカバカしい。俺は最初から……絶望なんぞに屈するつもりはない。だが、勘違いするなよ。お前がどうなろうと知った事ではない。俺は、ただ自分の言葉を守るだけだ。『黒幕を殺す』という言葉をな……。それに、我が十神家は滅んでなどいない……まだ、この俺が残っている。ならば、俺の力で十神家を再建させるまでだ。今まで以上の存在としてな……!」

最後には勝利を確信したような笑みを浮かべていた。ずっと黙って腕を組み、思案していたジェノサイダーが、お腹を抱えて笑い出す。

「ゲラゲラゲラゲラッ!!アタシは単純に、楽しそうな方を選びまーす!実は、こう見えてさ、昔から学校が嫌いなんだよね!いやいや……どう見えてだっつーの!!あ、白夜様が来るのは最低条件だから!」

あっけらかんとした彼女の態度に、苗木くんがわずかに肩の力を緩めるのを見た。ジェノサイダーの「生きられる!白夜様の愛があれば!」と叫ぶ声を聞きながら、カーディガンの裾を握りしめる。ブレザーの中でかちゃりと音が鳴り、アメーバのキーホルダーの存在を強く意識した。

「学園生活が終わるなら、オマエラは出ていかなければならない。絶望と死だけが存在する外の世界にね」

江ノ島さんの煽るような言葉は、霧切さんを狙っていた。苗木くんが張り合うように、彼女の名前を強く呼ぶ。

「霧切さんは、何よりも学園長の……お父さんのことを思っていたよね。彼は、最期まで絶望に屈しなかったはずだよ。霧切さんやボクたちに、未来を託してくれたんだよ!」

霧切さんが眉根を寄せた。うなだれたままの彼女に、彼は必死で語りかける。

「希望が消えようとしているのなら、ボクたちが新しい希望になればいいんだ!学園長の意思を引き継ぐのは、ボクらしかいないんだよ!」

伏せられていたまつ毛が、大気を押しのけるように持ちあげられた。先ほどまでの顔色の悪さはない。霧切さんは、頼もしいくらいの強い瞳で苗木くんを見つめ返していた。

「――私は、父のことを何も知らない。だから、父の想いなんて私にはわからない……」

静かな声は燃えるような情熱を秘めている。これまでの学級裁判での彼女の活躍がよみがえるような声音だった。

「でも、きっと……私の父親なら……少なくとも血の繋がった父親なら……苗木君を見捨ててここに残れなんて、そんな事言うはずがない……。どうしてかはわからないけど、それだけは確信出来るわ……。何も知らないからって、何も分からない訳じゃないって事なのかしら……これって、ひょっとして……いえ、なんでもないわ」

途中で言葉を打ち切って、江ノ島さんを見つめた。二人の強い視線がぶつかって、空気が張り詰めるのを感じた。苗木くんが私の方に向き直るのを視界の端に見る。どくりと心臓が唸って、身構えるように証言台についた手を結ぶ。

「みょうじさん」

呼ばれてしまえば無視なんてできない。私はゆっくりと面を上げた。ずいぶん久しぶりに苗木くんの目を見た気がした。

彼は他の人にそうしたように、私にも希望の言葉を撃ち込もうとしているのだろう。しかし、すぐには何も言わなかった。しばらく黙って見つめているので、痺れを切らしたように江ノ島さんが口を挟んだ。

「さぁ、どうする気?死ぬの?死にたいの?早く投票しなさいよ」

急かされて、体が震える。恐れから目をつぶりそうになったタイミングで、苗木くんが再度私を呼んだ。今度は迷いのない顔つきをしていた。その強い視線に、先ほど、寄宿舎の二階で見つめあった時のことを思い出した。

「……黒幕は、記憶をなくす前のボクらの間には何もなかったって言ってるけど、ボクは、みょうじさんのことずっと好きだったんだと思うんだ」

キミは違ったかもしれないけど、と小さな声で付け足した苗木くんが斜め下に視線を落とす。けれど、うなだれることはなかった。

「それから、みょうじさんは誰も救えなくなんかないよ。ボクは何度も君に救われてる!最初の殺人が起きて疑われた時も、黒幕にハメられて戦刃むくろ殺しの犯人に仕立て上げられた時も……。いつも、キミがそばにいて信じてくれたから、ボクは頑張れたんだ。だから、みょうじさんが誰も救えないなんて、嘘だよ!」

一つ一つの言葉がきちんと届くよう、はっきりした口調を心がけているのが分かる。

ずっと足元にまとわりついていた不穏な影が、彼によって取り払われていくのを感じた。

「大切な人を失うのは辛いし苦しいよね……。だけど、みょうじさんには他にも大切な人がいるでしょ?これからも、きっと増えていくよ。ボクもここでキミに出会えて、大切にしたいものが増えたんだ。一緒に外の世界へ行こうよ!花がないなら、新しく花を植えればいいんだ!」

カーディガンの袖から覗く指先の震えが、だんだんとおさまっていく。胸の奥にこだまする、ガラスの割れるような音。視界の端から、じわじわと景色の輪郭が失われていく。苗木くんだけが私の目の前に立っているような錯覚を覚えた。

「無駄だよ」

不思議な感覚の正体を探る前に、江ノ島さんが口を挟み、我に返った。彼女を見ると、凍てついた表情が向けられる。

「いくら大切な人ができたところで、どうせまた死ぬじゃん。花なんて植えてもすぐに枯れるよ?全部無駄なの!がんばったところで何の意味ないの!でもそれって仕方ないことだよ。諦めが肝心だよ。そうやって生きてきたでしょ?」

「……違う」

江ノ島さんの動きが止まった。それを見て、初めて自分が声を出したことに気づく。

「仕方なくなんか、ないよ。この数週間で、それを学んだんだよ。私は、死んでしまったみんなを、仕方ないなんて思いたくない。それに、仕方ないって諦めてたら、私だって死んでた……」

うまく考えもまとまらない内に言葉にしたせいで、わずかに混乱していた。それでもなんとか黒幕を否定しようと、懸命に口を動かす。

「私、もう、諦めたくないよ。私でも誰かの役に立てることがあるなら、頑張りたい」

手首を見下ろす。そこに結ばれたミサンガは、苗木くんに誓った忠誠の証だ。

もしかしたら、この選択は間違っているのかもしれない。絶望に満ちた世界に進むことは、無謀なのかもしれない。

それでも、すでに答えは決まっていた。苗木くんからは、本当にたくさんのものをもらった。私が今、ここにいられるのは、間違いなく彼のおかげだ。絶望せずにここまで来られたのは、苗木くんがいてくれたからだ。

私は苗木くんの恩に、報いたい。彼の気持ちに答えたいのだ。

「……苗木くんありがとう」今度は私から視線を向ける。「私、諦め癖がついてた。『しかたない』っていくつも飲み込んできた。でももう、そういうのやめるよ」

うつむきそうになって、あごを引くのにとどめた。弱みや恐れを江ノ島さんに悟られるわけにはいかない。

「江ノ島さんの言う、私が大切にしてた人のことは、すごく気になる。もしかしたら、知らないうちに傷つけてたかもって思ったら、私まで苦しい……」

天井の角に設置されたカメラを一瞥する。こちらから見ても暗いレンズが覗き込んでいるだけだ。

「……でも、今、その人がどうしてるかなんて、別に江ノ島さんに聞かなくてもいい。自分でここを出て、会いに行けばいいんだよね。 ……二人の内どっちを救うかなんて、選ぶ必要ないよ」

私はカメラに体を向けた。見ているかもわからない、存在するかもわからない、大切な人に向けて、思い切り叫ぶ。

「私、あなたも助けたい!苗木くんだけじゃないの。あなたのことも、絶対に助けに行くから!お願いだよ!絶望になんて負けないで!」

みんなの小さな優しさが、私の心をほぐしたように。十神くんの問いかけが、私の成長を促したように。霧切さんの見透かす瞳に、自分のずるい部分を見つけてもらったように。苗木くんに、それら全てを受け入れてもらえたように。

私もそうなりたい。誰かにとって、そういう存在でありたい。

裁判場の空気はすっかり変わっていた。みんなの瞳に宿る炎が、江ノ島さんを焦がそうとしている。いくつものまっすぐな視線に晒され、江ノ島さんの顔がいびつに崩れた。

「苗木君」霧切さんが振り返る。「……あなたは“幸運”や“不運”なんかで、この学園に来たんじゃないと思うの。あなたが、この学園に来たのには、もっと別の理由があったのよ」

投票スイッチに手をかける彼女はとても穏やかな顔つきをしていた。それを見て、みんなも同じようにスイッチに手をそえた。

「【超高校級の絶望】を打ち破ろうとするあなたは……最後まで諦めずに“絶望”に立ち向かおうとするあなたは……【超高校級の希望】……そう呼べるんじゃないかしら」

霧切さんの言葉に目を見開いたものの、すぐに照れくさそうな笑顔を浮かべた苗木くんは、いつもと何も変わらなかった。こんな状況で、普段通りでいられること。それが何より、彼のすごいところだった。苗木くんの側にいれば、日常を取り戻せそうな気がしてくる。私たちの力で、未来を切り開けるように思える。

「なん……なの……?あんたって……なんなのよぉぉおおおおッ!?」江ノ島さんが雄叫びをあげる。「寒いって……寒いんだって……。オマエラの顔付きも……オマエラの言葉も……オマエラのやり取りも……寒い寒い!そんなん流行ってないんだって!!ウザイ!ウザイ!ウザイ!ウザイ!ウザイ!ダサイ!ダサイ!ダサイ!ダサイ!ダサイ!」

「ボクは諦めたりしない。飽きたりしない。捨てたりしない。絶望なんかしない!!」

混乱を極めた彼女の声量に負けないように、苗木くんが叫ぶ。

「だって、前向きなのが、ボクの唯一の取り柄なんだ!」

「なん……なのよ……!なんなのよおおおおおおおおおおッ!!!!」

頭を抱えてとうとうしゃがみこんだ江ノ島さんから目をそらす。明かりを灯した投票ボタンに、両手を添えた。電球に触れるような温さが心地よい。こんな気持ちでこれを押す日が来るなんて、思いもしなかった。

「……これで終わりのようだな」

「手元のスイッチで投票すりゃいいんだべ?」

「じゃあ……押しちゃうよ!」

「ゲラゲラゲラゲラゲラゲラッ!!」

「終わらせましょう……。学級裁判を……この殺し合いを……」霧切さんが全員の顔を見渡す。「私たちの手でね」

全員は互いに視線を絡ませ、深く頷きあった。投票スイッチを押し込む直前、ふと顔を上げたら苗木くんと目が合った。彼は本当に穏やかに笑いかけてくれた。私もそれに、同じように返した。

カチッと音がして、スイッチの明かりが消える。いつものように、壁に埋め込まれたモニターに、投票結果が映し出された。




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