ここほれわんわん | ナノ
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学園長室を出て少し進むと廊下に朝日奈さんがいた。彼女は私を見るとすぐに、ドタバタと駆け寄ってきて両腕に掴みかかる。

「みょうじちゃん聞いて!大事な話があるの!」

「え……っ?」

「情報処理室に黒幕がいたの!!」

驚き、息をのむ私にかまわず、朝日奈さんが話し始める。

全ての扉のロックが外れていると聞いて、朝日奈さんはまず情報処理室の探索に行った。あの部屋の奥にあった、鍵のかかった扉を調べようと思ったらしい。なかなか勇気が出ずまごついていると、苗木くんが来たので、二人で一緒に奥の部屋へ入ったのだという。

「な、苗木くんは無事なの?」

情報処理室には黒幕がいて、朝日奈さんと入ったはずの苗木くんがここにいない。そこから導き出された答えにぞっとして、朝日奈さんの腕を掴み返すと、私が何の心配しているか理解したようで、慌てて何度も首を縦に振ってくれた。

「ごめん、落ち着いて!苗木なら大丈夫だよ!今は別のところ探索してるから!」

ほっと胸をなでおろして解放する。彼女は仕切り直すように話し始めた。

「奥に入ったら、その時は誰もいなかったの。コクピットみたいな狭い部屋で……山田が見たら喜びそうな感じ!」

あまりイメージがわかなかったけれど、続きが気になったので、うなずいてみせる。

「それでね、苗木が気づいたんだけど、そこはモノクマを動かす部屋だったの!」

驚きの連続で声が出ない。黙っていると彼女は説明を続けてくれる。

「だけどそんな部屋にいるの不気味だから、私早く出たくて……調査もそこそこに部屋を出たら、すぐに鍵が閉まって、現れたモノクマが『情報処理室はこれ以降封鎖する』って宣言したんだよ」

「え、それじゃ……」

操作室から出た途端、モノクマが出現したということは、黒幕が潜んでいたということだ。朝日奈さんはうなだれて、申し訳なさそうな顔をする。

「そうなの……、ごめんね。苗木はもっと操作室を調べたそうにしてたのに、私が早く出たいってワガママ言ったんだよ……だって、ここに黒幕がいたんだと思ったら怖くて……」

「仕方ないよ!むしろ二人とも無事でよかったと思う!」

励ますように身振り手振りをつけてフォローしたら、朝日奈さんの目に涙がにじむ。

「みょうじちゃんありがとう!苗木も同じように言ってくれたの。二人とも優しいね」

落ち込む朝日奈さんを、必死に慰める苗木くんの姿が簡単に想像できた。

彼と同列に並べられて、「優しい」と言われるのには抵抗があったけど、否定する前に彼女はその場で屈伸運動をした。

「私にできることって体使うことぐらいだから、いまの情報を他のみんなにも伝えるために走ってくるね!」

「うん!ありがとう。あ、十神くんなら学園長室にいると思うよ」

「じゃあ行ってくる!そしたらあとは葉隠と霧切ちゃんだけだー!」

走り出した朝日奈さんの背中を見送り、私も五階へ行くための階段を目指した。

階段を上りきった私は、まずどの部屋を調べようかと頭を悩ませた。鍵のかかっていた部屋なら生物室のみだけど、ここは事件に関わりのある部屋が多い。それでも前半で時間を浪費してしまったことを考えて、植物園と生物室だけに絞ることにした。

植物園に入った私は驚きに息をのむ。なんと、入ってすぐ正面に横たわっていたはずの死体が、綺麗さっぱりなくなっていたのだ。ぶちまけられたような薬品の匂いは確かに残っているし、肉の焦げた臭気も感じられる。しかし戦刃むくろの姿はどこにもなかった。

背筋を冷たいものが滑り落ち、自分が冷や汗を書いているのだと知った。一人でいることが恐ろしくなり、そそくさと部屋を出る。消えた死体のことを考えると心臓がうるさくなったけれど、その疑問から逃げるように、思わず駆け足になる。

その途端、辺りに強く響いたチャイムの音に、本当に怯みそうになった。体を縮こめ足を止めると、モノクマが話し出す。

『えー、校内放送でーす。オマエラ、頑張ってる?捜査は順調に進んでるかなー!?あのね。頑張るオマエラに、優しいボクからヒントがあるんだよ!うぷぷ……ヒントが欲しい人は急いで体育館まで来てくださーい!!』

「ひ、ヒント……?」

ばくばくする心臓のあたりを抑えながら、天井を見上げて繰り返す。踵を返して体育館へ向かおうとするけど、思いとどまった。私はあらゆる匂いを嗅いで、みんなで脱出するための手掛かりをつかみたいのだ。モノクマのヒントはきっと、他の人が受けとってくれるだろう。そう考え直してまた元の方向へ進む。生物室にたどり着くのはすぐだった。

扉を開けてすぐに感じたのは、冷たい空気だった。まるで冷蔵庫の中にいるような肌寒さに、背中を丸めて腕を抱く。部屋は薄暗く不気味で、電気を探すけれど、見つからなかった。仕方なく扉を開放し、廊下の光が入るようにした。

マスクをあごにかけ、鼻をひくつかせながら部屋の奥へ進む。棚から覚えのある匂いが漂い、電流に打たれたように全てが繋がった。

「これ!この匂い!校舎中でしてた薬の匂い!」

一人で叫び、駆け寄った。戸棚を開けて、薬品を確認する。瓶の中身はだいぶ減っていて、相当量使用したことは明らかだった。同じビンが並んでいるので一つひとつ手に取り、どれも使用した形跡があることを確認する。校舎内でずっと漂っていたのは、どうやらこれの匂いらしい。

戸を閉じながら、なぜ黒幕はわざわざ校舎中に薬をまいたのだろうと考える。薬品の種類には詳しくないので、どのような効能があるのかわからないけれど、何か理由があるのだろうか。

思考を働かせながら、部屋を歩いていると、何かを蹴った。足元を見るとビニールシートが落ちていたので、身をかがめて拾い、室内に一つだけあるデスクの上に無造作に置いた。

「……あれ?」

そこで初めて机の上に、取扱説明書が置いてあるのに気づく。何気なく手に取って、パラパラと流し読みをする。視界に飛び込んできた『ご遺体安置用冷蔵庫』の文字に、ページをめくる手が止まった。

ずっと意識の隅にあった、壁一面に埋め込まれた仰々しい機械を見る。上段、下段の二列で並ぶそれは、よくよく見るとこの部屋で一番存在を主張していた。また匂いに意識を取られすぎたのだと、恥ずかしい気持ちになると同時に、死体安置の言葉に体が緊張した。

複数の冷蔵庫が並ぶ中、九つだけランプが点灯している。説明書によると、青いランプは使用中を意味するらしい。つまり、九つの遺体が今、この部屋に保管されているということになる。

「みょうじじゃないの……」

背後でした低い声に、心臓がぎゅっと縮まった。勢いよく振り返ると、入口に立つ腐川さんが、扉を閉じるところだった。気配を感じなかったのは、私が戸を開け放していたせいだと気づいた時には、廊下からの光が遮断されて、真っ暗になる。青いランプだけがあたりを仄暗く照らし、腐川さんが接近していることを、かろうじて認識できた。

「腐川さん、どうしたの?」

この中に黒幕がいるかもしれない。その可能性を思い出し、心臓が早鐘のように鳴り響く。影に紛れるように、確かな足取りで近づいてくる彼女は、表情をぴくりとも動かさない。やがて目の前まできた腐川さん。私は胸の前で腕を構え、半歩後ずさりした。

「……何も…………見つからないのよ」

「えっ……?」

数度瞬くと、今度ははっきりとした、叫ぶような口調で、腐川さんが言った。

「何も手がかりが見つからないのよ!」

あっけにとられて立ち尽くしていると、肩をつかまれてゆすられる。驚きのあまりになすがままになっていたら、腐川さんはわめくように語った。

「何の手がかりも見つけられないまま学級裁判に臨んだら、間違いなく役立たずのゴミだって罵られるわ……!」

「えっ、そんなこと誰も言わないよ」

「……白夜様は言うわよ」

「さすがの十神くんもそこまでは……」

言わないんじゃないか、と続けられなかったのは、彼がそうする姿を容易に想像できたからだ。口ををつぐんだ私を「下手な慰めはやめなさいよ」と睨みつける。

「いいわよね、あんたは。嗅覚が優れているってだけで十神様から目をかけてもらえて……」

疑問は残ったけれど、否定したら話が進まなそうだったので、黙って言葉を待った。彼女はせわしなく生物室を見渡す。

「と……途中であんたを見つけてこっそりつけてきたのよ。まっすぐここに来たってことは……ここに何か手がかりがあるんでしょう……?あ、あたしがもらうから、その手掛かり……」

「それは、別にいいけど……、まだ何も発見してないよ?」

「か、隠そうったってそうはいかないんだから……っ」

彼女は壁に張り付いて、観察するようにカニ歩きをした。やがて何かに気づいたらしく、ランプの下にあったボタンを押す。あっと、私が声を漏らしたのと、重たい扉が開いて何かがせり出してきたのは同時だった。とびのいた腐川さんは、恐るおそるそれを覗き込み――電池の切れたおもちゃみたいにその場に崩れ落ちた。

「腐川さん!?」

倒れた際に、頭を打ち付けるような音がしたので、慌てて駆け寄る。触れていいのか悩んだ末に、こういう時は揺さぶってはいけない気がして、すぐ側にひざまずくだけにした。名前を呼び続けるけれど、うんともすんとも言わないどころか、ぴくりとも動かない。

どうすればいいのか分からず困り果てた時、光が差し込んだ。闇に慣れた瞳が拒絶するように、視界が狭まる。入口を向いた私の目に飛び込んできたのは、廊下の明かりをしょって立つ、苗木くんだった。

「みょうじさん……えっ、ふ、腐川さん……?大丈夫!?」

走り寄ってきてくれた彼は、同じように傍らへとしゃがんだ。

「どうしたの?」

「それが――」

事情を説明しようとしたら、目の前で風が巻き起こった。ハッとして顔をあげると、腐川さんが背筋をしゃんとして立っていた。それを見て、彼女が彼女じゃなくなったことを直感した。案の定、こちらを向いた少女は腹をかかえて大笑いをする。

「寒い……!異常に寒いし!!風邪ひきそう!!」

「ジェノサイダー……」

突如人格が入れ替わったことに戸惑いながらも、安堵の息をつく。とりあえず腐川さんが無事だったと判断していいだろう。苗木くんがあきれ顔で「そりゃ、風邪ひくよ。こんな所で寝てたらさ……」と呟くと、周囲を見回していたジェノサイダーが、きょとん顔をした。

「……寝てた?」

しかしすぐに一人で合点したらしく、顔をしかめて親指の爪を噛んだ。

「あぁ、アタシったらまた気を失ってたのね!そんで、苗木はアタシの寝てる姿を眺めて、ムラムラしてたのねッ!!」

苗木くんがギョッとしたように目をむいた。私を素早く横目に見て、思い切り首を左右に振る。

「し、してないよ……!」

「じゃあ何!?ムンムン?ルンルン!?」

「そ、それよりみょうじさん!なんで腐川さんは気を失ってたの?」

助けを求めるように視線を向けられたので、私は解説しようと口を開く。しかしそこでジェノサイダーが割り込むように入ってきて、苗木くんの胸倉をつかんだ。

「なーによ、まーくんってば。なんでアタシのこと無視してこんなワンコロに聞くわけ?アタシのことなんだからアタシに聞いてよねっ!」

「えっと……じゃあなんで?」

言われた通りに、律儀に返した苗木くんに、ジェノサイダーはあっけらかんと答える。

「シラネ!気づいたら寝てた!!また、あっちの根暗が何かやらかしたんじゃね!?」

「そうだ……人格が変わっちゃうと記憶を引き継げないんだったね……。分からないならそのままみょうじさんに説明してもらえばよかったのに……」

「そう!知識は共有しても、記憶は共有してないの!……って、欠点みたいな言い方すんな!!むしろ長所じゃねーか!!あっちの人格が覚えていないことでもアタシは覚えていられるのよ!つまり二倍なのよ!!」

彼女は腿のホルダーからハサミを取り出すと、くるくると回転させながら指に引っ掛ける。その切っ先を私に突きつけて、首を横に傾けた。

「だから、こんなくっさい犬っころに聞かなくたって全然問題ないんだからねっ!あ、これツンデレとかじゃねぇから!!」

彼女はそれだけまくしたてると、十神くんも一人で捜査していることを苗木くんに確認した。そして「白夜様が一人で寂しいわ!」とゲラゲラ笑いながら飛び出していった。

ジェノサイダーがいなくなったことで、生物室の静けさがより大きく感じられた。残された私たちは顔をあわせる。苗木くんと目が合った途端、寄宿舎の二階でのやり取りを思い出して、恥ずかしさがこみ上げた。苗木くんも同じだったようで、顔を赤くしてうつむくように視線をそらす。私は、とっさに腐川さんが開けた冷蔵庫を指差した。

「あ、あのね。腐川さんが気を失ったのは、これのせいなの」

「えっ、あ!冷蔵庫が開いてる!」

これが何なのか説明するところから始めなければならないと思っていた私は、事情を知った様子の苗木くんに驚いた。

「苗木くんも説明書読んだんだね?」

「あ、うん。実はさっきまでここに居たんだけど、体育館に……そうだ、みょうじさん!モノクマのヒントのことなんだけど――」

鼻が桃の香りをひろう。そちらに目を向けて、ジェノサイダーが開け放していった扉のところに、霧切さんが立っているのに気づいた。私の視線を追った苗木くんが、「き、霧切さん!」と声を上げた。

「遅くなったわね……」

「もう……平気なの?」

「悪かったわね、心配かけて」

「い、いや……謝られるような事じゃ……」

たった数回のやり取りなのに、二人の間には入っていけない空気があった。事情が分からず二人の顔を交互に見比べていると、その視線をかわすように霧切さんが本題に入った。

「ねぇ、二人とも。それより、この部屋って……死体安置所のようね……」

先ほどの会話の意味を聞けなかったことを寂しく思いながらうなずくと、それは苗木くんと同じタイミングになった。霧切さんは二人分の肯定を受け、腐川さんの気絶した理由を悟ったようだった。

廊下でジェノサイダーとすれ違った時は、くしゃみでもしたのかと考えたらしいけど、この部屋の捜査をしているうちに死体を見てしまい、気を失ったのだろうと推理する。

彼女の考えは見事に的中していたので、私はすっかり感心した。補足するつもりで、手を上げて発言する。

「えっと、なんだか腐川さん焦ってたみたいだったよ。何の手がかりも見つけてないからこの部屋にかけてたみたいで……」

霧切さんは自分の推測が正しかったにも関わらず、そう、と無感動な相づちを打っただけだった。

とりあえず冷蔵庫を戻そうということになり、苗木くんと霧切さんが扉に手をかけた。しかし覗き込んだ際、何かに気づいたような顔つきになり、振り返る。

「どうしたの?」

「死体をしまうのは、少し待ったほうがいいみたい……」彼女は冷蔵庫から、そっと手を離して続けた。「ここに入ってるの、戦刃むくろの死体だわ」




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160308