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彼女だけアリバイがない。それを聞いて、だれもが疑いの目を向けた。しかし霧切さんは怯むことなく、高らかに宣言した。

「……一つだけ言っておくわ。私がここで処刑されたら、この学園の謎は明らかにならない。だから……絶対にそうはさせない……!」

みんなが言葉を失う中、十神くんだけが、「つまり……お前は犯人ではないということか?」と、果敢にも疑問をぶつけた。

「当然でしょ……。私が犯人なんて……そんなわけない……」彼女は一人一人の目を、覗き見るように確認しながら、声を張る。「これは黒幕の罠なのよ……」

「黒幕の、罠?」

私がモノクマを振り返ると、ちょうど高らかな笑い声が響いたところだった。

「この期に及んでボクのせいにする気?……苦しいよ!そりゃ苦しいって!そんな言い訳が通用すると思ってんの!?」

このモノクマの発言は、十神くんが一喝して黙らせた。彼は仕切り直すように、霧切さんに“動機”があったことを指摘する。

霧切さんは戦刃むくろを、【超高校級の絶望】だと言っていた。つまり、黒幕だと思い込んでいた。

戦刃むくろを殺して全てを終わらせようとしたが、彼女にとって誤算だったのは、戦刃むくろが黒幕ではなかったこと。予想外に学級裁判が始まってしまったのだろうというのが十神くんの推理だった。

「動機があって、アリバイがないとなると……こりゃもう確実に霧切っちが犯人なんじゃ……」

「…………」

葉隠くんの追い打ちに、霧切さんは黙り込むのかと思われた。しかしすぐに、面をあげて、反論の姿勢を構える。

「アリバイがないのは私だけじゃない。苗木くんやみょうじさんのアリバイも不十分よ……」

「えっ」

息をのんだ私など、見向きもせずに彼女は続けた。

「死体がスプリンクラーで濡れていないからって、殺人が朝七時半以降に起きたとは言い切れないわ。死体をスプリンクラーで濡らさない方法があるからよ」

霧切さんは現場にあったある物を死体にかぶせれば、濡らさずに済んだはずだと主張した。

「もしかして、あのビニールシートのこと?」

苗木くんが問いかけるのを聞いて、物置で見つけたものを思い出す。

霧切さんは、あのビニールシートを死体に被せれば、スプリンクラーをやり過ごせると言った。片面だけ汚れているのは、その面がスプリンクラーを浴びたからで、死体に面していた裏面が汚れていないのは、スプリンクラーを浴びていないからだ。つまり、このビニールシートが死体が濡れることを防ぐのに使われたのは、瞭然だと主張する。

「そこまでして、死体が濡れるのを防いだ理由はなんだ?」

「おそらく、殺人が起きた時間を誤認させる為じゃないかしら……。さっきの苗木くんのような言い訳をする為にね」

苗木くんに視線が集まる。私は咄嗟に口を開いた。

「確かに、それっぽいのを植物庭園で見つけたけど……。そんなもの、犯人だったら真っ先に証拠隠滅するんじゃないかな?」

「それも……そうだけど」苗木くんが考え込む。「やっぱり……片面だけがキレイな状態っていうのは、おかしいよ……」

彼は、爆破前の死体が、まだ血で濡れていたことを挙げた。そんな状態でビニールシートを被せたら、裏面も血で汚れているはずだと。

「そもそも、その時の死体の血自体が、犯人の偽装工作だとしたら?」

追い討ちをかけるように、霧切さんが言う。

「つまり、犯人はビニールシートでスプリンクラーをやり過ごしたあとで……死体の上から、偽物の血をまいたんじゃないかしら?」

「に、偽物の血って……そんな物がどこにあるのよ……!?」

「わかった!保健室の輸血用の血じゃねーか?前に、山田っちが死んだふりをした時、あいつは、あの血を使ってたはずだべ」

腐川さんと葉隠くんの発言は、霧切さんが否定する。今回使われたのは、現場である植物庭園から偽物の血が調達されていると説明する。

「……ニワトリの血?」

苗木くんが答えた。素っ頓狂な声を上げた朝日奈さんに、彼が説明する。

「事件前に植物庭園の飼育小屋を見た時は、そこに、ニワトリが五羽いたのに……事件後には四羽に減っていたんだ」

犯人はニワトリを殺し、その血を偽装工作につかったのではないか。その苗木くんの推理に、霧切さんが補足した。犯人がわざわざ現場から血を調達したのは、おそらく、うろつく姿を見られたくなかったのだろう、と。

ニワトリが実際に減っていることが、何よりの根拠だと言われれば、納得せざるを得ない。

「だとしても、少々引っかかるな」

十神くんが、人差し指を立て、自分の頭に添えた。

「血をまいたなら、周辺の床にも血が流れているはずだ。あの時の死体は違ったぞ……。汚れていたのは死体の服だけだった」

「確かに……周辺の床がまったく汚れていないのは変ね……」霧切さんは、考え込みそうになって、すぐに面をあげる。「だとしたら、犯人はその場で血をまいたんじゃなくて、前もって白衣に血を付着させておいたのかもね」

「前もって、白衣に血を?」

「あなた達が発見した時の死体って、その白衣をちゃんと着ていたの?」

「いや……袖を通していなかった。上から白衣をかけられた状態だったよ……」

苗木くんから聞いて、霧切さんは「これで決まりね」と笑った。どういうこと?と朝日奈さんが尋ねると、説明してくれる。

「つまり、殺人が起きたのは、スプリンクラーが作動するより前だったのよ」

死体が濡れていないのは、犯人がビニールシートを被せたから。そしてその後、犯人はビニールシートを回収するのと同時に、あらかじめ偽物の血で汚しておいた白衣を、死体の上にかけた。

「犯人は、これら一連の偽装工作を行うことで、殺人が起きた時間帯を誤認させようとしたのよ。殺人は、スプリンクラーが動く、七時半よりも後に起きたんだってね……」

「……」

苗木くんが沈黙した。私は彼と目を合わせたかったけれど、うつむいているせいで、視線が絡まない。

「確かに、その方法なら七時半よりも前に殺人を実行することが可能だな……」

「だけどさ、その偽装工作をする為には……スプリンクラーが終わった後に、植物庭園に行かなくちょいけないよね?」

「たいした時間はかからない……」

朝日奈さんの疑問に、即座に答えたのは霧切さんだ。

「ビニールシートを回収した後、用意しておいた白衣をかけるだけ……それだけならたいした時間はかからないわ。ただ、ビニールシートを廃棄するほどの時間はなかったのね。みょうじさんが、証拠隠滅されなかったことを疑問に思っていたようだけど」

「それは……そうかもしれないけど……」

苗木くんが、胸のあたりの服を掴む。

「朝日奈さんは、食堂で苗木くんたちと会った後、一緒に行動したの?」

「ううん、私は先に体育館に行ってて、二人は後から遅れて来たんだよ……」

「みょうじさんたちは、片時も離れずにいたの?」

片時も、という言葉にやけに力が入っていたせいで、ほんの一瞬だけ離れていたことを、隠しづらくなった。私が倉庫にカップ麺をとりにいったとき、苗木くんは一足先に体育館へ向かったのだ。

「た、確かに、ずっと一緒だったわけではないけど……」言いかけた私の言葉を、霧切さんが「じゃあ、その位の時間的余裕はあったわね?」と遮った。なんだか彼女自身、焦っているようだった。私はすぐさま、声を大きくして否定する。

「ないよ!だって、本当に、数分なんだよ!苗木くんは先に一人で体育館に向かって、私は倉庫で、私と苗木くんの分の朝ごはんを探してたの。でもすぐに見つけて、苗木くんを追いかけたんだよ!苗木くんはお湯の入ったやかんを持ってたから、こぼさないよう気をつけてて、すごく歩くのに時間がかかってたし、私が追いかけて、すぐに会えたもん!」

必死になりすぎて、自分でも何を言っているか分からなくなった。一呼吸を置いてから、とにかく言いたいことをきちんと伝えなければと、付け足した。

「苗木くんに、そんな時間はなかったよ。ニワトリを殺して、白衣を血でよごして……なんてやってる暇、絶対なかった!」

「さっきも言ったけど、偽装工作用の白衣は、あらかじめ準備してあったのよ。みょうじさんは、苗木くんに起こされたと言っていたわよね?彼は、あなたが起きる前に植物庭園へ行って、大部分の支度を済ませた状態で部屋に戻ったんじゃないかしら。そして、自分も今起きた振りをして、あなたを起こした。そして、一人になった隙を見計らって、植物庭園に駆け込み、ビニールシートをどけて、偽装工作の白衣を死体の上にかけた……不可能とは言い切れないはずよ」

「不可能だよ!あの短時間で五階に行くなんて、ぜったいに無理!呼吸だって乱れてて、不自然になるはず!そんなの私が気づくよ!」

「――だとしたら、何かしらのトリックを使ったのかもしれないわね。それは、あとで話し合うとしましょうか」

苗木くんの息をのむ音が、ここまで聞こえた。十神くんが腕を組んで、唸るように考え込む。

「どうやら、霧切の言う通りのようだ。苗木のアリバイは不十分だ……」

「……でも、みょうじさんのアリバイは証明されてる、よね。ボクの方が先に歩いていて、階段にたどり着く前に、追いついたから。道は一本しかないから、別のルートで植物庭園に行くことはできない。つまり、みょうじさんに偽装工作は不可能なはずだ」

「……苗木くん!」

まるで自分と私の間に、線を引くような態度に怯む。疑われてしまうことを厭わない態度に、ぞっとした。目を合わせて、とがめたかったのに、やはりこちらを見てくれない。意図的に避けられているような気がした。

「……さてと、振り出しに戻ったな。苗木のアリバイが不十分となると、容疑者は、苗木と霧切の二人ということになる……」

十神くんが仕切り直すように言うと、朝日奈さんがポンと手を打った。

「あっ……!すごいこと思い出しちゃったんだけど」

「……なんだ、言ってみろ」

「あのさ、現場に、黒焦げになったナイフが落ちてたでしょ?」

「あぁ。爆発前の死体に刺さってたやつだべ?」葉隠くんが引き継いだ。「モノクマファイルによると、腹部から背中までぶっ刺さってたらしいぞ……」

「そのナイフがどうしたの?」

私の問いかけに、朝日奈さんが言い淀んだ。けれど覚悟を決めたように、口を開く。

「あのナイフ……どこかで見た気がしてたんだけど、それを思い出しちゃったんだよね……」

「あ、あたしが……苗木に預けたナイフ……!?」

叫ぶように言ったのは、腐川さんだった。それを聞いて、今朝のやり取りを思い出す。私が気を失っている間の集まりで、探索中に見つかったナイフが、苗木くんに押し付けられたという話だった。そしてそのナイフをしまったはずの引き出しが、空になっていたということも蘇った。

苗木くんが視線を斜めに落とす。固く握ったこぶしを見つめているようだった。

「驚かないということは、とっくに気づいていたようだな……」

十神くんが鋭く探ると、苗木くんは「う、うん……」と弱々しい返事をした。

「だったら、なぜ隠していた?」

「隠していた訳じゃないんだ……。ただ……」

一番離れた位置にいる私から見ても、彼が不安に押しつぶされそうな表情をしているのが良くわかった。

「こりゃ、もう間違いないべ!千二百パーセントの確率で、苗木っちが犯人だべ!」

葉隠くんが苗木くんを勢いよく指差した。私は隣の葉隠くんに向き直る。

「ち、 ちがうよっ!だって、苗木くんは、さっきからすごく推理してくれてるじゃん!自分が不利になるようなことだって、きちんとみんなに説明してくれる。こんなこと、犯人がするはずないよ……!」

「けどよぉ……みょうじっち。当の本人があんな感じじゃ、いくら苗木っちだって、信用ならないべ」

葉隠くんが肩をすくめる。確かに、いつもの苗木くんとは違う、そんな感じはあった。何より今、葉隠くんに真正面から疑いをかけられているというのに、反論一つしないのが気になった。私は思い切り身を乗り出して、声を張り上げる。

「な、苗木くん!!しっかりしてよ!!」

はっと顔をあげた彼が、驚きに目を見開いていた。葉隠くんも、気迫に押されたように、身構えながら一歩退いた。私はつま先立ちして、台に乗り上げてしまいそうな勢いで、彼への気持ちを近付けようとする。苗木くんは、体をこわばらせて立ちつくしていた。

第三の裁判が終わった後、セレスさんのことを、上手く自分の中に消化できなかった私を、彼は慰めてくれた。誰も信じられなくて、そんな自分も嫌で、八つ当たりみたいにわめきちらした私を、苗木くんは、受け入れてくれた。私は悪くないと言ってくれた。

『何を信じていいか分からないなら、ボクを信じて。ボクは、仲間だから。みょうじさんの味方だから』

「私に、『信じて』っていったのは、苗木くんじゃん!その時から、私が信じてるのは、苗木くんなんだよ!」

みんなに見られている恥ずかしさと、言いたいことを言えた高揚感から、火をつけられたのかと思うほど、脳に熱がこもった。今までたくさん諦めてきた言葉がある。言ってもわかってもらえないと、飲み込んできた思いがある。それらを全部、乗り越えた。頑張り続けることを教えてくれた苗木くんのため、私が諦めるわけにはいかなかった。

うろたえているばかりだった、彼の表情が変化した。学級裁判でいつも見せる、凛々しい顔つきに緊張した。ようやく、苗木くんと視線が絡んだ。私に向かってまっすぐな、突き刺すような瞳を向ける。

「な、苗木くん」

「みょうじさん、ありがとう。……そうだよね。ボクが、ボクは人殺しじゃないってことを、誰より分かっているんだ」

彼はつぶやくように言うと、葉隠くんに向き直った。

「ナイフを預かってたからって……どうして、ボクが犯人って事になるの?」

強気になった苗木くんに、葉隠くんがたじろいだ。

「だって、ナイフの傷が致命傷だろ?」

「それは、さっきの偽装工作の話でも明らかになったはずだよ」

さっきは致命傷の話なんてしていないと、混乱した葉隠くんに、苗木くんが順序立てて説明する。

先程の話をまとめると、犯人は、死体にビニールシートを被せた後で、血痕付きの白衣を着させたということになる。つまり、被害者があの白衣を着たのは、死んだ後になるはずだと結論付けた。
 
「それが、どーしたんだって!?」

「ボク達が死体を発見した時……ナイフは、白衣の上から刺さってたよね?死んだ後に着させられた白衣の上から刺さってたナイフが……致命傷になる訳ないんだ!」

「お、同じ箇所を二回刺した可能性はどうなんだ?殺す時と……偽装工作の時と二回だ!」

葉隠くんのこの発言は、モノクマファイルに、「ナイフによる刺し傷は一つ」と書かれていたことを理由に、あっけなく論破される。

「あれも、犯人の偽装工作だったんだよ……。きっと、本当の致命傷に目を向けさせない為に、より目立つ傷をでっち上げたんだ。その後、死体が爆破されたのも、同じ理由だったはずだよ。あの爆破のせいで、死体は激しく損傷し、致命傷がわからなくなってしまった。つまり、証拠隠滅……それこそが犯人の目的だったんだよ!」

苗木くんが声を張ると、裁判場が静まり返った。十神くんだけが眼鏡を押し上げ、口の端をあげた。

「死体発見時にナイフの傷を印象付けておき、その後、死体を爆破する……。そうすることで、最初の印象だけを残したまま。証拠隠滅を図ったということか……」

「……あ、ちょっといい!?そもそもの話なんだけどさ……」朝日奈さんが、口を挟む「結局、あの爆発ってなんだったの?どうして、いきなり爆発なんかしたの?」

彼女の疑問には、十神くんに指示を出されて苗木くんが答えた。

「爆破の後、死体の傍に、小さな破片が落ちてたでしょ?」苗木くんがポケットから、欠けらのようなものを取り出す。「この破片が、あの爆発の原因だったんだよ」

彼は補足として、モノクマを解体した際に出て来た、爆弾だと説明する。なんとなく見覚えがあった私は、納得の声をあげた。朝日奈さんも同じだったようで、「あぁ!」と表情をほころばせた。

「ともかく、これで犯人の目的は明らかになったな。犯人は、ナイフの傷を致命傷に見せかける事で、苗木に容疑が掛かるように、仕向けていたんだ……そんな事をして、得をする人物と言えば……」

十神くんが人差し指を真正面に向ける。指された当の本人は、無言のまま腕を組んだ。

「もう一人の容疑者である霧切響子……お前しかいないはずだ」




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