ここほれわんわん | ナノ
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「な、なん、で?」

セレスさんに問いかける声がかすれてしまった。周りから見て、酷く動揺しているように見えただろう。途端に自分の言動、一つひとつが怪しまれているように思えて、一歩も動けなくなった。

「あなたの才能は、なんでしたか?」

「今さら何をいってんだべ!みょうじっちは超高校級のお犬様だろーが!」

「そのわりには全然、役に立っていないと思うんですの」

セレスさんが、にっこり笑って、信じられないほど冷たい言葉を吐いた。証言台に置いた手のひらに、汗がにじむ。彼女にそんな風に思われていたなんて想像もしなかったので、心臓がはちきれそうなほど、鼓動を刻んだ。

「ごめんなさい」やはり声は弱々しかった。「わたし、役に立たなくて、でも、犯人じゃ、ないです」

セレスさんは縦に巻いた自分の髪を、退屈そうにいじりながら言う。

「犯人が自分を犯人だと言うわけありませんわ。――わたくしは、こう考えています。あなたが壊滅的に役に立たないのは、わざとではないか、と。つまり、自分の犯行を隠すために、あえて決定的な匂いを嗅いでいない……もしくは、隠ぺいしている。そうやって、捜査を進めることを避けているのではないですか?」

「そんなことしないよ……!」

私とセレスさん以外、口を開かないのが不気味だった。みんなが彼女の言葉を信じて、私のいう事を聞いてくれなくなってしまうんじゃないかという不安に襲われる。

先ほどまで、あんなにも思いやりをもって接してくれていたセレスさんが、手のひらを返したように、敵意を持った瞳を向ける。自分が気づかない内に、何か取り返しのつかない場所へ来てしまったような気がして、途方に暮れた。

「それ以外にも根拠はありますのよ。例えば、山田くんを保健室へ連れて行こうと提案したのは、みょうじさん――あなたでしたね?」

「それは……血が、たくさん出てたから」

「それから、以前あなたは、保健室に置いてある薬品を気にしていましたよね?葉隠くんが、自分は睡眠薬で眠らされていたと主張していますが……睡眠薬のようなものは、保健室にあったと霧切さんが言っていましたわ」セレスさんが私を横目に見る。「みょうじさんは保健室の薬品棚を、事前に調べていたのではありませんか?今日、この日の計画のために――」

「ち、違うよ!」

咄嗟に叫ぶ。だけど、声を大きくすればするほど、私の言葉は誰にも届かない気がした。

「私は、本当に、あの時もいったけど、この校舎が薬っぽい匂いがするから、気になっただけで、でも、結局、見に、保健室には、見に行ってなくて――」

「何を言っているか分かりませんわ」

セレスさんにキッパリ言われ、それ以上、何も言えなくなった。口下手な自分が嫌で、私は今まで、まともに自分から喋ろうとしなかった。苦手な事から逃げていたって、いつまでも上手にはなれないのに。感情や思考を伝える術が分からない。うつむいて、マスクの下で口をぱくぱくさせることしかできずにいた。

「そういえば、わたくしと朝日奈さんが保健室を出て、トイレに行った時も、真っ先に保健室に戻ったのはみょうじさんでしたね。――あれも、共犯者の山田くんと、何か意思の疎通をとるために戻ったのではないですか?」

違う、やめて、なんでこんな酷いこと。そんな思いばかりが頭に浮かんで、ちっとも言葉が出てこない。泣きさけびたい気持ちで顔をあげたら、真正面にいる苗木くんと目が合った。

諦めちゃだめだ。

強い眼差しがそう言っている気がした。

願望がそう見せただけかもしれないけれど、彼の表情は、全く私を疑っていなかった。頑張って、反論して。そんな風に、訴えかけているように思えた。私は、だんだんと背筋を伸ばす。セレスさんを見る。彼女の眉がピクリと動いた。震える唇を開き、カーディガンの袖を握りしめる。

「わ、たし、セレスさん、私は、犯人じゃ、ないよ」

「……」

「山田くんは、私がトイレを出た時にはもういなかったよ。外に、外に出たの一瞬だったから、分かるよね?保健室で何かする時間なんて、なかったよ……!ね?朝日奈さん」

助けを求めるように朝日奈さんを見ると、不安そうな表情だったけれど、頷いてくれた。

「それに、わ、私、さっきも、言ったけど……山田くんが本当に殺されてしまった時、アリバイが、あるよ。な、苗木くんといたから――」

「それは、間違いないよ」

ここで、苗木くんが口を開く。セレスさんが、彼を冷めた目で見た。

「彼女のアリバイは、僕が証明するよ。消えた二つの死体を探しに行った時、ボクたちは娯楽室にいたんだ。――それより、セレスさん。ボクは、山田くんの共犯者を、キミだと思ってるんだ」

苗木くんが、急に切り込んだので、裁判場の空気が一変した。矛先を向けられたセレスさんは、大して動揺する様子もなく、「あら……わたくしが怪しいのですか?うふふ、嫌ですわ。そんなご冗談を……」といつもの調子で笑ってみせた。

「冗談……それはどうかな?」

苗木くんを後押しするように、言葉を繋いだのは、十神くんだった。全員の視線が自分に集中していることに気づいたセレスさんは、しばしの沈黙を守った後、重々しい口を開いた。

「……では、私と山田くんが組んでいたと、おっしゃるのですね。そんな……わたくしと山田くんが組んでいたなんて……」

一度言葉を切るまでは、いつも通りの穏やかな表情だった。ところが、彼女は突然、色恋沙汰リングをはめた人差し指を立て、眉間が皺だらけになるまで顔を歪めた。

「そんな事ある訳ねぇだろう、クソボケがッ!!誰があんなヘタレと組むっつーんだよ!!」

豹変したセレスさんに、一同は唖然とした。しかし、当の本人は気にした様子もなく、スイッチが切れたみたいに、優雅な動作で手を組み、そこへ顎を添える。

「……うふ、失礼しましたわ」

普段と変わらない笑みを浮かべるけれど、先ほど見た姿が脳裏に焼きついて離れない。ほとんどの面々が反応できずにいる中、臆せず言葉を発したのは、十神くんだった。

「言っておくが、根拠もあるぞ」

「……根拠?」

セレスさんが目を見開いて身を乗り出す。赤い瞳が獲物を狙う獣のようだった。

「そうだ。今回の一連の事件において、お前らだけは共通して“ある行動”を取っていた……それが根拠になるんだよ。お前らが組んでいたことのな!」

苗木くんが、言葉を引き継ぐ。

「山田くんとセレスさんだけが共通して取っていた行動……それって、不審者の目撃のことだよね?例の不審者――ジャスティスロボを目撃してるのって、セレスさんと山田くんだけだったもんね」

「でしゃばるな……」

「ご、ごめん……」

十神くんに睨まれて、先ほどまでの勢いが嘘のように、苗木くんが萎縮した。

しかし当の本人は気にした様子もなく、セレスさんに向き直る。

「苗木の言うとおり、例の不審者を目撃しているのは、山田とセレスの二人だけだった……その山田が犯人の一人であれば、もう一方のセレスの証言も、怪しいと見るのが当然だ」

「すべてウソ……ってこと?」

朝日奈さんが、横から疑問の声をあげた。

「図書室でケガをした山田を保健室に連れていった後、俺たちは全員で、不審者の捜索を始めたな?その直後の……セレスの言葉を思い出してみろ」

『影です……あの階段の上で影が動きました!』

「あの証言があったからこそ、俺たちは二階へと移動したんだ。そこで、セレスは俺たちを三階の物理室へと誘導するために……」

「三階で悲鳴を上げた……」

大神さんが脇を締め、拳を握る。静かな声は、どこか怒りを孕んでいるようにも思えた。

「あの時、悲鳴を聞きつけて三階に集まった俺たちに、セレスはなんと言った?」

『見つけたのです……例のコスプレ不審者を……。わたくしが叫び声をあげたら、逃げていきました。階段を背にしたわたくしに対して、左側の廊下の奥を曲がっていきましたわ』

「そうやって、俺たちを物理室に向かうよう仕向けた後は……もう一人の相方の出番だ」

十神くんの言葉に、ちょうど、あのタイミングで山田くんが叫び声をあげたのを思い出す。

「あれは……私たちを二手に分かれさせて……同時に死体を発見させるために……!?」

朝日奈さんが息をのんだ。口元を抑え、目を見開く。

「現に二手に別れようと提案したのも、セレスだったはずだ。……どうだ?セレスと山田が組んでいると仮定した途端、すべての偶然が必然へと繋がっていくんだ……」

セレスさんは沈黙した。いつもの彼女なら、すぐにでも反論しそうなのに、斜め下に視線を落としたまま、黙り込んでいた。

私は、自分の足元を見る。震える膝が情けなかった。先ほどまで、自分に疑いの目が向けられていた時は別の恐怖。言葉で説明することはできないけれど、違った種類の汗が浮いた。

「付け加えて言えば、その前のお前の盛大な叫び声……」

十神くんが、セレスさんにしては珍しい、妙な叫び声のことを言っているのが分かった。

「あれには“山田への合図”という役割もあったんじゃないのか?『自分は予定通り三階までたどり着いた。悲鳴を上げろ』……そんな意味の合図がな。だからこそ、あんな校内全体に響き渡るような大声で叫んだんじゃないのか?」

黙り続けるセレスさんを追い詰めるように、今度は苗木くんが発言した。

「それに、怪しいのは、あの時もだよ……。保健室で死んだフリをした山田くんを発見した時……あの時、最初に“殺された”と言ったのは、セレスさんだったよね……?そうやって言うことで、山田くんは死んだんだと、ぼくたちに思い込ませようとしたんじゃないの?」

「そ、そんな……信じらんないよ……全部、セレスちゃんの演技だったなんて……!」

声をあげたのは朝日奈さんだ。彼らの推理を疑っているというよりは、信じてしまうことを恐れているようだった。

「朝日奈さんとみょうじさんは、山田くんの死体が消えた時、セレスさんと一緒にいたんだよね……?」

「……うん、そうだよ」

「私の気分が悪かったから、セレスちゃんがトイレに行こうって言ってくれて……」朝日奈さんが答えかけて、苗木くんの言わんとすることを理解し、青ざめる。「……え!じゃあ、あれも……!?」

「朝日奈さんを気遣った訳じゃなくて、山田くんを保健室から逃がす隙を作る為だったのかも……」

それから、苗木くんは、ちらりと私を見て、言いづらそうに付け足した。

「セレスさんは今回、やたらとみょうじさんを気遣っている様子だったけど……それこそ、彼女の能力が、自分の犯行の妨げにならないようにしてたんじゃないかな」

頭をガツンと殴られたような衝撃を受ける。プールに落ちた私を心配し、十神くんに死体の匂いを嗅ぐように強要された際、助けてくれたセレスさんの姿を思い出す。全部、作戦の内だったのだと思うと、鳥肌が立った。セレスさんを見ても、視線は合わなかった。

「先ほど、急にみょうじの共犯説を提唱したが、それも、お前にしては根拠の弱い薄っぺらな内容だったな。追い詰められた犯人の苦し紛れにしか聞こえなかったぞ。――どれもこれも、一つずつでは小さなことだが、積み重なった途端、大きな疑惑になる……そう思わないか、セレス?」

「さぁ、なんのことでしょう……?」

ようやく口を開いた彼女は、普段と変わらない微笑を携えていた。なぜこの場面で笑うことができるのか、私にはさっぱりわからない。

「とぼけても無駄だ……お前は決定的なミスを犯しているんだ」

「……ミス?」

「最初にあれを聞いた時は、さほど深刻には考えなかったが……今となってはハッキリと言える。あれは、お前の犯した致命的なミスだとな」

十神くんが口にしたのは、不審者を追って物理準備室まで行った彼らが、山田くんの死体消失を聞いて、保健室へ戻った直後の話だった。

その時、セレスさんが言ったセリフが、決定的なミスだというのだ。

『まるで……楽しんでいるようですわね……。わたくしたちが怯え、混乱するのを見て、楽しんでいるようですわ……。このままだと……全員殺されてしまいます。彼らのように……殺されてしまいます……』

「物理準備室で石丸の死体を発見したのは、俺と大神と腐川の三人だったんだ。その後、遅れて来た苗木から山田殺害の件を聞き、俺と大神は、苗木と一緒に物理準備室を後にした……。そして廊下に出たところで、セレスと会い、俺たちは四人で保健室に向かうことになったんだ。その間、俺たちは石丸の死については一切、何も話していないんだ」十神くんが眼鏡の位置を正す。隣にいるセレスさんには、目もくれない。「そう考えると、セレスの発言は極めて不自然。いや、不自然過ぎるんだよ」

「そうだ……『彼らのように殺される』なんて発言は、あの時のセレスさんから、出てくるはずないんだよ。だって、あの時、ボクらはまだセレスさんに、石丸くんの件を伝えてなかったはずだよ?」

苗木くんも畳み掛けた。

十神くんは、自分たちがセレスさんに会ったのは、廊下に出た後のことなので、物理準備室の死体を見る機会もなかったはずだと補足した。

セレスさんは沈黙を守り続ける。その姿は、追い詰められているというより、反論の為に、必死に頭を回転させているようにも見えた。

「それなのに、セレスさんはどうして知っていたの?殺されたのは一人じゃなくて、“彼ら”……しかも“男”だったってことをさ……。だってあの時は霧切さんも姿を消してたんだ。彼女が殺された可能性だってあったはずだよ?」

張り詰めていた緊張を解くように、彼女がふっと息を漏らした。十神くんがセレスさんを見るが、気にした様子もなく、笑いだす。

「うふふふ……みなさん、想像力が豊かなのですね?――先程、あなた方はおっしゃっていましたわね?わたくしが不審者を目撃した証言は、すべてウソだと……。でしたら、この画像はどうなるのです?」

取り出したのは、捜査の時からみんなに見せていた、デジタルカメラだった。

「不審者が山田くんを連れ去っている、この画像について、みなさんはどう説明を付けるおつもりですか?」

「それも……ねつ造だろ……?セレスっちがあの衣装を着て、そんで、デジカメのタイマーを使って撮影したとか……」

「お忘れですか?あの衣装は葉隠くんにしか着られないはずですわよ?それに……このデジカメにはタイマー機能なんてついておりません。つまり、不審者が山田くんを連れ去ったというのは、揺るぎない事実なのです。わたくしの証言がすべてウソだというなら、この画像がなんなのかを、説明して頂けますか?」

「そもそも、その画像って本当に、不審者が山田くんを連れ去っているところなのかしら?」

成り行きを見ていた霧切さんが口を開く。

「……どういう意味ですか?」

「不審者が山田くんを連れ去ったわけじゃなくて、他の可能性だってあるんじゃないかしら?」

「あれは、不審者が、山田くんを連れ去ってる画像じゃなくって……山田くんの方が、不審者を連れ去っている画像だったのかもしれないね?」

苗木くんが霧切さんのヒントに応える。セレスさんはここで初めて、息を詰まらせた。表情はこわばり、今まで見せたことのないような、険しい表情をする。

「……あの怪しい衣装も、私たちに勘違いさせるための物だったんじゃないかしら。あんな衣装を着ている人物を見たら、誰だって、そっちが怪しいと思い込んでしまうからね……」

「そ、そうやって、俺の寝てる間に、俺を容疑者に仕立て上げたんだな!」

霧切さんの推理を聞いて、葉隠くんが憤慨した。しかし、当の本人であるセレスさんが、肩を震わしていることに気づいて、言葉を止めた。私は最初、彼女が泣き出したのではないかと思った。

「うふ……うふふふ……うふふ……」

しかし、静まりかえった裁判場に響くのは、セレスさんの笑い声だった。

「そんな訳……」

うつむきがちに、上品な笑い声をもらしていた彼女が、穏やかな表情で顔をあげる。

「ないじゃありませんか」

確かにあったはずの、笑みは消えていた。セレスさんは、凍てついた表情で葉隠くんを見つめると、やがて興味を失ったかのように、視線を宙へ漂わせた。

「山田くんの方が不審者を連れ去っていった?そんな事、あり得ませんわ……」

セレスさんが反論の根拠として上げたのは、画像の不審者の背筋が伸びていることだった。中にいるのが気絶した人間なら、そんな姿勢を取れるわけがないというのだ。これには、すぐさま苗木くんが反論した。あのジャスティスロボの衣装の特徴を思い出してほしい、と。

「そうだ!あの衣装って、設計ミスのせいで、腰がまったく曲がらないんだ!」

実際に衣装を着た朝日奈さんが、手を打った。

「そもそも本当に設計ミスだったのかしら?最初から、この画像をでっち上げるために、計算して作られた設計だったのかもしれないわよ?」

霧切さんの言葉に、セレスさんが顔をゆがめる。奥歯をかみしめる彼女はとうとう反論の余地を失ったようだった。

「セレスさんたちは、そんな特徴がある衣装を、気絶した葉隠くんに着させることで、あの画像をでっちあげたんだよ。あの不審者の存在を、ボクたちに信じ込ませるためにね!」

「ぐぐぐッ……!!」

セレスさんが下唇を強く噛みしめるのを見た。あんなに強く噛んだら血が出てしまう、と彼女を心配しかけて、それすら虚しくなった。彼女をいくら気にかけたところで、私は彼女にとって、邪魔な存在にしかなれなかったのだ。

「どうやら……チェックメイトのようだな……」

「チェック……メイト……?…………」

勝ち誇った十神くんの宣言に、セレスさんがうなだれた。諦めて、観念したのだろうか、そう思ったのは束の間で、再び漏れ始めた笑い声を聞いて確信する。

セレスさんは諦めていない。

「うふ……うふふふふ……ふ……ふ……ふふ……ふふふ……ふざけてんじゃねーぞ、このダボッ!!あぁ!?何がチェックメイトだ!?」

「セ、セレス……ちゃん……?」

「どうしても、わたくしを犯人に仕立て上げたいらしーが、そいつは大きな間違いですわよぉ!!お忘れですかぁ?山田くんが死に際に残した、あの言葉をよぉ!!」

別人のような口調でまくし立てたかと思えば、そんな自分を恥じるように、かつての穏やかさで微笑む。

「犯人の名前を聞かれた山田くんは、ハッキリと答えていましたわよね?犯人は“やすひろ”だと……」

そこまで言うと、大きく息を吸い込む。彼女は目を見開いて、お腹の底から絞り出すように叫んだ。

「つまり、葉隠康比呂なんだよぉぉぉぉおおおッ!!」

勢いに気圧されたのか、葉隠くんが見るからにうろたえた。

「お、お、俺は“やすひろ”なんて名前じゃねーって!じ、実は“たろすけ”って名前で……」

「……ええっ!?そうだったの!?」

ここに来て突然の告白。なんでもっと早く言わなかったの?と聞こうとしたら、大神さんが呆れた様子で呟いた。

「そういう訳のわからぬウソをつくから、話がややこしくなるのだ」

「う、うそなの?」

「お前もいちいち真に受けるな!」

十神くんが、とても怖い顔で睨んできた。私は萎縮して、小さな声で謝罪するしかできなかった。

「だけど、山田くんが言った“やすひろ”って、本当に葉隠くんのことを指しているのかしらね?」

霧切さんがなんでもない風に呟いた。セレスさんが、口元を歪め、「テメー何言ってんだ!焼くぞ!!」と叫んだ。焦りを露わにした彼女の様子に、苗木くんが重要なヒントだと勘付いたようだった。

「霧切さん、どういう意味?」

「思い出してみて……山田くんの、みんなに対する呼び方を……彼は私たちのことをどんな風に呼んでいたかしら?」

「みょうじなまえ殿」と、記憶の中の彼に呼ばれた。あ、と私が口を開く前に、苗木くんが叫んだ。

「そうだ、フルネームだ!山田くんはみんなのことをフルネームで呼んでたんだ!」

「そう。例えば“苗木誠殿”って具合にね……。だから、山田くんが葉隠くんを名指しするつもりなら、“葉隠康比呂殿”って呼ぶはずなのよ」

「た、たまたま……ですわ……。その時だけ……下の名前で呼んだのでしょう……」

セレスさんの瞳が大きく揺れる。霧切さんへ向けられる視線に、恐れの色がにじんだ。

「たった一回の偶然が、その時なんて……随分と都合のいい解釈をするのね?」霧切さんが鋭い声で言い放つ「――あり得ないわ。山田くんはいつものようにフルネームで、犯人の名前を言おうとしたはずよ。だけど、その途中で力尽きてしまった……」

「じゃあ、山田くんが示そうとしたのは……例えば、苗字が“やすひろ”の人物とか……?」

「でも、そんな名前の人、いないよね?」

「いや……ちょっと待って。可能性のある人が、一人だけいるよ。……今まで本名を明かしていない……セレスさん」

苗木くんの視線につられるように、誰もが息をのみ、セレスさんを見た。

「なん……ですと……?」

みなの注目を一心に浴びたセレスさんは仰け反って、口の端をひくつかせた。

「言いがかりも……そこまでくると笑えますわね……」項垂れた彼女が自嘲気味に呟いたかと思うと、また、怒りをあらわにして、苗木くんに怒鳴りつける。「おい!適当なことを言わないでくださる?わたくしが“やすひろ”なんて、ダセー苗字のわけが……ね――――――だろがッ!!あぁッ!?ちょん切るぞッ!!」

今までと全く違うセレスさんの姿に、苗木くんは怯みもせずに食ってかかった。

「だったら教えてよ……セレスさんの本名って……なんなの?」

「よぉし!耳の穴をガッツリかっぽじって、よく聞きやがれぇぇぇえええッ!!わたくしの本名はセレスティア・ルーデンベルク!何度も同じことを言わせないで頂けますかぁ!」

「いつまで言い張っているつもりだ……」

十神くんが呆れ顔になる。セレスさんは汗を浮かせながらも、得意気な表情をした。

「言い張るも何も、それが真実ですわ……。それを確かめる方法がない以上――」

「そうだ、電子生徒手帳だよ!!」

「あぁ……!?」

閃きのままに叫ぶ苗木くん。セレスさんの声が裏返った。

「確か、電子生徒手帳て、起動時に持ち主の名前が表示されるはずだったよね?最初にモノクマも言ってたはずだよ……。つまり、電子生徒手帳を確認すれば、ハッキリするはずなんだ。セレスさんの本名がさ!」

「プ、プライバシーの侵害ですわ!見せませんわよ……ッ!」

「……セレスさん。そろそろ……本当のことを言ってくれないかな?」

「わたくしは……王手されたとしても、諦めない性質なんですの。だって……だってだって……だってだってだってだってだってだって!完全に決着するまでは、何があるかわかりませんだろがぁ!」

静まり返った裁判場に響くのは、悲痛な、怒りに満ちた、セレスさんの嘆きだけだった。

瞳をゆらす朝日奈さん。痛みを堪えるような表情の大神さん。葉隠くんは、もう、完全に怯えきっていた。

そんな中、強い光を宿したままの、苗木くんの視線が、セレスさんを射抜く。

「だったら……完全に決着させるよ。もう一度、最初から事件を振り返って……」

彼は、今までの事件を振り返った。一つ一つ丁寧に、セレスさんの犯行を暴く。

最初から順に並べてみると、もう、セレスさんが犯人という事実は、覆らないように感じた。

隙のない推理は、真のクロであるセレスさんを、確実に追い詰めていった。

「――セレスさん!キミの負けだッ!!」




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141013