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「えぇ……ッ!?」

犯人だと言われ、悲鳴をあげた腐川さんに、霧切さんはますます詰め寄る。

「雑誌を隠した件もあるし……あなたが事件前後に娯楽室を訪れた可能性は高いわ」

「ま、ま、ま、待ってよ……!確かに二発目の殴打はあったのかもしれないけど……そ、それをやったのがあたしって根拠は……どこにもないはずよ……!」

「いや、間違いない!オメーが犯人だべ!」

「あ、あんた……!さっきまで自分が犯人だって、言ってたクセに……ッ!!」

「俺は自分の過ちを認めることを恐れないんだ!そういうタイプなんだべ!それに、そう断言できる根拠も思い出したぞ!」

「一応……聞いておこうか」

見るからに興味なさそうに言った十神くん。葉隠くんは気にした様子もなく、言葉を続けた。

「あれは、俺がオーガに呼び出された直後のことだべ……。いきなり呼び出されて不安だった俺は、予定時間より早く娯楽室の前で張り込みをしてたんだ。そんで、しばらくしたところで、俺は見たんだ……腐川っちが娯楽室に入っていくとこをな!」

葉隠くんはそこで、腐川さんを勢いよく指差した。腐川さんは悲鳴をあげて、仰け反った。

「その直後、今度はオーガが娯楽室に入っていった……。だから、部屋の中には腐川っちもいると思って、俺は安心して娯楽室に入ったのに……そこにいたのはオーガだけだったんだ!腐川っちは消えちまってたんだべ!!」

「なぜ……そんな大事なことを今になって言う……」

「自分が殺人を犯してしまったというショックで、すっかり忘れてたべ!」

「誰か、あいつの頭のネジを探してやれ……」

呆れや怒りに震える十神くんを余所に、葉隠くんはあっけらかんとしていた。

私も少し呆れたけど、彼の証言のおかげで、繋がったことがある。

そもそも娯楽室はあんなにも狭いのだ。隠れられる場所なんて、そんなにない。

「腐川さんはきっと、娯楽室に隠れてたんだよね?」

私が聞くと、彼女は露骨なぐらいに肩を揺らした。

「な、何言ってるのよ!!か、か、隠れるわけ……!」

「掃除ロッカーの中、匂い嗅いだんだ。腐川さんの香りが残ってたよ」

彼女がうっと言葉に詰まる。苗木くんも私の推理に補足した。

「娯楽室のロッカーの内側に手形も残ってたんだ。腐川さん……心当たりがあるんじゃない?」

「な、ないわよ!」

「じゃあ、娯楽室に戻ってあなたの手と比べてみましょうか……」

「………………ぎゃあああああッ!!」

霧切さんに追い詰められ、おさげを掴んで腐川さんが仰け反った。十神くんは舌打ちをすると、証言台に身を乗り出す。

「腐川、俺に手間をかけさせるな。正直に言うんだ……」

「……はい。あたしの手形です」

「えぇっ、あっさりすぎる!私たちの推理の意味……」

がっくりと肩を落とす私とは対称的に、苗木くんは安堵の息をついていた。朝日奈さんが、暗い表情で、再び身を乗り出した。

「じゃあ……さくらちゃんを殺したのも……あんたなんだね……!」

「そ、そんな訳……な、ないじゃない……!」

「正直に言え」

「あたしが殺しました……多分……」

「これまたあっさりだべ!」

「だけど……多分って何?」

朝日奈さんが噛みしめて言う。霧切さんも、詳細な話を彼女に求めた。だんまりを決め込もうとした腐川さんだったけれど、十神くんの「言え」の一言で、ぺらぺらと話し出す。

その内容は葉隠くんの話やみんなの推理とほとんど一緒だった。

腐川さんは大神さんより先回りして、娯楽室にのロッカーに隠れた。行かないのも、正面から行くのも、怖かったのだと項垂れる。

「じゃあ、ひょっとして見てたんか?俺がオーガを殴るとこも……」

「そ、その後あんたがあたしの名前で……ダイイングメッセージをねつ造した時もね……!」

「そりゃなんとも……気まずい気分だべ……」

葉隠くんがいなくなった後、腐川さんはすぐにロッカーから出て、すぐに雑誌を雑誌棚へと戻した。苗木くんが、その時、雑誌を上下逆さまに戻しちゃったんだね?と確認すると、腐川さんは焦っていたから仕方ないのだと言い訳するように言った。

「間抜けすぎるな、どいつもこいつも……」

十神くんが退屈そうに吐き捨てた。私はその発言に、この状況を『ゲーム』だと彼が楽しんでいたことを思い出して、憂鬱な気分になった。

「そんなことより、さくらちゃんを殴ったのはどうして……?」

「ざ、雑誌を棚に戻した直後、急に背後から……獣の唸り声みたいなのが聞こえて……そ、それで……振り返ったら……血まみれの大神さくらが……あ、あたしを睨んでたのよ……!!」

頭を抱えて、彼女は叫んだ。勢いよく頭を揺らしたせいで、眼鏡がずり落ちる。

「その血を見たせいで、あたしは雑誌棚の前で気絶しちゃって……だ、だから……その後のことは覚えてないの……後は……あいつに聞いてもらわないと……」

ハクション!盛大なクシャミをしたかと思うと、彼女を纏う空気が一変する。もしかして、と思った時には既に、その瞳は狂気の色に満ちていた。

「ハッハー!出て参りましたー!!」

スカートをたくし上げて、腿のホルダーからハサミを取り出した彼女が、両手でくるくる回して、キャッチする。ジェノサイダー翔は舌なめずりして、周囲を威圧するような視線を張り巡らせた。

「聞かれた事だけ答えろ……お前が大神さくらを殺したのか?」

十神くんが眼鏡を押し上げて聞く。ジェノサイダーは、腰に手をあてると、首を傾げた。

「えー、大前提としまして、アタシと根暗は、同じ記憶を共有してないのです!なので、何が起きたか、詳しい事はわかりませんが……とにかく、アタシがすやすや寝てたら、誰かがガシガシ揺すりやがる訳よ!あれ、王子様?と思って目を開けたら……なんとスプラッター!!アタシ、ビックリ!!」

ジェノサイダーは大げさな身振り手振りで語る。

「ビックリし過ぎて……ッ!!近くにあったボトルでひっぱたいちった!だって怖かったんだもーん!」

「さくらちゃんは心配してくれたんだよ……それなのに酷いよ……!」

朝日奈さんが怒りに震える。

「酷いのはあいつだっつーの!お陰で、萌える男子以外を初めて殺しちまったよ!」

「その後、あなたは証拠隠滅のために、モノクマボトルの破片を処分したのね?」

霧切さんが問う。ジェノサイダーはハサミを構え、狂気的な笑みを浮かべた。

「だって、女なんかを殺したせいで死にたくないじゃん!どうせ死ぬなら、白夜様を殺して死にたいわ!!」

「どこかで一人で死ね……一切の意味もなく、ただ死ね……」

全力で拒否反応を示す十神くんに、ジェノサイダーは意味ありげな視線を送った。その後、腕を組んで、残念そうにつぶやく。

「ツイてなかったの……いろんな不運が重なったのよ……。だって、いつものオーガちんなら、あたしのボトル攻撃くらい平気でかわせたはずよ!」

「さすがの彼女も……葉隠くんから受けた殴打のダメージが残っていたんでしょうね」

霧切さんの分析に、葉隠くんが「いや……なんつーか……」と項垂れる。

きっと罪の意識を感じてしまっているのだと思ったら、彼は満面の笑みで顔を上げた。

「でも、よかったべ!オーガは俺が殺したわけじゃなかったんだな!」

「よ、よくないよ……!」

葉隠くんの腕をばしばし叩きながら、朝日奈さんの顔色を窺うため反対側を見た。しかし彼女は葉隠くんに見向きもせず、「とにかく、これで決定だね!じゃあ、さっさと投票を始めようよ!!」と意気込んだ。私はてっきり、朝日奈さんが怒り狂うと思っていたので、拍子抜けした。

普段の様子と違う彼女に違和感を覚え、唖然としたのは私だけじゃなかったようだ。みんながなかなか動こうとせず、朝日奈さんに不信な視線を送る。なかなか動きださない周りに痺れをきらしたように、彼女は証言台をバンと叩いた。

「ほら!どうしたの、みんなッ!?投票でしょ?さっさと投票しようよッ!」

「いや……まだだ……」

「え……?」十神くんの言葉に、朝日奈さんが顔をしかめる。「まだって……まだって何がまだなの……?」

「さっきの腐川の話を聞いて、妙だと思わなかったのか?いや思うはずだ。思わない訳がない……」

「は……?妙って……?」

葉隠くんも訝しむ。

「葉隠の殴打……その後の腐川の殴打……。だが、それで終わりではなかったんだ」

十神くんはもう一度腐川さんに、彼女が殴打した時の状況を説明させた。お前はどこで、オーガを殴ったのか?その質問に、ジェノサイダーが「アタシが目覚めた場所と一緒よん!雑誌棚の前で殺っちゃいました!」と答えた途端、苗木くんがハッとした表情になる。

「そうか、確かに変だ……!大神さんはイスに座ったままの姿勢で死んでたんだ……。雑誌棚の前での殴打が死因なら、彼女がイスで死んでたことの説明がつかないよ」

「ようやく気づいたか……」

十神くんが満足げに言うと、朝日奈さんが「そんなの、その殺人鬼がウソついてるだけだよ!」と反論する。葉隠君もそれに賛同した。

「ううん、雑誌棚の前で殴打があったのはホントだよ。現場をちゃんと見れなかった葉隠くんはわかんないと思うけど……雑誌棚の前には、血痕があったから」

私が説明すると、葉隠くんは、「じゃあ、オーガを殺した後、ジェノサイダーが死体を移動させたんじゃねーのか?俺が殺したと見せかけるためにな!俺が殴った時、オーガはイスに座ってたからな!」と言った。

「いやいや、待ちなさいって!アタシは、ハサミ以上重い物は持てないんだって!だから、あんな巨大な筋肉、運べるわけねーだろ!」

葉隠くんが言葉に詰まるのを見て、十神くんが得意気に、「どうだ?これでも事件は終わったと言えるのか?」と嘲笑う。朝日奈さんはまだ何か反論しようとしたけれど、霧切さんがさらに口を挟んだことで、言葉を飲みこんだ。

「それに、この事件の最大の謎である密室のトリックも、まだ解けてないわ……。あの謎が解けない以上、この事件を解決させたとは言い切れない……」

「あんな密室トリックなんて、簡単じゃん!腐川が、さくらちゃんを殺した後、またロッカーに隠れたんだよ!」

これは、私たちがすでに議論していた内容だったので、あっさり否定された。娯楽室のドアを破る前、ロッカーが開いているのを、私たちは目撃している。人が隠れることなんて、できなかったはずだ。

ジェノサイダー翔はそもそも密室の事を知らないと言い出すし、十神くんはこの事件に続きがあることを主張した。

議論は大神さんの“本当の死因”の話になる。「頭部の傷以外に考えられない」そう主張した朝日奈さんに、苗木くんが「ちょっと待って」と声をかけた。

「モノクマファイルのこと思い出してよ。大神さんは吐血していたって書かれてたよね?その吐血が大神さんの死に関係してるとは、考えられないかな?」

「そういえば、大神さんの口に、血が残ってたよね……」

私も彼に賛成する。かなり近くで大神さんを見たので、その光景はありありと瞼に焼き付いていた。

殴打が原因で口中に傷ができたのではという朝日奈さんの推理は、霧切さんが否定する。彼女はそこまで調べたけど、傷なんてなかったと発言した。霧切さんの行動力に誰もが仰天したけど、当の本人は全く気にした様子がなかった。

「だけどよ、口の中を切ったわけじゃねーなら、その吐血の原因って……」

「体内で起きた異変が原因ということだ。おそらく……大神さくらは毒を盛られて殺されたんだ……」

十神くんが勝ち誇った表情をした。

私は息を呑んだ。大神さんの口内から香った薬品の香りを思い出す。明らかな悪意を目の当たりにしたような恐怖に、証言台に置いた手が震えた。

「毒を盛られた……?」

「そうだ!この俺がたどりついた結論である以上、そこに間違いはない!」

彼はそう高らかに宣言した後、犯人が、大神さんに毒を飲ませた手段について話し始めた。

「謎を解く鍵は四階の化学室にあった」

化学室には大きな薬品棚があり、そこには様々な薬品類が揃えられていたという。

「そこで、こんな物を見つけたぞ……」

彼がポケットから取り出したのは、手のひら大のビンだった。掲げてくれたので、そこに貼られているラベルが、良く見えた。私たちはそれに、息を呑む。分かりやすいぐらい、古典的なドクロマークが、『化学室C−9』という文字の下に描かれていた。

「そ、それって毒薬か……!?」

汗を浮かせた葉隠くんが問いかけると、十神くんは頷く。

「そこまで強い毒ではないが、それなりに飲めば、それなりに死ぬ……。だが、この毒の性質などはどうでもいいんだ。問題は、この毒薬の置いてあった場所だ」

十神くんは、化学室の棚がA、B、Cの三つに分かれていることを説明した。Aの棚には栄養剤、Bの棚には試薬、Cの棚には劇薬や毒薬の類が置かれていたらしい。

「じゃあ、その毒薬もCの棚にあったんですね!?」

ジェノサイダーの問いかけに、十神くんは何故か「さぁ、どうだろうな……?」と曖昧に答えた。代わりに苗木くんが、考え込むような姿勢のまま、口を出す。

「その毒薬って、化学室のAの棚に置いてあったんだよね?」

「え?でも、Aの棚って……栄養剤が置かれている棚なんだろ……?」

「妙だろう?なぜ栄養剤が置かれているAの棚に、毒薬のビンが紛れこんでいたんだろうな……?」

「なんでだべ……?」

さっぱりわからないといった様子で葉隠くんが答えると、十神くんは元々期待していなかったかのように、すぐに答えを言った。

「これが、犯人が行った入れ替えの副産物だからだ」

「ど、どういう意味……?」

「こういう意味だよ」

朝日奈さんの疑問に答え、彼はビンを握りしめた。そして、それを口に運ぶ。私が私の目を疑うよりも先に、彼は一気にビンを煽っていた。

思いもよらぬ光景を目の当たりにして、私たちは固まるしかできなかった。けれど、当の十神くんは、何事もなかったかのように、いつものように冷静に――。

「マズイな……」

「大変ッ!白夜様が大変よ!!早く水を飲まないと!粉だけ飲んだら、喉がガッてなるから!」

「アホッ!毒を吐き出させんのが先だろ!」

「ち、違うよ!確か牛乳を飲ませて――」

辺りに牛乳がないか必死に探していたら、十神くんが手の甲で口元を拭い、吐き捨てるように言う。

「確かに、吐き出したくなるような味だな。これのどこが高級品だ……」

「は……?なんの話だべ……?」

「もちろん、プロテインの話だ」

「プロテイン……?」

呆然と成り行きを見ていた苗木くんが、我に返ったように繰り返した。

「十神くん、そのビンを貸してもらえる?」

霧切さんが無表情に問いかけた。十神くんはビンの蓋をしめると、「あぁ、構わないぞ」と霧切さんに向けて放った。彼女はそれを難なく受けとると、ふたを開けて粉末を指ですくい、口の中へと運んだ。

「これ、プロテインね……」

「え……?」

「そうだ。そのビンに入っていたのは毒薬ではなくプロテインの粉末だったんだよ。だとすると逆に……本来、このビンの中に入っていたはずの毒薬は、どこにいってしまったんだろうな……?」

私は、最後に霧切さんに嗅がされた容器のことを思い出す。大神さんの口内からした薬品と、同じ匂いがしたのを思い出したのだ。

「そっか……毒薬は、プロテインの容器に入れられてたんだ……」

私が呟くと、十神くんが意外そうにこちらを見た。そして、すぐに口元を歪める。それは、間違いなく彼の笑みだった。

「そうだ。毒薬とプロテインは、それぞれ中身が入れ替えられていたはずなんだ。そして、そう考えれば、犯人が大神に毒を飲ませた方法も見えてくるんだ」

犯人は現場にあったプロテインの容器に毒を入れ、それを大神さんに飲ませた。それこそが、本当の死因だというのが、十神くんの推理だった。

葉隠くんが閃いたように、大神さんがプロテインを盲信していたことを根拠としてあげる。彼女は負傷していたから、その治療のためにプロテインを飲もうとしたんだと、考える。

「そこで差し出されたのは、毒薬が入れられたプロテインの容器だったんだ。そして、その入れ替えを行った人物の正体もすでに突き止めているぞ!」

十神くんが挙げた、薬の入れ替えを行った人物の手がかりは、化学室の棚の前に残された足跡だった。なんでも、棚の前に薬品の黄色い粉末がこぼれていて、それを誰かが踏みつけた跡があったらしい。

今朝、十神くんが化学室を訪れた時は、足跡は存在しなかった。つまり、あの足跡が付けられたのは事件前後ということになる。そうすると、事件に関係していると彼が推理するのも頷けた。

さらに彼は、粉末は棚の前全体に散っていたけれど、足跡が残されていたのはAの棚の前だけだったという。つまり、プロテイン入りの毒薬のビンがあった棚だ。Aの棚で毒薬とプロテインを入れ替える際、犯人が足跡を残してしまったんだろうと、補足した。

「そして、あれだけはっきりと足跡が残っていれば、誰のものか割り出すのは容易だ。今すぐ俺たち全員の靴を調べるぞ!そうすればすぐに……」

「私だよ」

勢いづいた十神くんを止めるには、その声は小さかった。しかし、まるで待っていたかのように、彼はピタリと言葉を止める。浮かんだ笑みが勝利を確信していた。

「私だよ……その足跡」

念を押すように繰り返したのは朝日奈さんだった。うなだれて、唇を震わせる彼女に、自分の心臓の芯が、急に冷却されているような気持ちになった。




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150205.