ここほれわんわん | ナノ
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アナウンスに促されて、エレベーター前へと移動すると、私たちが一番乗りで、次に霧切さんが来た。

「早いのね……」

「視聴覚室にいたからすぐだったんだよ」

霧切さんは、「そう……」と髪をかきあげた。

「他のみんなはまだ来ないのかな」

「心配しなくても、すぐに来るわ……」

彼女の言葉通り、赤い扉が開く。姿をのぞかせたのは十神くんだった。

「……十神くん!」

調べるように言われたことを伝えようと駆け寄ると、ものすごい形相で睨まれた。怯んで立ち止まると、露骨に方向をかえ、避けるように部屋の隅へと向かう。

「十神くん……?」

憎悪すら感じさせる視線が恐ろしくて、私はそれ以上彼に近づくことが出来なかった。

やがて、続々と人が集まった。しかし、朝日奈さんさんも葉隠くんも、十神くんのように無言の姿勢を貫いた。私が話しかけても、苗木くんが名前を呼んでも、聞こえないふりをするみたいに振る舞う。

互いが互いを疑うような視線がかわされる。まるで、この学園生活が始まったときのような……いや、それ以上の雰囲気だった。

最後に飛び込んできたジェノサイダーだけはいつもの調子で十神くんに絡んでいたけれど、彼はそれさえ無視していた。最終的にクシャミをして腐川さんに戻ったところで、見計らったようにモノクマが現れる。

「うぷぷ……揃ってるそろってる。シケた顔が揃ってやがるよ……。さてと、じゃあ始めましょうか!真っ黒な絶望に塗りつぶされた最後の学級裁判!これぞ、暗いマックス!」

「……そうね。今度こそ公平な学級裁判をね」

「“今度こそ”なんて、クマ聞き悪いなぁ!!」

憤慨するモノクマは、正々堂々と戦うことを宣言し、そのうえでテレビの前のみんなにも、“絶望”は“希望”よりも優れていると証明するとのたまった。高笑いと共に消えたモノクマを確認すると、十神くんが鼻をならす。

「いいだろう、すぐに……終わらせてやる」

真っ先にエレベーターに乗った彼の後に、朝日奈さん、葉隠くん、腐川さんと続く。互いに視線を合わせることもせず、一言も発することなくエレベーターに乗り込んだみんなを見て、さすがに異常だと確信した。

「何か……みんなの様子が変ね」霧切さんが眉をひそめる。「だけど苗木くんはその理由に気づいているようね?」

「う、うん……多分だけど……」

話を振られた苗木くんは、一瞬怯んだ様子を見せたけれど、意外にもあっさり肯定してみせた。

「でも、その話は後で聞かせてもらうわ。学級裁判でね……」

ごくりと喉を鳴らすと、霧切さんが私を一瞥した。

「覚悟はいいわね?」

力強く頷いてみせると、彼女は満足気に視線を外した。三人がエレベーターに乗り込むと、すぐにそれは下降した。深く、深く沈んでいくその時間は、今までで最も長く感じた。

やがて学級裁判場につき、それぞれが自分の位置についていった。私もそうしようとして、ふと違和感に気づいた。いつもは正面の椅子に座るはずのモノクマが、私たちと同じ位置にいる。

「今回はボクも参加ということで、空いている十七番目の席に座りたいと思います」

空席に跳び箱を積み、またがるように座ったモノクマが、今回適用の特別ルールについて整理した。

戦刃むくろを殺した犯人を指摘し、なおかつ、この学園の謎を解き明かした場合は生徒全員の勝ち。それができなかった場合はモノクマの勝ち。敗者に待ち受けるのは今までと同様の“おしおき”だと言う。

「あなたが敗者になった場合は、あなた自身が処刑されるってこと?」

霧切さんの問いかけに、モノクマは潔くうなずいた。念を押すように確認しても、発言を覆すことはしなかった。

「そんなことより……俺から聞きたいことがある」

シリアスなトーンで切り込んだのは、葉隠くんだった。意外に思っていると、同様にモノクマも冷やかしていた。しかしそんなからかいを気に留めず、葉隠くんが続けた。

「黒幕って……一人なんか?俺にはもう分かってんだぞ……。ここにいる全員が、黒幕と繋がってんだろ!?みんなして俺を騙してんだろ!?」

最後の方は取り乱した彼が、証拠もあると叫んだ。するとどういうわけか、朝日奈さんも十神くんも同じように主張する。それも、“自分以外全員”が組んでいる証拠だという。

「それならボクも持ってるよ」苗木くんがパーカーのポケットから取り出したのは一枚の写真だった。「みんなが言ってる証拠って、この集合写真だよね?」

「う、うん……そうだけど……」先ほどまで疑心暗鬼に陥っていた朝日奈さんが戸惑いを浮かべる。「あれ?でも違う!!だって、苗木の持ってる写真には、私が写ってるけど……そんなのおかしいよ!だって、私が持ってる写真には……ほら、私だけが写ってないんだよ!?」

つられるように四人全員が写真をかざした。どの写真にも、楽しそうに笑う私が写っているけれど、まったく身に覚えがない。

おろおろしているうちに苗木くんが推理を進める。朝日奈さんが貰った写真には朝日奈さんが、葉隠くんがもらった写真には葉隠くんがいない。つまり、本人だけが写っていない写真を手渡すことで、仲違いが起こそうとした、モノクマの罠だと結論付けた。

「俺らは……そんな写真を見せられたせいで全員が敵だと思い込んでたんか……?」

「うぷぷ……バレた?」

あっさり認めたモノクマ。霧切さんが呆れたように腕を組む。

「こんなことだと思っていたわ。何がヒントよ……」

「い、行かなくて良かった……」

騙されずに済んだことに安堵していると、苗木くんがみんなに断りを入れて集合写真を回収する。食い入るように眺める彼は、何か気がかりなことがあるようだった。たった四枚をぺらぺらとめくり、何周もする姿を見かねたのか、葉隠くんが議論を進めようとした。

「苗木っち、そんな写真なんてもうほっとけって!それにしてもムカツクべ!ねつ造写真で、俺を騙そうとするなんてよ……!」

「いやいや、あれ自体は本物だけど?」

モノクマの切り返しに葉隠くんと朝日奈さんが苛立ちをあらわにする。そんな訳ない、と反論するけれど、肯定したのは意外にも苗木くんだった。

「確かに、あんな写真を撮った記憶なんてボクにもないけど……だから、ねつ造だって、本当にそう言い切れるのかな……?」

「記憶喪失……」

DVDのことを思い出した私は、彼が言わんとすることを理解し、ぽつりと呟いた。一斉に全員の視線が集まり、居心地の悪さを覚える。

「なるほど!全員揃って記憶喪失か!」葉隠君がぽんと手を打つ。「だから写真に見覚えがなかったのか、それなら納得……する訳ねーだろ!!そんな非現実的なオカルトじみた話でぇえええっ!!」

途中から怒鳴り声をあげた彼に、朝日奈さんも同調する。

「そうだよ!記憶喪失なんて、いくらなんでも信じらんないよ!だって、この学園に来てから起きたこと、私ちゃんと全部覚えてるもん!」

「……ほんとに全部覚えてる?」

切り返すと、彼女がたじろいだ。私から反論を受けると思っていなかったようだ。

「記憶喪失の可能性を示しているのは、あの集合写真だけじゃないんだ」苗木くんが、先ほどのDVDを掲げて見せた。「このDVDもだよ。これが、もう一つの根拠なんだ」

彼はDVDの中身について、全員と希望ヶ峰学園の学園長との面談の様子が残されていると説明した。「面談なんてやってない」と朝日奈さんが食って掛かるけれど、私や霧切さんが「確かに朝日奈さんの映像もあった」と口を挟むと、途端に顔色を悪くした。

「ホ、ホントなの?冗談じゃなくて……?」

「やっぱり、覚えてないんだね?」

「お、覚えてないって言うか……だ、だからって、信じろって言うの?そんな……記憶喪失なんて……!」

「だが、反論材料がないなら、信じる他あるまい……」予想外にフォローを重ねてくれたのは十神君だった。「そんな事より、他に気になる事がある。そのDVDに録画されているのは、俺達と学園長との面談だと言ったな?それは、どんな内容の面談だったんだ?」

「学園長は、ボク達一人一人に同じ質問をしてたんだ……。『この学園での一生を受け入れるか?』 って……」

十神くんの眉間にしわが寄る。「それで?俺達はなんと答えていた?」と切羽詰まった様子で促すので、葉隠くんが「そんなん、断るに決まってんだろ!」と叫んだ。

「いや……それが……」苗木くんが言い淀む。「ほとんどみんな……受け入れてたんだ……それは、ボクもそうだった……。ボク自身が、ボク自身の声で、ここでの一生を受け入れるって答えてたんだ――」

霧切さんが顔をあげる。

「ほとんどみんな?」訝し気な声で繰り返す。「私、最後まで見ていないのだけれど――誰が反対していたの?」

「私、です」

何か責められているような気がして、挙手した手が震えた。霧切さんの観察するような視線が恐ろしい。

「私以外の人はみんな、学園長の質問に『ここでの一生を受け入れる』って即答してたよ……」

「どういうことだ?」

十神くんまで険しい顔つきになって問う。どう説明するべきか悩んでいたら、苗木くんが「みょうじさんは、誰かとの別れを気にしている素振りを見せてたんだ」と答えた。

「どういうことなのよ!?なんで、みょうじ以外受け入れてんのよ……ッ!?」

「ボクにもわからないよ!だって覚えてないんだ!!」

「でも、それは他のみんなも一緒のはずよ?誰も覚えてないのでしょう……?ここでの一生を受け入れたことも……学園長との面談さえも……」

沈黙。重々しい空気が全員にのしかかる。信じられないと、葉隠くんがぽつりとこぼせば、霧切さんがため息を吐く。信じないことには話が進まないと切り捨てたら、それに同意したのは――。

「そうだね。正解だからね」モノクマが跳び箱の上に立ち上がった。「みんな仲良く記憶喪失なの!」

仰天した葉隠くんの叫びを意識の遠くに聞いた。苗木くんに問い詰められて、あっさり記憶を奪ったことを肯定したモノクマは、腐川さんからの「どうやって」という問いかけに、爪を光らせる。

「どうやって、なんて事はどうだっていいんだよ!催眠術って言えばリアリティーがあるの!?開頭手術で脳をいじったって言えば納得するの?そうじゃないでしょ!?問題は“そこ”じゃないはずだよ!!」

「問題なのは、俺たちの“どんな記憶”を奪ったのか……そういうことだな?」

口を挟んだのは十神くんだった。腕を組み、警戒心をむき出しに、モノクマをにらみつける。

「うぷぷ……さすがは十神クンだね……」

「学園長との面談……集合写真の撮影……。それらの記憶だけを奪ったとは考えられん。そこには何か目的があったはずだ。俺たちの記憶を奪った目的がな……」

「もちろん、目的はあるよ!例の”動機”にも関係している目的がね!」

しかしモノクマは、それに関してまだ言及するつもりはないという。これは“戦刃むくろ殺しの学級裁判”だから、先にそちらの犯人を突き止めろということらしい。

一度議論を仕切り直すことになり、「戦刃むくろを殺したのは誰でしょうかね?」というモノクマの問題提起にみんなそれぞれ意見をぶつけ合う。

「彼女を殺したのは黒幕よ。それだけは間違いないわ」

「だけどよ、そもそも黒幕って……本当にこの学園の中にいんのか?」

「当たり前じゃん!黒幕はこの学園にいるはずだって!」

朝日奈さんの意見に同意したのは苗木くんで、情報処理室の奥にあったモノクマ操作室を根拠としてあげた。

「だから間違いないよ!黒幕はずっとこの学園の中にいるんだ!」

「間違いない……か」十神くんが重々しく口を開く。「だとすると、黒幕の正体が、この中の誰かという事も間違いないんだな……」

「な、なんでそうなるの?」

責めるとか、疑うことを否定するとか、そういうわけではなく、単純に彼の思考の推移が気になって口にしていた。言ってから、また怒らせたらどうしようかと心配したけれど、彼はこちらを一瞥しただけで普通に答えてくれた。

「思い出して見ろ。苗木やお前が聞いたというモノクマの言葉だ」

“コロシアイ学園生活”の参加者は、全部で十七人の高校生だけで、コロシアイ学園生活が始まった後、希望ヶ峰学園に生きたまま足を踏み入れた人間も、その十七人だけだった。モノクマと体育館で対峙した際の言葉がよみがえる。

「つまり、黒幕がこの学園の中にいるなら、その十七人の誰かだとしか考えられないはずだ」

「だ、だけど……その中で今も生き残ってるのって……」

互いが互いの顔を見渡す。自分は黒幕じゃないと葉隠君が主張したのをきっかけに、また疑心暗鬼になった朝日奈さんや腐川さんが、罪をなすりつけあった。

「落ち着いて、あわてる必要はないわ」と冷静な霧切さんの声が場を収める。「黒幕の正体なんて、すぐ明らかになるはずよ。戦刃むくろ殺しの謎を解き明かせばね……」

「それもそうだな……。言い争いをしているより、そっちの謎の解明に頭を使うほうが得策か……」

空気を左右する力を持つ二人が同じ意見をもってくれたおかげで、荒れそうになった場が収まった。

「で、でも、頭を使えって言うけどよ……戦刃むくろの件はさんざん話し合ったはずだべ?」

「いいえ、まだハッキリしていない、戦刃むくろの致命傷について話し合う必要があるわ」

生物室での彼女の言葉がよみがえった。しかし私が口を開く前に、朝日奈さんが首をかしげる。

「致命傷って……後頭部の傷じゃなかったっけ?」

霧切さんは即座に否定すると、本当の致命傷は全身にあった数多くの傷だと指摘する。

「コラコラ、霧切っち!ちゃんと、モノクマファイル見たんか?」珍しく自信満々な様子で葉隠くんが意見する。彼はモノクマファイルを取り出すと、該当部分を読み上げ、「書いてあんだろ?あの傷は、ここ数日の傷じゃねーって。つまり、あれは事件とは関係ねーはずだぞ!!」と主張した。

「戦刃むくろの殺人自体が、ここ数日の事じゃなかったとしたら……?」

「は……?」

苗木くんの言葉に、葉隠くんが困惑の色を浮かべる。

「彼女の死体が発見されたのは、すでに何日か経過した後だったとしたら……それなら、ここ数日のものじゃない傷が致命傷でもおかしくはないはずよ?」

「お、おかしいわよ……!」捕捉した霧切さんに腐川さんが食ってかかる。「だって……そもそも、あの全身の傷って……ここに来る前からあった傷なのよ……!」

「え?どうして、そんな事がわかるの?」

朝日奈さんの問いかけに、はっとする。私はそこで、ようやく学園長室で十神くんが見せてくれた資料のことを思い出したのだ。

「入学したときの戦刃むくろには、全然傷がなかったんだって!」朝日奈さんが私のほうを向く。「戦刃むくろのプロフィールに書いてあったんだ。たくさんの戦場を渡り歩いたはずなのに、彼女の体には傷らしい傷が一つもなかったって。すごい強いひとだったみたい……」

朝日奈さんが身震いする。苗木くんが整理するように、「戦刃むくろの全身にあった傷がすべて入学後のものだったとすると、それが致命傷だった可能性もあるはずだよね?」と一人ひとりに問いかけた。

霧切さんが「彼女の死体を調べた限りだと、腹部の傷も後頭部の傷も“死後に受けた傷”だったわ」と付け足したこともあって、戦刃むくろの致命傷は全身の無数の傷だと結論付けられた。

新たな考え方が見つかったことで、また別の推理が生まれてくる。致命傷が数日前の傷ならば、植物庭園で見つけた死体は、すでに死後何日か経過したものだったということになる。事件の前日に苗木くんと私を襲った覆面の人物は、戦刃むくろだと思われていたけれど、あれこそが黒幕だったのだ。

その結論までたどり着いたとき、モノクマが突如大声で笑いだす。予想外の行動に、誰もが議論を止めた。モノクマはひとしきり笑うと満足したのか、「大人しく聞いているのも飽きたから、そろそろボクも参加させてもらおうかなー!」と言った。

「じゃあ、さっそく質問するけどさぁ……苗木クンを襲ったのがボクだなんて、そんなのただの推測でしょ?」

覆面を被ってて、顔もわからないのに、中身が誰かなんてわかるはずないというのが、モノクマの主張だった。あの覆面の正体は戦刃むくろで間違いないと駄々をこねる。しかしそれは苗木くんが、右手の特徴を根拠に一掃した。戦刃むくろの右手にはフェンリルを表す狼のタトゥーがあるけれど、私たちを襲った覆面の人物の右手にはそれがなかったと言う。

「うーん、それなら確かに戦刃むくろではなかったみたいだね……。でもさ、だからって、あの覆面の正体がボクとは限らないじゃん!他の誰かだったのかもしれないよ?」

ねえ、霧切さん。そう言ってモノクマが彼女のほうへ向き直った。声をかけられた霧切さんは、腕を組んで誰とも視線を合わせないまま、無言を貫いた。

「おやおや、反論できないの!?ひょっとして、図星!?」

「き、霧切さんは違うよ!」

あの場で私たちを救ってくれたのは、間違いなく彼女だった。反論しようと口を開いた私を遮るように、彼女が手をかざす。

「……わかったわ。じゃあ見せてあげるわよ」

「へ?見せるって……?」

「もちろん、その覆面の正体が私じゃないって証拠よ」

霧切さんは言いながら、自分の右手に手をかける。ずっと――この共同生活が始まってから女子だけで大浴槽を使った時さえ外さずにいた手袋を、みんなが見守る中で取って見せた。

「そ、その手……!」

朝日奈さんが息をのむのも無理はなかった。手袋の下はひどく爛れていて、直視するのも躊躇われるほどに痛々しかった。

「酷い火傷……でしょう?私がまだ未熟だったころの、探偵として活動を始めたばかりの頃の傷よ」

「それって、人には見せたくない傷じゃ……」

何やら事情を知っている様子の苗木くんが、汗を浮かべる。

「黒幕の正体を暴くためなら……これくらいは大したことじゃないわ」

霧切さんは噛みしめるように言うと、その手を再び手袋の中へとしまった。それから苗木くんと私に襲い掛かった人物の手に、酷い火傷がなかったことを確認する。さらに十神くんたちが一晩中体育館にいたアリバイがあることを主張し、覆面の人物が間違いなく黒幕であると結論づけた。

モノクマはとうとう反論を諦めたらしい。たとえ覆面が黒幕だとしたって、戦刃むくろ殺しの犯行については判明していないのだから、追い詰められてはいないと開き直った。

確かに今、判明しているのは、戦刃むくろがかなり前に殺されたということだけだ。みんなに焦りが生じたけれど、冷静な霧切さんの導きにより、死体は今までどこにあったのかという話から、その保管場所について議論が進む。可能性として苗木くんがあげたのは、五階のの生物室だった。

「あの生物室は死体安置所として使われていたんだ。あの場所だったら死体も隠せるし、保存だって問題なかったはずだよ」

苗木くんはそう考えるに至った理由として、戦刃むくろが生物室から植物庭園まで運ばれた形跡があることを説明した。植物庭園にあったビニールシートは、端に「生物室」の小さなスタンプが押してあったらしい。同じビニールシートが生物室にあるのも確認済みだと聞いた途端、彼が机の上のビニールシートをバサバサやっていた姿を思い出した。すごい、と尊敬の念を抱くと同時に、そのビニールシートを蹴ってしまったことを恥ずかしく思った。ガサツな自分を残念に思っているうちに、議論はますます発展していく。

「苗木くんの言う通り、犯人は生物室の死体を植物庭園まで、あのビールシートに包んだ状態で運んだのよ。そしてそのままプリンクラーをやり過ごし、その後で例の白衣を着せたのね……」

霧切さんがまとめると、みんなが腑に落ちたような表情をした。しかし彼女はそれに留まらず、生物室には黒幕の正体を暴く、大きな矛盾点があったことを指摘する。

「矛盾点……それは、生物室のランプのことだよ!」

苗木くんが声を張る。モノクマが全身に汗を浮かべて、わざとらしいぐらいに体をびくつかせた。

「ぎくぅー!な、なんなんだよ……あのランプがなんだって言うのさ……?」

「さっきも言ったけど、あの生物室には死体安置所としての役割があったんだ。あの部屋に設置された冷蔵庫……あの中に、犠牲になったみんなが保存されてるんだ……」

「そしてあの冷蔵庫は、使用中の場合、ランプが青く点灯する仕組みになっていたわ」

つまり、青いランプが点灯していた冷蔵庫には、殺されたみんなが眠っているということだ。あの場にいたことを思い出すと、冷えた空気が体にまとわりつく。背筋を這う悪寒を意識の外にはじき出したとき、ふと、閃光が走り抜けるようによみがえった記憶があった。

「九つ……」私のつぶやきに訝しむような視線が集まる。「青いランプ、九つついてたの……。これって、変じゃない!?」

朝日奈さんと葉隠くんは首を傾げたけれど、十神くんの目が見開かれていた。モノクマは仰々しくのけぞって、「ぎくぎくぅ!」なんてふざけた声をあげていた。

「そうなんだ!みょうじさんの言う通り、点灯しているランプの数が、一つ足りないんだ」

未だに困惑している腐川さんたちに伝わるよう、苗木くんが順を追って解説していく。

一人目の犠牲者は舞園さん。二人目は江ノ島さんで、三人目は桑田くん。四人目は不二咲さんで、五人目は大和田くん。六人目は石丸くんで、七人目は山田くん。八人目はセレスさん、九人目は大神さん。そして――。

「十人目の犠牲者が戦刃むくろ……。それなのに、生物室に保管されている死体は九人分だけだった……」

死体が消えたのか?とか、黒幕が証拠隠滅で処分したのでは?とか、様々な意見が飛び交った。しかしどれも苗木くんが否定していく。

「違うんだ。死体は消えたんじゃない。同じ人物が二回殺されてるから、こんなことになってるんだ」

「に、二回、殺された……?」

混乱から苗木くんの言葉を繰り返す。彼は強くうなずくと、きちんと周りに伝わるように、かなり丁寧に、はっきりとした口調を意識して説明してくれた。

「今までに起きた十回の殺人……。その内の一回だけは、すでに殺されている人物をもう一度殺したものだったのかもしれない……。それなら、殺人が十回起きたとしても、犠牲者は九人しかいないって事になるはずだよね?」

まるで彼の口ぶりは、その一回の殺人すら把握しているようだった。十神くんも感じたようで、「その二回殺された人物が誰なのか、もうわかっているようだな……」と口の端を歪めあげていた。

「もちろん……戦刃むくろよ」切り込んだのは霧切さんだった。「彼女は戦刃むくろとして殺される前に、すでに別の誰かとして殺されていたのよ」

「いやいや、そりゃないでしょう!戦刃むくろは別の誰かとして殺されてる……なんて……」動揺をあらわにしたかと思われたモノクマだったけど、すぐにもろ手をあげて、威嚇するように吠える「てゆーか誰だよ!別の誰かって!」

「江ノ島盾子さん……」俯いた苗木くんが唇に親指を添える。「彼女の致命傷って……戦刃むくろの致命傷と似てるよね?」

全身を槍に貫かれて死んだ彼女と、全身にある数多くの傷が致命傷の戦刃むくろ……。似ているどころか一致しているといっても過言ではなかった。

「じゃあ、マジなんか?戦刃むくろの死体と江ノ島っちの死体は、同一人物のもので……。……あれ?だとすると……」

「犠牲者の数が十人ではなく、実際は九人だったとなると……死んだと思われていた人間の中に、“実は生きている人間”が存在していることになる」

混乱し始めた葉隠くんをフォローするように、十神くんが説明した。

「じゃ、じゃあ分かったわ!黒幕は戦刃むくろよ!あたし達が見つけた植物庭園の死体……あれが偽物だったのよ!」

「そ、それは違うよ」十神くんに言われて確認していたので、私は即座に否定する。「植物庭園で死んでたのは、間違いなく戦刃むくろだよ。だって、手にはフェンリルのタトゥーがあったし、スリーサイズも一致してたから!」

「ね、霧切さん!」と振り返ると、彼女は期待通り戦刃むくろの身長や体重、スリーサイズをそらんじてくれた。同様に暗記していた十神くんも、ぴくりと眉を動かした。私は何もしていないくせに、達成感から小さく笑った。

「で、でも……戦刃むくろじゃないとなると……じゃあ実は生きてるのって……」

みんなの視線が集まった。早々に殺された彼女がその席に立つことは一度たりともなかったけれど、最初から、悪趣味な遺影が立てられていた。

「江ノ島盾子――」ツインテールが特徴的な、【超高校級のギャル】。ピクリとも動かない写真の中の人物に視線を注いでいたら、苗木くんが断言した。「――生きているのは彼女のほうだ。そうとしか考えられないよ!」




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160621