ここほれわんわん | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


部屋に戻ってすぐにでも休もうと思ったのに、気持ちとは裏腹に全く眠気が来なかった。夜時間になっても何時間すぎても、目が冴えていた。一向に眠れないので、私はとうとう眠ることを諦めた。日付が変わるころ、ベッドから出て、上着を羽織る。部屋を出ると廊下が薄暗く、ほんの少しだけ尻込みした。この時間に出歩いたのは初めてなので、電気が消えていることを知らなかったのだ。

また部屋に戻ろうかと考えかけて、弱気な想いを振り払うよう、自室に鍵をかけた。夜時間のルールもよぎったけれど、どうせそれを決めたセレスさんは死んでしまったのだからと、投げやりな気持ちになった

静まり返った廊下を進み、脱衣所へ向かう。暖簾をくぐって中に入り、アルターエゴが入っているロッカーを開いた。

『こんばんはぁ!あれぇ、こんな時間に珍しいね。みょうじさん、どうしたの?』

花が咲くような不二咲さんの笑顔を見ても、私の気持ちは晴れなかった。キーボードに触れもせず、ただ黙って突っ立っていると、さすがに妙だと思ったのか、アルターエゴが表情を曇らせる。

『みょうじさん、何かあったのぉ……?よかったら、話して欲しいな』

私はアルターエゴを掴んで取り出し、長椅子の上に移動させた。地べたに腰をおろして、キーボードをたたく。相変わらず遅かったけど、アルターエゴは待っていてくれた。頭にもやがかかったみたいな状態で、感情のままに叩きだした文章は、めちゃくちゃだった。

<あなたに、セレスさんは、何を言った?私は、セレスさんにとって、どんな存在だったと思う?>

エンターキーを押すと、明らかに困った顔をした。霧切さんと苗木くんは、今回の事件のことをアルターエゴに伝えたのだろうかと、今さらな疑問が思い浮かぶ。

『セレスさんがここに来た時に、言ったこと?えっとね、僕のせいで、山田くんと石丸くんが喧嘩になっちゃったって言ってたよ。だから、二人が冷静になるまでは、距離を置いた方が良いって教えてくれたんだ。僕はちゃんと、セレスさんの言いつけを守って、音を立てないように隠れてたんだよぉ!――でも、今日、霧切さんと苗木くんが来てくれたってことは、二人は仲直りできたんだよね?セレスさんに、お礼を伝えておいてもらえる?』

キーボードに置いていた手が固まる。それでも、私はほとんど無意識に、<わかった>と答えていた。アルターエゴは続けて口を開く。二つ目の私の質問に答えるためだった。

『セレスさんにとってのみょうじさんか……。あ、ちょっと待ってね!実はさっきの話をセレスさんが聞かせてくれた時、みょうじさんについても言ってたんだよ。今そのデータを呼び起こすね』

胸の奥が大きく脈打つ。緊張ににじんだ汗が、背中を伝った。

『あった!……えっとね、――みょうじさんは、セレスさんの親戚が飼ってた犬に、よく似てるんだって。なつっこくて従順で、すごくかわいかったんだって。情がわくって言ってたよ。セレスさんらしい言葉だよね』

ふふっと笑う不二咲さんに悪気はないのだろう。私は項垂れて、それきり言葉が紡げなくなった。タイピングなんて、できるわけもなくて、ただ自分の膝のあたりを見ていた。アルターエゴが、私の名前を呼んでいる声が、遠くに聞こえる。

――信じてた相手に、また、裏切られた。

自然とそう考えてしまう自分が、何より嫌だった。

“また”というのは、きっと舞園さんのこと。「信じる」とか、「協力しよう」とか、きれいごとばっかり、言っておいて、人を殺そうとした彼女のことを、“裏切り者”だと考えていた。

死んだ仲間の匂いを嗅げないのは、仕方のない事だと思っていた。霧切さんのような人が、特殊なんだと思っていた。でも、きっと違ったんだ。十神くんの言った通りだったんだ。私は殺されたみんなのように、“弱者”になりたくないから、触ることも嗅ぐこともできないんだ。だって、私は、ずるいから。汚いから。卑怯なんだ。こんなんだから、誰にも信じてもらえないんだ。

熱いものが頬を伝う。マスクを顎までずらして、袖で顔を覆った。私は苗木くんのようになれない。舞園さんを信じ続ける彼の様に、セレスさんを許してあげることができない。どうして私を騙したの?本当に、最初からそういうつもりで接していたの?いくら考えたって、もう死んでいる彼女から答えが返ってくるはずないのに、そんな疑問ばかりが浮かんでは消える。

私の事が邪魔だったなら、私を殺せばよかったのに。そんな気持ちさえ抱いた。こんな風に生き残って、蚊帳の外に置いて行かれてしまったことの方が、どうしようもなく辛い。

『みょうじさん、セレスさんと喧嘩したの?』

アルターエゴが問いかけた。心配し、うかがうように、画面に漂っている。私は首を横に振った。けれど、これでは伝わらないのだと思いだし、キーボードをたたく。

<私は、不二咲さんの、気持ちを守りたかった。もうコロシアイなんて起こさせないって、思ってたのに、意思を継げなくて、ごめんなさい>

長い言葉を入力する間、アルターエゴは静かに待っていた。エンターキーを押すと、すぐに何かを悟ったような表情になる。考え込むように沈黙した後、慎重に言葉を紡いだ。

『僕のご主人タマだったら、多分、みょうじさんが謝ることじゃないって、答えると思うなぁ……』

<わたしもう、しんじるのやめる>

文字を打ち込んで、エンターキーを押そうとした手を止める。バックスペースキーを押して、全てを消し去る。改めて入力した文字は、ためらいなく送信する。

<私は、守れなかった。守りたいって、思ってたのは、セレスさんもだったのに――>

アルターエゴが目を見開いた。見るからに狼狽えて、私の名前を不安気に呼ぶ。

「もう、だれも信じたくない……、うらぎられて、傷つきたくないよ……。こんなおもい、したくない……ッ」

ぼろぼろと涙を流しながら弱音を吐く私を、アルターエゴはどんな思いで見ているのだろうか。そんな風に考えかけて、今相手にしているのが機械だということを思い出した。機械相手に、こんな情けない感情を吐き出して、自分は何をやっているんだろう。情けない思いが余計に膨らんで、みじめで、嗚咽がこぼれた。ずっと困惑していたアルターエゴの表情が、途端に険しいものとなる。

『みょうじさん。ご主人タマが入力したデータや、山田くんが教えてくれた話を元に、セレスさんを再現するよ。ねえ、お願いだから話をしてみて。一度、冷静になって』

むせび泣いていた私は、最初の方を上手く聞き取れなかった。え、と顔をあげて、画面に映った、先ほどまでと全く違う笑顔に、胃の辺りが引っくり返ったような気がした。目を細めて、きゅっと結んだ口を、均等に上げる。長い縦ロールの黒髪が、彼女の動きに合わせて揺れていた。

『――あなたはここに来ると思ってましたわ。本当に単純で分かりやすい人でしたから』

「な、せ、セレスさん……」

『わたくしが死んだということは、恐らく――わたくしは誰かを殺したのでしょうね。罪を暴かれ、モノクマさんから“おしおき”を受けたというところでしょうか。……それで、あなたはきっと、いつものように泣いているのでしょう?』

セレスさんが目を伏せた。斜め下の辺りを見下ろし、一呼吸の間を置く。

『嘘つきの受ける罰は、周りに信じてもらえないというだけのことではありません。本当の罰は、他の誰をも信じられなくなる、ということ……。わたくしは誰も信じられない業を背負っていたのです。――あなたは自分を責めているのでしょう?わたくしを信じたこと、わたくしから信じてもらえなかったこと。きっと悔やんでいるのでしょうね。でも、それは、お門違いってものじゃありませんか?』

<やめて>

思わず入力した文字。セレスさんが一瞬にして、不二咲さんの姿になった。アルターエゴは悲しげな表情で、私を見つめる。

『分かりづらいけど、励ましの言葉なんだよ。セレスさんは素直になれないだけで、みょうじさんのこと心配してるんだよ』

アルターエゴの言葉が、記憶の中の不二咲さんのものと重なった。

風邪をひいた私のため、セレスさんが不二咲さんに、柔らかいティッシュの場所を教えてくれた時に聞いた言葉だった。

血で汚れた私の手を、気にせず握ってくれたセレスさん。山田くんに教わりつつ淹れたロイヤルミルクティーを、遅いといいつつ飲み干してくれたセレスさん。カーディガンの袖を引っ張ってしまう私の癖を指摘したセレスさん。犯行を暴かれ、淡々といきさつを語っていたセレスさん。

いろんな彼女の思い出が、吹き出すように蘇ったけれど、どこからが本物で、どこまでが嘘だったのか、全くわからなかった。

でも、いくら考えたところで、推測にしかならない。

セレスさんは死んでしまったのだから、答え合わせなんてできない。

私のことを、どう思っていたのか、とか。いつからそのつもりでいたのか、とか。何一つ分からないままだ。私は一生、こんな気持ちを抱えて生きていかなければいかないんだ。

<ごめん、わかるよ。ありがとう。夜遅くにごめんなさい。帰ります>

アルターエゴが何か言う前に、スリープモードにした。立ち上がって、脱衣所を出ると、人影が見えた。びっくりして、身構える前に、向こうが私に気づく。

「みょうじさん!?」

薄暗かったけれど、声と匂いで苗木くんだと分かった。

「みょうじさん、こんな場所で――どうしたの?」

彼が私ごしに、脱衣所の奥を見つめて問いかけた。この場所ですることなんて、一つしかない。アルターエゴを勝手に利用することを、霧切さんが禁止していたのを思い出す。

「……苗木くんこそ、こんな時間に、どうしたの?」

上手に嘘をつけない私は、話をすり替えた。近づいてみると、彼の顔色はすごく悪い。

「実は……」口を開いたものの、彼は何か言いよどんだ。「背後から、何者かに殴られて、今まで気を失っていたんだ」

絞り出すように彼が言うので、息を呑んだ。咄嗟に彼の背後にまわり、後頭部を確認する。山田くんのように血にまみれていることはなかったけれど、蒼白な彼の顔色を見ると、嘘とは思えなかった。

「立ち話してる場合じゃないじゃん!部屋に戻らないと――!犯人につけられてない!?」

「う、うん……」

早く、と彼の手をひいて、苗木くんの自室へ導いた。鈍い動作でポケットを探る苗木くんから鍵を受けとって、扉を開いた。よろけた彼の体を支え部屋の中へ進む。急いでいたので、電気もつけなかった。目は暗闇に慣れていたので問題なくベッドまで辿りつけた。

「苗木くん、寝て!」

「だ、大丈夫だよ」

「大丈夫じゃないよ、殴られたんでしょう?」

無理矢理彼をベッドに座らせる。私も彼のベッドに片膝を乗り上げて、慎重に後頭部を探った。腫れている部分を見つけ、「ここ?」と尋ねると、痛みが走ったのか、苗木くんが顔を歪めて頷いた。保健室で冷やすものを探してこようかと提案したら、何故か慌てた様子の苗木くんに、引き留められた。

「本当に大丈夫だから……!一人で出歩いたら危ないよ」

「でも……!」

腕をしっかりと抑えられて、動けない。仕方なく、納得したことを示すため、扉の方に向けていた片方の足を閉じ、彼に向き直った。

「そしたら、どこで殴られたの?誰に殴られたか、分かる?」

苗木くんは思い悩むような表情で固まった後、ぽつり、ぽつりと語り始める。

彼は裁判の後、アルターエゴを確認しに行った際、「捜査の時にどこへ行っていたのか」と、霧切さんを問い詰めた。その時、彼女に“隠し部屋”を見つけたことを教えてもらったらしい。苗木くんは、夜時間になってから、実際にその場へ向かい、隠し部屋の存在を確かめた。しかし、そこで何者かに背後から襲われ、気を失ってしまったのだそうだ。

隠し部屋には大量のファイルや書類があったのに、見る前に襲われたと悔しそうに言う。意識を取り戻した時、資料は全て消え去っていたので、おそらく彼を殴った犯人が持ち去ってしまったのだろう。

「もしかして、苗木くんを襲ったのは、黒幕かな……?」

「……かもしれない」

「ねえ、そしたら、私にその場所を教えて。匂いを嗅ぎに行ってみるよ。何か手がかりを見つけられるかも」

「ダメだよ!危険だよ!」

苗木くんが、一度は手放していた私の腕を、素早く掴んで引き留めた。あまりに勢いよく引っ張られたので、苗木くんのベッドに、飛び込むように座ってしまった。彼は、「お願いだから無茶なことはしないで」と呟いた。その声が、本当に具合が悪そうだったので、私は頭を縦に二度振り、安心させようとした。

「――それより、みょうじさん」

俯きがちだった彼が、わずかに顔を上げた。前髪から覗く瞳に見つめられ、ドキッとした。伸びてきた手が、私の頬を掠めた。渇いた涙のせいで張っていた頬を、探るように撫でられる。

「脱衣所で、泣いてたの?」

暗闇の中、ベッドの上で向かい合ったまま、私は固まった。逃げようにも、頬を撫でるのと反対の手が、腕を抑えている。無理矢理振り払って立ち去る勇気はなかった。私はあごにかけていたマスクを掴み、涙の痕を隠すため、付け直す。

「アルターエゴと、話してたの。ごめんなさい」

苗木くんに謝っても仕方がないと分かっていたけれど、謝罪せずにはいられなかった。

勝手な行動をとってしまったことを、今になって思い出し、罪悪感が膨らむ。

「――私、こんな嗅覚なかったらよかったな」

ぽつりと零れた自分の言葉を聞いて、また涙が出てしまった。苗木くんが目を見開く。

「嗅覚がなければ、セレスさんは私に近づいてこなかった。舞園さんだってそうだよ。全部、ぜんぶ、私が悪いんだ。私がこんな鼻を持ってるせいで――」

「それは違うよ!」

苗木くんが私の手をひいて、無理に自分の方へと意識を向けた。

「超高校級の能力は、君らしさの一つじゃないか。誇りを持ってよ」

ぐわん、と視界が揺れた。何か、デジャビュのようなものを感じて、目の前が眩む。身に覚えのない記憶を探るように、過去を思い出そうとしていると、苗木くんが付け足した。

「それに、その能力がなければ、みょうじさんはこの学校には来てないよね。この学校に来たせいで、こんなことになっちゃったけど――ボクは、キミに会えてよかったって、思ってるんだよ」

最後の方は心なしか、小さくなっていったけれど、部屋が静まり返っていたせいで、良く聞こえた。苗木くんは俯いて、少し耳を赤らめている。私は、首を横にふって、余計に涙を流した。

「無理だよ、私は苗木くんみたいに、良いように思えないんだよ!だって、苗木くんみたいにすごくないもん……!私、苗木くんみたいに正しく考えられないよ!!」

せき止めていた何かが壊れたように、涙があふれる。自分でも何を叫んでいるか分からなくなってきて、ただ悲しい感情だけが、胸の内を埋めていた。

「私は、セレスさんが許せない。苗木くんは、舞園さんを信じて、許して、すごいよね。私、嫌なやつなんだよ。セレスさんのこと、どうして、嘘ついたのって、騙したのって、考えちゃって、悔しいんだよ。――私、セレスさんと仲良くなれたつもりでいたんだ。けど、それって勘違いだったよね。苗木くんは、舞園さんによく思われたくて無理してたって言ってたけど、私もだった。私は、気に入られようとしてるだけだった。香水なんて、つけもしないのに、匂い好きじゃないのに、お揃いだからってつけちゃって、バカみたいだった。だって、あれのせいで、捜査まともにできなかったんだもん、セレスさんの狙い通りだったんだよ、本当にバカみたい……!」

最後の方はもう、叫びとなっていた。夜時間に、こんなの迷惑だと考えがよぎって、部屋が防音だということを思い出す。外に私の声は漏れていないだろうけど、こんな風に言われたって、苗木くんは困ってしまうはずだ。頭の中の冷静な部分は分かっているのに、止まらない。

「これって、わたし、きちんとセレスさんを信じてあげてなかったんだね。前、えらそうに苗木くんに言っちゃったけどさ、『信じるっていうのは、その人の為に一生懸命、頑張り続けること』だって。似合いもしない香水つけて、嫌なこと言われてもヘラヘラして、そんなの、適当にその場で合わせてたのは、信じるっていわないよね、私、信じてもらえなくても、しかたないよね!私、もう、みんなと協力なんてできない。誰も信じられない、から。何を信じていいかわかんないんだもん!全部、全部十神くんの言う通りで――」

苗木くんが腕を強く引いた。バランスを崩した私は、飛び込むように苗木くんに抱きしめられる。心を落ち着かせる匂いが広がった。苗木くんが、どんどん、力をこめていく。

「みょうじさんは一生懸命だったよ!!」

私の叫びに負けないぐらいの声の大きさで、彼が言った。苗木くんは、私が暴れ出すと考えているのか、強く、強く腕に力を込めていく。

「苗木くん」

苦しい、そんな意味を込めて彼の名前を呼ぶけれど、伝わるはずがなかった。彼はますます抱きしめる力を強める。まるで私がいなくなろうとしてるのを、必死に引き止めているみたいに。

「みょうじさんは嫌なやつじゃないよ。セレスさんのこと、信じられないのだって無理ないよ。あんな風に、言われて、傷つかない訳ないじゃないか。みょうじさんは、何も悪くないんだ」

だから、みょうじさんまで自分を追い詰めて、自分を傷つけないでよ。絞り出すように苗木くんが言った言葉は、震えていた。

「こんなことになっちゃったのは全部、モノクマがそそのかしたからだ。セレスさんとみょうじさんは、こんな場所じゃなかったら、きっと友達になれたよ……!」

「またボクのせい?」

増えた声に驚いて、苗木くんが勢いよく顔を上げた。二人してそちらを見ると、モノクマがベッドの下で、仁王立ちしていた。私たちは身構えるように、モノクマから後ずさりする。

「ていうか不純異性交遊はやめてよね〜!」

「モノクマ!!なんでここに――」

「なに?なになに?僕が居たら不都合だった?みょうじさんにチョメチョメする気だった?苗木くんったらヤラシーんだ!今、流行りのロールキャベツ男子ってやつ?草食系と見せかけて肉食系ってやつですか?」

苗木くんがハッとしたように私を解放する。「違う」彼は慌てた様子で否定する。「ボクはそんなつもりじゃ――」

「はいはい、言い訳はいいからさ。本当に、キミたちはいつだって全部、ボクのせいにして……。セレスさんが殺人を犯したのは、間違いなく彼女の意思だよ。元々の性格からねじ曲がってるんだからさ、起こるべくして起こった事件なんだよ」

「ち、違う――セレスさんは」

「もういいよ!ていうか、早く寝なさい!!みょうじさんはとんだ尻軽女だよね!」

身に覚えのない罵声を浴びせられ、勢いに気圧された。モノクマはこちらの意見など聞きもせず、姿を消した。

取り残された私達には微妙な空気が残される。私は、何も言わない苗木くんから目を逸らして、ベッドを下りた。「おやすみなさい」それだけ言って、部屋を出て行こうとすると、苗木くんが私の名前を呼んで引き止めた。

「みょうじさん、モノクマの言うことなんて信じないでよ」

振り返ると、苗木くんが、ベッドに座ったままこちらを見上げていた。強い眼差しに射抜かれて、裁判の時のことを思い出す。セレスさんに罪を被せられそうになった時、彼が真っ直ぐ見ていてくれたから、私は諦めずに、自分の言葉で反論することができたのだ。

「何を信じていいか分からないなら、ボクを信じて。ボクは、仲間だから。絶対、みょうじさんの味方だから」










自室へ戻っても、彼の双眸がいつまでも焼き付いていた。

私は枕元の棚に置いたままにしていた、舞園さんのミサンガを手に取る。

何気なく腕に通すと、胸の奥がじくりと傷んだ気がした。

『もう誰も失いたくない』と、私が抱いたこの気持ちは、ホンモノなのだろうか。

何も理解できない。自分のことさえ、信じていいのかさえ、分からない。

だけど、苗木くんのことだけは、信じたい。

彼が、私を間違っていないと言ってくれたから、それを信じよう。

味方だといってくれたから、期待に応えよう。

信じるということは、その人のために一生懸命頑張り続けること。

私は、苗木くんのために、頑張ろう。

忠誠を誓うように、彼の姿を思い浮かべ、ミサンガをつけた腕を、胸に抱いた。




Next

141013