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「……わるかったわね、こんな時間に呼び出して」

暖簾をくぐると、腕を組んだ霧切さんが待ち受けていた。彼女は長椅子に腰をおろすと、私たちにも座るよう視線で促す。おずおずと彼女の正面に座ると、苗木くんも隣に座った。妙な緊張感が漂う。

「いや……もう慣れたよ……」

苗木くんが苦笑すると、霧切さんは気にした様子もなく「そう」と答えた。俯きがちだった視線をこちらに向け、仕切り直すように言う。

「じゃあ、さっそく本題に入りましょうか」

「その本題って、監視カメラがある所では話せないことなんだよね?もしかして、それって……霧切さんがモノクマから何かを盗んだことと関係してるんじゃない?」

苗木くんが言うと、霧切さんが黙りこんだ。話が分からず、「え?」と彼の方を振り向くと、察したように「さっき、モノクマが言ってたんだよ。宝物が盗まれたとかって。それで、十神くんが、そんなことができるのは霧切さんぐらいだって推理したんだ」と説明してくれた。

「それって、霧切さんがやったんじゃないの……?」

恐る恐るといった様子で口にしたくせに、苗木くんの言葉には確信めいた力があった。

私も、心当たりがあった。彼女は昨夜、学園長室に入っている。その際、何かを持ち出したのかもしれない。私は全く気づかなかったけれど……。

「そうよ、私がやったのよ……」

彼女は何も恐れた様子もなく、そう答えた。苗木くんは納得したようで、「やっぱり、そうだったんだね」と頷く。

「霧切さん、何を盗んだの?」

好奇心から問いかけると、彼女はポケットに手を入れた。

「これよ」

取り出した手のひらに握られていたのは、鍵だった。モノクマのデザインが持ち手の部分にあり、妙な不気味さを醸し出している。

「どこで……これを?」

苗木くんが問いかけるので、私が答える。

「多分、学園長室だよね?」

「えっ?なんで……どうやって?あそこには鍵がかかってたはずじゃ……」

私は、大神さんの遺書の内容と併せて、鍵が壊されていたことを説明した。

「鍵が壊されていることに気づいたのは、昨日の学級裁判が終わった後だったわ……。だけど、そのまま学園長室に入っても、すぐにモノクマに気づかれてしまう。だから……あなたを囮にしたのよ」

苗木くんはそれを聞いて、昨日の夜、情報処理室に呼ばれた理由を察したらしい。

「みょうじさんには、ついてきてもらったの。モノクマが近づいたら、彼女の嗅覚で教えてもらおうと思って」

「そっか……それで昨日……」

納得したように、何度もうなずく苗木くんは、知らない間に囮にされたことを、全く悪く思っていないようだった。

「そしたら、昨日言ってた、“戦刃むくろ”って人の事も……学園長室で知ったとか?」

「“戦刃むくろ”に関するファイルを学園長室で見つけたの……。詳しい事はまだわからないけど……戦刃むくろは危険よ」

「き、危険って?」

私の声が上ずる。彼女は考え込むように、顎に手を添えた。

「もしかすると、彼女が黒幕なのかもしれない」

「く、黒幕……ッ!?でもさ……アルターエゴは言ってたよね?黒幕は学園長の可能性が高いって……」

「いいえ……学園長は黒幕じゃないわ」

「え?」

はっきりと否定した霧切さんに、苗木くんが目を丸くした。そんな彼を気にした様子もなく。「まだ確信は持てないけど、それは間違いない」と、霧切さんにしては珍しい曖昧な物言いをした。

「とにかく、この鍵は私たちがようやく手に入れた最大のチャンスよ……。逃すわけにはいかないでしょ?」

「そもそも、その鍵ってどこの鍵なの?」

苗木くんの問いかけに、静かに首を横に振る。

「今はまだわからない。だから……」面をあげた彼女は、どこか挑発するような笑みを浮かべていた。「あなたたちがモノクマの目を引きつけている隙に、これから私がそれを確かめるのよ……」

「また、どこかに忍び込むってこと……?そんなの……危険すぎるよ!」苗木くんが声を潜めたまま叫んだ。「それに、モノクマの目を引き付けろって言うけど、黒幕が一人とは限らないはずだよ?もし黒幕が複数人でボクらを監視してたら……」

「……でも、昨日の夜はバレなかったわよね?」

「それは、たまたま……そうだっただけかもしれないし……」

「もしかしたら黒幕は、私たちの監視とモノクマの捜査を同時に行えないのかもしれない……」

「え?」

「だから昨日の夜はバレなかった……。だけど、あなたの言う通り、たまたまって可能性もあるわね。だからこそ、同じことをもう一度やってみるのよ。そして、もし今度も成功するようなら……私の推論は、ただの推論じゃなくなるわ」

淡々と語る彼女の唇をぼんやりと見つめる。苗木くんと霧切さんのやり取りを、必死で消化しようとして、余計に思考が働かなくなった。

「黒幕が、私たちの監視とモノクマの操作を同時に行えないとなると……私たちにもつけ入る隙が生まれるはずよ。つまり、それを見極めるための行動でもあるのよ」

いつの間にか彼女の表情から笑みは消えていた。真っ直ぐと、真剣な眼差しを向けられて、耐え切れずに項垂れる。袖に手をひっこめながら、渇いた口の中に、意識を向ける。やっとの思いで唇をひらくと、想像していたより弱々しい声が出た。

「き、りぎりさん。私も、行くよ」

「えっ……!」苗木くんが今まで以上に大声で叫びそうになって、慌てて自分の口を押えていた。「みょうじさんまで、何を言い出すの?いくらなんでも、リスクが大きすぎるよ」

「そうね。あなたが来るのには私も反対よ」

「なんで?だって、私がいれば、モノクマが近づいてくるの、分かるよ!」

「それでも、あなたにはここに残って欲しい。私なら大丈夫だから」

「で、でも」

下唇を噛みしめる。私が行っても、彼女の足手まといになるのではないかという不安も、拭えなかった。

「みょうじさんはもちろんだけど、霧切さんも、危険だよ。もし失敗した時の事を考えると――」

「そんな心配をする必要はないはずよ。だって、思い出してみて」

彼女が胸ポケットから学生証を取り出す。タッチパネルの画面を操作して、彼女は校則の四番目を私たちに見せた。

『希望ヶ峰学園について調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません』

「謎を解くための行動に制限は課せられない……そうあったはずよ?私は校則を破ろうとしている訳じゃない。鍵を盗んだ行為だってそうよ」

「でも、黒幕がその気になったら、校則なんて関係ないよ。きっと、問答無用でボクらを殺そうとするはずだよ!」

「なるほどね……計画が失敗した場合でも、それを確かめることができるわね」

「え……?」

「いざという時、黒幕は校則を破るのか?それとも、あくまで校則にこだわるのか?……つまり、成功しても失敗しても得る物がある計画……。なおさら、やらない理由はないわよね?」

「だ、だけど……ッ!」

霧切さんが失敗の可能性を視野に入れていることを知り、悪寒が走った。急激な恐怖が駆け抜けて、すがりつこうと伸ばした手が届く前に、彼女が呟く。

「先に進むためには、危険を避けては通れない。危険は承知の上よ。それでも謎が解けるなら進むべき……。そうでしょう?」

そう言った彼女の瞳には、怯えも悲しみも一切なかった。勝ち誇ったように口の端を釣り上げる彼女は、どうしようもないぐらい頼もしく、同い年ということを、忘れてしまいそうになる。

「私の気は変わらないし、変えるつもりもないわ。みょうじさんを連れて行くこともない。私一人で行く」

霧切さんは言いながら、懐から封筒を取り出す。それを苗木くんに渡すと、腰をあげた。

「え、これって……?」

「決意表明ってとこかしら。今はまだ開けないで。それを開けるのは…………私にもしものことがあった時よ」

「も、もしもの事って……?」

ずっと我慢していた涙が浮いてしまう。霧切さんの輪郭がぼやけてにじんだ。苗木くんも彼女の言葉に動揺しているようで、受け取った手紙を青ざめた顔色で見下ろしていた。

「念のために渡しておくだけよ……。万が一の可能性でも、犬死なんてごめんだから……。……お願い、預かってもらいたいの」

「じゃあ、預かるだけ預かっておくけど……。でも、後で絶対に返すからね!絶対だよ!」

「霧切さん……!」

立ち上がって再び伸ばした手を、今度こそ彼女の手に絡めた。意外そうに目を見開いた彼女は、すぐに無表情になって、私を見つめる。

「ご、ごめんなんさい、なんの役にも立てなくて……私が、もっと正確に、モノクマの位置とか分かれば……」

泣きじゃくりながら謝ると、彼女は首を傾げる。

「みょうじさん、勘違いしているわ。別に、同行を断ったのは、あなたが役立たずだからじゃない。みょうじさんはみんなの側にいた方がいいと思っただけよ。あなたがいると、みんなは団結しやすくなる。そんな気がするの」

霧切さんが手を握り返してくれて、ますます涙がこぼれた。永遠の別れじゃあるまいし、と呆れたように言った霧切さんに、また涙が出た。どうして彼女はこんなに強いのだろう。一人で戦って、大神さんのようにならないでほしい。彼女が無事に戻ってきてくれることを、心から願った。

最後に、彼女はこの話を、まだみんなには言わないで欲しいと付け足した。

それから、いつものようなそっけない別れの挨拶を残して、立ち去った。

「大丈夫だよ、なんてったって、あの霧切さんだし」

苗木くんの、自分に言い聞かせるような言葉を聞きながら、私は頷いた。カーディガンの袖で目尻にたまった涙を拭うと、覚悟を決めて前を見据える。

「そしたら、私たちも行こう!」

「うん。……やろう!」

私たちは脱衣所を出る。二人で大きく息を吸い込んで、「モノクマ!!」と叫んだ。「見てるんだろ!話があるんだ、出てこいよ!」苗木くんが続けて言うと、しばらくして――。

「あらあら、珍しいじゃない。そっちから呼び出してくるなんてさ。ところで苗木クンッ!」

「な、なんだよ……」

「三人で何してたの?深夜のお風呂場に女の子二人連れ込んでさ……修羅場ですか?それとも三つのプレイですか?アツアツでビショビショで……そんでもって……(年齢制限をかける必要がでてくるので、削除。)……ですかぁ!?」

「………………」

怒涛の勢いで捲し立てるモノクマに、苗木くんは汗をうかべて、視線を落とした。早口すぎて、モノクマが何を言っているか分からず、二人の顔を交互に見比べていると、モノクマが呆れたように、深い息を吐き出した。

「黙秘ですか……そうですか……。別にいいけどね、苗木くんと違ってボクはお風呂になんて興味ないし……。ボクはR指定とは無縁の健全な監視生活を心がけてるんで!」

「だから、浴場には監視カメラがないの?」

疑問を口にすると、モノクマが「図星!」と叫ぶ。

「モノクマって意外に優しいんだね……?」

「でしょ?みょうじさんってば分かってる〜」

「本当は、湿気でレンズが曇るから、監視カメラを置けなかっただけじゃないのか?」

苗木くんが問いかけると、モノクマがピタリと動きを止めて黙った。苗木くんが「こっちが……図星なんじゃ……」と口角を引きつらせた。

「そんな事より、なんのようなの!?わざわざ、二人でボクを呼び出したりしてさ!」

「え、……それは」

私はつい、苗木くんに視線を送ってしまう。彼はこちらを見ずに、「お、お前に……確認したいことがあるんだよ……」と返していた。

「……娘さんをくださいって?やらん!!お前なんかになまえはやらん!!」

「なんでモノクマがみょうじさんの親みたいに振る舞うんだよ……!」

「え?お父さんかお母さんかって?クマにはオスもメスもないんだよ!」

「いや、あるだろ……」

「マジで!?じゃ、じゃあ……ボクってなんなんだよ……?ボクの存在って……。や、やめよう……深く考えるとハマる。それで……苗木くんの聞きたい事って?」

私は今、どれぐらいの時間が経っているのだろうと、近くには無い時計の存在を意識した。苗木くんが上手く誘導し、時間を稼げているけれど、霧切さんはもう鍵に一致する扉を見つけることができたのだろうか?

「えっと……さっき言ってたよな?宝物が盗まれたって……その宝物ってなんのことだよ……?」

「………………。あのさ、まさかとは思うけど……それを聞くためだけに、わざわざボクを呼び出したわけじゃないよね?」

苗木くんは沈黙を守った。モノクマが震えだしたかと思うと、爆発するみたいにその場で飛び跳ねる。

「ショックだよ!!百メガショックだよ!!もっと大事な事を聞くんじゃないの?ハチミツの取り方とか、繁殖期の過ごし方とか……」モノクマは頭を抱えてその場を転げまわる。大袈裟なリアクションを、苗木くんは冷めた目で見ていた。「くだらない……思春期の少年って、こんなくだらないものなのか……?くだらなすぎて面倒だから教えてやるよ!“鍵”と“ほにゃらら”だよ!はい以上!!」

「ほ、ほにゃらら?」

食い付くと、モノクマがこちらを睨みつける。思わず苗木くんにすがるように隠れると、モノクマが舌打ちをした。

「察しろって!そこは内緒なの!ていうか、こんなことでわざわざ呼び出すなんて、ボクはオマエの脳の構造を知りたいよ!それとも何?みょうじさんからは別の質問があるとか?そういうこと?」

「え、私……まぁ」

歯切れの悪い返事になってしまったけれど、モノクマは少し期待したような顔になった。

「良かった!!苗木くんのくっだらない質問に呼び出されただけじゃ癪だからね!特別に答えてあげるから、何でも聞いてごらん!」

「……五階の武道場にある桜って、ホンモノ?」

「はぁぁぁああぁぁぁ?」

モノクマの威圧するような叫びに怯む。足止めが目的とはいえ、気になってはいたので返事を待つ。けれど、モノクマに答える気はなさそうだった。

「……期待したボクが馬鹿だったよ。よく考えたらみょうじさんは苗木くんよりアホだった!いい、今度こんなくだらない理由で呼び出したりしたら、そん時はオマエラの頭かち割って、脳の構造見せてもらうからねッ」

モノクマはぷりぷりしなが消えた。静まり返った広場に残され、私たちは顔を見合わせる。霧切さんはどうなったのか、口に出すことはしなかった。

「寝よっか……?」

「……そ、そうだね」

私も苗木くんも、疲れ切っていた。声には不安や恐れがにじんでいたけれど、それを互いに指摘することはしなかった。

二人は言葉少なに別れると、それぞれの自室に戻った。ベッドにうずくまり、霧切さんのまっすぐな瞳と、希望にあふれた言葉を思い出す。彼女の期待する、私にできることはなんだろうと、自分自身に問いかけ、シーツをたぐり寄せた。



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