ここほれわんわん | ナノ
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裁判上から寄宿舎へ戻り、各々の部屋へ戻ることにした。私は朝日奈さんを部屋まで送る。まだ少しおぼつかない足取りの彼女をベッドまで支え、座らせると、朝日奈さんは小さく謝罪の言葉を紡ごうとした。しかし、途中で十神くんの言葉を思い出したのか、息を止める。そしてしばらく考えてから、「ありがとう」と、ぎこちなく笑みを浮かべた。

「いいよ、気にしないで。今日はお互い早く寝ようね!」

「う、うん。そうだ、みょうじちゃんにもアメあげるよ……!」

彼女はそう言って、ジャージのポケットに手を入れた。アメを引っ張り出した弾みで、紙切れが飛び出し、床に落ちる。

「何か落ちたよ?」

腰を屈めて手に取って、固まった。それは、先ほどの裁判の際、彼女が取り出していた、偽物の遺書だった。

彼女は裁判のことを思い出してしまったらしく、また涙をにじませた。私の手から、遺書を奪うように取ると、「こんなもの……!」と破り捨てた。あっという間に両断された遺書。ぐしゃぐしゃに丸めて彼女がゴミ箱に捨てようとした時、私は霧切さんの言葉を思い出した。

「朝日奈さん、それ、私が捨てておくよ」

「……え?」

「それが部屋のゴミ箱にずっと置いてあったら、気になるでしょ?」

彼女は伏し目になって、小さく頷いた。ぼろぼろになった遺書を預かり、彼女の部屋を後にする。

自分の部屋に戻った私は、すぐに遺書を鼻に当てた。モノクマの匂いをかいで欲しい、という霧切さんの願いを思い出しての行動だった。この偽物を作ったのがあいつなら、香りが残っているかもしれない、そう考えたのだ。

遺書からは、朝日奈さんの香りの他に、何処かで嗅いだ、粉っぽい匂いが感じられた。感覚を研ぎ澄ますために目を閉じて、鼻に意識を集める。記憶の糸を手繰り寄せようとして、モノクマの匂いを体育館で確かめた時のことが蘇った。

「……化粧品?」

ひらめきと言うよりは、口に出して確かめるような気持ちだった。さらに大きく深呼吸して、確信を得る。あの時も今も嗅いだ粉っぽい香りは、化粧品の匂いだ。

体育館、食堂、美術室……、各部屋、現れるモノクマの匂いは違うけれど、今思えば共通して、どれも化粧品の香りがした。

いてもたってもいられなくなって、自室を飛び出した。霧切さんの部屋へ向かうと、インターホンを鳴らす。

二、三度鳴らすと、彼女はすぐに出てきた。私は偽物の遺書を、彼女に突きつける。

「霧切さん、私、匂い嗅いだの。わかったよ!共通する香りは――」

霧切さんが人差し指をたて、私の唇に寄せた。ハッとして、近くに監視カメラの視線を意識した。首を縦に振って、彼女の意図を理解した旨を伝えると、部屋に招き入れられた。

私たちはカメラの死角に入った。メモパッドとペンを手渡され、書くように促される。私はそこに、シンプルに答えだけを書いた。「ケショウヒン」そう書くと、彼女が眉を寄せた。

『確かなのね』

頷いて見せると、思案するように黙り込んだ。

「そしたら――」彼女はそこで言葉を切り、残りは紙に書いた。『あなたはこの匂いが近付いた時、それを察知することができる?』

「わかんない、けど……。最大限の注意を払ってたら、人よりは気づけると思う」

「そう……。そしたら、早速お願いしたいことがあるわ」

『深夜、起こしに行くから』。そう紙に書くと、私が見たのを確認してから、ビリビリに破って隠滅した。彼女は私に、今日は疲れただろうから、早く寝た方がいいと言った。私はそれに頷いて、「おやすみ、霧切さん」とだけ言い残し、部屋を出た。










深夜、インターホンの音で目が覚めた。時計を見ると、午前三時を示していた。すぐさま飛び起きて、玄関に駆ける。恐る恐る開けた扉の外には、霧切さん立っていた。彼女は周囲を意識しながら、声をひそめる。

「私と一緒に来てほしいところがあるの」

「ど、どこ?」

「それは……行けばわかるわ。それより、あまり時間がないから、急ぎましょう。“例の香り”が近づいたら、すぐに教えて。私が話しかけるまで、絶対に、声はあげないでね」

私は早速、首だけ縦に振って返事をした。

急ぎ足の霧切さんを追う。彼女は寄宿舎を出て、学校エリアに向かった。階段を上り四階まで来ると、迷いのない足取りで、学園長室までやってきた。学園長室は確か鍵がかかっていたはずだ。こんなところで何をするのだろうと思っていると、彼女は取っ手を握る。そのまま小さく息を吐き出すと、ノブをまわした。ギィ、と鈍い音を立てて開いた扉に、息をのんだ。彼女はこちらを振り向いて目くばせすると、室内へ入るよう促す。慌てて中に入ると、後から霧切さんも続いて、音を立てずに扉を閉めていた。

「喋って良いわよ」

ただし声のボリュームは落としてね、と霧切さんに言われ、ふはぁ、と軽く息を吐いた。心臓の音が外に聞こえやしないかと不安になると、ますます鼓動が早まった。

「な、なんで、ここに入れたの?鍵がかかってて……確か、鍵壊したら、校則違反になるって……」

落ち着きなく学園長室を見渡しながら、問いかける。霧切さんはせわしなく、しかし、音をたてないように細心の注意を払いながら、部屋を物色し始めた。

「……大神さんのおかげよ」

「え?」

彼女は机の上に乱雑に乗っている書類の束を確認する。ちらりとこちらに目くばせをするのを見て、私は自分が連れられた理由を思い出した。扉近くの床にひざまずき、地面と扉のわずかな隙間に鼻を寄せ、外の気配に全力で意識を向けた。

「遺書の最後に、『黒幕に一矢報いる』とあったでしょう。私は、彼女が何か、手掛かりを残してくれたのだと推測した。そして、それは間違っていなかった。大神さんは死ぬことで校則に縛られることがなくなるのを分かっていた。だから、この部屋の鍵を壊していってくれたのよ」

「そっか、大神さんが……」

今日の裁判のことを思い出し、涙がにじんだけど、必死でこらえた。鼻水のせいで匂いが判別できなくなるのを避けなければならない。

「みんな、すごいよね。大神さんも、霧切さんも」

「……私も?」

「うん。……霧切さんは、頭も良いし、いつも推理で助けてくれるんだけど……それだけじゃなくて、こういう迷いのない行動がかっこいいよね」

大神さんの遺志をすぐさま理解して、危険を冒してまでに乗り込む彼女の行動力を、尊敬した。

「私は……迷っていたとしても、それを顔に出さないよう努めているだけ」

「それが、普通はできないんだよ。常に冷静に、客観的に物事をみててくれるでしょ?すごく頼りになるよ。霧切さんはすごい」

「……あなただって十分すごいわ」

意外な言葉に驚く。顔をあげて振り返ると、霧切さんが何か、机の上のものを自分のポケットにしまいこむところだった。

「あなたが真摯に人に接していること、すごく感じるわ。それに、みょうじさんの嗅覚には何度か助けられている。――私が死体に触れられるのは、恐らく以前からそういう生活をしていたの。だから、あなたたちがそれを原因に気に病むことはない。ましてや、無理に死体の匂いをかぐ必要なんて、ないわ」

今日の事件のことを言っているのだと理解し、フォローしてくれているのだと気づいた時には、霧切さんが、すぐ傍に立っていた。

「どうしたの?もしかして、もう全部見終わったとか……?」

「まだ全ては見れていない……でも、もう行かないと」彼女が焦った様子で言うので、私も立ち上がった。「苗木くんを囮にしているの。そんなに時間は稼げない――」

「えっ!?ど、どういうこと?」

「モノクマの意識がこちらに向かないように、苗木くんが情報処理室の前で騒ぎを起こすように仕向けたの」

霧切さんの言葉にギョッとした。焦って飛び出そうとしたら、彼女に肩を掴まれて、冷静さを取り戻した。慎重にドアノブを回し、音をたてないように学園長室を出る。最後に扉を閉める役目は、霧切さんが担った。

廊下の奥の方、苗木くんとモノクマの話し声が聞こえた。振り返ると、霧切さんが、奥へ進むように指差した。

私の名前は出さないで。

霧切さんは、口の形だけで、そう伝えた。私は頷くと、最大限に気配を消して、廊下を進む。階段の方から、今まさに上がってきたように見えるよう装って、モノクマの背後へ近付いた。

「な、苗木くん!」

「……!みょうじさん?」

「ごめん、待たせて……あれ、モノクマ?」

わざとらしく、今気づいたという風に、足元のモノクマを見下ろす。カーディガンの袖を伸ばしたい気持ちを抑えて、必死に自然体を意識した。

「みょうじさんまで出歩いて……!あぁ、そういうことか、二人してこんな夜中に逢引ってワケだね。本当にいやらしいよ、思春期だか、発情期だか知らないけどさ……!ボクだって学級裁判で疲れてるんだから、早く寝てよね!!もしくはそういうことするなら、全部、個室にこもってやって!」

憤るモノクマに圧倒される彼に、「苗木くん、部屋に戻ろうか」とおずおずと提案した。彼は「う、うん」と返事をすると、駆けよってくる。私たちは逃げるように、階段を下りた。

「ね、ねえ、霧切さんのことだけど……」

私は首を横に振る。彼は察したように、口を閉じた。寄宿舎エリアまで戻り、モノクマの気配が周囲にないことを探る。監視カメラに拾われないぐらいの声量を意識して、私は彼に「もう大丈夫だよ」と言った。

「あ、あのさ……ボク、何の理由も聞かされないまま、霧切さんに、情報処理室に集合って言われたんだ。でも、全く彼女は現れなくて……みょうじさん、何か知ってるの?」

彼が何も知らされていないことに驚いた。しかし、私が説明しようと口を開きかけた途端――。

「みょうじさん、苗木くん、こんな時間に出歩いて、どうしたの?」

霧切さんが、私たちの背後に立った。驚いて、悲鳴をあげそうになったのを、すんでのところで飲み込んだ。

私と苗木くんが勢いよく振り返ると、彼女は澄まし顔で首をかしげた。私はそれを見て、お喋りを辞めるように言われているのだと、理解した。

「ううん、なんでもないよ……。ちょっと苗木くんに相談事があって……」

「ね、苗木くん」と彼の制服の端を軽くひっぱった。納得いかない様子ではあったけれど、頷いてくれた。

霧切さんは、「そう……それじゃあ、おやすみなさい」と私たちの間を通り過ぎようとする。その時、ふと彼女が進む速度を緩めた。

すれ違う瞬間、彼女は誰に言うでもなく、呟いた。カメラに背を向けた状態で、口の動きが映らないように、聞こえないように、私たちにだけ届くぐらいの声量で、淡々と、早口に。

「いくさばむくろ……」

体がこわばる。筋肉、神経、細胞の一つ一つが、彼女の言葉に耳を澄ませて、意識を尖らせる。

「この学園に潜む十七人目の高校生……。超高校級の絶望と呼ばれる女子高校生……戦刃むくろに気を付けて」

霧切さんは、あっという間に、過ぎ去っていた。振り返ると、暗い廊下の奥、扉の開閉する音が響く。本当に、部屋へ戻ってしまったようだった。

「……私たちも、寝よっか」

「う、うん……そうだね」

まだ何か聞きたそうな彼に、申し訳ないとは思いながら、提案した。

私たちは部屋の前まで並んで歩き、小さく手を振って、別れた。

部屋に戻って、ベッドに倒れるように横になると、疲れがどっと押し寄せた。

今日は、一度に色々なことが起こりすぎた。大神さんのこと、アルターエゴのこと学園長室のこと。

得られたモノもあるけれど、失ったモノが、大きすぎる。体の一部を無理に引き剥がされたような痛みが、足元からじわじわと上り詰めて来た。

いくさばむくろ。

呪文のような音を、口の中でだけつぶやいた。まるでそれがきっかけだったかのように、眠気が訪れる。私は朦朧とする意識の中、最後につまんだ苗木くんの制服の感触を、思い出した。誰かの温もりが恋しくなって、自分の体を抱きしめるようにして眠りに落ちた。




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150206