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モノクマファイルには、爆破による損傷が激しいこと、そのため死体の身元が不明であることが書かれていた。

さらに、爆破は被害者の死後、行われていること。腹部のナイフの傷は、背中まで達していること。このナイフによる刺し傷は、一ヶ所のみであること。後頭部には、鉄パイプ程度の太さの棒状のもので殴られた跡があることが記されていた。

他には、全身に数多くの傷跡があるが、ここ数日のものではなく、以前からあった傷のようだと書かれていた。けれど、これは事件には関係なさそうだと判断し、私はファイルを閉じた。

「モノクマファイルにも、覆面の正体は書かれてないね」

私がつぶやくと、朝日奈さんと葉隠くんが頷いてくれた。腐川さんは、モノクマファイルも見ずに、十神くんを追っていった。

苗木くんは、まだファイルを見つめていたけれど、やがてそれをデスクに置いて、私たちを見渡す。

「ボク、植物庭園に行くね」

「私たちも行くよ」

「うん。……でも、気になるから、先行くよ」

彼が情報処理室を出て行く間、全く視線が合わなかった。私はそれに、傷つきながらも振り返る。

「私たちも行こうか……。ここには何もなさそうだし」

みんなも同意見だったらしく、一緒になって植物庭園へ向かった。

「みょうじちゃん、苗木と喧嘩でもしたの?」

朝日奈さんが心配そうに覗き込んできた。「えっ」と上ずった声をあげてしまう。

「俺の占いによると、みょうじっちは霧切っちが居ないのをいいことに、苗木っちにアピールして振られたべ!ズバリ、気まずいべ!」

「……葉隠くん、超高校級の占い師なのに……違うよ」

どんよりした気分のまま廊下を歩いた。苗木くんのことを考え込みそうになって、今はそれどころではないと思い直す。必死で捜査しなくてはいけない。私たちは、こんなところで倒れるわけにはいかないんだ。

たどり着いた植物庭園は、やはり薬品の匂いが充満していた。霧切さんの匂いが確認できないことが、幸いなのか、そうじゃないのかわからない。

既に到着して、捜査を始めている十神くんたちを通り抜け、覆面から離れた。推理で役に立てない分、せめて何か見つけようと、小屋へ入ってみる。

中は埃っぽく、ゴチャゴチャしていて、典型的な物置なのだと感じた。ツルハシが奥に立てかけられているのを見て、これが話題のツルハシかと、納得する。手にとって確認すると、確かに持ち手部分に、「暮威慈畏大亜紋土」と書かれている。

何かないかと辺りを見回して、目立つように落ちているビニールシートが、水に濡れているのが気になった。

持ち上げて確認すると、表面が、土や泥で汚れている。けれど、裏面は綺麗なままで、濡れてすらいない。

誰かに意見を聞いてみようと小屋を出ようとしたら、その前に扉が開いて、人が入ってきた。振り返ると、先ほどまで覆面の様子を確認していたはずの、十神くんがいた。

「あっ、十神くん……」

「聞きたいことがある」

彼が距離を詰めた。威圧するような雰囲気に、戸惑い身構える。見上げると、腕を組んだ彼が問いかけた。

「お前の、昨夜のアリバイを聞かせろ」

「アリバイ……?」

「あぁ。お前が昨日、夜時間をどう過ごしていたか、簡潔に説明しろ」

私は、十神くんの放つただならぬ気配に怯えながらも、昨日の記憶をたどり、丁寧に出来事を話した。

話しているうちに、十神くんの顔が、どんどん険しくなるので、覆面の人物に襲われたことが、言いづらくなった。それでも、伝えるならこのタイミングだと考え、話を続けようとするが、十神くんに「待て」と遮られる。苗木くんの部屋で眠りこけてしまったことを話した直後だった。

「お前と苗木の話は確かに一致している……」

「それってつまり、私たちのアリバイが証明されたってこと……かな?」

「……お前は苗木とどういう関係なんだ?」

唐突な質問に、言葉に詰まった。しかし、黙り込んだだけでは許されなさそうな、鋭い視線を向け続けられて、たまらず、弁解するように話す。

「べ、別に……十神くんとかと変わらない、普通のお友達だよ」

「お前は“普通のお友達”と、誰かれかまわず寝られるのか?」

彼の言葉には、明らかな侮蔑の意味が含まれていた。私は必死で首を横に振る。

「そ、そういう意味じゃないよ!昨日は、仕方ないんだよ。苗木くん、具合悪かったから!それに、別に同じ布団で寝たとかそういうわけじゃ……」

十神くんは聞く耳持たずといった様子で、深いため息をついた。私に背を向けると、出て行く直後に振り返る。

「モノクマの言葉を借りるのは癪だが、お前は確かに、危機管理が甘すぎる。苗木はあれでも、男だぞ」

閉まった扉の音が、やけにむなしく響いた。じわじわと、のぼりつめた羞恥心が、首や耳の裏を熱くする。

苗木くんが、男の子だってことくらい、きちんと分かっている。

蘇った昨夜の記憶に、私はますます目眩がした。










なんとか気持ちを落ち着かせ、私は倉庫を出た。みんながそれぞれ捜査をしている中、真っ先に苗木くんに目がいってしまい、せっかく冷ました熱が、また上昇してくるのを感じた。

苗木くんは身をかがめ、覆面の周辺に落ちている、破片を拾っているところだった。つまんだそれを観察しようと、彼が体を起こした時、目が合ってしまう。盗み見していたことを知られてしまった。

恥ずかしくて、とっさに視線を逸らしてから、後悔した。今のは感じが悪かったかもしれない。苗木くんに謝らなきゃ、そんな気持ちはあるのに、まったく体が動かなかった。

「みょうじちゃん!」

朝日奈さんが駆け寄ってきて、私の肩を叩いた。

「ごめんね!最初の死体の状態を忘れちゃって……一緒におさらいしたいんだけど良いかな?」

「う、うん。もちろんいいよ!」

朝日奈さんから、一度だけ、視線を苗木くんに戻した。彼は既にそこを離れ、植物庭園を出て行くところだった。タイミングを逃してしまったことへの後悔と、「やっぱり避けられているのかも」という不安が、胸に膨らむ。

爆発前の死体の状況について、朝日奈さんとおさらいする。

まず、大きな特徴として、覆面で顔が覆われていること、白衣で体が隠されていることが挙げられた。

さらに、お腹にはナイフが刺さっていて、その周辺の衣服が血で濡れていたことを、二人で確認し合う。

「血は止まってたけど、白衣の血は乾いていなかったんだっけ?」

「うん。……そういえば、血の量のわりに、周りの床は汚れてなかったね」

「確かに……なるほどね!助かったよ!みょうじちゃんのおかげで、だいぶ思い出せた!」

「私こそ整理できたから、助かったよ〜」

朝日奈さんと別れ、それぞれの捜査を再開する。しばらく植物庭園を回っていたけれど、大した発見が得られなかった上に、薬品の匂いに酔って、気分が悪くなってしまった。

私は一度外に出て、同じ階にある武道場へ向かった。あまり事件には関係ないだろうなと思ったけれど、桜の香りが恋しくて、向かわずにはいられなかったのだ。

武道館に入って深呼吸をする。桜の匂いに満たされたのだけれど、その中にひとかたまりの、異質な香りを感知した。私は誰もいない武道館、地面を這って、それを探る。武道館にある、木造ロッカーの前にたどり着き、一番右の扉の中から鉄の匂いが漂っていることに気付いた。

「これって……」

嫌でも嗅ぎ慣れた香りに、眉をひそめる。恐る恐るロッカーの中身を確認しようとするけれど、鍵がかかっているのか、開かない。

改めて観察すると、他のロッカーには木の札がささっているのに、ここだけ何もささっていなかった。周辺に落ちていないか探すけれど、見つからない。こじあけることも難しそうなので、人を呼ぶ為に武道場を出る。

植物庭園に戻ると、十神くんや苗木くんと、入口ですれ違った。

「あ、二人とも……」

苗木くんは先程、植物庭園を出ていったはずだ。いつの間に戻ってきたのだろう。混乱し、思わず呼びとめると、素早く十神くんが振り返った。

「なんだ」

「あの、武道場に気になるものがあって、一緒に来てほしいんだ」

「それは急ぎか?」

何故か責めるような口調で問われ、首を横に振る。「なら後にしろ」と言われ、私は二人がこれからどこへ向かおうとしているのか気になった。

「……どこ行くの?」

「霧切の部屋だ」

苗木くんが振り返って、妙な表情をした。私の方には向けられなかったけれど、十神くんの横顔を見つめている。まるで、秘密にしておいてほしかったような反応だ。苗木くんが、彼女の部屋へ行くことを提案したのかもしれないと、なんとなく予感した。

「……私も行っていいかな?」

「かまわんが」

十神くんの返事に、苗木くんが困り顔をする。

「な、苗木くん……ごめん、大丈夫?」

「えっ、……なんで謝るの?みょうじさんも一緒に行こう」

いつもに比べるとぎこちない笑顔だったけれど、ようやく見れた表情の緩みに、安心した。安心してから、まるで苗木くんの顔色をうかがっているみたいだと考え、セレスさんに気に入られようと必死だった自分を思い出してしまった。










十神くんが霧切さんの部屋の鍵を開けた。真っ先に入った苗木くん。続いて十神くんが入るかと思ったら、意外にも視線で促された。二番目に部屋に踏み入れると、彼女の香りがふくらんだ。恐る恐る奥へ進むと、苗木くんが所在なさげに振りかえった。

「えっと……」

彼は捜査のためとはいえ、女の子の部屋を無遠慮に見回っていいのか、悩んでいるようだった。私は彼が動きやすいように、真っ先に観察を始めた。そして、一番に目に入ったのは、ベッドの上に掛け布団がないことだった。苗木くんの部屋に布団を持ってきて、私にかけてくれたのは、やはり彼女だったようだ。

「これ……」

ベッドに夢中になっていたら、苗木くんが声をあげた。振り返ると、手に「六」の字が掘られた木の札を持っている。

「……なんだ、それは?何に使う物だ?」

後から入ってきた十神くんが、苗木くんに聞いた。

「多分、鍵だと思うけど……。ほら、銭湯の下駄箱とかで使われてる鍵……これとそっくりだよね?」

「知らんな。銭湯なんかに行ったことはない」

「あ、それ……!」

私は苗木くんに駆け寄って、彼の持つ木の札に鼻を寄せた。桜の匂いが漂い、確信する。

「やっぱり!武道場のロッカーの鍵だ!」

「……どういうことだ?」

「武道場のロッカーの中から、変な……鉄のにおいがしたの。だけど、一つだけ開けらんなくて……。こんなところに鍵があったんだね……」

私の言葉を聞いた十神くんが、考え込むような伏目がちになる。しかしすぐに面をあげ、苗木くんに向き直った。

「……わざわざ、こんな部屋まで来て、お前は何を調べようとしている?」

苗木くんは人差し指め頬をかきながら、遠慮がちに答える。

「具体的に何をって訳じゃないんだけど……何か手がかりがないかと思って。霧切さんのことが分かる手がかりが……」

「まさか……その程度の根拠で、わざわざこの俺を付き合わせたのか?」

「ご、ごめん……」

十神くんの眉間にしわが寄るのを見て、申し訳なさそうに苗木くんが謝罪した。

どうして苗木くんは、霧切さんのことを調べようと思ったのか、疑問を抱く。彼は植物庭園で殺された人を、霧切さんだと考えているのだろうか。

そうすると、昨日、苗木くんを襲った覆面が、犯人なのかもしれない。苗木くんを襲おうとしたところを霧切さんに邪魔され、それで、そのまま霧切さんを……?

だけどそうすると、私に布団をかけてくれたのは、霧切さんではないということになってしまう。ここに、霧切さんの掛け布団がないことと、つじつまが合わない。

そもそも、あの覆面をかぶった人は、誰なんだろう。どうして苗木くんを襲おうとしたのだろうか?

私たち以外のメンバーは、ずっと一緒に過ごしていたから、アリバイがあるらしい。

そうすると、昨日苗木くんを襲いに来たのは、私たち以外の人物……つまり、黒幕ということになる。

苗木くんを守るため、黒幕を返り討ちにした霧切さんは、勢い余って覆面の人物を――。

「闇雲に探していては、時間がいくらあっても足りんぞ」

考えこんでいたところを、高圧的な声に遮られる。はっと振り返ると、彼が不機嫌そうに苗木くんを見下ろしていた。

「もっと具体的な根拠はないのか?ここで何をすべきか、ハッキリさせる根拠だ」

「あ……!そういえば!」

ひらめきの声とともに、苗木くんがポケットから取り出したのは、封筒だった。蘇るのは、霧切さんが「決意表明」といって、彼に預けていた姿だ。彼女は、“もしもの事”があった時、開くように言っていた。

「あった!」

「なんだ、その封筒は……?」

「霧切さんに渡されたんだ。“もしもの事”があったら、中を見てみろって……」

苗木くんがかざすと、十神くんが重々しくうなずく。

「なら開けてみろ。今はその、“もしもの事”があった後だ……」

「う、うん……」

おずおずと封筒を破った彼が、私たちにも見えやすいように、中身を広げてくれる。そこには整った字で『ベッドシーツの下』とだけ書かれていた。

「封筒に入っていたのはそれだけか?」

「うん、そうみたい……」

苗木くんが疑わしげな眼を、ベッドに向けていた。動こうとしないのは、触れていいものか、悩んでいるのかもしれない。私は前に出て、霧切さんのベッドシーツに手をかけた。引きはがしてみると、下からくしゃくしゃの紙が、一枚出てくる。

「これ……!」

私はそれを手に取って、二人の元へ戻った。一番上に大きな文字で、『戦刃むくろ』と書いてあるのが、目に入った。

「それは……戦刃むくろのプロフィールのようだな」

「そうみたいだね……」

霧切さんが学園長室から持ち出したのは、あの鍵と、プロフィールだったようだ。苗木くんがモノクマに尋ねた時、“鍵”と“ほにゃらら”を盗まれたという言葉を思い出していた。

「感傷に浸っている時間はないぞ。さっさと確認だ」

黙り込んでいた私の手から、十神くんがプロフィールを奪い取った。

「『希望ヶ峰学園、第78期生学生名簿。氏名、戦刃むくろ。性別、女性。超高校級の軍人』」

彼はそれを、私たちにも分かるように、淡々と読み上げた。

「『細身の外見にはそぐわず、あらゆる武器の扱いに長けた戦闘のスペシャリスト。幼少の頃からミリタリーに特別な興味を抱き始め、その世界にのめり込んでいった。小学校高学年の頃に、国際サバイバルゲーム大会で優勝。それと同時に、現代軍事関連誌などでの執筆も始める。中学入学直前、家族旅行で行ったヨーロッパで失踪してしまう。当時は日本人少女誘拐事件として、新聞やニュースにも取り上げられる騒動に発展したが、当局の捜査もむなしく、彼女が見つかることはなかった。しかし、その三年後、突如として単身で日本に帰国。彼女は、姿を消していた三年間を、“傭兵部隊フェンリル”で過ごしていたと告白。誘拐された訳ではなく、自らの意思でら、傭兵としての訓練を受けていたという。だが、どうして今になって突然の帰国を果たしたのか、その理由に関しては、不明のままとなっている』……フェンリルか……こんな所でその名前を聞くことになるとはな」

最後に感想を付け足した十神くん。現実離れしたプロフィールを、フィクションのような気持ちで聞いていた私は、驚いた。苗木くんも同じだったようで、「……え?知ってるの?」と目を見開く。

「傭兵部隊フェンリル……。狂った戦争屋連中の集まりだ。だが、何かと便利に働いてくれる連中でもある。覚えておいて損はないぞ……」

「いや明らかにボクとは無関係の世界だし……」

「だが、少々気にかかるな。確か、噂ではフェンリルはすでに……」

十神くんが言いかけた時、私たちの足元から、声が飛ぶ。

「雑魚キャラっぽい主人公と、主人公っぽい雑魚キャラと、雑魚キャラっぽい雑魚キャラみーっけ!!」

「わっ……!」

「モ、モノクマ……ッ!」

驚き、飛びのいた私と対照的に、十神くんは落ち着いていた。苗木くんは、うっすらと汗を浮かせる。

「おやぁ……?オマエラが手にしているのは……?ありゃりゃ!そのプロフィールを見ちゃったのねッ!」

「だ、だったら……どうだって言うんだよ……」

警戒する苗木くんに対しモノクマは、意外にも「責める気はない」と断言し、盗んで隠した霧切さんにも罪はないと言った。ドロボウ禁止という校則がない以上、彼女を裁くことはできないらしい。

ただ、校則違反をし、学園長室の鍵を壊した大神さんには怒っていた。死体を引っ張り出して切り刻もうかなんて、物騒なことを言う。

「……校則違反は許さない。あくまで校則にこだわっているようだな……」

十神くんの問いかけも、あっさり肯定する。学園生活は校則の上に成り立っているとか、学園長たる自分は校則を守らなければとか、今までの残虐な行為とはかけ離れたことを次々口にした。

「ほぅ……校則を守るか……。では、その校則はお前自身にも適応されるんだな……?」

「当たり前じゃん。オマエラに不公平だって騒がれるとムカつくし!そして、こだわるついでに……オマエラにいい事を教えてやるよ」

「いいこと?」

苗木くんが復唱すると、モノクマは続ける。

「その校則の適応者について……。つまり、コロシアイ学園生活の参加者についてだよ」

モノクマは、最初の学園ホールに集まった人数が、十六人だったことから、私たちが勘違いしているのではないかと言った。一人一人の顔を思い浮かべている間に、苗木くんが「か、勘違いってことは……」と続きを促す。

「そう。十六人じゃないんだ……このコロシアイ学園生活に参加している高校生は、“全部で十七人”だったのです!」

「…………なぜだ。なぜ、わざわざ俺達にそんなことを教える?」

重々しい口をひらいたのは、十神くんだった。

対するモノクマは、それが大した理由じゃないとでもいうように、容易く説明してみせた。

その理由として、先ほど明らかになったように、コロシアイ学園生活が生中継であること。大勢の視聴者がいるので、ルールをはっきりさせておき、後からのクレームを防ぐ必要があることを語った。

「さて、ボクのヒントは以上だけど……おまけに報復として、もう一つだけ教えちゃおうか」

「報復……?」

「姑息な霧切さんへの仕返しとして、今度は、ボクが彼女のプロフィールをバラしちゃうの!」息を呑む私と苗木くんなど気にした様子もなく、モノクマは続ける。「彼女ってさ、年がら年じゅう、辛気臭い手袋を身につけてたでしょ?ここだけの話、あれってね……両手にある、“人に見せたくない痕”を隠すための物らしいよ」

それだけ捲し立てるとモノクマは、「後ほど学級裁判でお会いしましょう!」という不吉な言葉と、高笑いだけを残して、あっけなく立ち去った。

「霧切さんが手袋をつけていたのは、両手にある“人に見せたくない痕”を隠すため……?まさか、手の甲にある痕って……」

苗木くんが考え込むように呟く。

「何か心当たりがあるの?」

「えっと……植物庭園にあった死体なんだけど、手の甲に、妙なタトゥーがあったんだ。モノクマが言ってたのって、もしかしてそれのことかなって……」

「え……?タトゥー?」

きちんと近づいて、捜査をしなかったせいで、全く覚えがなかった。苗木くんに詳しく話を聞こうとしたら、遮るように十神くんが言う。

「それより、今の“モノクマの罠”について探るのが先だ」

「モノクマの罠?」

私と苗木くんの声が重なる。十神くんが忌々しげに顔を歪めて、舌打ちをした。

「お前らの鈍さは、もはや、神が与えたペナルティーだな。今、モノクマが言ってたことをもう一度よく思い出してみろ……。学園生活のメンバーには、十七人目の高校生……つまり、戦刃むくろも含まれる。つまり、戦刃むくろも校則の適応者……モノクマはそう言いたかったんだろうな」十神くんがプロフィールをデスクに叩き付けるように置いた。コツコツと、靴音を鳴らして部屋を歩きだしながら、続ける。「だが、モノクマはなぜ、このタイミングでそんなことを言ったんだ?」

「後で文句が出ないように、ルールをハッキリさせておく為って言ってたけど……」

「裏を返せば、戦刃むくろは、今回の事件に関係しているということになるはずだ。だからこそ、モノクマは前もって十七人目の高校生の存在を明かしたんだ。アンフェアにならないようにな……」

「戦刃むくろが事件に関係している……?」

「ひょっとしたら、霧切響子を殺した犯人は、戦刃むくろなのかもな……」

「……えッ!?」

苗木くんの仰天する。私も息を呑んだ。

十神くんは、硬く拳を握りしめ、何かに憤るように呟いた。

「戦刃むくろが犯人だとすると、学級裁判が開かれることにも納得できる……これも間違いなく、生徒同士の殺し合いということになるんだからな」

私は口を挟もうとした。殺されたのが霧切さんだとすると、つじつまが合わないことがある。けれど、それを伝えようと口を開くより前に、十神くんが言った。

「……と、そこまでなら誰にでも想像のつくことだな」私は言葉をごくりとのみこんだ。十神くんは、こちらに背を向けて部屋を観察しながら、構わず続ける「実際、捜査開始当初の俺も、その可能性を信じ込んでいた……。だが、さっきのモノクマの発言で、考えが変わった。戦刃むくろは犯人ではない……!」

「え……?どうして……?」

こちらを振り向いた十神くんに、苗木くんが問いかける。彼は、その疑問に淡々と答えた。

「【超高校級の絶望】戦刃むくろは、黒幕の正体と考えられるはずだった。だとすると、おかしいとは思わないか?どうして黒幕が、自分に不利になるようなことを、わざわざ言ったりするのか……」

「そう言えば……そうだね」

「戦刃むくろが怪しいと思わせるような発言をあえてするということは……逆に戦刃むくろは犯人ではないということになるはずだ」

十神くんが、“モノクマの罠”という言葉を使った意図を理解した。

「だから、罠……」苗木くんも気づいたらしい。十神くんの言葉をまとめる。「戦刃むくろを怪しいと思わせることで、ボクらを間違った答えに誘導しようとする罠……」

でも、そしたら犯人は――。

先ほど思い至った一つの可能性が、脳裏をよぎる。私はそれを振り払うように、俯いて、目を閉じた。

「……さてと。どうやらこの部屋にはもう用はなさそうだな。だったら次の場所へ行くぞ。他に捜査すべき場所が見つかったはずだ」

「武道場だよね……。この木の鍵を確認して、ロッカーの中身を見てみないと」

苗木くんが言うと、十神くんは颯爽と身を翻す。

「……では行くぞ」

言うと同時に歩き始めた彼を追う。霧切さんの個室を出て、三人で武道場へ向かおうとした時、桃の香りが鼻をかすめた。足を止めて振り返るけれど、霧切さんの姿はない。匂いの元を探ろうと、その場にしゃがんだら、少し先を歩いていた十神くんが、私の名前を呼んだ。

「何をしている」

苛立ちを含んだ口調に、不確かな情報を与えることが躊躇われた。とっさに「ごめん、調べたいことがあるんだった!二人とも先に行ってて!」と叫ぶ。私の言葉を聞いた途端、すぐに背を向けて歩みを再開した十神くんに対し、苗木くんは姿が見えなくなるまで、こちらを気にしているようだった。

私は二人が学校エリアに向かった後、地面を伝って匂いの元をたどる。

夢中になって鼻をきかせていたら、頭が何かにぶつかって、がシャンと音を立てた。顔を上げると、階段と鉄格子のシャッターが目に入った。振り返って、ここが寄宿舎の二階へ続く階段だと気づく。霧切さんの匂いは、シャッターの向こうへと続いていた。

霧切さん。

すがるような気持ちで叫びたくなった。この先に彼女がいるのなら、姿を見て安心したい。けれど、踏み止まって、口を閉じたのは、モノクマも彼女の居場所を突き止めようとしているのを思い出したからだ。モノクマにヒントを与えるようなことはしたくない。私は立ち上がって埃を払うと、すぐに駆け出して、武道場を目指した。



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150515