ここほれわんわん | ナノ
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「霧切さん、他に話したいことって何……?」

仕切り直すように苗木くんが問いかける。霧切さんの視線が、一瞬だけ監視カメラをとらえた。

「付いて来て欲しい場所があるの。ちょっと用事があってね……」

「それって……どこ?」

「一緒に来ればわかるわ……」

私はなんとなく、二人の邪魔をしてはいけない気がして、咄嗟に提案した。

「あの、霧切さん、私、いなくなった方がいいかな?」

「別に、いても構わないわ」

しかし、彼女は拍子抜けするほどあっさり同行を認めてくれた。身を翻すと「じゃあ、そろそろ行きましょうか」と歩き出す。

苗木くんと私は、慌ててその後を追った。淡々と歩を進める霧切さんを、無言で追う。やがて、彼女が足を止めたのは、寄宿舎の、大浴場の前だった。

颯爽と暖簾をくぐった彼女に続き、苗木くんが脱衣所へ入る。私もおずおずとそれに続く。苗木くんは驚きに声を上ずらせた。

「脱衣所……!?ひょっとして、霧切さんの用事って……!」

「えぇ。アルターエゴに関することよ」

「でも、霧切さんは、アルターエゴにもう用はないって……」

苗木くんにしては珍しい、直接的な言葉だった。霧切さんもそれに気づいたのか、僅かに眉を寄せる。

「用がないなんて言ってない。彼の役目は終わったと言っただけ……。それに、私たちがというより……アルターエゴの方が、用があるみたいなの」

「アルターエゴが、私たちに?」

にわかには信じられなくて繰り返すと、霧切さんが頷いた。彼女はロッカーからノート型パソコンを取り出すと、いつものように長椅子の上に置く。

「アルターエゴが言ったのよ。人を集めて欲しいってね。私たちに頼みたい事があるみたいよ」

霧切さんが言いながら、パソコンのカーソル部分を動かした。スリープモードになっていたらしいそれは、すぐに明かりをともした。画面に浮かんだ不二咲さんの顔が、会釈をする。

『こんにちは。えっと、集まったのは……霧切さんと苗木くんとみょうじさんの三人だね?』

<三人じゃ足りなかった?>

霧切さんがタイピングする。その質問に、アルターエゴは力いっぱい首を横に振った。

『ううん、大丈夫!三人いれば十分だよ!』

「でも、なんだろうね……?アルターエゴがボクらに頼みたいことって……」

「パソコンの修理のこととかだったら困っちゃうね。この中で機械が得意そうなのって霧切さんとか十神くんぐらいだし……」

「別に得意じゃないわ」

「えっ?でもタイピングすごく早いよ?」

「これぐらいは、機械が得意じゃなくてもできることだから。……それより、聞いてみたほうが早そうね」

霧切さんはそう言うと、やはり素早い手つきで文字を入力した。

<私たちに頼みたい事って何?>

『うん、あのね……僕をネットワークの接続が可能な場所に連れてって欲しいんだ……』

「……え?」

さすがに意外だったのか、霧切さんが驚きの声を漏らした。私たちは互いに顔を見合わせる。

<どうして?>

『それはね……、……僕の役目は終わり……みんなはそう言ったよね?だけどさ、ここで終わりなんて……。これで……僕の役目が終わりだなんて……』

アルターエゴは伏せていた視線を上げた。その表情は、強い意志を感じさせるような、真っ直ぐさがあった。

『そんなの嫌なんだ!僕もみんなの役に立ちたいんだよ……』

「そんな、アルターエゴは、十分私たちのために、頑張ってくれたよ!」

私はパソコン画面に叫んでいた。文字を入力していないので、当然、私の言葉は伝わらない。アルターエゴは構わず話し続ける。

『みんながここから出られるように、僕もみんなと一緒に頑張りたいんだよ!ご主人タマも……それを望んでるはずだし……。だから、僕がみんなの役に立つためには……この学園の謎を解き明かすためには……僕を、この学園のネットワークに繋いでもらう以外にないんだ!』

「で、でも……そんなの……そんな事したら……」苗木くんが困惑をにじませた声で呟く。「自殺行為だ……」

「そうだよ、ぜ、絶対に黒幕に気づかれちゃうし、そしたらパソコンだって取り上げられて――」

続きは言えなかった。アルターエゴがいなくなってしまう未来を想像しただけで、怖くなった。いつからか、アルターエゴと不二咲さんを重ねていたらしい。二度と失いたくないという思いが強かった。

「霧切さんだって……そう思うでしょ?」

苗木くんが同意を求めるように視線を向けるけれど、霧切さんは顎に手を添えたまま、考え込んでいた。

『危険なのはわかってるよ……』

アルターエゴは、こちらのやり取りが聞こえていないはずなのに、まるでそう言われることを予測していたかのように、話し始めた。

『それでも、やらなくちゃいけないんだ。怖いけど……でも大丈夫。なんか……よくわかんないんだけど……みんなの事を思うと、勇気がわいてくるんだ!人工知能が何を言ってんだって思うかもしれないけど、でも本当なんだよ!だから大丈夫なんだ』

皆の為なら怖くないんだ。そう念を押したアルターエゴは、私たち一人ひとりに熱い視線を向けた。画面ごしなのに、焦点が合っているとも思えないのに、その眼差しは私の胸を強く焦がした。

「ねぇ、苗木君。あなたは言ってたわよね?人間とプログラムの差ってなんなのかって……」

霧切さんが問いかけ、以前、脱衣所に集まった時の事を思い出した。確かに、彼は思いつめた表情で、みんなにそう問いかけていた。

「アルターエゴと接していると、確かに、わからなくなってくるわね……。私にも、その答えはわからない……。それは、このプログラムを作った不二咲君でさえ、わからないのかもしれない……」

彼女は立ち上がった。私と苗木くんも、つられて立ち上がる。

「だけどね、これだけは言える。アルターエゴは間違いなく、私たちの仲間よ」

「霧切さん……」

「本当はもう、彼には無理をさせたくなかった。これ以上危険を冒せば、本当に黒幕に気づかれてしまうから……。だけど……、やってもらいましょう。彼をネットワークに繋ぐのよ」

「で、でも……ッ!」

「仲間だからこそ、彼の気持ちを汲んであげたいの……。仲間と一緒に戦いたいって、彼の気持ちを……」

霧切さんの言葉を聞いて、黒幕を倒すと意気込む大神さんと、それを必死で止める朝日奈さんのことを思い出した。

霧切さんと朝日奈さん、どちらが正しいのか、私には分からなかった。だけど、どちらの言いたいことも分かる。大好きな人を、大切にしたい気持ちは同じだった。

「それに、あなたが彼の立場だったらこの状況で何もしないでいられる?みんなが戦っているのに……それを横目に、何もしないでいられる?そんな自分に胸を張れる?自分とみんなは仲間同士だと胸を張って言える?」

畳み掛けるように問われて、苗木くんは押し黙った。霧切さんが私に視線を移した。

「あなたはどう思うの?」

「わ、私は……アルターエゴを、失いたくない、けど……。だけど、アルターエゴの気持ちを無視することも、したくないよ……」

『もしかして揉めてるの?』

アルターエゴの声が割入った。三人は一斉に、パソコン画面を見下ろす。

『でも、僕のことなら心配しないで……。僕は……自分を信じたいんだ。僕ならできるって……そう信じたいんだ。だから、僕にやらせて!』

苗木くんは沈黙した。私も言葉を紡ぐことができず、アルターエゴをただ見つめていた。

「それに、ひょっとしたら……」霧切さんが思案するように腕を組んだ。「あの場所なら黒幕にも気づかれないかもしれない……」

「あの場所……?」

苗木くんが首を傾げる。霧切さんが「思い出して」と苗木くんに向き直った。

「この脱衣所以外にもあったはずよ。監視カメラの設置されていない部屋が……」

今まで見てきた部屋を思い浮かべたけど、まったく心当たりがなかった。しかし苗木くんは閃いたようで、目を見開いた。

「そうか……霧切さんから教えてもらった、二階の隠し部屋だね」

「あぁ、苗木くんが襲われた――」

部屋、と続けそうになって、素早く自分の口をふさいだ。恐る恐る霧切さんの方を見ると、訝しげに私を見つめた後、険しい表情を苗木くんに向けた。

「……喋ったのね」

「ご、ごめん。みょうじさんは、襲われてふらふらになってたボクを部屋まで連れてってくれたから、事情を説明する必要があって……」

「……もういいわ」

霧切さんは諦めの入り混じるため息を吐いた。苗木くんは、「ご、ごめん」ともう一度繰り返す。

「――あそこには監視カメラがなかったはず。それに、あの部屋ならネットワーク環境もあるはずよ。ネットワークケーブルをつなぐコンセントがあったのを見たわ……」

霧切さんが髪を払いながら言った。薄い色がふわりと広がって、舞う雪の様にゆっくりと肩に乗る。

「ただし、監視カメラがないからって、危険がない訳じゃないわ。黒幕がネットワークの監視をしてないとも限らないし……。それに、アルターエゴを運んでいる事はともかく、隠し部屋に入っていく姿は黒幕に見られてしまう。そこから何か勘付かれたら……一巻の終わりよ」

事の重大さを再認識して、緊張が増し、ごくりと喉が鳴った。苗木くんも汗を浮かして、「そう……だよね……」と弱々しい相槌を打つだけだった。

「それでも、彼にやらせてあげるべきだと思う。だって……私たちにとっても、新しい手掛かりを得るには、それしか方法がないんだし……」

霧切さんの言葉に、苗木くんは項垂れた。しかし、落ち込んで見せたのは束の間で、顔をあげ「霧切さん」と呼びかける。

「だったら、アルターエゴをボクに運ばせてくれる?ボクが制服の中に隠して運ぶよ。霧切さんとみょうじさんの服の中に隠すわけにもいかないでしょう?」

素直に任せた霧切さんと同様に、私もお礼を言ってお願いした。

「じゃあ、さっそく始めましょうか」

彼女の掛け声とともに、苗木くんがパソコンに手をかけた。ごそごそとブレザーの下に仕舞い込むのを見ていると、霧切さんに名前を呼ばれた。

「みょうじさん。あなたは部屋へ戻っていて」

「えっ!私はついてっちゃだめかな……?隠し部屋の匂い、嗅ごうかと思ってたんだけど……」

苗木くんは隠し部屋で黒幕に襲われたと言っていた。そこに行けば、何か手がかりを見つけられるのではないかと、意気込んでいた私は出鼻を挫かれた気持ちになった。霧切さんは首を横に振って、「悪いけど、あまり目立った行動はとりたくないの。三人で出歩くと、モノクマに勘付かれるかもしれない」と答えた。そう言われてしまえば、反論はできそうにない。

「そしたら、私は部屋に戻ってるね。二人とも……ううん、三人とも気をつけて」

既にスリープモードになっているアルターエゴには届かないと分かっていたけれど、声をかけずにはいられなかった。

「それじゃあ行ってくるよ」

そう言った苗木くんは緊張のせいか、いつもより硬い笑顔を浮かべていた。

暖簾をくぐって外に出て、私たちは別の方向へ歩き出した。










部屋に戻ってもゆっくりくつろげるはずなく、監視カメラがあることも忘れて、部屋の中をうろうろしていた。ベッドに座ったり立ち上がったり、意味もなくバスルームの扉をあけたりしているうちに、ふと、十神くんから勧められた本が目に入った。そういえば読みかけだったと思いだし、それを手に取ってベッドに座る。まだ何かしていた方が落ち着くと考えて、しおりを挟んでいたページを開いた。

しかし、本を読んでいる内に、今度は以前にした十神くんとのやり取りを思い出してモヤモヤし始めた。

『“鵜呑み”というんだ。お前のしていることは。信じるなんて高尚なものじゃない』

『じゃあ、十神くんの信じるって、どういうことなの……?』

私が問いかけた時に見せた、珍しい表情が気になった。今思えば意表をつかれたような、戸惑いの色があったように感じる。

苗木くんは、私に、どういうつもりで『信じて』といったんだろう。信じるって、なんなんだろう。私が今してる『信じる』は、間違いなんだろうか……。

悶々としているせいで、読書が進まなかった。ただぼんやりと、本を見下ろして思いを馳せていると、インターホンが鳴った。

咄嗟に本を閉じて、ベッドの上に放った。聞こえないとはわかっていたけど、返事をしながら立ちあがった。その瞬間、読み始めたページから、栞の位置を直し忘れたことに気づいた。失敗した、と項垂れるが、どうせ大して読み進められなかったのだからと自分を励まして、お客さんを迎えるべく扉へ向かった。

「はい〜!」

扉を開けると、朝日奈さんが立っていて、ギョッとした。私が怯んだのは、彼女の顔色が、あり得ないほど真っ青だったからだ。

「あ、さひなさん?どうしたの、具合――」

「みょうじちゃん、来て!!」

私の言葉を遮るように、すがりついてきた。両腕を掴まれて初めて、彼女が小刻みに震えていることに気づく。

「さくらちゃんが……さくらちゃんの様子が、おかしいんだよ!!」




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150205