「よし!じゃあ単刀直入に聞くべ!俺達のどんな記憶を奪ったんだ!?」
開口一番、葉隠くんが声を張った。その潔さに感心したのは私だけだったらしく、みんなは呆れたような顔つきになった。江ノ島さんは、モノクマに隠れ「シーン……」とわざわざ口に出して無視した。
憤慨し、ヒントをよこせと喚き散らした葉隠くん。近くで騒がれるのが煩わしくなったのか、江ノ島さんは「ヒントならさっき言ったじゃん」と耳を塞いだ。ヒント?と反芻する前に、苗木君が声を発する。
「奪われた記憶と関係してるのって、ボク達に殺し合いをさせる“動機”のことだよな……?」
それで私は、先ほどの十神くんとモノクマのやり取りを思い出す。
『学園長との面談……集合写真の撮影……。それらの記憶だけを奪ったとは考えられん。そこには何か目的があったはずだ。俺たちの記憶を奪った目的がな……』
『もちろん、目的はあるよ!例の”動機”にも関係している目的がね!』
江ノ島さんはモノクマを置くと、体を傾け、額に手を置き、仰々しいポーズをとる。
「やっぱ覚えてた?まぁ、そんな大事なことを忘れるわけがないよね」すっかり忘れていたのは私だけではなかったようで、葉隠くんや朝日奈さんも居心地悪そうな表情をした。「改めての質問だけどさ……これまでアタシが提示してきた動機には、それぞれ、独自のテーマがあったのは知ってるかな?」
「人間関係……それが最初の殺人の時、僕らに掲示された動機だったはずだ……」
苗木くんが応えると、江ノ島さんはますます目を細めた。
「ピンポン、ピンポン。ご名答だよ。あの時、アタシが配ったDVDには……みなさんの大切な人間関係を台無しにした映像が映ってたんだよね。……例えば家族だったり、例えば友人だったりさ。それらを破壊し、そして見せ付ける事で……みなさんの『ここから出たい』という気持ちを煽り、コロシアイに発展させようって動機だったんだ。それにしても、残酷な事をするよね……」
他人事な物言いに腹が立った。朝日奈さんが「よく言うよ……あんたがやったクセに!」と怒鳴るので、私も一緒になって「そうだよ……!どうしてあんなこと……」と叫ぶ。叫んだ瞬間、映像が脳裏を過ぎり、脂汗が浮いた気がした。言葉を続けられずに黙り込むと、江ノ島さんは表情どころかポーズも変えずに「うんうん、非難は甘んじて受け入れるつもりだよ」と言った。
彼女は喋り方をころころ変えながら、どんどん話を進めていった。
大和田くんの殺人の時は思い出、セレスさんの時は欲望、大神さんの時は裏切りを、それぞれ動機のテーマにしたと語る。
「だけど、もちろん世界に存在する動機は、この四つだけではないわ……人間が人間を殺す動機は、世界中のありとあらゆる所に無数に存在する。それは人々をコロシアイに走らせ、そして、世界に絶望をもたらす……私様は、それを“絶望の種”と呼ぶわ!」
「絶望の種……?」
霧切さんが表情を歪めた。
「生物が、水や空気や食料で成長するように、絶望の種も“あるもの”によって成長を遂げる……。そう、それは希望よ。希望があるからこそ、絶望が育つの」江ノ島さんが自らの体を抱きしめる。「表と裏、だけど紙一重……それが希望と絶望なのよ!」
今にもよだれを垂らしそうな恍惚とした表情に、寒気すら覚えた。言ってることの一ミリも理解できないのは、私の頭が良くないせいじゃないだろう。苗木くんや霧切さんですら唖然としていた。しんとなった裁判場で、唯一、口を挟んだのは十神くんだった。
「……いつまで、くだらない演説をしている。俺たちの記憶の話はどうしたんだ?話をそらそうとしているのか?」
「話をそらすとは聞き捨てなりませんね……。私は、あなた方の記憶について説明しているのですよ」
江ノ島さんは再び伊達眼鏡をかけると、位置を整えるようにフレームを押し上げた。絶望の種と奪われた記憶が密接に関係していると告げる姿は、まるでゲームに苦戦するプレイヤーへヒントを出すお助けキャラを演じているようだった。
「私は、あなた方から記憶を奪うことによって、あなた方に希望を与えていたのです。絶望に食われるための希望……ですけどね」
「ど、どうして希望を奪うと……希望を与えたことになるの?」
「そ、そうだよ……。なに言ってるのか、全然わかんないよ……」
「つーか、そもそも希望なんて与えられてねーぞ……」
非難の嵐にすら、黒幕の顔色は変わらない。彼女はぷっくりとした可愛らしい唇を歪めあげたかと思うと、それを押し殺すようにきゅっと結んだ。あくまで感情の乗らない冷静な調子で言葉を連ねる。
「……そうかしら?あなた方は『ここから出たい』と思っていたでしょう?そう思う事こそが、希望を与えられている事に他ならないのですよ」
「何を……言っている……?」
汗を浮かべた十神くん。江ノ島さんは両手を自らの腰に当てた。偉そうにふんぞりかえると、私たちを見下して回る。
「あなた達が『ここから出たい』と思わないとコロシアイも始まりません……。ですから、私様はあなた達の記憶を奪ったのです。『ここから出たい』と思ってもらうためにね!」
「それ、って、どういう……」
「記憶を奪われたからこそ、私達はここから出たいと思った……そういう意味?」
私の問いかけを遮ったのは霧切さんだ。江ノ島さんはモノクマを抱きしめ、「うぷぷ……当たり」と肯定して見せた。
動揺が走る。みんなが戸惑うのをあざ笑うように、彼女は私たちにさらなるヒントを与えることを宣言した。
「じゃあ、百聞は一見にしかずって言うし……オマエラには“外の世界”をご覧頂こうかな」
「それって……この学園の外の事だよな?」
ずっと黙っていた苗木くんが、訝しげに口を開いた。それに続いて霧切さんも、「やっぱり、外で何か起きたのね?」と確認する。
「……気になるよね?やっぱり見たいよね?うぷぷ……ボクも見たいんだよね……オマエラの絶望に沈んだ顔がさ……アーッハッハッハッハ!では、ご開帳でーーっす!!これが外の世界だよ!この学園の外の世界だよ!オマエラが出たい出たいと騒いでいた、外の世界の全貌だよ!!」
江ノ島さんの言葉が合図だったように、学級裁判場の壁にかかる大きなモニターに光が灯った。薄暗い裁判場が途端に照らされる。
私たちはそれを見て、言葉も出なかった。文字通り、自分の目を疑うことしかできなかった。
そこに映し出された映像は、「意味不明」としか言いようがなかった。あれも、これも、すべてモノクマ。ピラミッドも、エッフェル塔も、大仏も、自由の女神も、全てがモノクマの形に改造されている。巨大なモノクマが暴れて、街を破壊している。モノクマのマスクをかぶった人間たちが、暴動を起こしている。世界中がモノクマに支配され、モノクマによって脅かされている。
口を閉じるのも忘れ、画面に釘付けになっていた。みんなの反応を伺うことすら浮かばなかった。
「ヤバイ……世界がヤバイ……そういう訳なんです」
江ノ島さんの絶望に染まった声が、静けさの中にこだまする。
「どういう訳だべ!?さっぱりわからんぞ!」
「こ、これは……なんだ……!?」
「な、なんかの映画とか……よね!?」
混乱を極めたみんなの叫びが遠くに聞こえていた。私は、そこでようやく苗木くんの方を見た。彼なら何か、みんなと違った反応をしてくれるのではないかと淡い期待を抱いていたのだけれど、同じように青ざめて画面を食い入るように見つめているだけだった。
「それは……あなた達の奪われた記憶の中にあるはずです……思い出せないなら……思い出してください……」それまでずっと、湿っぽい表情をしていた江ノ島さんが、突如挑発するように中指を立てた。「思い出せねーなんて言い訳はなしだぞ!だってよ、これって……学級裁判なんだからなぁ!!」
その言葉を聞いた途端に、私の意識が覚醒した。そうだ、ぼんやりしている暇などない。私たちはここから生きて出るために、謎を解き明かさなければならないのだ。
「そもそも……思い出せっていうけど、なにを思い出せばいいの!?」
朝日奈さんが不安に押しつぶされそうな表情で叫んだ。それに煽られたらしく、腐川さんも金切り声をあげる。
「誰も……何も思い出せないんじゃ、……終わりよ!終わるしかないのね!!」
彼女の言葉に、ふと生物室でのやり取りを思い出す。パッと顔をあげると、同じくそうした苗木くんと視線がぶつかった。
「ジェノサイダー翔は……?」私の言葉に、腐川さんがびくりと肩を揺らす。「二人は、知識は共有してるけど、記憶は共有してないんだったよね?」
腐川さんが忘れていることを、ジェノサイダー翔が覚えているかもしれない。そんな期待を込めて彼女を見たら、葉隠くんも身を乗り出した。
「ど、どーなんだ、腐川っち!?」
「あ、あいつに……替われっていうの……ッ!?」腐川さんが真っ青になり、首を必死に横へ振る。「い、嫌よ……ッ!ぜ、絶対に……!そんなの……あたしのアイデンティティーの崩壊よ……!」
あまりの必死さに、罪悪感が膨らんだ。それでもどうにか現状を打破したくて、頼み込もうと口を開きかけたら、その前に十神くんが彼女の名前を呼んだ。
「……腐川、お前だけが頼りだ」
「ハクション!」間髪入れずにくしゃみをした彼女は、次の瞬間にはだらんと長い舌を垂らしていた。「パンパカパーン!実は家庭的な殺人鬼です!」
呆れ顔の一同を気にもとめず、十神くんは真剣な表情でジェノサイダーに向き合った。
「単刀直入に、俺の質問にだけ答えろ。あの映像に関して……お前は何か心当たりがあるか……?」
彼女は素直にモニターを見上げると、切り替わる画面へ静かな眼差しを向けていた。やがて考え込むように目を閉じるので、「……どうなの?見覚えはある?」と霧切さんが急かした。ジェノサイダーは私たちの方へ向き直ると、「もちろん、知ってますとも!」と満面の笑みを浮かべた。
拍子抜けすると同時に、どっと押し寄せたのは足元が揺らぐような恐怖だった。彼女が認めたことで、この映像が現実のものだと証明された気がしたのだ。
朝日奈さんが、なぜ黙っていたのかと責めると、あっけらかんとした態度で聞かれてないからだと答える。愕然とする面々をよそに、十神くんは興奮した様子で身を乗り出した。
「そんな事より、覚えているなら答えろ!あれは……なんなんだ……?」
「あら?どうしちゃったの白夜様!あの大惨事を忘れちゃったの?」
大参事?と十神くんが言葉を繰り返すと、ジェノサイダーは素っ頓狂な声を上げて、「本当に忘れちゃったの?アタシのキスで思い出すかしら」なんてふざけた態度をとった。痺れを切らした十神くんが「いいから答えろ!外で何が起きたんだ!」と怒鳴りつけると、彼女は腕を組んで頭をかしげる。
「起きたというか、今も起きているというか……人類史上最大最悪の絶望的事件ですけど」
静寂。
息を潜めて、今の言葉の意味をかみ砕こうとする。五階にあった、殺人現場のことを思い出す。私が気を失っている間に、みんなが話し合いで出した結論によると、あの部屋は一年前に起きた【人類史上最大最悪の絶望的事件】の現場だ。この学園の生徒達の大量虐殺があり、それが原因で希望ヶ峰学園が閉鎖に追い込まれたのではないかと、みんなは考えていた。
「何故……その言葉がここで出るんだ……?」
青ざめた十神くん。私もすでに思考が追いつかず、立ち尽くすことしかできなかった。
「だって、全部あの事件のせいだし……」
ジェノサイダー自身も要領を得ない会話に困りきった顔をしていた。朝日奈さんの「何が……?」という問いかけに、「だからー、世界がこんな風になっちゃったのが……」と若干いらついたように返した。
「こんな風……って?」
葉隠くんの疑問に答えたのは、江ノ島さんだった。
「こんな風に終わった……だろ?」
「終わっ……た…………?」
霧切さんまで、顔色が悪い。それに気づいた途端、力が抜けて、踏ん張りがきかずしゃがみこんでしまった。見上げたモニターには、相変わらずフィクションみたいな映像が流れている。
「く、詳しく話せ……!知っている事をすべて話すんだ!」
かつてないほど取り乱した十神くん。ジェノサイダーは威勢よく了承したくせに、話したことにはてんで内容がなかった。今から一年前、人類史上最大最悪の絶望的事件が起き、映像のような世界になってしまったとだけ説明する。みんなからひんしゅくをかうと、リアルタイムで見ていたのは腐川さんのほうだからそっちに聞けと怒り出す。
「あいつに聞いてもわからんから……わざわざ、お前に聞いたんだ……!」
十神くんが叫ぶと、爪を強くかむ。役に立てなかったことを、ジェノサイダーは大げさなほどに嘆いていた。
「何が起きたかなんて、この際、問題じゃないだろ?」場を収めるように割り込んできたのは、黒幕張本人だった。「経過より結果……すべては結果に集約されるんだ。つまり……世界は終わったんだ。重要なのはそれだけだよ」
「お、終わる訳ねーべ!!世界だぞ!?」
「大丈夫だよ、そんなに慌てなくたって。どうせ百年も経てばみんな死ぬんだし、世界の終わりなんて、大した事じゃないよ。……ねえ、みょうじさん」
突然呼ばれた名前に、びくりと体が震えた。座り込んだまま彼女の方を見ると、無表情に見下ろされる。
「外の世界の香りが恋しいなんて言ってたけど、あるのは死の香りばかりだよ。花も海もない。鳥も動物もいない……。血や肉に硝煙の香り……あるのはただそれだけさ」
「そ……、そんなの……」
かすれた声は続かない。うるさく主張する自分の胸のあたりを抑える。息苦しさを感じて、無意識にマスクを外そうとした。しかし、解放感は皆無だった。だんだんと呼吸の間隔が短くなっていく。
「くだらん……バカげてる……!」
遮るように十神くんが叫ぶ。力強い否定に、救われたような気持ちになった。完璧な彼なら、この状況を打破する力があるのでは。そんな予感すら抱いた時、江ノ島さんは淡々と語り出す。
「じゃあさ、バカげたついでに、もう一つバカげた話を教えてあげるよ。十神クンの心の支えでもある、十神財閥についての話だよ……」
「なん……だと!?」
「思った通り、食いついてくれましたね。疲れたOLがケーキバイキングに食いつくように、食いついてくれましたね。ねぇねぇ、どう思う?十神家はどーなっちゃったんだと思う!?」
江ノ島さんは葉隠くんの肩に手を置いた。え、あ、と彼が戸惑いの言葉を漏らすと、返事も聞かずに盛大な拍手をして見せた。
「やるわね、人間!大正解よ!」
「まだ……何も言ってないのに……」
困り果てた顔の苗木くんが汗を浮かべると、江ノ島さんがハイヒールで思い切り地面を踏み鳴らす。
「飽きたんだよ!もう絶望的に飽きたんだよ!」堂々とした態度から一変、彼女は急に暗い表情になり、自分の髪の毛の先をいじりだす。「でも、ビョーキですかね……?私の飽きっぽさってビョーキですよね……?」
彼女はまたしても返答を待たずに語ります。
「というわけで、十神クンのお家なんだけど、キレイさっぱりなくなってまーす!」
「何を……言っている……!」
「親族を含めた関係者全員の死亡を確認しました。十神家は滅亡したと断言しましょう」
「ふ、ふざけた冗談は……やめろ……!」
「やめろ……?命令口調だと……?人間ごときが神罰の代行者である私様に……?身の程知らずな人間め!あなたはもう【超高校級の御曹司】ですらないのよ!」
十神くんが震えている。立っていられるのが不思議なくらいに顔面は蒼白だった。
「ほ、滅びる訳がない……!十神家は……世界を統べる一族だ……!」
「つーか、その世界自体が終わってんだよ!しかも一年も前になぁ!!」
とどめとばかりに江ノ島さんが吠えた。モニターに映し出された悪夢は、繰り返し、繰り返し、同じ場面を再生し続けていた。
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