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絶望の漢字の成り立ちを考えて、妙に腑に落ちた。確かに、そうかもしれない。私たちの望みは絶たれたのかもしれない。外の世界に、望んでいたようなものは何一つないというのだから。家族も、友人もいない。平和な日常なんで存在しない。植物の香りも、ホットケーキの焼ける匂いも、雨上がりの澄んだ空気も、もう二度と味わえないのかもしれない。

失ったものの大きさを今になって、本当の意味で思い知る。私たちは仲間を見殺しにして、必死になって、足掻いて、何を得ようとしていたんだろう。

「ちょっと……待てよ……。さっきから好き放題言ってるけど……そもそも、お前の言葉が本当だなんて、言い切れないはずだ……!」

コロコロ表情を変え続けていた江ノ島さんが無になる。「はぁ?」という声に、先ほどまでの白々しさは皆無だった。彼女の視線の先にいる苗木くんは、覚悟を決めたように真正面から江ノ島さんを見据えていた。

「外の世界は滅びてるとか……ボクは自分の目で見た訳じゃない……。そんなの……認めない……!真実だなんて……認められない……!」

江ノ島さんはひどく冷めた目をした。しかしそれを隠すように伊達眼鏡をかけるので、表情が伺いづらくなった。

「自分の目で確認するまでは、真実とウソは、互いに重なり合った状態……つまり、シュレーディンガーの猫のような苗木クン……そういう状態だと言うのですね?だから……どうだと言うのです?」つけたばかりの眼鏡を外し、体をくねらせるように高めの声を出す。「外に出て、自分の目で確かめるまでは認めないとか言うつもりぃ!?やめときなって!滅びた世界に出たところで、みんなまで滅びちゃうだけだって!だって、わたしはウソなんか言ってないもーん!」

「た、たとえ本当だったとしてもだ……ボクはお前なんかに屈したくない……!お前なんかに負けたくない……!お前に殺された……みんなの為にもだ!」

「へ?ボクに殺された?何言ってんの?オマエラが勝手に殺しあっただけじゃん!私が殺した訳ではありません。私は、あなた方の背中を軽く押しただけです。その程度で殺し合うって事は……あなた達は……どちらにしても争う生き物なんです……だから殺し合いが起きたのだ、人間よ!希望だのなんだの言われてもさぁ、みんな、簡単に絶望する生き物なんだよ?イエス!超ウケる!!」

「違う……!殺し合いなんかじゃない……!あんなの一方的な殺人だ……!」

忙しなく表情と声音を変えながら、しゃべり続ける江ノ島さんは、どうみても正気の沙汰じゃない。それなのに、論理で食らいつく苗木くんは、まるで反論をやめたら殺されてしまうのかと思うほど必死だった。

それを見て、今まで犠牲にしてきたものを、本当の意味で思い出す。苗木くんはそれらを全部、抱え込んでいく覚悟をしている。私だって、そうだ。彼に憧れ、彼のようになりたいと思ったんだ。握り締めたこぶしの中で、爪が突き刺さる。

「ボク達の記憶を奪って、動機をでっち上げて、そうやって、みんなを追い詰めて……全部、お前のせいじゃないか!」

「なるほど……お見事な責任転嫁だよ……。それが、苗木クンの“希望”なんだね?でも、これ以上、お喋りしている時間はないんだ。そろそろ終わらせないといけないからさ……」

「終わらせる……?」

その言葉に、私は顔をあげた。他のみんなも同じように、一人、また一人と江ノ島さんを見る。

「もちろん、投票だよーっ!だって、そういうルールだったでしょ?ちなみにね、今回は最後の投票なので、投票のルール自体も変更する事にしたんだー!」

「変更……?」

「希望であるオマエラ……絶望であるボク……。そのどちらが“おしおき”されるべきかを投票で選んでもらいます。そこで、一票でも、“希望の“おしおき”を望む投票があれば……ボクの勝ちとみなして、希望側の“おしおき”を行いまーす!」

「い、一票でもって……!」

朝日奈さんが青ざめた。黒幕自身が絶望に投票することを恐れたのだと思う。江ノ島さんはそれすら見越したように、自分は投票に参加しないと話した。

「そ、それにしたって、オメーに有利過ぎだろ!」

「大丈夫だよ……自分達の処刑を選ぶなんて……誰も……そんな事するはずないんだ……」

「あ、ついでに言っておくね。ボクが勝った場合ぼオマエラの“おしおき”だけど――」江ノ島さんはモノクマで顔を隠したまま、言葉を続ける。「――この学園内で、穏やかに緩やかに老衰してもらうという“おしおき”に決定しましたー!」

苗木くんが大きく目を見開いた。震わせた唇を開きかけて閉じる。

みんなも、だんだんと状況を理解する。つまりそれは、このままここで暮らし続け――生き延びられるということだ。

「それが気に入らないなら……。私を“おしおき”して……外に出て行けばいいんです……滅びた世界……絶望だけが存在する外の世界にね。おそらく、すぐに死ねると思いますよ」

「だ、だから……どうしたって言うんだ!何を言われても……ボク達は……」

「ちょっと待てよ!閃いちまったぞ!」 苗木くんが言いかけたのを、江ノ島さんが手のひらを突き出して止める。「やっぱ、老衰だけじゃツマんねーよな?それじゃ、視聴者も納得しねーよな?よし決めた!オメェらの中の一人だけは、キッチリとド派手な“おしおき”を受けてもらうぜ!」

ひゅっと喉の奥がなった。心臓が破裂しそうなほどに鼓動を早めるのを感じ、汗が浮いた。誰か一人だけ、処刑されるかもしれない。そう思った途端、恐怖で脚が震える。証言台にしがみついて立ち続けるのがやっとだった。

「そいつが誰か、こっちで勝手に決めてやったぞ!!苗木!オメェだ!!」

「……ボ、ボク?」

一斉に彼に視線が集まる。なんで苗木くんが、と言いかけた声は音にならなかった。こわばった体からわずかに力が抜け、自分が安堵していることに気付いた。嫌悪感と後悔が、一瞬にして全身に降りかかる。

「わたし、苗木クンってきらーい!だって、さっきから反抗的なんだもーん!」江ノ島さんが拗ねたように言った。「つまり、みなさんに与えられた選択肢は二つ……誰か一人でも、希望の“おしおき”を望む人がいれば……苗木クンだけが過酷な“おしおき”を受け、他のみんなは、この学園で仲良く暮らせる。だが、もし全員一致でこの私様の“おしおき”を望めば、あなた達には、ここから出て行ってもらうわよ」

苗木くんを犠牲にして生き残るか、みんなで外へ行き無残に死ぬか。与えられた二択はあまりにも残酷だった。どうすればいいのだと考えて、無意識にこれを“選択”だと思っている自分を恐れた。苗木くんを切り捨てるなんてありえないのに、その道を一つの可能性として認識している。自己嫌悪を隠すように「誰も、希望のおしおきなんて望まないよ!」と叫ぶけれど、賛同の声は続かなかった。全員がうつむき、沈黙を守っている。

「驚いた……みょうじさん、まだそんなこと言える元気があるんだね……。感心だよ。でもさ、ごらんよ。彼のほうは急に元気がなくなったよ。自分が“おしおき”されることを恐れているんだ。仲間を……みょうじさんを信用してないんだよ」

言われて苗木くんを見たら、ハッとしたように首を横に振った。「違う、そういうわけじゃ……!」と胸に手を置き主張するけれど、その顔色は一目で分かるくらい青ざめていた。

「ですが、恐怖を覚えるのも当然です。他の方々は、私と争う事の無意味さに気付いてしまったようですからね……」

朝日奈さんも、葉隠くんも、腐川さんも、十神くんも。項垂れたまま視線を合わせようとしない。声を発さない。まるで、どちらの選択肢をとるか、思い悩むように。

「み……みんな?」

苗木くんが不安げな声を出す。私は証言台から身を乗り出して、朝日奈さんの肩をつかんだ。

「朝日奈さん!!」

「……」

言葉が返されることはなく、ますます奥歯をかみしめるだけだった。背筋を冷えたものが這い上ってくる。

「いい……すっごくいい顔です……絶望に侵食された美しい顔が並んでいます。……それに、霧切さんもさ、お父さんを裏切れないでしょ?」

「……え?」

沈黙を守り、思案していた霧切さんが反応を示した。江ノ島さんはゆがむ口元をモノクマで隠した。

「だって、オマエラに生き延びてもらう事だけが、学園長の願いだったんだよ?だからこそ、この学園の中に閉じ込めてまで、オマエラを保護しようとしたんじゃん!死んだお父さんの願いくらい叶えてあげなよ……うぷぷぷぷ……」

周りと同じようにうつむいてしまう彼女に、焦りが募った。泣き叫ぶように「霧切さん!そんなこと、学園長が望んでるわけ――」と言いかけたら、思い切り髪をひかれた。

「オマエに何がわかるの?」

江ノ島さんが葉隠くんを押しのけ、私のサイドポニーを掴んでいた。乱暴に引かれそうになり、痛みから逃れようと江ノ島さんの方へ逃げる。待ち受けていたように腰を抱かれて、彼女の胸に飛び込んでしまう。

逃げようと後ずさりするけれど、いつの間にかがっしりと抑え込まれていて身動きが取れない。大きな胸を押し付けられ、腿の間に脚を滑り込まされ、バランスを崩しそうになったところを支えたのも江ノ島さんだった。

「だってー、なまえちゃんって何にも覚えてないでしょー?それなのに、学園長の考えなんて分かるはずなくなーい?」

「そんなの!知らなくたって、わかるよ!苗木くんが死んでいいなんて思う人、どこにもいない!」

「本当に?あんたの元カレは、苗木に死んでほしいって思ってるんじゃない?」

咄嗟に否定できなかった。途端に江ノ島さんは、これ以上ないくらいに目を細めた。歯を出して笑うと、私の両ほほに手を添える。

「普通に考えたら自分の彼女とった男ってムカつかない?いくら記憶を失ってるとはいえ、許せないっしょ。そしたら今ごろ、苗木に『死ね』って思っててもおかしくないし。『希望のおしおきを選択してでもみょうじさんには生きて欲しい』……なーんて健気なこと思ってるかもよ?だとしたら超泣けるよね。これで『二人もろとも死ね』とか思ってたらウケるけど」

苗木くんが私の名前を呼んだ気がした。けれどそれに確証が持てないぐらい、その声は遠くにあった。

「でもね、なまえちゃん。わたしがいくらこんな風に言ったところで、結局ぜーんぶ憶測にすぎないんだよ?彼がどう思ってるかなんて、なまえちゃんが生きてなきゃ確かめようがないんだから。……だから、ねえ。生きること諦めちゃだめだよ!苗木に投票して、一緒に生きよう?」

何も言えなくなってしまう。私のほほをつかんだ彼女は、ぐにぐにと引いたり押したりしながら形を変えて遊んだ。緊張感のない場違いな言動だ。まるで彼女が親友で、今は他愛のない相談を聞いてもらっているような錯覚をしそうになる。

「そうだ〜!この学園に残って、私のそばにいることを選ぶなら、なまえちゃんの元カレは助けてあげるね!あ、もしかしてとっくに死んだと思ってたかな?安心して!あいつは生きてるから!……今なら間に合うかもしれないよ?ギリギリ絶望に落ちず、堪えているかもしれないね。けどさ、みょうじさん。君が苗木を選んだら、それこそトドメ刺すことになってしまうね。もしかしたらその瞬間、彼は絶望に落ちて、舌を噛んで死ぬかもしれない。……苗木さんを選ばれた場合、元恋人がお亡くなりになります。元恋人をお選びになったら、苗木さんがお亡くなりになります。……どう転んでもオメーは人殺しなんだよ!!誰も救えねーーよ!!」

幾多の人格がわたしを攻め立てる。“人殺し”という、ここ数日ですっかり馴染んだ言葉を耳にした途端、架空の物語のようなつもりで聞いていた元カレの存在を、生々しく意識した。本当に私に大切な人が存在するのだとしたら、私はその人を傷つけていたことになる。苗木くんと触れ合うたび、笑い合うたび、嫌な思いをさせていたのかもしれない。

もし私が逆の立場だったら、どんな気持ちになるだろう。苗木くんが私のことを忘れて、別の誰かといることを選んだら……。苗木くんを恨む?その誰かを呪う?それとも自分を責めて、一人で傷つくのだろうか。横目に見た監視カメラの先に、見えもしないと元カレの姿を思い描いた。まだ、いるのだろうか。見ているのだろうか。だとしたら彼は、何を思っているのだろうか。

江ノ島さんの指が耳の輪郭をなぞり、圧迫感が不意になくなった。視界の端に白いものが飛ばされるのを見て、自分のマスクを投げ捨てられたのだと理解した。

左手が、唇を押すように滑っていく。

「あえてみょうじさんには記憶を返してあげようか……。いっそ学園生活の上映会でもする?それで、ころっと元カレに鞍替えしたらウケるよね。死んだほうがましだって思って、苗木が自殺票入れたりなんかして――」

「や、やだ!……やめて!」

考えるより先に飛び出した否定。首を左右に振って、唇を撫ぜる手から逃れようと身をよじった。

おそらくこれは、自分を守るためだ。記憶にない大切な存在を思い出すことが怖いのだ。どれだけその人を大事にしていたかなんて、知りたくない。その人への気持ちを思い出して、平気でいられる気がしないし、平気でいられる人になりたくない。

「私、知らないもん、何も、思い出せないし、全部あなたのデタラメだよ!彼氏なんて、いないよ!!」

江ノ島さんの動きがぴたりと止まる。彼女はにやにやしながら「へえ〜、そう。否定するんだ」と私を覗き込んだ。不意に彼女の手がブレザーのポケットに侵入してくる。びっくりして、腰を引いてよける前に、目の前にぶら下げられた何か。それはいつしか校舎で拾った、アメーバの形をしたキーホルダーだった。

「うぷぷ……なんでキミはこんなゴミみたいなの持ってるの?」

「それは、拾いもので。だ、誰のか分からないから――」

「だってみんなに聞いてたじゃん。で、全員が自分のじゃないって言ってたじゃん。なんでその時、捨てなかったの?」

無意識にポケットにしまい、そのままにしていただけだ。そんなことは分かりきっているのに、江ノ島さんに言われるだけで、何か特別な理由があったような気がしてくる。言葉も返せずにいると、彼女は私の鼻先にキーホルダーをつきつけた。懐かしい、心地の良い香りが漂った気がした。

「本当は気づいてるんでしょ?これ、あなたのものだって。誰かがあなたにくれた宝物だって、うすうすわかってるんじゃないの?知らないふりなんてしちゃってさ。苗木に対するアピール?そういうのいらないから〜」

その名前を聞いて、みんなの存在を強く意識した。背後の苗木くんが見られない。体が石化したように動かなかった。

心当たりがあった。ここで生活する間に、何度も起きた既視感。私の記憶の中には、誰かがいる。その誰かのことを考えようとすると、モヤがかかったように脳のはたらきが弱まるのだ。

「知らないってば!!」

ちぎれんばかりに首を横へ振ったら涙があふれ落ちた。それを見た江ノ島さんは、あっという間に私を開放すると「そう。じゃあ仕方ないね」と潔く肯定した。今までの会話の内容に自信が持てなくなった。不意を突かれて立ち尽くした私を慰めるように、彼女は頭を二度撫でた。

「そうだよね、仕方ない。だって忘れちゃったんだもんね」

江ノ島さんは私のポケットにキーホルダーを戻すと、呆気なく自分の席に戻っていった。その際に苗木くんを煽ることも忘れない。「たった一人の絶望が命取りなんて、苗木にとっては、最悪に絶望的な状況だなぁ!?ねぇねぇ、誰が絶望すると思う?誰の絶望が苗木クンを殺すと思う?みょうじさんの絶望になら殺されてもいいよ、とか思っちゃったりする?どうかな?どうかな?」と軽い調子で声をかけていた。私はうつむいたまま、自分のカーディガンの裾を強く握りしめた。スニーカーのつま先をぼんやり見降ろしながら、「仕方ない」と口の中で繰り返す。仕方ない、と江ノ島さんに認められて、心が軽くなった気がした。

そうだよ、仕方ないんだ。忘れちゃったんだから。もしも本当に、過去に付き合っていた人が存在したとしても、忘れてしまったのは私のせいじゃない。その人が傷ついているのも、絶望に落ちてしまうのも、全部、黒幕が悪いんだ。

今までだって、そうやって諦めてきた。仕方がないと、言い聞かせてきたじゃないか。周りに変な目で見られるのも「仕方ない」。私、おかしいから。みんなと違うから、仕方ないんだって。

『ボク、猫派なんだよね』

中学時代、好きな人へ思いを告げた際、返された言葉がよみがえった。「仕方ない」と、あの時も思ったんだった。

頭がズキッと痛んで、めまいがした。私を振った相手は、いつも通りの優しい笑顔を浮かべていた。そう考えてすぐ、その表情が思い出せないことに気づく。妙な心持ちになって、記憶をたどろうとしたら、顔どころか名前も思い浮かばない。焦って、探ろうとするほどに、過去が塗りつぶされて消えていく気がした。

振られて死ぬほどショックを受けた相手を忘れてしまうなんてどうかしている。どっと汗が浮いたのは、何か胸騒ぎのようなものを感じたからだ。不自然なくらいすっぽり抜け落ちた、告白相手の姿。私が失ったのは学園生活の二年間だけではない?江ノ島さんを見ると、こちらの考えを全て見通したような、暗い笑顔と目が合った。

「………………誰も……絶望なんかしない」

静寂を破ったのは、苗木くんの声だった。先ほどまで気まずさを感じていたのに、ついそちらを見てしまう。凛々しい表情をした彼は、真正面から江ノ島さんを見据えている。

「みんな……お前なんかに負けないんだ……!」

叩かれても、突き落とされても、何度だって立ち上がる彼を、心の底から尊敬した。ひたむきに周囲を信じ続ける彼だって、本当は不安なはずだ。先ほど瞬間的に見せた怯えと恐怖の表情が、それを物語っていた。

それでも彼が選ぶ言葉は、いつも“正しい”。まるで国語や道徳の教科書に載っているような、一般的で誤りのないきれいなセリフだ。私はそれに憧れながらも、どこか冷静な自分が否定するのを感じていた。

絶望にまみれた外の世界と、家族や友人の安否。約束された未来と、自由な未来。覚えのない大切だった人と、今、一番大切な苗木くん。全てを天秤にかけ、泣きたくなってくる。正しい答えなんて、本当に存在するのだろうか?期待しては突き落とされてきた学園生活の記憶が、私に恐れを抱かせる。

苗木くんと対峙していた江ノ島さんは、無表情になった。しかしすぐ、あきれた様子で肩をすくめる。

「つまんないの……。最後まで強情なんだからさ……。まぁ、いいや。じゃあ、さっさと終わらせよっか……。最後の投票……そこですべて終わりだよ。オマエの臭い希望も……オマエ自身もなっ!!」

無意識に口元を抑えようとして、いつもと違う感触に、マスクを捨てられたことを思い出す。途端に猛烈な不安が襲い、うつむき、自分の顔を隠すように前髪を整えた。

選択の時が迫っている。

江ノ島さんの言う通り、私は本当に誰も救えないのだろうか?




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160902