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武道場に向かう途中の階段で、降りてきた苗木くんと十神くんに鉢合わせた。

「あれ?武道場は……?」

「もう行ったよ」

「ロッカーの中には、ジュラルミン製の矢が、十本ほど入っていた。細さの割にかなり頑丈なものだが、弓がないのでただの細い棒でしかないな」

十神くんが説明するのを見上げて聞いていたら、首が疲れた。数段上がって距離を詰め、少しだけ楽になる。

「あとは、丸められたガムテープがあったよ。しかもそれには、血痕が付着してたんだ」

「えっ……!血痕が?」

「つまり、ジュラルミン製の矢やガムテープも、事件に関係しているのだろうな。……問題は、明らかに事件に関係している物が入っているロッカーの鍵が、何故、霧切の部屋にあったか、ということだがな」

十神くんの言葉には、トゲがあった。けれど、それを責めることができないのは、私も同じ可能性を考えていたからかもしれない。

「それで……二人はどこへ行くの?」

私が問いかけると、苗木くんが十神くんを横目に盗み見た。答えようとしないのを確認してから、おずおずと口を開く。

「フェンリルについて調べるために、図書室へ行くんだよ」

「フェンリルって、戦刃むくろの……?私も、行っていいかな?」

苗木くんがまた、気まずそうな顔をした。私はそれだけで、心が折れそうになる。

「お前を連れて行っても、役に立たんし、こちらが得られる情報は何もない」

「そっか……そうだよね」

十神くんの発言ももっともだ。図書室での調べ物なんて、私には向いていない。それなら少しでも、匂いを嗅いで、情報を集め歩いた方がみんなのためにもなるだろう。

「そしたら私、また植物庭園にいくよ。二人とも、また後でね」

すれ違うとき、苗木くんの表情は見なかった。










『時間は……ありとあらゆる生物、物質、現象に、地味ですが確実な攻撃を浴びせ続けているのです。ボクらは少しずつ、着実にダメージを負っている……その事をもっと自覚するべきなのです。……という訳で、時間ですよー!学級裁判を始めまーす』

モノクマのアナウンスに従い、植物庭園にいた朝日奈さんや葉隠くん、腐川さんと一緒に、学級裁判場の前までやって来た。

しばらくして、十神くんと苗木くんもやってくる。腐川さんがそれに嫉妬して、一悶着あったけれど、もうじきアイツが来るのだから、気を引き締めろと十神くんがたしなめて、場は収まった。

しかし、五分経っても十分経っても、モノクマは現れなかった。こんなに待たされることはなかったので、みんなが動揺し始める。

もしかしたらまた、モノクマが動かなくなっているのではと、葉隠くんがこぼした。

十分ありうる可能性に、私たちがどう動くべきか話し合っていると、それを覆すように、モノクマが現れた。

「……おい、説明してもらおうか。俺を待たせるとは、どういうつもりだ?」

「ボクが?オマエラを待たせた?逆じゃない?オマエラがボクを待たせてるんじゃん」十神くんから苛立ちをぶつけられ、モノクマは憤慨する。「ボクは、オマエラが揃うのを待ってただけだよ。全員そろわないと始められないでしょ?」

「な、何言ってるのよ……あたし達なら……とっくに揃ってるじゃない」

腐川さんが非難すると、モノクマはうぷぷと笑いながら否定した。

「だけど十分も待ったんだし、もういいよね?来ないやつは校則違反ってことで、オッケーだよね?そうと決まれば早速処罰の手配を……」

重々しい赤い扉が開く音と共に、桃の香りが漂った。

勢いよく振り返ると、霧切さんが、色素の薄い長髪を揺らし、立っていた。

「……私ならいるわよ」

みんなが一斉に彼女を見る。

「ちゃんと……来てるわよ」

ヒールの音を響かせながら、みんなの輪の中に進む霧切さん。苗木くんが表情を輝かせ、その名前を叫んだ。

「霧切ちゃん!生きてたの!?」

「ち、違う……ありゃ幽霊だべ……!」

「あ、あんたは黙ってていいわよ……」

怯える葉隠くんを、腐川さんが一喝した。

「はいはい、そこから先は学級裁判でね!ほら、楽しみは後に取っておかないと!」

騒然となった場をたしなめたのはモノクマだった。不満げに呟きながら立ち去ろうとするのを、十神くんが呼び止める。

「遅刻のペナルティーは……特になしでいいのか?」

「ちゃんと来たんだから、校則違反にはならないはずよ?ねぇ、そうでしょう?」

すぐさま反論した霧切さんに、十神くんが顔をしかめた。確認されたモノクマは、彼が機械であることを思い出させる無の表情になって、私たちに背を向けた。

「姑息だね、霧切さんはホントに姑息だよ……。確かに、ペナルティーはないけどさ、だけど、きっと後で後悔するはずだよ……」一度言葉を切ると、振り返る。その時のモノクマは、いつも見せるような怒りの顔になって、爪をぎらつかせていた。「いや……後悔させてやるよ……」

エレベーターに乗るよう促したモノクマが去ったと同時に、みんな一斉に霧切さんに駆け寄った。私も一緒になって近づくけれど、苗木くんの後ろに、控えめに立った。

「霧切さん……!」

「死んでなかったんだね!?」

「当たり前じゃない……」

「よかった……。生きてて良かった……!」

無邪気に喜ぶ朝日奈さん。ほっと安堵の息をついたのもつかの間で、十神くんが、厳しく一蹴する。

「生きていたからといって、俺たちにとって喜ばしい事態とも言い切れんがな」

その意図を聞く前に、葉隠くんが飛び出してきた。霧切さんを指さすと、「そうだべ、そいつは幽霊なんだべ……!」と叫んだ。それを聞いた腐川さんが「だから……あんたは黙ってなさいって……」と、忌々しげに言い放つ。

結局十神くんは、言葉の意図を明かさなかった。

「さっさと行くぞ。続きは学級裁判で話せばいいことだ」

それだけ言うと、一度も霧切さんと視線を合わせることなく、エレベーターに乗り込んだ。

腐川さんや葉隠くん、朝日奈さんが後に続く。私も一緒になって乗り込んだ。

いよいよ地下へ進むという時、苗木くんが霧切さんを呼び止めた。二人は陰に隠れるように引っ込むと、何かを話しているようだった。

「みょうじ」

十神くんが私を呼ぶ。彼は珍しく、人目を気にしているようだった。さまよう視線の先を追うと、葉隠くんと、朝日奈さんと、腐川さんがいがみ合っていた。霧切さんは幽霊だと主張し続ける彼を、二人が説得しているようだった。

「お前はアリバイを語る時、読書をしていたと言っていたな」

植物庭園の物置で、十神くんに話した内容を思い出す。

「う、うん。でも、夜時間のアナウンスが鳴る前の話だから、あんまり関係ないよね……そもそも、一緒にいた苗木くんも眠ってたから、誰もそれを証明することはできないわけだし……」

「……本の内容は説明できるか?」

「えっ、う、うん。夫婦がいて……んっ」

「今はいい」

十神くんに口を押さえられる。私はこくこく頷いて見せ、喋り続ける意思がないことを表現した。

解放されて安堵したのもつかの間、朝日奈さんが声を張る。

「ちょっと、二人とも、何してんの!?早くしないとモノクマに怒られちゃうよ!?」

一瞬、自分たちにかけられた声かと思い、緊張したのだけれど、どうやらエレベーターに乗ろうとしない、苗木くんたちに対するものだったらしい。

やがて二人がエレベーターに乗り込んだ。鉄格子のドアが閉じ、地下へと運ばれる。

深い深い闇の中、誰も何も喋らなかった。

やがて、扉が開いて光に包まれる。眩しさに、咄嗟に閉じた目を、徐々に開いていく。裁判所の正面に座るモノクマが、大げさな身振りで私たちを迎え入れた。

「さてさて、ボクはこの時を待ってたんだよ。久しぶりに全員が集まるこの時をね……。もう、余計な冗談や前置きなんていらないよね」

モノクマの言葉を聞きながら、自分の席に向かった。

私は朝日奈さんと葉隠くんの間。モノクマを背後に。

そして、苗木くんの正面だ。

「まずは被害者の特定からだ」

モノクマが裁判のルールを説明し終えると、十神くんが早々に切り出す。正体不明の被害者が誰なのかを、ハッキリさせる必要があると彼は述べた。

すかさず葉隠くんが「霧切っちだ」と主張して、議論が脱線した。まだ、彼女を幽霊だと信じているらしい。

苗木くんと十神くんが軌道を修正するため、死体と霧切さんの特徴を照らし合わせてくれた。霧切さんが“見られたくない痕”を隠すため、常に手袋をしていること。対して死体が赤いつけ爪をしていたことが、霧切さんではないことの証明となった。人に見られたくなくて手袋をしている人が、人に見られるためのつけ爪をしているなんてあり得ないという。その主張はとても腑に落ちたし、葉隠くんも納得したようだった。

議論を正しい方向へ戻せたけれど、死体の身元を知る方法はないものかと、みんな途方にくれた。

「死体の身元を知るための手がかりなら、ちゃんと残されてたよ」

苗木くんは、被害者の手の甲にあったタトゥーについて語った。霧切さんの部屋で見つけた戦刃むくろのプロフィールにあった、“傭兵部隊フェンリル”について説明する。

「フェンリルに所属する兵士たちは、自分が組織の一員であることを示すために、必ず体のどこかに、フェンリルを表す刻印を刻んでいるらしい」

十神くんが補足する。きっとこれが、図書室で得た情報なのだと一人納得する。

「フェンリルを表す刻印……?」

「狼だよ。それがフェンリルを表す刻印なんだ」

朝日奈さんの疑問に苗木くんが答える。すると、意外な方角から言葉が続いた。

「フェンリル……終末の狼……。北欧神話に登場する、狼の姿をした巨大な怪物のことよ……」腐川さんが誰とも視線をからませないまま語る。「北欧神話のトラブルメーカーであるロキと……女巨人アングルボザの、間の子であるとされている……」

「久々に文学少女の片りんを見たべ」

「狼の刻印って……じゃあ、もしかして!」

朝日奈さんがひらめきの声をあげる。苗木くんが力強く頷いた。

「そうなんだ。あの死体にあったタトゥーは、狼のタトゥーだったんだよ」

あの死体の人物は、フェンリルに所属していた過去を持つ人物……つまり、“戦刃むくろ”である、というのが苗木くんの出した結論だった。

「ちょ、ちょっと待ってよ……戦刃むくろって、黒幕の正体だったはずじゃ……」

朝日奈さんの言葉に、背後で大笑いが起きる。振り返ると、モノクマが文字通りお腹を抱えて笑っていた。

「アッハッハッハ!驚いてるみたいだね!だけど、大正解だよ!そうなんだ。今回の学級裁判は、“戦刃むくろ殺し”の学級裁判だったんだよ!!」

「ど、どういうこと……?黒幕が死んで、その学級裁判が開かれるなんて……?」

腐川さんの疑問には、十神くんが答える。

「そうじゃない。戦刃むくろが黒幕だという前提自体が間違っていたということだ」

彼は、そもそも【超高校級の絶望】という肩書きが正しいかも怪しいと言う。プロフィールには、【超高校級の軍人】としか書かれていなかったと説明した。

「確か、あの情報の出元は……霧切響子。お前が苗木に教えたんだったな?」

十神くんに指差されたにも関わらず、霧切さんは顔色ひとつ変えなかった。ただ無言を貫き通す。

「つまり、霧切っちの情報が間違ってたってことか?」

葉隠くんの言葉に、私はうつむく。霧切さんと学園長室に忍び込んだ時、かなり慌ただしかったから、その可能性は捨て切れなかった。

「それじゃあ……戦刃むくろって何者だったの?ずっと姿を消してて、ようやく現れたと思ったら、殺されちゃってるなんて……」

「ふ、普通、重要な登場人物が死ぬ場面ってのは、もっと描写がまどろっこしくなるものなのに……」

「つまり、重要な登場人物ではなかったということだ。戦刃むくろは俺たちと同じ、ただの参加者でしかなかったんだよ……」

十神くんの発言により、黒幕は誰なのかという疑問の言葉があがる。「やっぱり、希望ヶ峰学園の学園長なんじゃ……」という腐川さんのぼやきは、霧切さんが即座に否定した。

「だが、戦刃むくろの情報だって間違っていたんだ。その情報も怪しいもんだな……」

「私の情報は間違っていないわ……」

目の色を変えた霧切さんを見て、以前の脱衣所でのやり取りを思い出した。

「黒幕は学園長の可能性が高い」とアルターエゴが言っていたことを苗木くんが口にしたら、霧切さんは強く否定した後に、「まだ確信は持てないけど」と付け足したのだった。彼女にしては珍しい、曖昧な言葉が印象に残ったのだ。

「はいはいッ!今は学級裁判中ですよ!!」

脱線した話題を戻したのは、モノクマだった。戦刃むくろを殺したクロを解き明かすのが先だと、私たちを急かす。さらに改めて、学級裁判が起きるのは、学園の生徒たちの間で殺人が起きた場合であると解説した。

「つまり、被害者も犯人も生徒の誰かということだな?」

「じゃあ、戦刃むくろは、この中の誰かに殺されたって事……?」

パニックになった葉隠くんや腐川さんに、十神くんが喉を鳴らして笑う。

「……慌てるな。既に容疑者は絞られている。……なぁ霧切?」

急にふられたのに、彼女は動揺を見せなかった。顔色を変えず、「……何故私なの?」と尋ねる。

「いいだろう、説明してやるか……。昨日の夜時間直後に、俺は植物庭園に行っている。そして、そこで確認しているんだ。その場所に死体がなかったことをな……。つまり、殺人が行われたのは、俺が植物庭園に行った以降ということになる……」

彼はそこで一呼吸を置き、全員を見渡す。

「だがな……その後、俺と葉隠と腐川と朝日奈は、ずっと体育館にいたんだ」

「体育館に?」

霧切さんが、目を見張った。

「俺達四人は、体育館でモノクマの解体作業に取り掛かっていたんだよ。その間、俺達は警戒のため、単独行動を避けていた。トイレに行くのも二人で行った程だ。つまり、俺達四人にはアリバイがあるんだ。それも、完璧なアリバイがな……」

「……分かったわ。あなたたち四人のアリバイはね。だけど、苗木くんとみょうじさんは?」

ふいに視線を向けられて、ドキッとする。昨夜、苗木くんの部屋に現れた彼女は、私たちの事を知っているはずなのに……。妙に思いながらも、黙り込むのもおかしいと考え、説明する。

「私は、昨日夕方ぐらいから、朝まで苗木くんの部屋にいたよ」

「一晩中、二人で……?」

朝日奈さんが上ずった声を出し、顔を赤らめた。私は十神くんが言ったような、妙な想像をされていることを察し、必死に首を横に振る。

「ちがうよ!看病してたのっ!苗木くんが寝てからは、本を読んでたんだけど――」

夜時間の直前ぐらいに読み終わり、そのまますぐに眠ってしまったのだ。そう伝えようとしたら、遮るように十神くんが口を挟んだ。

「お前は夜時間のアナウンスや、迎えに来た俺のチャイムにも気づかないほど、読書に熱中していたんだったな」

ぎょっとする。十神くんを凝視してしまうけれど、彼は平然としていた。その意図が分からず、どう答えるべきか悩んでいると、その前に彼が、「本のあらすじを説明しろ」と言った。

混乱したけれど、私は本の内容を説明した。たどたどしくて、聞けたようなものじゃなかったはずなのに、みんなは最後まで、口も挟まず待っていた。

「……間違いない。こいつの発言内容に関しては、俺が保証する」全部を話し終えた時、十神くんが静かに呟く。「本の厚さや渡した時刻、みょうじの読む速度を考えたら、一晩ぐらいかかってもなんら不思議じゃない。本を読みながら殺人を犯すなんて芸当、こいつには無理だろうな」

確かに私は犯人じゃない。だけど、こんな無理やりなアリバイの証明は、明らかにおかしい。

十神くんが嘘をついているのは、覆面の人物に襲われたことを知っている苗木くんなら気づいたはずだ。だけど、咄嗟に見た彼は、何も言わない。目も合わなかった。

なんのために十神くんが嘘をつくのか、私にはわからなかった。けれど、ここで否定したら、嘘をついた十神くんや、黙秘した苗木くんに不要な疑いをかけられてしまうかもしれない。そう思うと、何も言えなかった。

「そしてその後、読書を終えたみょうじは、眠りに落ちたんだったな。……起きたのはいつだ?」

「め、目が覚めたのは朝だよ。苗木くんが起こしてくれたの」

「これは、苗木からも同じ話を聞いている。確かに二人の証言は一致している」

霧切さんに向けて、十神くんが言った。彼女は腕を組み、呆れたような表情をする。

「そんなの、アリバイと言えるかしら。同じ部屋にいたと言っても、二人とも寝ていたんじゃない。どちらか片方が、こっそり抜け出していた可能性は捨てきれないわ」

霧切さんの言うことは、もっともだった。けれど、明らかに向けられた疑いの目が、私の心臓を萎縮させた。悪意を向けられているような気分になる。まるで彼女は、私たちを疑っているような口ぶりだった。

「……あのさ、ちょっといいかな?さっきのアリバイについてなんだけど」

空気を変えるように発言したのは、苗木くんだった。十神くんが不機嫌そうに、「……何か反論があるのか?」と尋ねる。

「反論というか……殺人が起きた時間帯をもう少し正確に割り出したいんだ。そうすれば、何かわかるかも……」

苗木くんの提案に、葉隠くんが協力した。彼は十時頃、十神君と一緒に植物庭園に死体がないことを確認していると発言する。

そこから死体を発見するまでの時間――つまり腐川さんがツルハシを取りに行った九時までの間に、殺人事件が起きたのだと、葉隠くんがまとめた。

「ボクは……昨日は夜時間前から寝ちゃってたんだ。だから、夜十時以降のアリバイはないし、みょうじさんのアリバイも証明してあげられないんだけど……」自分の胸に手を当てて、全員に訴えかけるように続ける。「でも、ボクとみょうじさんは、朝の九時より前に、みんなと合流したはずだよ?」

「食堂で私と会ったよね?あれは確か……そうだ、七時三十分くらいだった!食堂に入る時に確認したから間違いないよ!」

「つまり、苗木っちとみょうじっちのアリバイがねーのは、夜十時から、朝七時半までの間……ってことだな」

「殺人が起きたと思われる時間帯は、夜十時から朝九時までの間なんでしょう?……それだけの時間があれば、殺人は可能なはず……」

霧切さんが考えこむように呟いた。苗木くんがすかさず反論する。

「いや、殺人が起きたのは夜十時以降じゃない。確実に、もっと後だったはずだよ」

「……なんでそーなるんだべ?」

葉隠くんが尋ねると、苗木くんが「植物庭園のスプリンクラーだよ……」と人差し指を立てた。そのわざとらしい動作に妙な違和感を覚えたのだけれど、それはうまく言葉にできず、わだかまりとなって私の胸に残った。

苗木くんは、スプリンクラーが、毎朝七時半に水をまく設定になっていたことを説明する。つまり、死体が朝七時半よりも前に植物庭園にあったら、あの死体は水で濡れているはずだというのが、彼の主張だった。

これには腐川さんが、「死体は濡れていた」と反論した。それは、爆発のせいで死体が燃え上がり、それを鎮火するために水をかけたことを、彼女が覚えていないせいだった。その時ジェノサイダーだった彼女は、爆風によって吹き飛ばされ、茂みで気を失っていたのだから、無理もない。

苗木くんは彼女のために説明する。スプリンクラーで濡れたのなら、全体がびしょ濡れになっているはずだけど、爆破後の死体は上半身だけが湿っていた、と。

「そして、死体がスプリンクラーで濡れていないのなら、植物庭園で殺人が起きたのは、スプリンクラーが作動する朝七時半以降ってことになるはずだよ!」

「じゃあ、殺人が起きたのは、朝七時半から、死体を発見した九時までの間だな」

葉隠くんが手を打った。苗木くんの主張のお陰で、彼と私のアリバイが成立する。ちらりと横目に見た霧切さんは、視線を斜めに落として、何かを考え込んでいるようだった。

「そうなると、アリバイがないのは、霧切だけということになるな……」

十神くんの言葉に、息をのむ。そしたら、戦刃むくろを殺した犯人は……。

そんなはずないと思いつつ、膨らむ疑念が抑えきれない。あの霧切さんが、人を殺すなんて信じられないが、先ほどからの裁判の様子に、自信を持って否定できなくなる。

考えそうになった可能性を振り払うため、私は彼女を見据えた。そして、私は霧切さんを信じるんだと、自分の心に言い聞かせた。




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