高らかにセレスさんの敗北を宣言した苗木くん。彼女は苦痛の表情で反論しようとする。
「負け……!?負け……だなんて……!」
しかし、途端にふっと息を抜いて、いつも通りの穏やかな表情を浮かべた。
「そんな言葉を聞いたのは……いつ以来でしょう……。重い……言葉ですわね……」
「認めるんだね?キミが犯人だってことを……」
「うふ……ふ……嫌ですわ。キミだなんて、そんな教授みたいな口ぶり……」
セレスさんは微笑んだ。今まで見たこともないような、毒気の抜けた、少女のような笑みだった。
「セレスティア・ルーデンベルク……いえ、もしくは……安広多恵子……でいいですわ」
「安広多恵子……?」
「ようやく……認めたか……」
十神くんが鼻で笑うと、セレスさんは、「負けを宣告されてあがくほど、往生際は悪くありませんの」と微笑みを浮かべた。それから十神くんの肩越しに裁判上の正面を見据えると、「モノクマさん、それでは始めてくださる?いえ……終わらせてくださる……ですわね?」と言った。
彼女の言葉に促されたモノクマは、いつも通りの言葉で投票を募った。
私は、やるせないような、自棄になったような気持ちで、セレスさんのボタンを押した。全員の票が集まったようで、セレスさんがクロだと決定する。「大正解なのでしたッ!!」嬉々とした様子でモノクマが叫んだ。「すべての計画を操っていた真のクロは……セレスティア・ルーデンベルクこと、安広多恵子さんなのでした――ッ!!」
「負けてしまいましたわね……非常に残念です。……やはり、他人なんかと組んだことが、そもそもの間違いだったようですわね。山田くんのおっちょこちょいっぷりは、わたくしの計算をはるかに超えていましたもの……」
クロだと知られてしまったのに、彼女の落ち着き払った態度は変わらなかった。その心境が理解できず、理解したくもなかった。初めて抱く、名前も分からない感情を持て余していると、霧切さんが口を開く。
「やっぱり、あなたの方から山田くんに計画を持ちかけたのね?でも、どうやって彼を計画に乗せたの?彼が人を殺す計画に、簡単に賛同したとは思えない……」
「どうせ、得意のウソで騙したんだろう……」
十神くんの言葉に「嫌ですわ」とセレスさんが手を口元に添えて笑う。「そんなに大したウソはついていませんわよ」
「じゃあ……あれを使ったの?」
「さすがですわね、霧切さん……そう、あなたの思っている通りです。山田くんを共犯者として利用するために……わたくしは“あれ”を使わせて頂きました。生き残ったみなさんのために、あえて、ここでの明言は避けますが……石丸くんと山田くんがずいぶん入れ込んでいた、例の物のことですわ……」
「それって、もしかして……」
苗木くんが、途中で口を閉ざす。誰もがアルターエゴのことを思い浮かべた。モノクマだけが、「なになに〜?なんの話〜?」と首を傾げるけれど、霧切さんが「ジャマしないで。今は大事な話の最中なの……」と一蹴した。
「じゃあ、あなただったのね?あれを盗んだのも……」
話の軌道を戻すため、霧切さんがセレスさんに向き直る。セレスさんはあっさり肯定すると、いきさつを語った。
セレスさんは昨晩、アルターエゴがなくなったことについて、みんなで話し合ったあと、山田くんの部屋を訪れた。そして、アルターエゴを盗んだ犯人は、石丸くんだと偽った。あらかじめデジカメを使い、石丸くんの部屋でアルターエゴの写真を撮っていたらしい。証拠として見せれば、山田くんが彼女を疑うことはなかった。
ただ、山田くんは、霧切さんが言っていた、“山田くんと石丸くんが近づくと、アルターエゴが悲鳴をあげる設定”はどう回避したのか疑問に思った。セレスさんはすかさずそこで、「石丸くんが自分を脅して盗ませた」と嘘をつく。乱暴され、写真を撮られ、言われた通りにしないと、みんなに見せて回ると言われ、仕方がなかったのだ、と。
少女の怯える演技を信じた山田くんは、怒りに打ち震えた。石丸くんを制裁しようと意気込む彼に、セレスさんは追い打ちをかける。『今、行ったら、石丸くんの思う壺』だと。
石丸くんはここから脱出しようと企んでいる。その際の標的は山田くん――。つまり、山田くんを殺して、アルターエゴを独り占めにしようとしている。セレスさんのでっち上げを信じた彼は、憤慨した。
『彼の蛮行を、これ以上放っておいていいのでしょうか?』その問いかけに、激昂した山田くんは、アルターエゴを助けるのは自分だと意気込んだ。彼女はそこで、今回の計画を持ちかけたのだ。例の物を取り返し、ついでにセレスさんと山田くんが、この学園から脱出できる、とっておきの方法があると――。
「うふふ……例の物の効果は絶大でしたわね。愛の力……それが歪んだ愛情であっても、やはり愛情とは人を狂わせるものですわね」
十神くんが、コスプレ衣装の事を聞くと、セレスさんがげんなりした様子で答えた。顔と姿勢を誤魔化せるものを用意するよう頼んだら、勝手にジャスティスロボを作り上げたらしい。彼女は自分の人選ミスを嘆いた。
「俺を……容疑者に仕立て上げたのはどうしてだべ……?」
「バカだからですわ」
「それだけ……ッ!?」
「あなたを選んだのは正解でした。予想を上回るバカさ加減で助かりましたわ。でも、ご両親はさぞかし大変だったでしょうね」
今度は大神さんが尋ねる。一連の計画を山田くんに説明する際、死んだフリの部分は、どう説明していたのか?という問いかけだった。十神くんが「本来ならば、死んだフリをした後、山田はどうするつもりだったのか……ということか?」と補足する。
「山田くんには、こう言っておきました。死んだフリをした後、姿を現す際には……『瀕死の重傷だが、命からがら逃げて来た……そう説明すればいい』とね」
「そんなの信じちゃったんだ……山田は」
朝日奈さんが、項垂れる。
「もちろん、それだけではありませんわ。わたくしが山田くんに話した計画では……彼が事情聴取されている間に、わたくしが別の誰かを殺す予定だったのです。そうなればアリバイのある山田くんは疑われない……そう言って、彼を信じ込ませたのです」
「だとしても陳腐なウソだな……」
十神くんが呆れたように視線を外す。セレスさんは少しムッとした様子で、すぐに言い返した。
「彼のレベルに合わせたまでですわ。現に、山田くんはまんまと信じていましたわよ。自分が殺される瞬間まで――彼はそのウソを信じ込んでいましたわよ」
それを聞いて怒りをあらわにしたのは、大神さんだった。拳を強く握りしめて、真正面にいるセレスさんを睨みつける。
「やはり、貴様は最初から山田を切り捨てるつもりだったのだな!」
「……当然ですわ。この計画は、死んだフリをした人物が後で本当に死ぬところに意味があるんですもの」
「人の命を……何だと思ってるの……?」
「何とも思っていませんわ。勝つために全力を尽くしただけですわ」
朝日奈さんの怒りに満ちた声でさえ、セレスさんには届かない。
十神くんのような言い草だと葉隠くんも怒った。けれど、セレスさんは、ここで初めて否定した。彼の場合は本当の意味の娯楽なので、自分とは違うと主張する。
霧切さんが、言葉にひっかかりを覚えたようで、「何があなたにそこまでさせたの?」と問いかけた。朝日奈さんが、今回の“動機”を思い出したらしく、「お金……の為とか……?」と心底軽蔑したような表情で吐き捨てた。
「モノクマさんの100億円のことですか?確かに、それは大きいですわね……。ですが、それがすべてという訳でもありません。わたくしは、この学園生活が始まった当初から、ここから抜け出すことしか考えていませんでしたから……」
「で、でも……オメーはずっと言ってたべ?ここでの生活を受け入れるべきって……」
「ウソに決まってんだろッ!!」
「ひっ!!」
裁判の時のように、突如として豹変したセレスさん。質問を投げかけた葉隠くんは腰を抜かして、大袈裟なぐらいに飛びのいた。隣にいた私の陰に隠れて、うかがうようにセレスさんを見つめる。
「わたくしはなぁ!ずーっと、ガマンならなかったんだよッ!この中の誰よりも誰よりも誰よりもッ!!ここから出たくて、たまらなかったんだよぉぉおおッ!なんでか教えてやろうか!?あぁッ!?」
そこまで叫んだかと思うと、セレスさんはまた、冷静な顔つきに戻った。そして、自分が希望ヶ峰学園を出たかった理由を話し出す。
「わたくしには夢があるのです。この場所で一生過ごすという事は、その夢を捨てろという事に他なりません。そんなこと……できるわけないじゃありませんか……わたくしが裏世界のギャンブルで、命がけで荒稼ぎしてきたのも、すべては、その夢の為なのですから……」
「その、セレスさんの夢って……?」
当然のように苗木くんが聞く。
「西洋のお城に住むことですわ」
「お、お城……!?」
「そして、執事兼護衛団として集めた世界中のイケメンに……ヴァンパイアの扮装をさせ、身の回りにはべらす……こうして完成させた、耽美で退廃的な世界……そこで一生を過ごす事こそが、わたくしの夢であり、目標であり……人生のノルマなのです!今までギャンブルで荒稼ぎしてきたお金に、モノクマからの100億が加われば、その夢が叶う……ところまでは来たのですが……。残念です。夢は儚く散ってしまいました。――ですが、悔いはありませんわ。最後まで夢にチャレンジし続けた結果ですもの」
「熱く語ってるけどさ……そんな事のために仲間を二人も殺したって言うの……?」
朝日奈さんがセレスさんを睨み付けた。
「だから罪悪感を抱けとでも?それは無理な相談ですわ……。自分のために他者が犠牲になることについて、わたくしは何も感じませんし、何も思わないのです。わたくしは……そういう風に完成してしまっているのです。うふふ……価値観の相違とは恐ろしいですわね。話がまったく噛みあいませんわ」
「こっちのセリフだよ……それに……なんでそんなに落ち着いていられんの……?わかってんの?あんたはこれから殺されるんだよ……?どうして……怖くないの……?」
怒りの表情のまま、朝日奈さんが涙を流した。セレスさんは彼女から目を逸らし、俯きがちに、微笑んだ。
「うふふ、わたくしはウソつきとしては、かなりハイエンドな方だと自負しておりますの。他人だけではなく、自分の気持ちすら騙せるのです。しかも、無意識ではなく意識的にです」
「だから……怖くない?」
「えぇ、怖くありませんわ。だから、いくらでも殺してくださいな。だけど、もし生まれ変わったら……その時は……きっと――」顔を上げた彼女と、目が合った気がした。しかし、未だ背後に縮こまったままでいた葉隠くんが、小さく悲鳴を上げたのを聞いて、彼を見たのだと思い直す。「きっと、マリーアントワネットになりますわ」
「そしたら、また処刑だな……」
「うふ……ふふ……ふふふ……」
彼女にしてはどこかぎこちない笑みを浮かべたセレスさん。その笑い声は、しばらく裁判場に響いていた。
「もういい?じゃあ、そろそろ始めましょうか!秩序を乱したクロのおしおきをッ!!今回は、超高校級のギャンブラーである彼女のために、スペシャルなおしおきを用意させて頂きましたぞっ!!では張り切っていきましょう!おしおきターイム!」
モノクマの言葉を聞いて、セレスさんはおしとやかな足取りで、自分の席を立った。
自分を見つめる一同の視線など気にも留めず、裁判場をぐるりと回って、霧切さんの元まで歩いた。私のいる方とは反対側を通ったので、目も合わなかった。私は、自分の存在が、本当に彼女にとって何の意味もなかったことを知り、項垂れる。声をかけたいのに、何を言っていいかさえ分からなかった。
「……最後に、霧切さんにこれを渡しておきましょう」
「これは……!」
鍵のようなものを手渡した彼女は、ここで初めて振り返った。一人ひとりの目を確認するように見つめると、良く通る静かな声で、言い残す。
「あれは……果たして希望なのでしょうか?わたくしには、そう思えませんでしたわ。だからこそ……いえ……蛇足……ですわね」
彼女は手を組んで、胸の前に添えた。気品あふれる笑みを浮かべ、可愛らしく首を傾げた。
「それでは、ごきげんよう。また、来世でお会いしましょう……」
私はとうとう、彼女と言葉を交わさないまま、見送ってしまった。
聞きたいことはたくさんあった。言いたい事もたくさんあった。
だけど、それらは頭の中でまとまりのないまま漂っていて、“おしおき”される彼女を見ているその瞬間も、言葉にすることはできそうになかった。涙さえでなかった。思い出の中の優しいセレスさんが、蘇ることもしなかった。
「いやはや困ったもんだねぇ……今回も、外の世界との繋がりを絶てなかったせいで、またまた殺人が起きちゃったよ……。もっと命は大事にしなさい!!若いんだからさッ!!やれやれ……オマエラが次世代を担う“希望”になるのはいつの事になるんだろうねぇ?」
裁判の後に決まってある、モノクマの煽りにも、何も感じない。
みんながモノクマに文句や反論をぶつけるのを聞きながら、ぼんやりと自分の手元を見つめていた。穴の開きそうなカーディガンの袖を眺めていると、モノクマが椅子から飛び降りて、霧切さんの近くに寄るのが視界の端に映った。
「そんな事よりさ……霧切さん、セレスさんから鍵みたいなのを受け取ってなかった?ねぇねぇ、それって何の鍵?」
「……」
霧切さんはモノクマの言葉を無視し、セレスさんから受け取った鍵を握りしめたままでいた。
「あり?どったの?」
「あなたの質問に答える前に……私の質問に答えて。あなたは……何をしたの……?あなたは、私の体に何をしたの?」
「えっ!?」
霧切さんの言葉に、みなが困惑の表情を浮かべた。質問の意図が分からなくて、固唾を呑んで、モノクマと霧切さんを見つめる。
「答えて……。あなたは私の体に何をしたの?」
彼女が距離を一歩縮めた時、モノクマは逃げるように自分の椅子へと戻った。それから、わざとらしく身をよじらせると、「な、何をしたって……ど、どういう意味さ……!ボ、ボクは知らんよぉ……なーんも……知らんよぉ……」とはぐらかした。
状況が呑み込めない周りは、口を挟むこともできない。霧切さんが静かにモノクマを見据えているので、沈黙が漂った。
「なんだか……バツが悪くなってきたから、そろそろ退散しよっかな……。じゃ、オマエラは引き続き、学園生活を楽しんでくださいな。寂しくなったらいつでも呼んでよ。まぁ、行きませんけどね!うぷぷ……まったね〜!!」
モノクマはそれだけ捲し立てると、忽然と姿を消した。
「ねぇ、霧切さん。モノクマも言ってたけど……」見計らったように口を開いたのは苗木くんだった。「さっき、セレスさんから受け取った鍵って?」
「おそらく……脱衣所のロッカーの鍵」
「え!?じゃあ、もしかして……!」
「セレスが、そこに隠したんだろう。あれをな……」
「灯台下暗しだったということか……。さっそく、確認しに行くぞ」
「えぇ……そうね」
みなが口々に言うので、学級裁判場を後にし、脱衣所へと移動した。そして、脱衣所付近に差し掛かったところで、霧切さんは私たちを振り返り、こう切り出した。
「ここから先は私だけで行くわ。みんなは食堂へ行ってて……。後で報告するから」
「なぜ、おまえだけで行くんだ?」
彼女の提案に、すぐさま十神くんが食らいつく。霧切さんは、「……決まってるじゃない」と、彼とは視線を合わせずに答えた。その意識は、監視カメラへと向かっていた。
「……そうじゃない。なぜお前なんだ、という意味だ」苛立ちを露わにして、彼が問い詰める。「内通者の恐れがあるというのに……」
ハッキリと口にした彼を、苗木くんが驚きの表情で見た。そしてすぐさま、気を使うように霧切さんの方を見るが、表情は変わらず、沈黙を守っていた。
「だったら……ボクも行くよ」
「苗木が……?」
思いがけない提案に、十神くんが苛立った表情のまま、視線を動かした。観察するように苗木くんを眺める。
「……頼むよ、ボクに行かせて!」
必死な苗木くんの訴えに、十神くんは考え込むように押し黙った。しかしやがて、諦めたように視線を逸らす。
「ここで言い争っていても、余計に目立つだけだな。フン、好きにしろ……」
「ありがとう、十神くん……」
安堵の息をもらした苗木くん。身を翻した十神くんは、誰よりも先に食堂へと入って行った。
「では、後は頼んだぞ」
大神さんも、その後に続く。私も、苗木くんと霧切さんを振り返らずに、食堂へと向かった。
食堂では、誰とも喋る気に慣れなくて、テーブルに突っ伏したまま時間を消費した。やがて戻ってきた霧切さんと苗木くんがアルターエゴの無事を告げた。さらに、データの解析が明日には終わりそうだということも。歓喜するみんなの声を聞きながら、私は食堂を出た。体が鈍りになったように重くて、考えることが酷く億劫だった。
Next
141013