ここほれわんわん | ナノ
×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -


集合時間になっても、苗木くんが食堂へ来ない。珍しいと思うと同時に、何かあったのではないかも不安になった。イライラし始めた十神くんの側にいるのも辛くて、彼を迎えに行こうとした。

しかし、そのタイミングで苗木くんが食堂へ入ってきた。遅刻を責められた彼は、体調が悪くて、と弁解した。みんなに謝罪する彼の顔色は、確かにいつもより白んでいた。

十神くんたちは次に、霧切さんがまだ来ていないことについて口にした。昨日のことを怒っているのではないかと、朝日奈さんも心配する。苗木くんも私も、こっそりと視線を交わしただけで、何も言わなかった。霧切さんが、みんなには秘密にしてほしいと言っていたのを思い出したのだ。

部屋にも帰れないのにどこへ行ってしまったのか……みんなが彼女の居場所について議論を始めた時、一つの影が増える。

「おや、霧切さんをお捜しかな!?」突然現れたモノクマに、葉隠くんが仰け反った。「そうなんでしょ?霧切さんを捜してるんでしょ?」

「お、お前は知ってるのかよ……?霧切さんの居場所……」

苗木くんが探るように問うので、息を潜めてモノクマの反応を待った。しかし彼は、はぐらかしただけで、答えようとしない。十神くんが、「知らないからこそ、俺たちから何かを探るために、ここに顔を出したのだろう」と推理した。

しらばっくれるように、話題を変えたモノクマに、確信する。本当に、霧切さんの居場所は知られていないらしい。彼女の「黒幕が、監視とモノクマの操作を同時に行えない」という推理は、正しいのかもしれない。

モノクマはなんとか情報を引き出そうとしたけれど、誰も口をわろうとしないので、諦めて立ち去った。私たちは互いに顔を見合わせる。

「ねぇ、今のってどういうこと?モノクマも、霧切ちゃんの居場所を知らないってこと?」

「どうやら……そのようだな」

朝日奈さんの問いかけに、十神くんが答えた。

彼女を探したほうがいいのでは?という意見が出たけれど、モノクマにも見つけられないものを、自分たちがどうやって捜すのだと、十神くんが否定した。

「つーか、なんでモノクマが見つけらんねーんだ?」

「謎だよね……」

霧切さんは、きっと、あの鍵を使ってこの学園のどこかに忍び込んだのだろう。でも、モノクマに気づかれないような場所があるなんて、どういうことなんだろう?

朝食をとる間、霧切さんの話題で持ちきりだった。私は黙り込んで、相槌を打つのに徹した。










朝食を終えた私は部屋に戻り、落ち着かない気分を紛らわすため、残りわずかになっていた本を読み終えた。

やることも無いので、その本を返却しようと、図書室を目指す。十神くんがいるのではないかと、緊張しながら扉を開けたのだけれど、誰もいなかった。ただ、ついさっきまでいたのか、彼の香りが漂っていた。

本棚に近づきながら、ほこりっぽさを意識する。そういえば以前、ここは懐かしい香りがしていたのに、だんだんと薄れてしまったようだ。

本を元の場所に収め、部屋を出ようとしたら、奥の扉が開いた。びくりと肩を震わせ、そちらを見ると、書類を抱えた十神くんがいた。私はホッと肩をなでおろす。彼は無表情にこちらへ歩み寄ってくると、「何をしている」と問いかけた。

「あの、十神くんが渡してくれた本、読み終わったから……」

彼は私の背後の本棚を眺めると、眉を寄せた。以前、途中経過を報告した時、「時間をかけすぎだ」と叱られたのを思い出した。何か言われるのではないかとドキドキしていると、彼は視線をそらし、抱えていた本やファイルを机に置いた。

「ね、ねえ。十神くん、霧切さんのことなんだけど……」

「『信じろ』、か?」

言いたかったことを口にされ、言葉を失う。十神くんは鼻で笑うと、腕を組む。

「お前の単純な作りをした脳みそのことなど、お見通しだ。つまらないことばかり言ってないで、本でも読んでろ」

「……十神くんは、霧切さんを追い詰めすぎだよ。部屋の鍵を取り上げるなんて……。大神さんのこと、繰り返すの?」

目線を合わせないまま、重心をかける脚を変える。十神くんが、呆れたように口を開いた。

「信じてもらうには、誠意を見せる必要がある。あいつはそれをしない。仕方ないだろう」

「でも……」

いつものような、強い批判の色が、彼にはなかった。説得されてしまったような気持ちになって、言葉が続けられなくなる。

「あのね、十神くん」私はカーディガンの袖を引っ張る。緊張が足元から上り詰め、不安に頭を下げた。

「十神くんが、ほんとうは優しいの、何となくわかるよ。そうやって冷静に周りを見てくれるのも、私にはできないことだからありがたい。でも、そうやって言うなら、十神くんだって伝えなきゃ。信じたいとか、仲良くしたいとか。そうしないと霧切さんは……」

「お前が理解しているなら、それでいいだろう」

面をあげる。視線は逸らされたままだった。長い髪が横顔を隠し、私は彼の本心を、はかりかねた。

「……そういえばまだ、お前の質問に答えていなかったな」

「質問……?」

十神くんが、身を翻す。本棚から一冊の本を抜き取ると、私の方へ放るようによこす。

「読んだことはあるか?」

タイトルを確認し、首を横に振った。彼は、「なら読め」とだけ言うと、そのまま着席した。すぐに自分の読書を始めるので、これ以上、会話をするつもりがないのだと悟った。私は渡された本を抱きかかえ、図書室を出た。扉を閉めるときに見た、彼の後ろ姿は、背筋がしゃんとしていて、頼もしいと感じると同時に、なぜか寂しくなった。










本を抱えて寄宿舎の方へ来た時、食堂から出てきた苗木くんとはち合わせた。あ、と笑顔を向けるのに、彼は気づかず、個室の方へ曲がってしまった。その足取りがなんだかふらついている気がして、追いかける。彼の隣に並んで、肩をたたくと、どこかうつろな瞳が振り向いた。

「苗木くん、どうしたの?」

「みょうじさん……」

声の質が、いつもと違う気がした。妙な胸騒ぎがして、彼のおでこに手を当てた。目をむいた苗木くんが、のけぞるように身をかわす。それでも、一瞬ふれた手のひらに残る熱が、彼の現状を理解させた。

「苗木くん、熱!!」

「……ちょっと風邪ひいちゃったみたいで」

「私の風邪がうつったのかも……!」

青ざめる私に、彼は重たげな瞼をまたたいた。しかし、やがて噴き出すように笑った。

「みょうじさんが風邪ひいたのって、一週間以上前だよね……。本当にそうだとしたら、すごい時間差だね」

彼の弱々しい頬笑みに、そうとうしんどいのだと察する。

「苗木くん、休んだ方がいいよ。先に自分の部屋、行ってて。私、保健室から氷枕とってくる」

「えっ、大丈夫だよ」

「水とかも持ってくから、先に休んでてね!あ、鍵あけておいてね!それから、これも持ってって、置いといてもらえると助かる!」

私は言い終わるや否や、持っていた本を押しつけるようにして、学校エリアに走り出す。苗木くんが何か言いかけた気がしたけれど、気に留めている場合ではなかった。

全力で走りながら、脳内で、必要なものをリストアップしていく。しょうが湯を思い浮かべた時、一緒に石丸君の記憶もよみがえって、せつない気持ちになった。けれど、センチメンタルに浸っている場合ではないと、急いで準備をすませて、苗木くんの部屋に戻った。大荷物を抱え、彼の部屋の扉をあけると、ベッドに横たわった苗木くんが迎えてくれる――と思ったのに、何故か彼は部屋に落ちた服を拾い集めていた。

「苗木くん!何してるのっ」

私に気づいた彼が、びくりと肩を揺らす。

「ち、散らかってるから片づけようと思って……」

「そんなのいーから!きれいだから!お願いだから休んで……!」

苗木くんを寝かせ、保健室から持ってきた体温計を手渡す。その間に氷枕を敷いたり、倉庫から持ってきた毛布をかぶせたり、慌ただしく動き回る。

「ごめん、まだ取ってくるね。出歩いちゃだめだよ?」

苗木くんを置いて部屋を出ると、倉庫から、レトルトのおかゆやしょうが湯を探し出した。それを台所で準備して、トレーに乗せて、部屋に戻る。手がいっぱいだったので、お行儀が悪いと思いながら、足で戸を閉めた。

「苗木くん、体温計どうだった?」

「38度超えてた……」

「絶対しんどいじゃん……!ムリしちゃだめだよ!」

薬を飲ませるために、おかゆを渡した。いつもなら、色々な話題をふってくれる彼が、うつろな表情で、ご飯を黙々と食べるのを見て、本当に調子が悪いのだと理解する。

なんとか食べ物を胃に入れ、薬を飲んだ彼は、すぐに寝入った。おでこに濡れたタオルを乗せたところで、彼に預けた本が、テーブルの上に置かれているのを見つけた。私はそれを取り、椅子に腰掛ける。苗木くんの寝息を聞きながら、なんとなく本を開いた。

十神くんに渡された本は、推理小説ではなかった。初めてのことだったので、驚きながらも、読み始める。

本は、ある夫婦のお話だった。けれど、二人の仲は良くなくて、旦那さんは奥さんが浮気してることを疑っていた。彼は、ありとあらゆる手段を用いて、奥さんのことを調べて、調べて、調べ尽くした。そして、本当に彼女が浮気していないと理解し、安心した。心の底から、奥さんへの愛を抱いた。幸せを感じた彼は、奥さんを大切にし、二人の仲は良くなった。

『……そういえばまだ、お前の質問に答えていなかったな』

先ほど、十神くんの言葉を聞いたときは分からなかったけれど、本を読んでいるうちに、以前、彼に投げかけた問いかけを思い出していた。

『じゃあ、十神くんの信じるって、どういうことなの?』

これは、十神くんのメッセージなのだろうか。彼が出した、「信じる 」ことへの、答えなのだろうか。

十神くんは、この旦那さんのように、信じたいから疑っているのかもしれない。本当に、心の底から大切にしたいからこそ、不安を潰している?慎重に、自分の内側に入れるために、確かめている?

だとしたら十神くんは、霧切さんを本気で信じたくて、あんな風に動いて……。

もしかしたら、彼自身も悔やんでいるのかもしれない。だから、この本を私に見せてくれたのではないだろうか。

「ぅ……うん」

苗木くんがうなされている。私は思考を止めて、読み終えた本を机に置いた。時計を見ると、間もなく夜時間が始まるぐらいだった。かなりの時間、集中していたらしい。

私はあくびを噛み殺しながら、苗木くんに近づく。彼の額にのせていたタオルを取り替えようと、手を伸ばしたら、うっすらと目が開いた。熱に浮かされた視線が、私を見上げる。

「みょうじさん……」

「ごめんね、起こしちゃった」

声を潜めて、とったタオルを冷やし直そうと、バスルームを目指す。舞園さんの変わり果てた姿が脳裏をよぎって、少し怯んだ。それでも、苗木くんのためを思って、意を決する。

濡れたタオルを持って戻ると、また眠っているかと思ったのに、苗木くんが待っていた。体は辛そうに横たえたまま、視線だけをこちらに向ける。

「……ぼくは、ここに来てから、後悔ばかりしてるんだ」

苗木くんの額に濡れたタオルを乗せるとき、うわごとのような言葉がかけられる。熱でうるんだ瞳と目が合った。

「本当に、みんなでここを出たいのに、みんな、簡単に死んでいく……。みょうじさんのこと、守りたいし、一緒に出たいのに、自信ない……。もしかしたらって、気持ちがずっとあるんだ。……舞園さんも、そのつもりだったのに失ったから……」

「苗木くん……」

伸びたカーディガンの袖を握りしめる。苗木くんが、目を閉じた。

「もう、後悔したくないんだ……。だから、誰も失いたくないし……みょうじさんにも、……好きだって伝えたいんだけど、……そしたら困るかな……」

心臓が、大きくふくれあがった。苗木くんの熱がうつったように、一瞬にして体が熱くなる。ものすごい顔で凝視してしまったのだけれど、苗木くんからは規則的な呼吸が聞こえるだけだった。どうやら、眠ってしまったらしい。

後ずさりして、足が椅子にぶつかり、転ぶように座った。今の言葉の意味を確かめたいのに、彼を起こす勇気もない。

衝動的に逃げ出したくなるけれど、うなされる彼を見ると、それもできない。少しだけ、ベッドから椅子を離し、悶々としていた。しかし、考え込むのに慣れていない私は、いつの間にか眠りに落ちていた。










扉の開く音を、聞いた。机に突っ伏したまま、それを夢うつつの中で、意識する。あぁ、鍵を閉め忘れたかもしれない。そんなことを考えていたら、鼻をついた香りに飛び起きる。私の脳を一瞬にして覚醒させたのは、化粧品の匂いだった。

暗闇の中、自分が苗木くんの部屋にいることを思い出した。ベッドの前に立つ、覆面を被った人物が、ナイフを構えているのが、目に入った。突然とび込んで来た情報の量に、思考回路が弾け飛ぶ。ただ、体は自然と動いていた。私は駆け出して、ナイフを持っている人物から庇うように、ベッドに寝ている苗木くんに飛びつく。

私の突然の行動に多少なりとも覆面の人物は怯んだようだった。私はその隙に、匂いを嗅いでやろうと、自分のマスクに手をかけた。瞬間、顔面を強い衝撃が襲い、仰け反るように、ベッドの傍に倒れこむ。鼻いっぱいに鉄の匂いが広がり、自分が顔面を殴られたことに気づいた。血の香りが強すぎて、嗅覚が使えない。

起き上がる前に、体の上に圧力がかかる。のしかかられているのだと分かった時には、首を絞められていた。必死に抵抗しても、それ以上の力で押し付けられた。ナイフが振りかざされるのを見る。恐怖から逃げるように、かたく目を閉ざしたとき、一瞬で体が軽くなった。

逆流するように、一気に流れ込んだ空気にむせっていると、暗闇の中、誰かが覆面の人物に回し蹴りを食らわせているのを見た。覆面の人物はそれを腕で受け流すと、逃げるように部屋を出て行った。

助けてくれた人物は、それを見送ると、警戒心を解いたようだった。やがて、こちらに近づいてきた姿を見て、私は安堵する。

「霧切さ……」

口の中が切れているらしく、血の味がした。彼女は無表情に私を見下ろしていた。その姿を見ていると、不安も恐怖も消えていく。緊張感が消え失せた途端、顔面に強い痛みを感じた。私の意識は、そこで途切れている。



Next

150330