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「……本当にそうなのか?」

江ノ島盾子が生きている――それに異論を唱えたのは十神くんだった。暗い表情は、とにかく議論の場を引っ掻き回そうとしていた過去とは違い、彼自身が必死で思考をめぐらせていることを感じさせた。

「江ノ島盾子は俺たちの目の前で、槍に貫かれて死んだはず……。江ノ島盾子が生きているとなると、あの死は“演技”だったということになるが、お前ら自身も確認していたはずだぞ?」

むせかえるような血の匂いが蘇って、気分が悪くなった。問いかけられた苗木君も、うつむいて当時のことを思い出しているようだった。「江ノ島は間違いなく死んでいた……」とつぶやくので、腐川さんが「早くも……前言撤回!?」と目をひんむいた。

「うぷ……うぷぷぷ……!せっかく頑張ったのに、お気の毒でしたー!」ここぞとばかりに腹を抱えて笑うのはモノクマだった。「苗木クンの推理は不正解だったみたいだね!!」

「まだ……そうと決まったわけじゃないわよ」

その声は静かなのに、モノクマを黙らせるほどの強さを持っている。腕を組んだまま視線を伏せていたのは霧切さんだ。

「苗木君も、まだ諦めたわけじゃないでしょう?」

言いながら面を上げた彼女は、勝ち誇った笑みを浮かべていた。わずかにあげられた口角が、頼もしく弧を描いている。苗木くんは一瞬、呆けたような表情を見せたけれど、すぐに「もちろんだよ!諦めるわけないじゃないか……!」と威勢の良い声で答えた。

「でも、どっちも死んでるなら生き残りはいねーって話だべ!?」

頭を抱えた葉隠君に、霧切さんが提案したのは、逆に考えてみることだった。江ノ島盾子が生きているとしたら、彼女はどうやって生き残ったのか。新たな道すじを与えられているのはわかったけれど、私にはまったく見当がつかなかった。早々に考えるのを諦めて、隣の隣にいるモノクマをじっと観察する。モノクマは跳び箱の上で跳ねたり座り直したり、暇を持て余すような動きをしていた。

「……江ノ島盾子が別人と入れ替わってたとしたら!?」

突如声を張り上げた苗木くんに、誰もが注目する。彼自身、何か信じられないことを口走っているような顔色の悪さだった。

「い、入れ替わるって……?」

「つまり、彼女は槍で貫かれて殺される前に、他の人と入れ替わっていたんだよ。……戦刃むくろとさ!」

「それなら、後で再利用されたのも、その戦刃むくろの死体という事になるはずだな……」

「その身体的特徴も、戦刃むくろのプロフィールと一致するはずだよね?」

苗木くんが私を見たので、二度頷いた。十神くんに聞かれ、霧切さんに確認してもらったから間違いない。葉隠くんや腐川さんが、「殺されたのはどうみても江ノ島さんだった」とか、「入れ替わる暇なんてなかった」と主張すると、苗木くんは、江ノ島盾子と戦刃むくろが最初から入れ替わっていた可能性を提示した。つまり、最初に自己紹介をした江ノ島盾子――彼女が戦刃むくろだったのだ。

「じゃ、じゃ、じゃあ……!あたし達は戦刃むくろと会ってたって事……!?」

「ていうか、私、普通に話してたよ!」

「私も……。最初はあんまり外に出なかったから、ほとんど喋ってないけど……」

口にしてから気づく。今思えば江ノ島さんは、あえて私のことを避けていたのかもしれない。匂いを覚えられたら、後で不便になるから。口にはしなかったけど、そう考えた。

「俺達は、互いの素性を知らないまま出会った。だから、戦刃むくろが江ノ島盾子を名乗ったところで、それに気付く事は不可能だった」

十神くんがまとめると、朝日奈さんがふと気づいたように、彼女の手の甲にフェンリルのタトゥーはなかったと主張した。

「きっと、ファンデーションでも使って、隠しておいたんでしょうね……」答えたのは霧切さんだった。「それが爆発と消火の際に溶けて、タトゥーが露わになったんじゃないかしら?ついでに言えば、戦刃むくろの死体のつけ爪は……あの時の彼女と同じ、赤いつけ爪だったはずよ」

ぴくりと反応した腐川さんの言葉を察したように、彼女は付け足した。

「手の甲にタトゥーがないから、戦刃むくろじゃないとは言い切れなかったのよ。だから苗木君を襲撃する人物を特定する際、あなたがその穴に気づかなくて助かったわ……」冷めた視線はモノクマへ向けられる。「残念だったわね、モノクマ……。今更、認めないと言っても遅いわよ」

挑発的な霧切さんの言葉に、モノクマは一言も発さなかった。

「ね、ねえ」おずおずと口を挟むと、みんなが私を振り返る。「戦刃むくろと組んでたってことは、江ノ島さんも……」

「そうだね。超高校級の絶望である戦刃むくろ……そんな彼女と組んでたってことは、つまり、江ノ島盾子も超高校級の絶望の一人だと考えられるはずだよ!」

引き継いでくれた苗木くんがモノクマを睨み付ける。しかし彼は項垂れるばかりで、言葉を発しなくなった。「……どうしたの?反論する気力もなくなった?」と霧切さんが問いかけ、朝日奈さんが「ビビってるだけだよ」と追い打ちをかける。ぴくりとモノクマの耳が動き、「ビビる?ビビるって何?」と顔を上げた。可愛らしく小首をかしげるような動作をしてみせる。

「怯えや恐怖、それは希望があるからこそ抱く感情……。絶望しかないボクには無縁な感情だよ」

「じゃあ、なんで黙り込んでるの」

私が口を挟むと、モノクマは威嚇するようにもろ手をあげた。

「だってさ、バカバカしいんだもん。ボクの正体が江ノ島盾子だなんて……うぷぷ……そんな訳ないじゃん!」

「だったら、お前はどうして、本物の江ノ島盾子の素性を隠そうとしたんだ……?」

素早く切り返したのは苗木くんだった。

「……ボクが江ノ島さんの素性を隠そうとした?いつそんな事したって言うのさ?」

「学園長との面談を録画したDVD……ボクとみょうじさんが視聴覚室で、あれを見てた時、お前はわざとDVDを見れなくしたんだ」

モノクマが来たせいで、途中で見られなくなったDVDのことを思い出している内に、彼は言葉を進める。

「最初はみょうじさんのセリフの続きが核心に触れるものだからそうしたのかと思ってたけど……本当は、そこに映ってる“本物の江ノ島盾子”の姿を見られたくなかったから消したんだろう?」

「そうか!みんなが映ってるDVDなら江ノ島っちだって映ってるはずだべ!」

「DVDを見ている私たちが気づいたら、入れ替わりがあったこと、知られちゃうから……」

「そ、そんなの……ただの偶然だよ……!」

モノクマが遮るように声を張り上げたけど、動揺がにじんでいる気がした。苗木くんはすかさず、先ほど集めた集合写真をポケットから取り出した。

「お前が隠そうとしたのはDVDだけじゃない。この集合写真もそうだったはずだ」

「ド、ドキィイイッ!」

わざとらしく仰け反ったモノクマに構わず、苗木くんが続ける。みんなに見えるよう写真を掲げながら、どの写真にも共通して江ノ島盾子の顔が写ってないないことを指摘した。手渡しでまわってきたそれらを受け取りながら、つい自分の姿を確認してしまう。楽しそうに腹を抱えて笑う自分が、知らない人のようだった。気味の悪さを味わっていたら、朝日奈さんが横から写真を指差した。「ほんとだ、こっちも後ろ向きだよ!」と声を張る。葉隠くんも同じように顔を寄せるので、ドレッドヘアーに頭を押された。

「一枚も写ってないなんて、どう考えても不自然すぎる……。それに、この写真には戦刃むくろが映ってる。つまり、この時、二人はまだ入れ替わってなかったんだ」

「じゃあ、ここで顔を隠してる江ノ島さんは……」

「間違いなく本物だったはずだよ」苗木くんはすかさず私の疑問に返すと、モノクマに向き直る。「だからこそ、お前は江ノ島盾子の顔が写ってない写真を選んで渡す必要があったんだ」

「……ざなどぅ!」

全身に汗を浮かせたモノクマが何やら口走った。

「すべて……苗木君の言った通りのはずよ。江ノ島盾子と戦刃むくろは、私達と会う前から入れ替わっていたのよ」

「そして、入れ替わった戦刃むくろを殺す事で、自分が死んだと見せかけた、本物の江ノ島盾子は……今も生きている……」

霧切さんと十神くんが引き継いだ。苗木くんはそれ力強く頷くと、高く掲げた右手を真正面に向けて下ろした。

「その彼女こそが、コロシアイ学園生活の首謀者……“超高校級の絶望”と呼ばれる、黒幕の正体なんだ!」

指さされたモノクマが奇声を発する。まだ何か言い返そうとするモノクマに反論の余地を与えないよう、苗木くんがここまでの推理をまとめて振り返ってくれた。

学園に来た直後、私たちが会った【超高校級のギャル】の江ノ島盾子は十七人目の高校生、戦刃むくろだったこと。しかし彼女もすぐ、黒幕に江ノ島盾子として殺されてしまったこと。彼女は死体安置所になっている生物室で保管され、今回の事件のために、植物庭園に運ばれたこと。そうして“戦刃むくろ殺し”をでっち上げ、黒幕が霧切さんを犯人に仕立て上げようとしたこと。

「だから、戦刃むくろがまだ生きて学園の中に潜んでいると思わせる為に、黒幕は覆面を被った上で、ボクたちを襲ったんだ」

一度私に視線をやってから、彼は推理を続ける。部屋を出た黒幕が、私たちに印象付けた覆面を戦刃むくろに被せたこと。そうして戦刃むくろが襲撃の犯人であるように見せかけ、彼女がたった今死んだように思い込ませたこと。さらに爆弾をしかけて証拠を隠滅し、戦刃むくろが江ノ島盾子に返送していた事実を隠したこと。

若干混乱していた私はようやく思考が整理されるのを感じていた。隣の朝日奈さんと葉隠くんも、「なるほど」「そういうことか」と何度も頭を縦に振っていた。

「そして、それを仕組んでいたのが、モノクマを操っている黒幕……」苗木くんが一度呼吸をおく。証言台に手を置くと、身を乗り出すようにモノクマを睨み付ける。「”本物の江ノ島盾子”なんだ!! 」

裁判場が静まり返る。また何か妙な言葉を口走るかと思ったのに、モノクマは項垂れたまま動かなくなっていた。十神くんが「お得意の壊れたフリか?」 と煽っても、何も返さない。朝日奈さんが「逃げようったって、そうはいかないよ!」と言っても、身じろぎ一つしない。

モノクマの隣にいる葉隠くんは、その体を揺らそうとしたのか「オラオラ!そろそろ正体を現せって!」と手を伸ばした。しかし直前で怖気づいたらしく、体には触れず、モノクマの乗る跳び箱をガタガタ揺らしただけだった。モノクマは揺さぶられたまま言葉を発しない。

「絶滅危惧種じゃあるまいし……い、いつまで隠れてる気!?」

「な、何か言ってよ!」

腐川さんに便乗して声をかけると、霧切さんも加勢してくれた。

「諦めなさい、江ノ島盾子。もう終わりよ」

モノクマの体がいつまでも震えている。葉隠くんの手はすでに止まっているのに。一瞬、モノクマが泣いているのかと思ったら、違った。うぷ、うぷぷと聞きなれた声がして、彼が肩を揺らして笑っているのだと理解した。

「………………終わり?…………そんな風に思っちゃった?違うよ!まだ続くんだよー!」

モノクマが赤目を光らせて叫んだとたん、裁判場の電気がちかついた。はっと息をのみ天井を見上げると、瞬間的に暗闇が訪れた。朝日奈さんがとっさに私の手を握った。抱き合って、息をひそめて待っていると、電気がついた。香った化粧品の香りに身をこわばらせる。私たちが先ほどまで会話をしていたモノクマも跳び箱も消えていた。代わりに、証言台には江ノ島さんと――戦刃むくろと全く同じ格好をした女の子が仁王立ちしていた。

その子の外見を表現する術がわからない。とにかく可愛いし、綺麗なのだ。それも、【超高校級のアイドル】である舞園さんに匹敵するレベルで。衝撃的な登場をしたことを差し引いても、あまりの美しさに目を奪われた。

「待っていたわ!私様は待っていたのよ!あなた達のような人間が現れることをね!私様の配下になるなら、世界の半分をあなた達に差し上げましょう。すでに不動産権利書も用意してるわよ!地位と名誉と私様の手料理も付けてあげるわ!どうする?私様の配下になる?」

圧倒的存在感を見せつけながら、彼女はよどみなく言葉を紡いだ。誰もが何も返せずにいた。苗木くんや、霧切さんでさえも。途端に黒幕は、片手を額に添える。体を斜めにし、表情を消した。

「あー、本気にしちゃった?ごめんごめん、今のはジョークなんだよ。なんだか久しぶりの人前だからさ、どういうキャラだったか自分でも忘れちゃって……」

先ほどまでと、彼女をまとう空気が違う。うっすらと感じながらも、それを説明することはできそうになかった。唖然とする面々を気にした様子もなく、江ノ島さんは一人で話し続ける。

「それにしても、やっと解放されたよ。毎日毎日、来る日も来る日も、モノクマを演じ続けるなんて……。絶望的に飽きっぽいアタシにとっては、苦行を通り越して自殺行為だからさ」

「そ、そんな事より……あんたの顔って ……」

震える声で口火を切ったのは、意外にも腐川さんだった。

「ん?アタシの顔がどうかした?チワワ百頭分とも称される、この愛くるしい顔がどうかしたのかい?」

「なんか……見覚えがあるよ……?初めて見る顔じゃないかも……」

朝日奈さんに言われ、初めて目の前の人物を記憶の中に探す。テレビに出ていそうなほどかわいい、とは思ったけれど、よくよく見たら本当にテレビで見た覚えがあった。

「あ、もしかして……?」

「……そうだ。この学園に来る前に見た、雑誌の表紙で……ボクは……その顔を見てるんだ……!」

苗木くんが言葉にして、バラバラだった記憶がつながった気がした。立ち寄ったコンビニ、街中の広告。いたるところで彼女の顔を見かけた。彼女は【超高校級のギャル】としてメディア活動をしていたのだ。

「へぇ……なかなか優秀な記憶力じゃん。ここまで生き残っただけあるみたいだね……」

「やっぱり、そうだったんだな……だとしたら、最初の玄関ホールで、ボクが聞いた言葉って……」

つぶやきかけて、苗木くんが補足する。彼は戦刃むくろと出会ったときに、雑誌と雰囲気が違うことについて問いかけたそうだ。その時は「撮影用に盛ってるんだよ」と返されたらしいけれど、別人ならば見た目の印象が違うのは当然だ。

「アタシはアタシ、むくろはむくろ……いくら盛ったところで、彼女が【超高校級のギャル】になるのは不可能なんだ。肉体と意識の壁が存在する限り、人と人とは、決して一つにはなれないんだよ……たとえ、双子だとしてもね」

「ふ、双子……!?」

衝撃の告白に、私と腐川さんの声が重なった。江ノ島さんはそれに視線すらくれずに言葉を続けた。

「よくある設定なんだよ。だから、今更言うのも恥ずかしいんだけどさ……つまり、アタシとむくろは双子の関係にあるんだ。体力自慢の姉という設定が、戦刃むくろ……可愛くて天才でしかも妹という設定が、アタシ……ひゃははは!江ノ島盾子ちゃ――ん!!」突然彼女がのけぞって大笑いした。驚きに体が縮こまる。江ノ島さんは胸の前で腕をクロスさせると、挑発するように思い切り口を開けて舌を出した。「オレら、姉妹そろって【超高校級の絶望】の絶望シスターズでしたー!」

「なんか……急にキャラ変わってねーか?」

「言っただろ!?絶望的に飽きっぽいんだ!だから、自分のキャラにすら飽きちまうんだよ!!」

そう宣言した彼女は、腐川さんの「双子なのになんで苗字が違うの?」という問いかけにも、飽きるほどされた質問だと取り合わなかった。勝手に想像して答えにしてくれていいと切り捨てる。

「でも……双子の姉妹ってことは……あんたは……お姉さんを殺したの……?」

朝日奈さんが震える声で質問する。

「それには、海より深い事情があるんだ!ウソだよ!ねーよ!」

間髪入れずに撤回する。こちらが目を白黒させている間に、彼女は突如、胸元から出したメガネをかけた。「仕方がないですね……私から説明しましょう」そう語った口調は今までで一番静かで、感情を一切感じさせない事務的なものだった。

「今回の計画において、コロシアイ学園生活を裏でコントロールする役目は必須でした。モノクマの操作や、あなた方の見張り……いわゆる黒幕の役目ですね……ですが、私の計算上、戦刃むくろではその責務を果たすのは不可能でした。なぜなら、彼女は残念なお姉ちゃんだからです。一人で傭兵団に入ったりするような、残念すぎるお姉ちゃんだからです。なので、私がコントロール役に回り、彼女は表の学園生活に残ってもらうことにしました。二人ともが裏に回るという選択肢もありましたが、彼女がいたところで私の助けにはなりませんので。だけど、そこで問題となったのは、戦刃むくろの【超高校級の軍人】という肩書き……いわゆる“3Z”ですね。絶望的に臭い、絶望的に汚い、絶望的に気持ち悪い……。社会のニーズから大きく外れていることは、わざわざ計算しなくてもわかります。一方、私の【超高校級のギャル】には華もあり、捨てるにはもったいない……」

「だから……入れ替わった……?」

口をはさんだ霧切さんの言葉を肯定するように、すらすらと言葉の波が押し寄せ続ける。

「ですが計算以上に私に似ていませんでしたね。それはもう……絶望的なほどに。あれではただの雑魚キャラ……もしくはエキストラA……。その残念なヴィジュアルも相まって、彼女がすぐに殺されると予想した人も多いはずです。だから殺しました。ご期待に添えたくて」

「まさか……それだけの理由で……?」

「もちろん、それだけではありません。飽きてしまったという明確な理由もあります」

ガツン、と殴られたような衝撃を受けたのは、恐らく異物感だった。目の前にいるこの人物の思考回路は、私の中にはまったくないもので、到底理解できそうにない。黒幕の思考を推測しようとした、己の愚かさに気づく。こんなの、分かるわけがないし、そもそも分かりたくもない。

「わたしってね、計画通りに物事を進めたことが、今まで一度もないんだぁ……」

テキパキしていた口調が、突然まどろっこしいものになった。両手を顎にそえ、体をくねらせると、江ノ島さんは甘ったるい声を出す。

「計画しただけで先が見えちゃって、それで、飽きちゃうって言うかぁ……だから予定変更して、むくろちゃんには“見せしめ役”になってもらう事にしたのっ!」

「つまり、戦刃むくろの死は、あなたが一方的に仕組んだ裏切り行為……。そうだと思ったわ……戦刃むくろが殺された時、彼女は明らかに予想外と思っていたはずだもの……」

「てへ、やっぱバレちゃった?そうだよねぇ。むくろちゃんに、あんな迫真の演技が出来る訳ないもんねぇ。でもさぁ、そのお陰で、いい感じの、見せしめっぷりになったと思わない?」

「…………どうして平気なんだよ……」正面からかかった声は震えていた。苗木くんが、証言台に、握りこぶしを落とす。「自分のお姉さんを犠牲にしておいて……どうして平気でいられるんだよ……!?」

江ノ島さんは怒声にひるむ様子もなく、わざとらしい甲高い声で「怖ーい!!」と叫んだ。彼女は声のトーンも変えず、自分も姉も超高校級の絶望なのだから、生きることに希望など感じないのだと説明した。生まれた瞬間に世界に絶望し、「生まれてこなきゃよかった」と涙を流した人間だから、死ぬとか殺すとかは、大した問題ではないと。そういう人間だから、何でもできるのだと語る。

「なんとも思ってない……ってこと?自分のお姉さんを殺しておいて……」

「そんなわけないじゃないですか……」朝日奈さんの質問に、間髪入れずに切り返した彼女の表情は、青ざめていた。「双子の姉妹なんですよ…………悲しくない訳ないじゃないですか……。だからこそ“ソソる”んですけどね……」

「……は?」

「大好きなお姉ちゃんを自分の手で殺すなんて、絶望的ですよね……。超を付けたくなるほどの超絶望的ですよね……。超超超超絶望的…………まだ、もっとですね……。超超超超超超超超超超超超超超超絶望的過ぎて……カイカン……です……」

「オ、オメー……何言ってんだ……?」

すっかり自分の世界に入り込んだ江ノ島さんは、実の妹にただの見世物として殺された戦刃むくろをうらやましいと言う。絶望にまみれて死んでいけるなんて幸せだ、と。正気の沙汰とは思えない言動に、私は体中に鳥肌がたつのを感じていた。

「ただ者ではないと思っていたが……やはり変態だったか……」

ここにきてようやく口を開いた十神くんはあきれ果てた様子だった。同調するようにうなずいた霧切さん、「自分自身の絶望すら取り込む“究極の絶望フェチ”……最低に厄介な変態ね……」と息をついた。

「うぷぷぷ」江ノ島さんが、身をかがめた。私はそれで、彼女の足元にモノクマが落ちていることに気づく。「ねえみんな、ずいぶんとどうでもいい質問ばかり投げつけてくるんだね」

彼女はモノクマを拾い上げると、顔の前に掲げた。まるでモノクマがしゃべっているように、話し方を意識して変えているのがわかった。

「そのくせ、キャンキャン騒いじゃってさ!まだ解けてない謎もあるって言うのにね!」

「それって、私たちの記憶の事……?」

問いかけると、モノクマの影になった彼女の口元が、わずかに弧をえがくのを見た。ますます粟立った背中。葉隠くんの陰に隠れて、江ノ島さんを視界に入れないようにするけれど、どうしたって声は聞こえてくる。

「謎は全て解けた。犯人はボクだ。だから、どうしたって言うの?勝ち誇るのは、オマエラの記憶の秘密を解いてからにしてもらえる?」

「もちろん、そのつもりだ……。ボク達がすべて解き明かしてみせる!」

苗木くんが意気込んだ。仕切り直すように、全員が証言台で居住まいを正す。

みんなの目には希望が宿っている。勝って、ここから出てやるのだという意志の強さがうかがえた。しかし私は、自信を持って前を見れない。一人、手すりに置いた手を見下ろした。

『やっぱり、無理、です。だって、私、彼のことが――』

DVDで見た自分の言葉が頭の中に鳴り響く。ばくばくと心臓の音が、重なってうるさい。せり上がってくる嫌な予感に、私は自分のカーディガンの袖を握りしめた。




160720

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