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いざ食堂へ入ろうとしたら、食堂の前でまたモノクマが現れた。思わず身構えたけれど、まるでエラーを起こしたように、意味不明な言語を口走って消え去った。

「やっぱり情緒不安定なのかな」という苗木くんの言葉を聞きながら食堂に入ると、真っ先に扉の開閉に反応したのは朝日奈さんだった。驚きに目を見開いて、立ち上がる。

「苗木……だよね?」

彼女の言葉に全員起立する。こちらを向いて、十神くんまでもが目を丸くしていた。

「み、みんな……ッ!」

「やっぱり苗木だ!どの角度から見ても苗木だよ!」

かけてきた朝日奈さんが、苗木くんの周りを飛び跳ねるように観察する。彼はそれが嬉しかったらしく、ほんの少し涙ぐんでいた。

「あ、あら……生きてたのね……?」

「まったく、……ゴキブリ並のしぶとさだな……」

「念のために聞いとくけど……幽霊じゃねーよな?」

後から来た三人に、苗木くんは何度も頷いてみせていた。

私はそれらのやり取りを、一歩引いたところから眺める。まるで彼が無事でいたことを分かっていたような落ち着いた態度に、もやもやした感情を抱く。仲間に向けるべき気持ちではないと分かるのに、かき消せなかった。

「待て……何か匂うぞ」

歩み寄りかけていた十神くんが足を止めると、朝日奈さんが苗木くんに鼻を近づけ顔をしかめた。

「苗木だ!苗木から洗ってない犬の匂いがする!」

「あ、あっち行きなさい……しっ、しっ!」

腐川さんに追い払われ、苗木くんは半目になった。先ほどまでの涙は消え失せているようだった。

「苗木くん、感動の再会に浸っている時間はないわよ」

霧切さんは、苗木くんが死刑を免れたことや、最後の学級裁判についての説明を始めた。

戦刃むくろの裁判をやり直すことになったと告げると、「やり直すも何も、苗木っちが犯人だったはずだべ!?」と葉隠くんが叫ぶ。それにカチンときて、反論に口を開きかけた私を右手で制したのは霧切さんだった。

「苗木くんは犯人じゃないわ。もちろん私でもみょうじさんでもないし、あなたたちの誰でもない……」

「じゃ、じゃあ誰がやったの……?」

腐川さんが親指の爪を噛む。十神くんが一歩前に出て、腕を組んだ。

「黒幕の仕業……ということか」

葉隠くんが息をのみ、霧切さんが肯定する。学級裁判の際、黒幕の思惑に気づいた苗木君は阻止しようとして、代わりに処刑されることになってしまったのだとフォローを入れた。

犯人でない苗木くんを処刑する行為はルール違反だ。それを盾に交渉をし、学級裁判のやり直しができるようにしたと、霧切さんが口角をあげて見せた。

十神くんが納得したように、「黒幕は受けざるを得なかったんだな……」とつぶやく。彼は、電波ジャックの件を交渉材料にしたことを、察していたらしい。以前、学級裁判の後に霧切さんが口にした「追い詰められているのは黒幕の方」という言葉から推理したのだと語った。

「そ、それで……結局、私たちは何をすればいいの……?」

「戦刃むくろを殺した真犯人……つまり黒幕の犯行を明らかにすればいいの?」

腐川さんと朝日奈さんの問いかけに、またしても十神くんが口を開く。

「だが、それだけではないだろう?」

「うん、そうなんだ……」答えたのは苗木くんだった。「ボクたちが最後の学級裁判で勝つには、この学園の謎をすべて解き明かす必要があるって……」

朝日奈さんが不安げな顔をした。今まで何も明らかにならなかったのに……と弱音ともとれる言葉をこぼす。霧切さんが、明らかにできなかった場合、全員処刑だと説明すれば、葉隠くんが動揺をあらわにする。腐川さんも、髪を振り乱して、「そんな勝負、勝手に受けたりしないでよ……!」と嘆いた。

しかし霧切さんは彼らのリアクションを気に留めず、「とにかく、私たちが生き延びるには、真実を明らかにするしかないわ……」と仕切りなおした。

それでもやはり気が乗らないらしく、朝日奈さんと葉隠くんが、暗い表情で顔を見合わせる。苗木くんはそんな二人を励ますように、「今回は今までの学級裁判と違って敵はハッキリしてるんだし……。だからみんなで協力して捜査すれば、きっと謎を解き明かせるはずだよ!」と声を張った。

「それはどうかしら……」静かな声で反論したのは、霧切さんだった。「みんなで協力して捜査するって意見には、私は賛成できないわね……」

「……賛成できないって、どうして?だって、学園の謎を解くなんて、みんなで協力して捜査した方がいいに決まってるのに……」

「もちろん、私もそう思っていたわ。モノクマの、あの言葉を聞くまでわね……」

彼女は、体育館でのやりとりをみんなにも説明する。

モノクマは、この“コロシアイ学園生活”の参加者は、全部で十七人の高校生だけだと言っていた。コロシアイ学園生活が始まった後、希望ヶ峰学園に生きたまま足を踏み入れた人間も、その十七人だけだった。ーーつまりそこから導き出せる結論は、黒幕が私たち十七人の高校生の中に存在するということだ。

全員が沈黙する。そんな中、険しい表情の十神くんだけが、霧切さんの協力をさける判断に同意し、追い打ちをかけた。

「しかも、その十七人の中で生き残っているのは……ここにいる俺たちだけだ。その先は言わなくてもわかるな?」

背筋が粟立つ感覚に、自らの腕を抱く。

この中に黒幕がいる。私たちを閉じ込め、コロシアイをさせた、残酷で残虐な、絶望的な黒幕が――。

「待ってよ、まだそうと決まったわけじゃないよ!!そんなの、モノクマがボクらを混乱させるために言っただけかもしれないし……」

苗木くんが慌ててみんなの心をつなぎとめようとする。霧切さんはそれにあっけなく同意するものの、「それも可能性の一つにすぎない」と切り捨てる。

「可能性がある以上は放って置けまい」と言った十神くんに同意するように、腐川さんも「そ、そうよね……“超高校級の絶望”って時点で、黒幕は高校生には間違いないはずだし……」とつぶやいた。

「でもさ、ボク達の中に黒幕がいるとしたら、その人がモノクマを操ってたってことでしょ?だけど、モノクマが動いてるときに、そんな怪しい行動をしている人なんていた?」

「こ、こっそり姿を消して……裏で操ってたのかも……」

「いくらこっそりでも、何回も姿を消してたら誰か気づくよ……」

「じゃあ、モノクマは全自動だったんだべ。会話と行動をあらかじめインプットしとくんだ!」

「だったら、あんなスムーズな会話なんてできないよ」

「いや、誰かが会話を誘導すれば、不可能ではないはずだ」

「そ、そうかもしれないけど……。だ、だけどやっぱり……!」

苗木くんの反論をかき消すように、チャイムがなった。

『えー、校内放送でーす。オマエラ、すでにご承知かと思いますが……これから、このコロシアイ学園生活は、“真の解答編”へと突入しまーす。そこで公平を期すために、学園内の部屋のロックはすべて解除しちゃいます!好きに調べてチョーダイな!思う存分、謎を解いてチョーダイな!うぷぷ……では、学級裁判でお会いしましょう……』

最後に高笑いを残して、モノクマのアナウンスは消えた。私は苗木くんを盗み見る。彼はまだ、消えた画面を食い入るように見つめていた。

「すべてのロックを解除するなんて……ずいぶんと太っ腹ね」

緊張感のない様子で霧切さんがつぶやくと、十神くんが答える。

「……お喋りの時間は終わりだ。さっさと捜査を始めるぞ」

その言葉を皮切りに、十神くん、腐川さん、葉隠くん、朝日奈さんと食堂を出ていった。

その背中に続いて出ていこうとし、直前で思い直して苗木くんを振り返る。念のため、「私も、一人で行くね」と断ると、思いのほか声のトーンが暗くなって、彼が心配そうな顔つきになった。

「……みょうじさん?」

「また、後で」

苗木くんが呼びかける声に背を向けて食堂を出ると、また嫌な気持ちが膨らみ始めた。この中に黒幕がいるかもしれないという恐怖とは別の、小さなわだかまり。

なんでみんな、普通にしてるの。

どうして誰も苗木くんに謝ってくれないの。

裏切って投票して、彼の言葉なんて聞き入れなかったくせに。苗木くんの優しさに、みんなつけ込んでいるんだ。

私ばかりがこんな気持ちを抱いて、当の本人の苗木くんは、いまだにみんなを信じる気持ちを諦めずにいるなんて。

そんなの、みじめじゃないか。




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151207