学級裁判の会場につくと、いつも通りモノクマが、ルールを説明した。
それが終わるや否や朝日奈さんが叫ぶように主張した。
「犯人は……もう……決まってるよ!」
「あ!なんか……デジャヴだ」
モノクマが茶化すように言う。私も覚えていた。セレスさんの裁判を思い出し、胸が締め付けられる。
「さくらちゃんを殺した犯人は……さくらちゃんの事を憎んでた十神か、腐川か、葉隠!あんた達の誰かだよ!!」
怒りに満ちた彼女がそれぞれを睨み付けた。
「フン……バカバカしい……」
「あ、あたしは……関係ないわよ……」
「そ、そ、そ、そうだべ……!お、お、俺が人殺しなんて……する訳ねーべ……!」
それぞれの反応を見てもなお、朝日奈さんは譲らない。証言台に叩き付けるように手を置いて、「言い訳したって……駄目だよ!」と叫んだ。
「朝日奈さんが疑ってるのって、その三人が大神さんに呼び出されてたからだよね?」
感情的な朝日奈さんをフォローするように、苗木くんが言った。朝日奈さんは強く同意し、それが事件の直前であることを補足した。だから、自分の推理は間違っていないと、彼女はなおも主張する。
「呼び出されたことは確かだが……俺は会いに行ってないぞ」
十神くんは顔色一つ変えずに言った。それを聞いて腐川さんも、「あ、あたしも行ってないわ……」と続く。
「お、俺も……会いに行ってないべ……」
葉隠くんもそれに便乗しようとした瞬間、苗木くんが、「ちょっと待って」と口を挟んだ。露骨なぐらいに肩をびくつかせた葉隠くんに、彼は問う。
「葉隠くんはボクと話してる最中、小さな紙を落としてたよね?赤い水玉模様の紙だよ……」
「な、なんで急にそんなことを言うんだべ!?」
「赤い水玉模様って……私がさくらちゃんにあげたアメの包装紙と一緒だ!」
すぐに朝日奈さんが食いつく。しどろもどろになった葉隠くんに、朝日奈さんは続けた。
「あのアメは、倉庫に入れるようになった直後、私が段ボールごと独り占めしてるから……それと同じものは、もう倉庫にも残ってないはずだよ!」
苗木くんと葉隠くんに責め立てられて、葉隠くんは、オーガに貰ったのは確かだけど、随分前のことだから、今回の事件には関係ないと主張した。しかし、それでは矛盾が生まれる。葉隠くんが大神さんに最後に会ったのは、朝日奈さんを保健室に連れて行った時で、大神さんが朝日奈さんからアメをもらったのは、保健室を出た後だ。鋭く苗木くんに突っ込まれ、葉隠くんは狼狽えた。
ところが追い詰められた表情をしたのは一瞬のことで、彼はすぐに居直った。
「あぁ、会ったさ!娯楽室でオーガと会ったさ!それの何が悪いんだって!!」切れた様子から一変し、顔色を悪くする。彼は手をパンと打つと、高く掲げて、祈るような動作をした。「だけど、会っただけだべ!俺はなんもしてねーって!お願い信じて!!」
「あ、怪しいわね……あなた……」
口を挟んだのは意外にも腐川さんだった。葉隠くんはカチンときたようで、腐川さんを思い切り指差して、声を荒げる。
「怪しいのはオメーの方だべ!!」
「逆ギレ……?」
「ただの逆ギレじゃねーぞ!犯人は腐川っちなんだ!その証拠だってあるんだからな!」
「はぁ……?証拠って……なんの事?」
「シャイニングメッセージだべ!!」
苗木くんが呆れ顔をした。一瞬葉隠くんが何を言っているのか分からなかったけど、少し考えて、ダイイングメッセージの事を言っているのだと察した。
「現場に、“フカワ”って血文字があったろ?そうだ!ダイイングメッセージだべ!舞園っちの時にも……そんな事を言ってたじゃねーか!」
「あ、それって私も見た!」
同意したのは朝日奈さんだった。葉隠くんはそれで勢いづいたらしく、「そーだろ、そーだろ!犯人は腐川っちなんだべ!!」と高らかに宣言した。
「ちょっと待って……」
私は疑問に思って口を挟んだ。じわりと汗がにじんで、唇のかさつきを意識する。
「葉隠くん、いつそのダイイングメッセージを見たの?」
私の質問に、彼は、死体を発見した時だと主張した。
「それって……おかしいよ」
「お、おかしい?何がおかしいんだべ!なーんもおかしくねーっての!!」
「だって、私たちは捜査が始まった後に雑誌を見つけたんだもん。しかも、その雑誌は雑誌棚にしまわれてた。娯楽室に入るのを禁止されてた葉隠くんが見れるはずないよね?」
葉隠くんは頭を抱えて、項垂れた。額が証言台にぶつかって、ゴンッと鈍い音がする。
「葉隠くん、本当のことを教えてよ。君はあのダイイングメッセージをいつ見たの?」
苗木くんも身を乗り出す。葉隠くんは頭を抱えたまま、蒼白な顔色で首を横に振った。
「ま、待て……話をすり替えんなって……!俺がいつ見たかは、問題じゃねーはずだ……!オーガが残したバイキングソーセージによると、犯人は腐川っちで間違いねーはずだべ!」
「な、なんか……どっちから突っ込むべきかわからなくなってきた……!」
困惑顔の朝日奈さんに、腐川さんが忌々しげに顔を歪めて答える。
「それがあいつの手なのよ……!」
「……そもそも、あのダイイングメッセージって、本当に大神さんが描いたものかしら?」
霧切さんが脱線した話題を戻すように問いかけた。葉隠くんは露骨に動揺し、そんなのは決まってる、間違いなく大神さんが書いたものだと声を震わせた。しかし、これも苗木くんの発言によって論破される。彼は、霧切さんから聞いた、大神さんの状況を皆に説明した。
「あのダイイングメッセージって指で書かれたみたいだったけど……でも、彼女の死体は、両手ともキレイなままだった。指に血なんてついてなかったんだよ!」
葉隠くんが叫び声をあげる。朝日奈さんが、ダイイングメッセージを誰が書いたのかという疑問を口にすると、霧切さんが「ひょっとして……葉隠君がねつ造したものだったりして……。だからこそ彼はダイイングメッセージの存在を知っていたとか……」ととぼけたように、確信めいた表情で言った。
「う……うぅ……ううぅ……ッ!」うめき声をあげた彼はギリギリと奥歯を噛みしめたかと思うと――。「はい……そうなんです……」とこちらが驚くほどあっさり認めた。
「やっぱり……そうだったのね」
「でも、どうしてねつ造なんか……?」
「そ、それは……その……」苗木くんの問いかけに、葉隠うんが言いよどむ。しかし次の瞬間には、裁判場にこだまするような大声で叫んでいた。「俺が、オーガを殺しちまったからだッ!!」
葉隠くんが、大神さんを……!?
突然の自白に、私は息を呑んだ。反射的に朝日奈さんを見ると、妙な表情をしていた。てっきり怒りに満ちた目で彼を見つめていると思ったのに、複雑な顔で項垂れている。その意味を考える前に、葉隠くんは語りだした。
「聞いてくれるか?俺の最後の話を……。オーガからの呼び出しのメモを受け取った俺は、約束通り昼前に娯楽室に向かったんだ……」
「のこのこ会いに行ったのか?バカなヤツめ……」
十神くんが呆れたように吐き捨てる。葉隠くんは意気消沈して聞こえていないのか、話し続けた。
娯楽室についたのは、呼び出されたメンバーで彼が一番乗りだった。大神さんに「すまんが、少し待っててくれ。他にも呼び出した者がいるんでな……」と言われ頷くしかできなかったという。アメも、その時に勧められたそうだ。「疲れが取れるぞ」と渡され、「ありがたく頂きます」と答えたらしい。大神さんの前で萎縮していた保健室での彼を思い出し、容易に想像できた。
「だけど……それを最後にオーガは口を開かなくなった。しんどい沈黙だったべ……。そんな時だった……急にオーガが呟いたんだ……」
『終わりだ……今日で終わらせる……。すべて……終わらせる……』
葉隠くんは両手を掲げて、わなわなとふるえた。
「それを聞いた瞬間、なんか閃いちまったんだ!オーガは俺を殺す気だって!俺を殺して、ここから出て行く気なんだって!……俺は……びびっちまって、そんで……そんで……隙を見て、近くの棚にあったモノクマボトルで、オーガに殴り掛かっちまったんだ!オーガの背後から、不意の一撃を食らわしちまったんだべ!そしたら、オーガはぐったりして、そのまま動かなくなっちまった……。俺はそこで我に返って……このままじゃ処刑されちまうと思って……テーブルの上にあった雑誌にフカワって血文字を残して、とんずらしたんだ……」
「め、迷惑よ……!万死に値するわッ!」
腐川さんから苦情が出るのも無理はない。葉隠くんは潔く、頭を下げる。
「これが、今回の事件の全貌だべ。後は、煮るなり焼くなり好きにしてくれ……」
「煮たり焼いたりなんかしないよ」
朝日奈さんが静かに言った。
「処刑だよ。さくらちゃんを殺したあんたは……処刑だよ」
その声は、今までのような叫びではなかったのに、水面下に染む怒りを、肌で感じられた。びりびりとした空気に、口を挟むこともできなかった。朝日奈さんは、全体を見渡す。
「じゃあ、もう投票でいいんだよね!?犯人も決まったんだしさ!」
「いいえ、葉隠くんの話は、まだ終わっていないはずよ……」
遮ったのは霧切さんだった。朝日奈さんが、「え……?終わってないって……?」と首を傾げる。
「今の葉隠君の話しだけでは、説明のつかない彼の行動があったはず……。その説明を聞かない限りは、まだ終われないわ」
「そういえば、さっきの話には、葉隠くんが雑誌を隠したことの説明がなかったよね?」
苗木くんも疑問の声をあげる。葉隠くんは驚いた表情をした。
「死体が発見された時、ダイイングメッセージが書かれた雑誌は、雑誌棚に戻されてたけどさ……。どうして、わざわざ見つかりにくい雑誌棚に戻したの?それじゃあ、ねつ造の意味なんてないのに……」
「確かに、見つかりやすい場所におかないと、下手したらダイイングメッセージにさえ気付いてもらえないよね」
私も頭をひねる。葉隠くんはおどおどしながら、数々の疑問に答えた。
「いや……というかだな……俺は隠してなんかねーぞ……。ちゃんと……テーブルの上に置いといたはずだけど……」
「え?」
「ウ、ウソよ!ウソに決まってるわ……!」
驚きの声を漏らした苗木くんにかぶせて叫んだのは、腐川さんだった。しかし、即座に霧切さんが、「既に犯行を自白しているのに、今さら嘘をつくとは思えないわ」と否定した。
「だとすると、葉隠以外の誰かが、あの雑誌を雑誌棚に戻したということになるな……。つまり、事件前後に娯楽室を訪れた人物が他にもいたということか……」
「そ、それって誰なの?」
十神くんの言葉に、朝日奈さんが食い付いた。
「その人物が、あの雑誌を隠したんだとすると……それは、あのダイイングメッセージを見られると、困る人物だったはず……」
霧切さんの答えを聞いて、私は素早く腐川さんを振り向いてしまった。視線に気づいた彼女に睨まれる、苗木くんも確信した顔で、彼女を見つめていた。
「腐川さん……だよね?」
「え……」
「だって、ダイイングメッセージを見られて困る人って、実際に名前を書かれた腐川さん以外に考えられないよ」
「そうなの……?あんたも娯楽室に行ったの……?」
「な、なんで私が……?いや……そうじゃなくって……そ、そんなことはどうでもいいじゃない……!犯人はもう決まったんでしょ……!?さ、さっき葉隠だって……そう認めてたじゃない……!」
「そうです。俺がやりました」
最初と一変して殊勝な態度の葉隠くん。代わりに苗木くんが、腐川さんの問いかけを否定する。
「……いや、違うよ」
「な、なんであんたが答えるのよッ!!」
苛立ちを隠そうともせず、腐川さんが苗木くんに怒鳴り散らした。彼は気に留めた様子もなく、葉隠くんがモノクマボトルで大神さんを殴っただけでは、事件が終わらなかったことを説明した。霧切さんが補足するように、葉隠くんは犯人じゃないと主張した。
もう一度最初から大神さんを殴った時の様子を話すよう指示され、葉隠くんは語りだした。
「――俺はやっちまったんだ。近くの棚にあったモノクマボトルで、オーガの背後から不意の一撃を食らわせたんだ」
「不意の一撃ってことは……あなたが殴打したのは一回なのね?」
「あぁ、殴ったのは一回だべ」
「ちょっと待って、それならやっぱりおかしいよ」
苗木くんが葉隠君の言葉を止める。え?と眉を寄せた彼に、苗木くんは説明した。
「葉隠くんの殴打のせいで大神さんが死んだなら、彼女の頭の傷が二つだったことの説明がつかないよ……」
「え……?二つ……?」
「そう……彼女の頭部の傷は二つだったのよ……」
「死体を触るのが趣味の女が言うんだ。間違いないだろう……」
霧切さんの言葉に、十神くんが嫌味で付け足す。私がそれを窘める前に、議論は進んだ。
「でも、俺が殴ったのは一回なのに、どうして頭の傷が二つあるんだ……?」
「実は、殴打が二回あったってことよ。しかも、モノクマボトルによる殴打がね」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……!あ、頭の傷だけで……どうしてそこまで分かるの……?」反論したのは腐川さんだ。「殴打が二回もあったなんて、それも、モノクマボトルによる殴打なんて……」
「手掛かりは頭の傷だけじゃない……現場に残されたモノクマボトルにもあったわ」
霧切さんは、割れたモノクマボトルが一つだったこと、残されたボトルが四つだったことに矛盾を見出した。元々六つあったはずのモノクマボトルが一つ足りないのはおかしい。だから、二回殴打が行われたのだというのが彼女の推理だった。
これに腐川さんが、モノクマボトルが六つあったなんて何故わかるのかと反論した。霧切さんが、モノクマボトルにあった規則性を理解すれば、簡単だと笑った。
私はモノクマボトルの様子を思い出してみる。並んでいたボトルに不審な点は無かった。頭を必死に働かせていると、苗木くんが「わかった!」と声を上げる。
「チェスの駒だよ……!ボトルの中のモノクマフィギアが持ってるのは、全部、チェスの駒なんだ」
「キング、ルーク、ビショップ、ポーン……確かにすべてチェスの駒だったな」
十神くんがすらすらと答えた。チェスのルールが分からない私にはさっぱりだったので、それらをすべて覚えている十神くんのことを、すごいと感じた。
「それと、割れたモノクマボトルの中に入ってたモノクマフィギュアは……ナイトの駒……だったよね?」
「それが、どうしたのよ……?」
腐川さんが爪を噛む。不安気に苗木くんを見つめる表情は、だんだんと青みを帯びてきた。
「あなたはチェスにはあまり詳しくないのね。だったら教えてあげるわ……。チェスの駒の種類は、キング、クイーン、ルーク、ナイト、ビショップ、ポーン。全部で六種類なのよ」
現場に残されていたフィギュアは合計五つ。クイーンのフィギュアが足りないことを、苗木くんが補足する。
「な、何よ……チェスがなんだっていうのよ……!」
「日本人なら将棋だべ!」
「そうよ!……じゃなくて、あたしが言いたいのは……ッ!」葉隠くんにつられたように叫んだ腐川さんが、振り払うように頭を大きく揺らした。「確かに……ボトルは足りなくなってるかもしれないけど……それが事件と関係している根拠なんて……ど、どこにもないじゃない……。事件前からすでに一本欠けてたのかも……し、しれないじゃない……ッ!」
「いいえ、なくなったモノクマボトルが事件に関係しているのは明白よ」
霧切さんは悩む間もなく否定した。それに噛みつく腐川さんに、苗木くんは、私たちが天秤でした実験について話し、残されたボトルが割れた状態であったことを説明した。
「つまり、あの現場では、二本のモノクマボトルが割られていたのよ……。だけど、その内、一本分の破片とモノクマフィギュアは何者かに処分された……。その際、その人物は、破片を多めに残してしまったんでしょうね……。まぁきっちり量れというのも難しい話でしょうけど」
ふっと息をはくように霧切さんは笑った。
「でも、破片を処分って……どうしてそんなことをする必要があったの?」
疑問を抱いたのは朝日奈さんだった。私は呟くように答える。
「それが事件に関係するものだったから……?」
え?と朝日奈さんがこちらを向く。苗木くんは、強く同意するように、頷いてくれた。
「大神さんの二発目の殴打……処分されたモノクマボトルはそこで使われたんだよ……」
大神さんの頭部にあった二つの傷、割られた二本のボトル、全てが繋がり、答えが導き出される感覚に、背筋がしゅっとした。
「そして、犯人は一本分の破片だけを処分することで、殴打は一回だったと見せかけようとしたんだ」
「だとすると、二発目の殴打を行った人物は、葉隠君以外の誰かということになるはずよ」
霧切さんが腕を組み、鋭い視線を自分の正面の証言台へと向けた。
「そうよね、腐川さん?」
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