ここほれわんわん | ナノ
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「では、学級裁判後の探索を始めるぞ」

何の前置きもなく、食堂に全員が集まった途端、十神くんが言った。「本題に入るのが急すぎる」という葉隠くんの言葉には、「俺と行動を共にしたければ、無駄話は控えることだ」と答えた。上から目線は変わりないけれど、彼を包む空気は、今までとどことなく違う。

「とにかく、黒幕を倒したければ、俺の言う通りにするんだ。ネズミみたいにコソコソしてる割に、プライドだけは牛の腹みたいに肥大化した黒幕……必ず……俺が駆除してやる」

「十神くんが仲間になってくれると、心強いね」

安堵の息をつき、口にしてから、今の発言は良くなかったかもと思い直す。いつもだったら腐川さんあたりから、「白夜様にすり寄るつもり!?」といった罵声が飛ぶのだけれど、それがなかった。不思議に思って彼女の方を見ると、視線を落としたまま、むっつりとした表情で黙り込んでいる。

「……腐川っちは、ずいぶん無口だな?」

葉隠くんがここぞとばかりに嫌な事を言うのに、彼女は表情をころころ変えるばかりで何も言わない。さすがに不審に思ったのか、朝日奈さんも表情をしかめた。

私たちの疑問に答えたのは十神くんだった。なんでも、彼女が喋ると話がこじれるので、許可なしに口を開かないよう指示を出したらしい。

「え!?口を開かなかったら、ご飯も食べられないし、水も飲めないよ!?」

「俺は構わん」

朝日奈さんの叫びは、両断された。

「それでいいんか!腐川っち!!」

「…………」

「どこまで下から目線だべ……」

呆れたような葉隠くん。霧切さんが、口を挟んだ。

「なんだかんだで……結局、無駄話をしてるのね?」

「俺は……巻き込まれただけだ」ばつが悪そうに十神くんが言う。「……だが、これで終わりだ。もう二度とお前らのペースには巻きこまれんぞ……」

「そうだ!!ずっと聞くの忘れてたんだけど……!」

私は十神くんの言葉を遮って、ポケットからアメーバのキーホルダーを出す。

「この前、二階でこんなのを見つけたんだよね。これ、誰の?」

みんなに掲げて見せるけれど、自分のものだと名乗り出る人はいなかった。

「死んじゃった誰かのじゃない……?」

「そもそも、俺達の物とも限らんだろう。学園内に元々あったのかもしれん」

「そっか……そうだよね」

私は行き場をなくしたそれを、とりあえずポケットに戻した。「捨てないの?」と朝日奈さんに聞かれ、「かわいいから、みんながいらないならもらっちゃおうと思って」と笑う。「アメーバが可愛いなんてどうかしてるべ」と葉隠くんが呟いていたけれど、十神くんが仕切り直すように咳払いをしたので聞こえなくなった。

「――探索を始めるぞ。口だけでなく、さっさと体を動かせ」

不機嫌そうな彼の言葉に急かされるように、私たちは探索を開始した。





案の定、解放されていたのは、学校エリアの五階だった。

希望ヶ峰学園の五階は、今までと比べて異質だった。吹き抜けというのだろうか。天井が高く、廊下が暗い。等間隔に置かれているライトの光も弱く、不気味な雰囲気を醸し出していた。

恐る恐る階段を進んで、廊下の奥を左へ曲がる。突き当り、「武道場」と書かれた大きな扉を開くと、中の光景に思わず目を見張った。

「桜だ!!」

叫んで、マスクを顎にかけながら駆け出す。驚くことに、武道場の奥には桜の木が何本も植えられていた。大量の桜の花びらが舞い散っている。美しすぎる光景に、胸が高鳴った。

「うわぁ、すごいね……!」

後から来たらしい苗木くんも、感嘆の声を漏らしていた。私は振り返ると、彼を手招きする。同じように桜の幹までやってきた彼は、口を開けたまま天を仰いだ。

「これ、ホンモノかな?」

「すごいリアルだよね……。でも、桜がこんな室内にあって、しかもずっと花びらを散らせてるのに満開であり続けるのって……」

「信じられないよね!どういう技術なんだろう?」

胸いっぱいに空気を吸い込んだ。懐かしい自然の香りに胸が躍る。

「こんなにおいしい匂いは久しぶり」

嬉しくて呟くと、彼が納得したように頷いた。

「そういえば、この学園は全体的に薬品臭いって言ってたね」

私は頷く。桜の幹に手を置くと、リアルな肌触りが感じられた。

「外の匂いが恋しいな。花とか植物とか、お母さんのごはんとか……」

ぽつりと呟くと、苗木くんが笑いかけてくれる。

「お母さんのごはんって美味しいよね」

「苗木くんのお母さんは料理上手だったの?」

「まぁ、一般的な主婦レベルだけど……。って、あれ?苗木くんのお母さん『は』って……みょうじさんのお母さんは?」

「私のお母さんは超ヘタだったよ!」

えっ?と驚きを露わにした彼に、慌てて解説する。

「別に仲が悪いとかじゃないんだけどね、うちのお母さん、ホント料理が苦手なの。なんかもう食べれる部分があればラッキーみたいなレベルで」

「そんなに……?」

にわかには信じられないようで、苗木くんが疑わしげなリアクションをした。私は頷いて、彼に事の重大さを伝えるため、記憶をたどった。

「一番ひどかったのは、青酸カリが入りこんじゃった時かな……?」

「死んじゃうじゃないか!」

驚きに声を荒げた苗木くん。私は強く頷いた。

「うん、危なかった!小さい時だったら死んでたと思う」

「ね、年齢は関係ないよ。青酸カリだったら、大人も死んじゃうし……」

「違うの。あのね、今までの料理で鼻が鍛えられてたから、食べる前にアーモンド臭に気づけたの。だから、子どもの時だったら危なかったな〜って」

幼い時から母親の料理を食べて育ったので、食事は命がけだった。何か異物が入っていたら、自分で気づいて、取り除かなければいけなかった。そして私は、だんだん匂いの嗅ぎ分けが得意になったのだ。

「そっか……みょうじさんの嗅覚って、必要だったからこそ身についたんだね」

「そうなのかも!でもね、お母さんは女手一つで私を育ててくれたし、仕事がどんなに忙しくても私のために料理を欠かさないでくれたんだ。だから大好きなんだよ」

恥ずかしげもなく家族を自慢してしまったことに、後から照れくささが襲ってきた。誤魔化すように桜の匂いを堪能していると、苗木くんが「いいお母さんだね」とほほ笑み返してくれた。私はそれが嬉しくて、「自慢のお母さんだよ」と返した。家に帰りたい気持ちが強くなって、胸の奥が締め付けられた。

それから少し、武道場を見て回ったけれど、特別なものはなさそうだった。そろそろ出ようと、二人で出入り口へ向かったら、扉が開いて霧切さんが入ってきた。途端に私たちは昨日の夜の事を思い出す。

「あ、あのさ、霧切さん……!」

「何も答えないわよ」

彼女に駆け寄ろうとしたら、ぴしゃりと言われてしまった。苗木くんも同じく、昨日の事を問いかけようとしていたらしく、「え?」と間の抜けた声をあげる。

「何も答えられない……」警戒心を露わにした視線の先には、監視カメラがあった。「……わかるでしょう?」

黒幕に知られてはいけない。彼女がそう言っているのがわかって、私は口を閉じた。苗木くんをちらりと横目に見ると、考え込むような表情で、霧切さんを見つめている。

「この話は……これで終わりよ……」

彼女は一方的に会話を打ち切ると、先ほど私たちがいた、桜の木の並ぶ方へ進んでいった。私と苗木くんは仕方なく、武道場を出る。

「霧切さんってさ、不思議だよね」

「まぁ……そうだね」

次の部屋へ移動しながら、私は何の気なしに口にした。

「霧切さんがね、『私が死体に触れられるのは、以前からそういう生活をしていたから』って言ってた。それって、彼女の超高校級の才能に関係あるのかな?」

霧切さんは未だに、超高校級の才能を明かしていない。私たちに話すのは、まだ不安なのだろうか……?彼女の真意は分からなかったけれど、そこも含めて興味の対象になっていた。

「うーん、どうだろ……。それにしても、死体に触れる仕事って、なんだろうね。医者とか看護師かな?」

「それ、すごいイメージに合うよっ!」

目を輝かせると、苗木くんがそうだね、と苦笑した。

「他にはなんだろうね?お葬式する人?」

「葬儀屋さんかぁ……それもカッコいいね」

「巫女さんなんかも似合う!」

「……なんか、ずれてきてない?」

苦笑した苗木くんが、次の部屋の扉に手をかけた。瞬間、ビリッとした電気のようなものが、周囲を駆け巡るのを感じる。

「ま」

待って。そう頼むために開いた口に、苦みを感じた。耳が、目が、鼻が痺れる。これが膨大な“匂い”の情報だと気づいたころには、私は呼吸の仕方を忘れていた。

僅かに開いた扉から漏れ出る、腐敗した鉄のような匂いが、私の視界を暗転させた。










揺さぶられる感覚が心地よい。瞼の裏の暗闇が、だんだんと薄れてくるのを、意識の外で感じていた。

ふと目を開けると、見慣れた自室の天井を背景に、苗木くんがいた。やらた近い距離に、一瞬で意識が覚醒する。勢いよく身を起こしたら、距離感を誤ったせいで、彼に頭突きを食らわせてしまった。彼が仰け反るように倒れて、ドシンと鈍い音がした。

「な、苗木くん!ごめんなさい……!」

「だ、大丈夫……目が覚めて良かった……」

体を起こそうとすると、ベッドのふちに手をついて、素早く起き上がった彼が、静止するように右手を掲げる。尻餅をついたのか、反対の手は腰をさすっている。

「あれ、私……、……あれ?」

「覚えてない?さっき、みょうじさんは五階で気を失ったんだ」

「え……」

必死に思い出そうとして、先ほど嗅いだ強烈な臭気を思い出した。また蘇った気持ち悪さに、反射的に口元を抑える。苗木くんが心配して私の名を呼んだ。大丈夫だという意味を込めて、首を縦に振る。

「あの匂いはなんだったの……?」

苗木くんは戸惑い、「知らない方がいいと思うけど」と前置きした。

あの部屋は、殺人現場だった。それも、今まで私たちが見てきたどの現場より、残酷な。

血と脂。あらゆる体液が凝縮されたような匂い。嗅覚が優れているわけではない苗木くんや十神くんでさえ、強く感じたらしい。ドス黒い血痕や、無数の人型の白線。モノクマ曰く、「当時のまま」にされているようで、嗅覚の強い私が気絶するのも無理ないと締めくくった。

「あの部屋、みんなは見たの?」

「いや、十神くんだけだよ。ボクたちが着いた時には、既にあの教室にいたんだ。霧切さんは、食堂での報告が終わった後、見に戻ったみたいだったな……。これは予想だけど」

「え、報告おわったの……?今何時?」

「さっき報告が終わって、夜時間の放送が鳴ったところ」

食堂での報告が終わって解散したので、気を失った私の様子を見に来てくれたらしい。

「みんなが食堂にいる間は良かったんだけど、鍵を閉められないまま夜時間、ほっとくのはマズいと思って……どうしようか悩んでいたら、ちょうど目を覚ましてくれたから良かったよ」

「そうだったんだ……迷惑かけてごめんね!」

「いや、全然」

「だ、だって五階から私を運んでくれたんでしょ……?大変だったよね」

私が気を失ったということは、彼がここまで連れて来てくれたのだろう。部屋のカギをスカートのポケットではなく、ブレザーのポケットに入れといてよかったと、内心安堵しながら問いかけた。

苗木くんはぐっと言葉に詰まる。なぜか気まずそうに視線をそらし、答えてくれる。

「……運んでくれたのは十神くんだから、お礼は彼に言いなよ」

「え?そうなの?」

「うん。……十神くんはすごいよね、シュッとしてるのに、どこにあんな力が……」

苗木くんがそう呟くのを聞いて、彼が何を気にしているのかを察した。

「そっか、十神くんにもお礼言うね。でも、苗木くんもありがとう。私の側に、こうして付いててくれたでしょ」

彼は驚き、目を丸めたけれど、すぐにはにかんで、「……どういたしまして」と答えた。

それから苗木くんは、私が勧めた椅子に座り、報告内容を共有してくれた。

あの、私が気を失った部屋は、一年前に起きた【人類史上最大最悪の絶望的事件】の現場ではないかというのが、みんなの話し合いの末の結論だった。この学園の生徒達の大量虐殺があり、それが原因で希望ヶ峰学園が閉鎖に追い込まれたと考えると、つじつまが合う。

「でも、だとしたら、なんで誰も知らないんだろうね。私は新聞とか見ないから、自信持って言えないんだけど、十神くんとか霧切さんあたりは、そんな大きな事件あれば知ってそうなのに」

「それは、ボクも気になったんだ。……もしかしたら誰かが隠ぺいしたのかなって」膝の上で硬く握った手を見下ろす。「でも、これ以上は悩んでも答えが出そうにないから、他の話をするよ」

五階も今まで通り、脱出口になりそうなところはなかったこと、上に続く階段がなく、希望ヶ峰学園の全貌が見えてきたこと、植物庭園や封鎖された生物室があったことを、彼は語る。

「植物庭園は、いろんな花があったから、みょうじさんにはオススメするよ。あ、でも、朝の七時半にはスプリンクラーが作動するらしいから、水浸しにならないよう気をつけてね」

「うん!ありがとう」

「あとは……何故か植物庭園の倉庫に、大和田くんの持物と思われるツルハシがあったんだ」

「……大和田くんの?」

不二咲さんを殺したクロとして、処刑された彼の記憶がよみがえる。少し表情が引きつってしまったかもしれない。苗木くんが気づかうように、言葉を続けた。

「うん。大和田君の制服に書かれていた、“暮威慈畏大亜紋土”って文字が刻まれてたんだ。他のみんなは、大和田くんが持ち込んだツルハシを、モノクマが没収したんじゃないかって言ってた」

「そっか……じゃないと、おかしいもんね。今日、初めて解放された階に、大和田くんが入れるはずないし……」

私は、以前山田くんが、大切にしていたカメラを学園内で見つけたことを思い出す。今思えばあれも、モノクマが勝手に取り上げて、嫌がらせのつもりで学園内に隠していたのかもしれない。

「あとは……実は霧切さんのことで困ったことがあって」

「霧切さんが?」

苗木くんが、叱られるのを待つ子供のように、恐る恐る語り出す。

探索後の食堂で、十神くんが、「霧切が素性を明かさない限り、信頼できない」と主張したらしい。【超高校級の才能】を明かせと迫るけれど、霧切さんは、「言えない」と答えた。「言わない」のではなく「言えない」と。彼女はその理由として、自分が記憶喪失であることを説明した。

「き、霧切さんが記憶喪失……?!」

「そうなんだよ……詳しくは話してくれなかったけれど、とにかくそれで、自分がどうしてこの学園に呼ばれたかを、覚えていないみたいだった」

十神くんは当然疑った。話す気がないのなら、霧切さんの行動を制限すると宣言した。行動の制限とは、彼女の部屋の鍵を奪う事だった。『個室以外での故意の就寝は禁止』という校則がある限り、霧切さんは自由に睡眠さえとれなくなってしまう。

「何それ!そんなの、駄目だよ……!?苗木くん、止めたんだよね……!」

身を乗り出すと、彼は申し訳なさそうに視線を落とした。

「それが……霧切さんは、十神くんに自分から鍵を渡して……」

「え!?」

「食堂から、出て行ってしまったんだ。多分、学校エリアの方に向かうのが見えたから、また探索するつもりで――」

「それじゃあ、霧切さん、どこで眠るの?疲れて、きっと寝る場所に困ってるよ……!なんなら、私の部屋に来てもらおう!」

「で、でも、もうどこかへ行っちゃったんだ……」

「……苗木くん見送っちゃったの?」

「……」

苗木くんを責めたって意味がないことは分かっている。彼は優しすぎるから、十神くんも霧切さんも傷つけられず、場の流れを切ってまで、口を挟めなかったのだろう。私がその場にいたとしても、何かできたとは思えない。

けれど、このままではまた同じことを繰り返してしまうという焦りが、彼への思いやりの気持ちを忘れさせた。霧切さんのことだけが心配で、私は考えこむようにつぶやく。

「なんで……こんなの大神さんの時と何も変わらないじゃん」

「ボクもそう思うよ、だけど――」

「私、霧切さん探してくる」

布団を跳ねのけて、スニーカーの踵を履きつぶすように、ひっかけた。慌てる苗木くんの横をすり抜け、自分の部屋を出ようとドアノブを握った。内開きのそれをひくと、眼の前に人影があり、怯んだ。しかし、舞い込んだ桃の香りに気づいて、理解するより前に飛び込んだ。

「霧切さん!」

思い切り抱きつくと、不意を突かれた彼女がよろめいた。けれど表情は崩さず、追ってきて、私の背後に立ちつくす苗木くんに真っ直ぐな視線を向けている。

「苗木くんの部屋のインターホンを鳴らしても反応がないから、もしやと思ってこちらに来たけど……当たってたみたいね」

彼女は私の両肩に手を置き、優しく離した。

「脱衣所に来て」言うや否や、素早く踵を返す。「先に行ってるから……」

長い髪を翻して廊下を進む彼女の背に、苗木くんが呼びかけた。振り向きもせずに、闇の中に消えてしまい、彼の声だけが虚しくこだまする。

「十神くんが、夜時間の出歩きは控えた方がいいって言ってたけど……」

「でも、霧切さんをほっとけないよ。助けを求めに来たのかも」

私は踵をつぶしていたスニーカーをきちんと履き直し、部屋を出た。苗木くんも、慌てて追いかけてくる。二人で並んで脱衣所を目指して歩く間、会話は一言も無かった。




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