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「そう、大神さくらさんを殺したのは、大神さくらさん自身だったのでした……。……ハイ、おしまい」

「そうか……それが真実か……」モノクマの言葉に、十神君はずっと項垂れていた頭をあげた。「だが、俺にはまだわからないことがある。朝日奈……お前はなんのために、大神の死を隠そうとしたんだ……。あのまま隠し続けていれば、お前も、処刑されていたかもしれないんだぞ……。それなのに、どうしてそんなことをした!?」

「そうだべ!危なく、みんな死ぬとこだったんだぞ!?」

「だ、だって……それが目的だもん!!」

憤る十神くんや葉隠くんに、朝日奈さんは怒鳴るように返した。

「だって、さくらちゃんが死んだのは、みんなが……さくらちゃんを追い詰めたせいじゃん……。みんなが彼女を殺したんだよ……だから、彼女だけを死なせる訳にはいかないじゃん!」

「あんたまさか……アタシらを道連れにするために……!?」

これにはさすがのジェノサイダーも驚いたようだった。目を丸くして、朝日奈さんを見つめている。

「罪を償わなきゃ……。私や……みんなが殺したんだから……。だから……みんなで罪を償うべきなんだよ……」

朝日奈さんはそう言って、ジャージのポケットから小さく折りたたんだ紙を出した。それを丁寧な動作で一つ一つ広げていくと、みんなに見えるように、突きつけた。

『我はすべてに絶望した。醜い争いに絶望した。このまま殺されるのを待つくらいなら、我は自らの手で終わらせよう』

「そ、それって……!?」

彼女は娯楽室の前に落ちていた、大神さんの遺書だと言った。

それから、保健室を出た後の、二人のやりとりを語る。

大神さんは、自分のせいで朝日奈さんが傷つけられたことに、強く責任を感じていた。だから、なんとかしてみんなに許してもらおうと考え、三人を呼び出すことを決めた。朝日奈さんは危ないからやめるべきだと説得したが、「少し話をするだけだから、大丈夫だ」と言って、聞く耳を持たなかった。それどころか、「あいつらは敵ではなく、仲間だ」と、朝日奈さんを諭した。

「さ、さくらちゃんは、きっと……信じてたんだよ……。みんなの事を……本気で信じてたんだよ……。話をすれば分かってくれるって……。みんな、仲間なんだからって……。それ……なのに、それなのにッ!!あんた達は……さくらちゃんの気持ちを踏みにじった……しかも最悪の形で……」

モノクマボトルで大神さんを殴ったことを言っていると理解したのだろう。葉隠くんが「い、いや……あれは……事故みたいなもんで……」と弁解した。

それを聞いてますます、彼女は声を荒げた。信じていたのに話しすら聞いてもらえなかったこと、殺されかけたことで、大神さんはみんなに絶望し、命を絶ったのだと、涙ながらに訴えた。

「さくらちゃんだって……弱いところもある、普通の人間なんだよ……。傷つけられれば血が出るし、傷つけられれば痛い。そんな普通の……“弱い人間”なんだよ……。それ……なのに……みんなは彼女を責め立てて……。それを庇った私が傷ついたせいで……彼女はさらに重荷を背負って……、しかも……私は気づいてあげられなくて……」

彼女につられて、涙が止まらない。だけどこの涙が、正しい理由で流れているのかさえ、わからなかった。

「私たちが……さくらちゃんを殺したんだよ。さくらちゃんを、追い詰めて殺したんだよ……。そんな私たちだけが、生きてていいわけないんだよッ!!」

朝日奈さんが声を張り上げる。泣き叫ぶ彼女を、十神くんが蒼白な顔色で見つめていた。

「それで……俺たちを道連れにしようと……わざと学級裁判で間違った答えを出させようと……」

「みんなの事を恨んで死んだ、さくらちゃんの無念を晴らすためだよ……。でも、それも見破られちゃって……結局、私は何もしてあげられなかった……。もう、さくらちゃんに合わせる顔がないよ……」

「ねぇ、泣ける話のトコ悪いんだけどさぁ……」場にそぐわない、のんきな声が響く。振り返ると、モノクマが椅子に寝ころんで、退屈そうにあくびをしていた。「長いよ長い長い長い!そんなん眠くなっちゃうよ!」

朝日奈さんは無視を決め込もうとして、振り返りもしなかった。しかし、次のモノクマの言葉に、嫌でも反応せざるを得なくなる。

「……ていうかさぁ、大神さんがどう思って死んだのか、朝日奈さんなんかが本当に理解してるのかね?」

「なに……それ……?」

「だってさ、さっきの話だって……大部分が朝日奈さんの解釈な訳でしょ?あの遺書に基づいた朝日奈さんの解釈……」

モノクマが挑発するように言う。とぼけたように首を傾げて喋る姿に腹立ったのか、朝日奈さんが証言台を下りて、モノクマの前まで駆けた。

「わ、わかってるに決まってるじゃん!だって、私とさくらちゃんは――」

「だからさ……ボクが言いたいのはね……」体を起こしたモノクマが、イスの上に立つ。朝日奈さんを正面から見下ろすと、先ほどまでのふざけた空気が嘘のように、消え失せた。「……その基づいた物が違うんじゃないの?」

朝日奈さんから声にならない音がもれた。モノクマは、どこから取り出したのか、白い封筒を出す。

「ホントは……こっちだったりして……」

モノクマがわざとちらつかせるように封筒を扇いだので、風が起きて空気が流れてきた。大神さんの制汗剤の匂いに、鼻がピクリと動く。咄嗟に駆けだして、モノクマのそれを奪おうとしたら、空を切った。モノクマにかわされたのだ。

「なんだべ……?そりゃ……?」

「みょうじさんは気づいたみたいだね。遺書だよ、大神さんのね」

封筒をわざとらしく私の目の前にちらつかせる。もう一度伸ばした手も空ぶって、私は悔しさに下唇を噛みしめた。

「い、遺書……!?だって遺書は、もう朝日奈さんが……!」

「あれを書いたのはボクだよ。一方、こっちは朝日奈さんの部屋に置いてあった物。大神さんが朝日奈さんに宛てたんだろうね!」

「え……じゃあ……」朝日奈さんが愕然とする。口元を抑えた手が、震える。「私のこと……騙してたの……?」

「騙すなんてヤだなぁ〜!ボクは盛り上げようと思っただけだって。……ていうか、ボクが書いた落書きを、朝日奈さんが勝手に勘違いしたのが悪いんじゃん。大神さんの署名があるわけじゃないってのに……」

汚い、と苗木くんが批判すると、モノクマは、自分は何もしていないと開き直った。証拠をでっちあげたわけでも、学級裁判の行方を左右するような介入もしていない。事件を起こしたのも、引っ掻き回しあったのも、全部自分たちだろうと主張した。例え遺書がきっかけだったとしても、結局すべては私たちの間で起きたこと。自分がしたのは、ただの演出の一環にすぎないと、わざと挑発するような言葉を使って説明した。

「それ、朝日奈さんに返してよ!」

私が叫ぶと、モノクマが意外そうにこちらを見た。

「みょうじさんまで苗木くんみたいになっちゃってさ……。学級崩壊ってこうやって広まっていくんだね……」

「そっちの本物の遺書にはなんて書いてあるの……?」

霧切さんが問いかけると、待ってましたと言わんばかりにモノクマが封筒を開けた。私をしっしと追い払うようなしぐさで、「美声の呼び声が高いボクが代表して読むから、みょうじさんは引っ込んでて!」と言った。

モノクマは焦らすように余計な話をぺらぺらしていたけれど、霧切さんに早くと急かされ、渋々といった様子で読み始めた。

遺書の初めに書かれていたのは、彼女が黒幕の内通者になったいきさつだった。

学園生活の始まった最初の日の夜、大神さんは一族の道場をを人質に取られ、黒幕から手先になるように命じられた。道場は一族が三百年に渡り守ってきたもので、彼女はそれを自分の代で終わらせるわけにはいかなかった。命に代えても守るつもりでいたが、そのせいで、黒幕に従うという過ちを犯すことになった自分の弱さを、彼女は悔いていた。

黒幕は彼女に、『殺人を犯せ』と命じた。黒幕は、最初の殺人が起きずにこう着状態になるのを危惧していたらしい。しかし、黒幕にとっても、大神さんにとっても計算外だったのは、舞園さんが思いのほか早く動いたことだった。計画は先延ばしになり、大神さんには待機命令が出た。

そして、その間、みんなと――朝日奈さんと生活を続けている内に、彼女の決意は揺らぎ始めた。必死に戦い、生き延びようとする仲間を見ているうちに、自分の弱さを思い知った。そして何より、自分を親友と言ってくれた朝日奈さんを、裏切ることなどできない、そう思うようになっていた。

「だけど、そのせいでボクに秘密をバラされ、みんなから嫌われる羽目になったんですね」モノクマが茶化すように口を挟んだ。「みんなの為と思った決断のせいで、みんなから嫌われるなんて……皮肉ですな!皮と肉だけですよ!骨なんてありゃしませんね!!」

大神さんの遺書は続く。彼女はみんなに恨まれた結果すらも、全ては自分の弱さが招いた結果だと、考えていた。

だから、自分に向けられる攻撃は、罪滅ぼしのつもりですべて受け入れようとしていた。しかしその矛先が朝日奈さんに向いたことで、自分の認識の甘さを痛感した。事態は彼女の力だけでは収まらなくなっていて、それこそが黒幕の本当の目的だった。大神さんの裏切りがもたらす、不協和音と疑心暗鬼……それが殺し合いに発展することを、黒幕は見越していた。

彼女はこれを、自分の責任とした。この事態を収拾させる義務があると、考えた。

大神さんは、義務を果たす為、黒幕から受けた『殺人を犯せ』という命令を果たすことにした。ただし、彼女が選んだ殺す相手は、彼女自身だった。そうすれば人質も救われ、仲間の殺し合いを防ぐこともできる。争いの火種も消える。

『――その為に、我は命をかけよう。お主たちにはその価値がある。我の命をかける意味がある。お主たちがどう思おうと、我の大事な仲間に他ならないのだからな……我にとって初めてのな』

「じゃあ、……さくらちゃんは、みんなに追い詰められて……みんなを恨んで死んでいったんじゃなくて……みんなが争うのを止める為に……?みんなを守るために……?」

「彼女が自らの命を絶ったのは、彼女が弱かったからじゃなかった……」愕然とする朝日奈さんに、霧切さんが答える。「むしろ逆だったのよ……。彼女は強かった……強すぎたのよ……。そのせいで、自らの命を絶つことになってしまった……。彼女は私たちを守るために、自らの死を選んだ……そこまでの自己犠牲を、普通の人間ではなし得ない……。でも、彼女の強さが、それを可能にしてしまったのよ……」

朝日奈さんが、その場にうずくまる。震える彼女に向けて、遺書は読まれ続ける。

『朝日奈よ、最後に謝らせてくれ。お主に何も打ち明けなかったのは、打ち明ければ間違いなく我を止めるからだ。本当にすまない……だが、悲しまないでくれ。黒幕の企みを阻止できるのなら……お主たちの殺し合いを、止めることができるのなら……我は本望なのだ。これが我の選んだ道。我のけじめの取り方なのだ。この遺書があれば、我の学級裁判もすぐに終わるはずだ。朝日奈よ、嫌な役回りを頼んですまぬが、後の事は任せたぞ。……これから、十神と腐川と葉隠に会ってくる。死ぬつもりだとは伏せておくが、私の想いだけは伝えておきたいと思っている。後は、言葉ではなく行動で示すのみ。そうすれば、あいつらも気づいてくれるはずだ……。我らは憎しみ合う敵同士などではなく、協力すべき仲間同士なのだということをな……。朝日奈よ、お主はなんとしてでも生き延びてくれ。仲間と共に、生き延びるんだ。必ず、生き延びるんだ……』

「そ、そんな……そんなのって……!私……さくらちゃんの気持ちを……全然わかってあげられてなかった……し、親友だと……思ってたのに……!」

「ホント、余計なおせっかいでしたね!」

モノクマがあっけらかんと言う。

「大神さんは殺し合いを止めるために死んだのに、結局は、オマエのせいで殺し合いみたくなっちゃった!お陰で、大神さんは無駄死にっすよ!しかも、そんな余計なおせっかいのせいで、みんなの命まで危険にさらしてさぁ……。はい責められるー!みんなに責められるー!当たり前だよね!それだけのことをしたんだもんね!うぷぷ……次の犠牲者も決まったね……」

しゃがみこんで、丸まった朝日奈さんの背中が、小さく小さくなっていく。私は隣に膝をついて、その肩に手を伸ばそうとした。既視感を覚えた自分の行動に、食堂で彼女がジェノサイダーに襲われた時、こうして寄り添ったのを思い出した。今度はちゃんと救えるだろうか?今度こそ、誰も取りこぼさず、守れるだろうか?ぼろぼろとあふれる涙で滲む視界で、彼女を強く抱きしめた。

「何言ってんだよ……誰も……責めやしない」

唸るように言ったのは、苗木くんだ。はっとして顔をあげると、怒りに満ちた瞳をモノクマに向ける彼がいた。

「そもそも、お前が偽物の遺書なんかで、朝日奈さんを騙したのが悪いんだ。それに……大神さんは無駄死になんかじゃないッ!!」

「おろろろ……?」

「だって、大神さんはボク達に思い出させてくれた……ボクらは憎しみ合う敵なんかじゃなくて……協力すべき仲間同士なんだってことを……」

「あぁ……そーだべ……」真っ先に賛同したのは葉隠くんだった。「俺らが、オーガに間違った憎しみを向けたせいで、こんなことになっちまったんだし……責めらんねーべ!誰も……朝日奈っちを責めらんねーべ!」

「そうだよ……朝日奈さんは、悪くないよ……朝日奈さんは、親友を……大神さんを信じて、大切にして、行動しただけだもん……!それを利用して踏みにじったのは、モノクマだよ!!」

モノクマから庇うように、足がすくんだのを支えるように、朝日奈さんを抱きしめつづけた。

「最初から内通者なんて関係なかったんだ……だって、ボクらが戦うべきなのは……お前だけなんだッ!!」

苗木くんが鋭く叫ぶと、朝日奈さんも立ち上がった。彼女に手を貸し、一緒に立ち上がる。おずおずとみんなを見渡しながら、涙をぬぐっていた。

「な、何さ、なんなのさ!この流れ!!……そうじゃないでしょ?このコロシアイ学園生活はオマエラ同士の競争だよ?敵はオマエラ同士なんだって!!」

「確かに……モノクマの言う通りだ」

拳を握りしめた十神くんが、忌々しげに吐き捨てる。

「お、十神クン!分かってくれる!?」

「このゲームは俺達同士の蹴落としあい……勝者だけが生き残れる、命がけの蹴落としあい……確かにその通りだ……」

彼は、証言台についていた手を離した。爪が食い込むほどに握っていた手も、脱力し、横に垂らす。

「だからこそ……俺はこのゲームから降りる事にするぞ」

モノクマが間の抜けた声をあげた。私も同じように、十神くんを振り返ってしまう。彼は腕を組み、いつの間にか普段通りの表情に戻っていた。顎を上げ、見下すような視線をモノクマに向けると、「当然だ」とため息交じりに答える。

「朝日奈と大神は、自分の命を犠牲に、このゲーム自体を否定しようとした……そんな行動のせいで、誰もがすっかりこのゲームへの恐怖心を捨ててしまったようだ……緊張感のなくなったゲームに、参加する意味はない。だから……俺はゲームから降りることにする……」

息を短く、鋭く吸い込む。冷えた空気が肺を埋め、私の熱をもった体が、浮き彫りになったような感覚がした。ジワリと滲んだ涙が、またこぼれ落ちる。

「な、なんだよ、それ!?」

憤るモノクマに、十神くんは続ける。

「……となれば、残された俺の楽しみは一つだけだ。この俺を操った気になっている黒幕に、キツイお仕置きを食らわしてやることだけだ!」

「と、十神クン……!もしかして……!」

苗木くんが歓喜の声をあげる。十神くんは、顎をひき、眼鏡を押し上げて、声を落とした。

「……勘違いするなよ。俺は甘っちょろいセンチメンタリズムに動かされた訳ではないからな……」

「アタシも白夜様に付いていくわ!黒幕が燃える男子って可能性もあるしね!」

「み、みんな……ッ!!」

「どうかしら……?これでも、大神さんの死は無駄だったって言える?」

霧切さんが問う。モノクマは背を向けて、「フン……つまんないの……」と呟いた。

「だけど、いいもんねーだ。ボクには、まだ例のお楽しみタイムがあるしさッ!」

「お、お楽しみタイム……?」

「じゃあ、ヘッポコ内通者のことなんか忘れて、いつも通り始めますかね!お待ちかねの、おしおきタイムをさッ!」

「でも、犯人だったオーガちんは死んでますけど?」

ジェノサイダーが肩をすくめて、諸手を顔の横で開いた。

「ま、まさか……!」

苗木くんが勢いよく朝日奈さんを見る。朝日奈さんが崩れるように、私に寄り掛かった。

「わ、私……?」

「いやいや、クロが死んじゃったからって、代わりの生徒をおしおきしたりしないよ!ボクってクマ一倍ルールにはうるさいからね!……だけどさ、使わないのはもったいないじゃん?せっかく、スペシャルなおしおきを用意したのにさ。そこで、スペシャルゲストを用意しました〜!」

「スペシャル、ゲスト……?」

瞬間、私の中で、飲み下したままにしていた違和感が戻ってくる。

『十神くんも気にしてた内通者のことだよ――』

体育館に私たちを集めたモノクマが言っていた言葉が、閃光のように私の記憶を貫いた。

内通者の話、って、いつしてたっけ?あれって、大浴場に、みんなが集まった時だよね?セレスさんがアルターエゴを隠したから、石丸くんと山田くんが大騒ぎして……。そこで初めて十神くんが、内通者が存在する可能性を、口にしたんだよね?

でも、なんで?大浴場って、監視カメラがないはずなのに――どうしてモノクマは知ってるの?

「では張り切っていきましょう!おしおきターイム!」

モノクマの言葉を合図に、私たちは見せつけられる。

きょとんとした表情で、周囲を見渡すアルターエゴと、その背後に迫るショベルカーを。

重々しい音を立てて接近するそれに、たやすく踏み潰されると思ったら、それは寸前で止まった。

しかし、代わりに振り下ろされたショベルは、潔くアルターエゴを貫いた。

何度も、何度も、何度も、何度も……。

やがて攻撃の手が止まった。後退するように戻っていったその跡には、鉄の塊となったアルターエゴだけが残されていた。声も出なかった。あまりにもあっけなく失ったせいで、消失感も、現実味も、皆無だった。

「ヒ、ヒデーベ……!鉄塊になっちまった……!」

青ざめた葉隠くんが叫ぶ。モノクマは気にした様子もなく、「働いた、働いた。腹減ったからラーメンとか食おうかな!」と満足げな表情を浮かべていた。

「よ、よくも……ボクらの仲間を……ッ!よくも殺したなッ!!」

苗木くんが怒り、叫んだ。荒々しい叫び声をものともせず、モノクマは笑う。

「おろ?パソコンと友達なの!?イタくね?ボールと友達って以上にイタくね?」

「……うるさいッ!!ただのパソコンなんかじゃない……アルターエゴは仲間だったんだ……お前はそれを殺したんだ……ッ!」

「まぁ……なんでもいいけどさ……ていうか、目障りだったんだよね。勝手に余計なことまで調べようとしてるしさ……」

「やはり……気づいたのね……」

静かな口調で霧切さんが言う。しかし、その瞳は怒気を孕んでいる。声も震えていて、彼女が感情のコントロールに苦戦していることは、瞭然だった。

「いやいや、ボクは最初から気づいてたよ!不二咲クンがノートパソコンに何かしてたことも、お前らが、それを使ってデータを解析してたことも……最初っから、なにもかもお見通しですがな!」

「え……?」

「知ってて、あえて泳がせていたのか……!」

十神くんが歯を食いしばった。モノクマは、得意気に続ける。

「そもそも、そのノートパソコンに入ってたデータって、言うなればボクからのプレゼントだったわけよ。あの難解なロックを解除できた場合のみ手に入る、ご褒美的な情報だったわけなのよ!だからさ、それを調べること自体には問題なかったんだけど……ネットワークまで覗きに来るのは調子に乗りすぎ!なので、処分させていただきました〜!!」

モノクマはおしおきタイムのお陰で少しすっきりしたという。アルターエゴの犠牲を、“無意味な死”と称し、それを見ると下には下がいると思えて元気が出ると笑った。

反論する気にもなれなくて、苗木くんとモノクマが言いあうのを遠くに聞いていた。倦怠感の中、ただ立ち尽くしていると、支え合っていた朝日奈さんが「え……?」と声をあげる。我に返って、そちらを見ると、彼女の視線がモノクマに釘付けになっているのに気づいた。目線を追って、理解する。モノクマは大神さんの遺書を、また開いていた。何やら、続きがあるようだった。

遺書は、朝日奈さんに向けて、仲間のみんなに伝えて欲しいことがあると記されていた。それは、大神さんが、学園の謎を解く手掛かりになり得ると判断した事実だった。内通者として何度も黒幕とやり取りをしているうちに、彼女はあることに気がついた。

『その事実とは……黒幕が、我らの体に“ある事”をしている。その“ある事”とは、恐らく……』

「おっと、危ない危ない!!これ以上はネタバレがすぎますって!!というわけで読書会は終了でーす!!」

「はぁ!?こんな中途半端なところで!?」

「……気になるでしょう?この歯切れの悪さに、腹が立つでしょう?それが目的だよ、バーカ!オマエラが、妙な結束固めやがる仕返しだもんねーッ!」

「じゃあ……せめて……さくらちゃんの遺書を……」

朝日奈さんがふらつく足取りで、前に出た。モノクマはまた遺書を高く掲げると、「あげる訳ねーだろ!」と振り払った。

「そ、そんな……」

「へっへっへ、残念でしたね……!……って、あれ?なんだこれ?」

「今度はなんなの……?」

「なんか……遺書の最後の文章が……」

モノクマはガサゴソと遺書の最後の部分を確認する。

『最後に、黒幕に言っておくがいい……。我は、ただでは死なん。必ずや貴様に一矢報いる……とな』

「……なんだよ、これ?負け惜しみ……だよね?……まぁ、いいや。死んだ人間のことを気にしても仕方ないし。じゃあ、ボクはそろそろ失礼するけどさ……オマエラも一晩ゆっくり休んで……この学園生活への取り組み方を考え直した方がいいと思うよ?本当に卒業しなくていいの……?外の世界への未練を本当に断ち切れるの……?うぷぷ……よく考えてみるんですね」

モノクマはそんな言葉だけを残し、私たちを置いて立ち去った。

これから、どうするか。そんな疑問を投げかけたのは、葉隠くんだった。それに返したのは十神くんで、「上に帰る以外に何があるんだ?」と言ってのけた。葉隠くんはそれに安心したのか、「そーだな!そんじゃ帰るとすっか!」と同意する。私も、いつまでもここに居ても仕方がないと思い、まだ重い足取りを一歩前に踏み出した。しかし、隣にいた朝日奈さんが、なかなか動きださない。振り返ると、彼女は俯き、泣きはらした瞳を、彷徨わせていた。

「で、でも……あの……私は……。…………」

責任を感じているらしい朝日奈さんが、言葉を紡げずにいるようだった。何と声をかけようか悩んでいると、背後から、フンと鼻を鳴らす音がする。

「バカバカしい……。自惚れるのもいい加減にしろ……」腕を組んだ十神くんが、いつもの調子で言う。「お前のような間抜けが仕掛けた謎など、大したことではない……あの程度の事で、俺が殺される訳ないだろう……」

「よく言うべ……。霧切っちと苗木っちのお陰だったべ?」

「黙れ……」

目で人が殺せそうだった。葉隠くんは、萎縮して、十神くんから視線を逃す。

「…………。……本当に、ごめんなさい」

朝日奈さんが頭を下げる。十神くんは呆れたように、「いつまで謝っているつもりだ」と呟く。

「それで最後にしろ……。お前に何度も謝罪されるほど、俺は落ちぶれていない……」

有無を言わさぬ口調に、朝日奈さんは励まされたようだった。

みんなでぞろぞろとエレベーターに向かう時、私は十神くんの隣に並ぶ。

「と、十神くん」

「なんだ」

「あの、朝日奈さんを励ましてくれてありがとう。私じゃ、あんな風には言えなかったと思う」

「お前に礼を言われる筋合いはない」

「それでも……ありがとう」

「フン……愚民に何度も謝られたり、何度もお礼を言われたり……、妙な一日だったな」

彼はそう言うと歩調を速め、先に行ってしまった。その後ろ姿が頼もしいと感じたことは、口には出さなかった。




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150205