「嘘だよね、朝日奈さん……?」
私の問いかけに、肯定も否定もしなかった。ただ、じっと俯いて、一点を睨みつけている。
「だって、どうせバレちゃうなら……自分の口から言った方が……マシでしょ……?」
「じゃあ、オーガを殺したのって……!」
「うん、そうだよ……」朝日奈さんが面を上げた。「私がさくらちゃんを殺したんだよッ!!」
「やはり……俺の睨んだ通りだったな」
軽蔑を含んだ声音で言ったのは十神くんだった。睨みつけるように、朝日奈さんの方を向く。
「あの足跡は、どうみてもスニーカーのものだった……。そして、俺たちの中で、スニーカーを履いている人物と言えば……」
「ボクと朝日奈さんとみょうじさんだけ……そっか、だから十神くんはあの時……」
苗木くんは化学室で彼に会った時、スニーカーの裏側を確認されたことを話した。
「わ、私は確認されてないよ……?」
「お前は捜査の時に地べたを這いずり回っていただろう……。スニーカーの靴底がよく見えたが、黄色い粉末はついていなかった」
いつの間にか疑われていたことに怯んだけれど、無実が証明されたことに安堵する。
「苗木でもみょうじでもないなら、残る可能性は……」
「朝日奈っち……だけ……」
葉隠くんが信じられないものを見るような目で、彼女を見た。
「ついでに言えば、学級裁判に入ってからの朝日奈は、何やら様子がおかしかった……。やけに投票を急いでいたよな?それは自分の罪を他人に押し付ける為だった。だから、結論を急いでいたんだろう?」
朝日奈さんは項垂れたままだった。十神くんの言葉を、ただ静かに聞いている。
「そ、そんな……信じられないよ」
「……何が信じられないというんだ?」
苗木くんの言葉に十神くんが反応する。
「だ、だって……朝日奈さんと大神さんは親友同士なんだし……」
「親友同士だったからこそ、チャンスだったんじゃないか。親友である朝日奈から渡されたプロテインなら、大神は怪しむことなく、口にしたはずだ。親友……朝日奈はその関係を利用したんだよ!そうすることで、被害者である大神を騙し、さらには俺たちをも騙そうとしたんだ!朝日奈よ……お前にしては、なかなかエゲツない方法を考えたもんだな……」
「朝日奈さん……!」十神くんの推理を聞いていられなくなって、彼女の腕にすがりつく。「本当なの?あんなに大神さんと仲が良かったのに、……本当に朝日奈さんが、犯人なの?嘘だよね?」
彼女は私の手を振りほどくこともせず、ただ揺さぶられるままになっていた。
「あ、朝日奈さん、本当なの?もし本当なら……どうして……そんな事をしたんだよ……ッ!?」
苗木くんが証言台に乗り出す。朝日奈さんは俯いたまま、ぽつぽつと語りだす。
「…………娯楽室で、頭を怪我してるさくらちゃんを見つけた時にね……さくらちゃんから頼まれたんだ。プロテインを持ってきて欲しいって。だけど……化学室にプロテインを取りに行った時、ふと思い付いちゃったんだよ……」
「今なら殺せる……そう思ったんだな?」十神くんが引き継いだ。「それで、薬の入れ替えを行い、毒薬入りのプロテイン容器を渡したという訳か……」
「そうしたら……さくらちゃん……それを一気に飲み干して……。それで……それで――」
「待って……!そんなの……納得できないわ……!」
鋭い声を発した霧切さんに、息を呑んだ。ぼやける景色の中、十神くんが霧切さんを睨み付けるのを見た。
「まさか、お前まで……親友を殺すはずがないとでも言うつもりか?まだ、わからないのか……?このゲームはそんなに甘くないんだ……友情なんて甘い考えは通用しない。他人を出し抜き、蹴落としてこそなんだ……他人のために自分を犠牲にする人間など存在しない……誰もが、最終的には自分のことだけを考えるんだ。その女が……自分の為に大神を犠牲にしたようにな……」
十神くんがつらつらと並べた言葉は、どれも私の胸に突き刺さった。彼を説得しようと奮闘してきたことが、無意味で、無価値な事のように思えた。「協力」という言葉を掲げ、みんなで仲良くしようと頑張ってくれていた朝日奈さんが、こんな風に自分の犯行を打ち明けたことも、辛くて仕方がなかった。目の前で繰り広げられる、全てが受け入れ難かった。
霧切さんは相変わらず沈黙を貫こうとする朝日奈さんを、静かな瞳で観察していた。腕を組んで、深く息をつくと、「だとしても、納得できないわね……」と呟いた。
「いつまで言っている……」
苛立った様子で十神くんが吐き捨てると、霧切さんは一瞥した。
「勘違いしないで。センチメンタリズムなんかで言ってる訳じゃない……。私はただ、解けない謎に納得していないだけ……」
ハッとしたような表情を見せたのは苗木くんだ。一筋の希望が見えたように、彼の瞳に光が宿る。
「それって……密室トリックの事?」
霧切さんは頷くと、朝日奈さんに向き直った。
「……朝日奈さん、あなたが犯人なら説明して。あなたはどうやって、あの密室を作り上げたの?」
「そ、それは……」
彼女は一瞬、言葉に詰まった。しかし、先ほどまでの落ち込んだ様子が嘘のように、表情を険しいものとする。
「そ、そんな事どうだっていいじゃん!!犯人だからって、全部教えなくちゃいけないの!?」
「そういう訳じゃないけど……でも、あなたが話せない理由は気になるわね……」
霧切さんの視線から逃げるように、朝日奈さんが目を伏せた。十神くんが、口元をひくつかせる。
「まさか、お前……朝日奈を犯人ではないと言うつもりか……?」
「……だとしたら?」
挑発するような霧切さんの態度に、十神くんが、眉根を寄せる
「あり得ん。薬を入れ替えている以上、犯人は間違いなく朝日奈だ」
「本当に……そうなのかな?」今度は苗木くんが口を挟んだ。「信じたくないって気持ちを抜きにしても……なんだか、不自然に思えるんだけど……」
「何がだ……?」
「だってさ……あんなに目立つ足跡をそのまま残しておくなんて……なんて言うか……あからさま過ぎるような……」
「そうね。自分から怪しんでくれと言ってるみたいね……」
霧切さんが同意すると、朝日奈さんがすぐさま反論する。
「そ、それは……。き、緊張してたせいで……足跡を付けてることに気づかなかったんだよ」
「気付かなかった?」
繰り返した霧切さんの目が鋭く光ったような気がした。朝日奈さんは、威圧されたように肩をすくめる。
「そ、そうだよ。そうなんだから、仕方ないじゃん……」
顎に指を添えて、思案するように黙り込んだ霧切さん。彼女は、しばらくそうしていたかと思うと、弾けるように顔を上げた。
「ねぇ、朝日奈さん……もう少し詳しく聞かせてもらえるかしら……?あなたが、毒薬とプロテインを入れ替えた時のこと……」
苗木くんも重ねてお願いして、最初は突っぱねようとした朝日奈さんも、渋々といった感じに語りだした。十神くんは、犯人が分かり切っているのに議論を重ねるこの状況に、うんざりしているようだった。彼の中では朝日奈さん以外に怪しい人物がいないと決まりきっているようで、自分の推理を覆すつもりは一切なかった。
霧切さんに促され、朝日奈さんは始めた。
化学室にたどりついた彼女は、最初にCの棚に行って、毒薬を取り出した。その際、うっかり棚からビンを落としてしまい、粉末をまき散らしたのだと説明する。
次に彼女は、Aの棚へプロテインを取りに行った。そこで薬の入れ替えをし、毒薬を入れたプロテインの容器を持って、化学室から出て行った。その際、プロテインを入れた毒薬のビンを、Aの棚に戻したせいで、バレてしまったのだと締めくくる。
「……ねえ、朝日奈さんは、最初にCの棚に毒薬を取りに行って、そこで粉末をまき散らしたんだよね?」
苗木くんが確認する。朝日奈さんは、戸惑いつつも、「そ、それが……どうしたの……?」と肯定ともとれる返事をした。
「その後、キミはプロテインを取り出す為に、Cの棚からAの棚まで移動したって言ったけどさ……でも、現場に残されていた足跡は、Cの棚からAの棚には向かってなかったよ……?」
朝日奈さんの顔から血の気が失せる。同じく化学室に踏み入れた、霧切さんも頷き、同意を示していた。十神くんが、大きく目を見開く。
「これって、今の朝日奈さんの言葉と、矛盾してるよね?」
足跡を偽装するために、わざと遠回りしたのではないかと葉隠くんが推理するけれど、先ほど朝日奈さん自身が、緊張していたせいで、足跡を付けている事に気が付かなかったと証言していたので、あり得ないと結論づけられた。
自分の発言の矛盾を理解した朝日奈さんが、口元を覆って息を呑んだ。
「おい……どういうことだ、朝日奈……!」
十神くんが拳を握る。朝日奈さんを睨み付ける彼からは、先ほどまでの優越感のようなものは、すっかり消え失せていた。
霧切さんは朝日奈さんが嘘をついていることを指摘した。
彼女は粉末が撒き散らされた後に化学室へやってきて、直接Aの棚へ向かった。つまり、彼女は毒薬の並んでいるCの棚へは立ち寄らず、Aの棚だけで『何か』をしたのだ。
「な、なんだ……これは……?」困惑の声を上げたのは、十神くんだった。先ほどまでの堂々たる様子はどこへ行ったのか、青ざめている。「どういう事だ!?何が起きている!?」
「それに、朝日奈さんの証言でおかしいのは、足跡の件だけじゃないわよ……」
「なん……だと……?」
「それを説明する前に……まずは新しい証拠を提出させてもらうわね」
「新しい証拠だと!?バカな!そんな物があるはずない!」
「……あら、その証拠をくれたのはあなたじゃない」
「俺が……?」
目を見張った十神くんに、霧切さんがほほ笑む。彼女が取り出して、みんなの前に掲げたのは、ドクロマークのしるされた、ビンだった。
「さっき十神くんから受け取ったこれの中に、その証拠が隠されていたわ……。こんな大事な物に気づかないなんて……致命的な見落としをしたわね……」
「…………言ってみろ!そこに、何があったと言うんだ……!」
十神くんに促されて、ビンの中から何かをすくい上げる。つまんだそれを、目一杯腕を伸ばして私たちに見せて回る。霧切さんが持っているのは、薄水色のガラスの破片のようだった。
「私が見つけたのは、これよ。ビンの底の方に紛れ込んでいたわ……。十神くんが粉末を飲んでくれたおかげで、隠れていた破片が出てきたみたいね。お陰で謎が解けた……。感謝しておくわ」
「な、なんだ……その破片は!?」
「それって……娯楽室の窓のガラスの破片だよね?」叫ぶような十神くんの問いかけに答えたのは苗木くんだった。「ボクが割った娯楽室の窓ガラスも薄水色だったし……だから、間違いないと思うよ」
しゃがみ込んで、間近にみたガラスの破片を思い出す。私も、「うん、確かに……見覚えがあるよ」と同意した。
「でも、間違いないからこそ変なのよ。どうして、娯楽室の窓ガラスの破片なんかが、この毒薬のビンの中に紛れ込んでいたのかしらね?」
「……ど、どういうこと?」
混乱してきた私は頭を抱える。
「朝日奈さんはさっき、毒薬のビンを化学室のAの棚へと置いてきたって言ってたよね。それなのに、あの毒薬のビンの中に娯楽室の窓ガラスの破片が入ってたってことは――」
「朝日奈っちの証言はウソって事か!?」
苗木くんの言葉を引き継いで、葉隠くんが叫んだ。彼は強く頷くと、それを肯定する。
「本当は、毒薬のビンは娯楽室にあったんだよ。少なくとも、娯楽室の窓ガラスが割れるまで……つまり、密室が破られた時まではね。そうでないと、あのビンの中に、窓ガラスの破片が入っていたことへの説明がつかないよ」
「そして、それは密室が破られた後で、化学室の棚に戻された……。逆に、現場に落ちていたプロテインの容器……あれが娯楽室に持ち込まれたのは……」
苗木くんの言葉を引き継いだ霧切さんが、推理を続ける。
「おそらく、密室が破られた後の事。つまり、大神さんが死んだ後だったはずよ」
「待て……話が飛躍しすぎだ!」十神くんが彼女の言葉を遮る。「確かに、毒薬のビンは密室時の娯楽室にあったのかもしれん……。だが、プロテインの容器が持ち込まれたのが、密室が破られた後だとは言い切れないはずだ……!それに、大神が毒を飲んだのは、毒が入ったプロテインの容器を渡されたからだろう?プロテインの容器がなかったとすると、大神はどうして毒を飲んだんだ……!」
「そうね……その説明もしておかないとね……。だけど、その前に」
霧切さんが全員を見渡す。焦燥にかられた様子の十神くんなど、気に留めてもいないようだった。
「みんなに一つ確認しておきたいことがあるんだけど……大神さんの死体を発見した後、誰かプロテインの容器を蹴飛ばしたりしなかった?」
誰もが首を横に振った。何かの誘導尋問じゃないかと警戒していた十神くんも、「いいから答えて」と霧切さんに押され、身に覚えがないと、吐き捨てるように返した。
「そう……これでわかったわ……。やっぱり、あのプロテインの容器が持ち込まれたのは、密室が破られた後だったのよ」
「いい加減にしろ……なぜ言い切れる……俺にわからんことを、なぜ言い切れる……!」
苛立つ十神くんは何度も目にしてきたけど、こんな風に取り乱す彼を見るのは初めてだった。今にも掴み掛りそうな様子に不安を抱いたけど、当の霧切さんは、飄々としていた。
彼女の余裕に満ちた振る舞いに、何か決定的な証拠があるのだと感じた。霧切さんとの捜査や、会話の内容を思い出そうと、思案する。必死に記憶をたどっていると、ふと、蘇ったものがあった。ぱっと顔をあげると、霧切さんがこちらに気づいた。私の表情を見て、何かを確信したような顔つきになる。彼女は私に微笑みかけると、「みょうじさん、どうかした?」と促すように問いかけた。
「容器の下にも散らばってたんだ……」
呆けた様子の私の呟きに、十神くんが顔を歪める。
「何の話だ?」
「窓ガラスだよ!床に散らばってたでしょ?」
「苗木が割ったやつだったな。それがどうした?」
要領を得ない会話に、彼は苛立ちを増したようだった。組んだ腕の上で指を小刻みに動かしている。
「あの破片は、プロテイン容器の周りだけじゃなくて、容器の下にまで落ちてたの」
「な、なんだと……!」
十神くんが瞳を見開く。苗木くんの方を見ると、彼は頷いて、続きを引き継いでくれた。
「ガラスの破片が容器の下にあるってことはさ……プロテインの容器が置かれたのは、窓ガラスが割られた後になるよね?つまり、密室が破られた後ってことだよ!」
「……クッ」十神くんが悔しそうに唇を噛んだ。「そうか……そういうことか……。さっき霧切が……あの容器を蹴飛ばした者がいないかと聞いていたのは、こういうことか……」
「でも、そしたらなんで、大神さんは毒を飲んだの……?」
「そうだ……。毒の入ったプロテインの容器を受け取ったからこそ、あいつは毒を飲んだんじゃないのか……?」
「いや、そうじゃなかったんだよ」私と十神くんの疑問に、苗木くんが答える。「きっと大神さんは、毒薬のビンから、直接毒を口にしてしまったんだ」
「では、大神は毒と知りつつ、その毒を飲んだということか……?そんなバカげた話が……」
「あったのよ、それが」
霧切さんが静かな口調に、十神くんは沈黙した。また憤慨するかと思ったけれど、彼はすっかり凹んでしまったのか、大人しいままだった。それどころか、「話してみろ……いや、話してくれ……」と、あえて普段とは違った言葉を選んだ。
霧切さんは、そもそも毒を持ち出したのが大神さん自身であると説明した。大神さんが化学室へ行ったという根拠として、彼女の足の甲に付着していた黄色い粉末が挙げられた。棚の前に撒き散らされていたという薬物も、黄色い粉末だった。だから、大神さんが化学室へ訪れたと推測できる。
さらに、足の甲が汚れていたことで、粉末がまき散らされた時点で、彼女がその場に立っていたことが分かる。つまり、大神さんこそが、Cの棚で粉末をまき散らした張本人だというのが、霧切さんや苗木くんの導き出した答えだった。
「じゃあ、なぜ大神さんはCの棚に行っていたのか……。毒薬を取り出す以外には考えられないわね。だって、あの棚にはそれしかないんだから……」
「ち、違うよ……私だよ……!私が……あの毒薬を……!だって、だって……、犯人は私だもん!」
なおも主張する朝日奈さんが、泣きながら証言台を叩き付ける。苗木くんはそれを辛そうな表情で見つめながら、確かな口調で宣言した。
「違う……キミは犯人なんかじゃない……大神さんを殺したのは、大神さん自身だったんだよ」
「お、大神さんが?」
吸い込んだ息が喉をひゅっと鳴らした。十神くんが唇に爪を添え、小刻みに震える。
「な、なんだと……?大神自身が犯人だと……?」
「つ、つまり、自殺って事か!?」
「そんな……信じらんない……アイキャンフライする以上に信じらんない……」
葉隠くんとジェノサイダーも、動揺を露わにしていた。苗木くんも、額に汗を浮かせながら、推理を続ける。
「確かに、信じられない……。いや、信じたくないけど……。でも、そう考えると、すべてのつじつまが合うんだよ。大神さん自身が毒薬を取りに行き、そして、そのビンから毒薬を口にしたのは……自らの命を絶つためだったから。そして、解けない密室の謎……あれは解けなくて当たり前だったんだよ。あの密室は、部屋の中にいた大神さん自身によって作られたものだったんだ」
「きっと、彼女はジャマが入るのを防ぐために、あの密室を作ったのよ……。大神さんは、その密室に持ち込んだ毒薬を飲み、そこで息絶えた。そして、その毒薬のビンは、密室が破られるまでは娯楽室に転がっていたけど、密室が破られた後、ある人物によって娯楽室から持ち出されてしまった。朝日奈さん……あなたね?」
言葉と共に霧切さんが見つめる。朝日奈さんは、項垂れて、嗚咽をもらし、むせび泣いた。
「すべては捜査のかく乱のため……そうなんでしょう?大神さんの死体を見つけた時、あなたはドアの入り口付近に立ち尽くしたままだった……。その理由は、あなたはすでに大神さんの死を知っていたから……。そして、その入り口付近に“毒薬のビン”が転がっていたから……」
「朝日奈さんが毒薬のビンを拾ったのは、あの時だったんだよね?死体を発見して驚いているボクやみょうじさん、死体の反応を確かめていた霧切さんの目を盗んで……」
「そっか……今思えば、朝日奈さん、おかしかったね」
思わずつぶやいた。あの時の様子を思い出し、当時は気づかなかった違和感の正体を知る。
私の知っている朝日奈さんは、誰よりも早く大神さんに駆け寄って、すがりついて、無事を確かめようとするはずだ。いつまでも入口に立ち、成り行きを遠くから見守っていた彼女は、確かに不自然だった。
霧切さんはさらに、「みんなを呼びに行く」と言って立ち去った彼女の行動を疑った。恐らく、容器の入れ替えを行うため、化学室に行くのが目的だったのだろうと推理した。容器の入れ替えを済ませ、空のプロテインの容器だけもって、化学室を後にした。そう考えれば、足跡のつじつまも合うと、補足する。
そうして、偽装工作を終えた朝日奈さんは、その後、十神くんたちを呼んできた。そして、娯楽室に戻り、みんなが大神さんに注目している隙を狙って、プロテインの容器を現場に落としたのだろうと、苗木くんが言った。
「大神さんは自殺だった……。朝日奈さんはその事実を隠すために、一連の偽装工作を行っていたのよ。死の真相が隠せるなら、自分が疑われても構わない……あなたはそう思っていたはずよ。だからこそ、あれらの証拠を、あえて現場に残したままにしたんでしょう?粉末に残った足跡や、入れ替えた後の毒薬のビン……それらの重要な証拠をね」
「では、朝日奈は……自分が犯人と見せかける為に、偽装工作をしていたというのか……?」
未だに疑わしげな目線を、朝日奈さんに向けるのは十神くんだ。ぱっと顔をあげた朝日奈さんは、真っ赤にはらした瞳で全員を見渡した。大粒の涙をこぼしたまま、首を一生懸命横に振る。
「ちが……うよ……違う、違う、違う、違うよッ!!私が殺したんだ!私がさくらちゃんを殺したんだよッ!!」
「もう、……やめてよ」
嗚咽を漏らしながら訴える彼女が、痛々しかった。私まで呼吸がしづらくなって、涙がにじむ。
「朝日奈さんが、大神さんを殺すわけないじゃん……なんで、なんで、そういうこと、言うの……」
「そうだよ……もういいんだ、朝日奈さん、もう……終わったんだよ」苗木くんが、視線を落とす。「大神さんは……自ら命を絶ったんだ……。朝日奈さんは、その真実を隠すために……自分が犯人だなんて、言ってたんだよね……?」
もう何を言っても無駄だと思ったのか、朝日奈さんは立ち尽くしたまま、涙を流すだけだった。
「それが……真実だと……?」全身を強張らせ、噛みしめるように言葉を絞り出したのは、十神くんだった。「だが苗木……どうしてお前が……どうしてお前ごときが、そこにたどり着けたんだ……。俺がたどり着けなかった……真実に……!」
「え?……いや、それは……」
「……まだ、わからないの?」
答えに躊躇した苗木くんを遮るように、はっきりとした口調で口を挟んだのは、霧切さんだった。
「人間は計算や損得だけで動くわけじゃない……。だからこそ人間は難しい……。あなたはそれを理解しいていなかった。だから、真実にたどり着けなかったのよ……」
「クッ……!!」
十神くんが顔を歪めた。霧切さんは、口元に微笑を携え、彼を見た。
「ね、言ったでしょう?人間の感情というものを軽んじていると、いつか足をすくわれるって……」
十神くんは、珍しく言い返さなかった。項垂れて、証言台に置いた手を、強く握りしめる。長い前髪で隠れて、その表情は伺えなかった。
私はそんな彼をぼんやりと見つめながら、実に様々な感情を抱いた。仲間を失ったことの実感と焦燥、裁判が終わった解放と安堵、また、生き延びることができたことへの感謝と罪悪感、終わりのない絶望的な未来への恐怖――。
モノクマが投票を促す声を遠くに聞く。大神さんを殺した犯人として、大神さんに投票することが、おかしかった。何故か自分が弱い生き物のように感じて、何かから目を背けるように、瞼を閉じる。下まつ毛にたまっていた涙が、ぽたりと落ちて、マスクに染みた。
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