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シャワーを浴びて、ジャージに着替えた。ドライヤーで髪を乾かした後、慌てて自室を飛び出す。

まだ匂いを嗅げていない物理準備室や、美術倉庫へ向かおうとしたら、学級裁判の開始を告げる校内放送が響いた。

「間に合わなかった……」

項垂れるけれど、仕方ないことだと割り切った。他のみんなが調べてくれているだろうし、大丈夫だろうと考え直す。

寄宿舎のエリアを出て、学校エリアに向かい、赤い扉の裁判場を目指した。既にほとんどのメンバーが集まっていた。

「みょうじさん」

駆け寄ってきたのはセレスさんだった。香水の匂いを強く感じて、彼女に貰ったプレゼントを付け忘れてきたことに気づく。

先ほどまでは自分からもセレスさんの香りが漂っていたから、彼女の香水の匂いが薄く感じたのだろう。

「きちんと温まりました?」

「う、うん。おかげで美術倉庫とか見れなかったけど……」

「いいじゃないですか。今さら見るものもありませんよ」

それだけ言うと、身を翻して部屋の奥へと進んだ。妙にあっさりした態度に、怯んでしまった。さっきまでずっと一緒にいたのに、もう傍にいてくれないのだろうか。群れからはぐれた渡り鳥のように行き場所を失い、不安定な足取りで、部屋をうろついた。やがて、霧切さんと苗木くんが入ってきて、全員がそろった。

何故か二体になって出てきたモノクマが、地下の裁判場へと降りるエレベーターへ乗るように促し、消えて行った。みんながそれに従おうとすると、葉隠くんが悲痛な面持ちで、「ちょ、ちょっと待って……!まだ……心の準備が……ッ!」と叫んだ。

「葉隠、もう逃げらんないんだからね……。罪は償ってもらうよ……」

「だから、犯人じゃねーってのに……!」

すっかり葉隠くんを犯人と見ているらしい朝日奈さんが、怒りを押し殺したような声で言う。頭を抱え込んだ葉隠くんに、追い打ちをかけるのは、セレスさんだった。

「そう言えば、別の衣装とやらは見つかったのですか?それに、メモとやらは?」

「メモ?」

身に覚えのないキーワードに首を傾げると、朝日奈さんが「葉隠の言った嘘だよ」と答えた。「葉隠は、メモに呼び出されて娯楽室に行ったら、睡眠薬か何かで眠らされたんだって。でも、そんなメモどこにもないから、葉隠のウソに決まってるよ!!」

「メモは……見つからんかったけども……」

項垂れる葉隠くん。セレスさんは微笑みを浮かべた。

「残念でしたわね……これで犯人は決まったようなものですわ」

「う……でもッ……!」

葉隠くんが苦し紛れに言葉を絞り出すのを見て、霧切さんが制した。

「それは、ここで話す事じゃないわ。議論は裁判場へ行ってからのはずよ……」

私たちはその言葉に従って、エレベーターに乗り込んだ。箱はみるみるうちに下降していき、やがて、音もなく動きを止めた。

地下へとついた私たちは、促されるままに、自分の名前が書かれた証言台に立った。モノクマの口から、お決まりの学級裁判ルールの解説が始まったと思ったら、遮るように朝日奈さんが叫んだ。

「犯人は、もう決まってるよ!」

「一連の殺人や死体消失が起きた際のアリバイがなく、何より、あのコスプレ姿で現れた葉隠康比呂くん……」

淀みない口調で引き継いだのは、セレスさんだった。その言葉を聞いて、より、確信を深めたらしい朝日奈さんは、再び声を張り上げる。

「どう考えても……あんたが犯人じゃん!!」

葉隠くんは必死に反論した。自分は眠らされていただけだと、無実を訴えた。

しかし、セレスさんがさらに、証拠を提出する。葉隠くんの部屋から見つかったという、ジャスティスロボの設計図だった。

「あなたの部屋から見つかった、この設計図や部品が物語っています。あなたが犯人であるということをね」

「……その設計図ってさ、本当に葉隠くんが書いた物なのかな?」

苗木くんが、ぽつりと疑問を口にした。みんなの視線が彼に集まる。

「どういう……意味ですか?」

セレスさんが首を傾げて、その真意を問う。

「だってさ、これ見てよ。アレがなくなった時、葉隠くんがみんなを集めるのに使ったメモだけど……」

アレというのがアルターエゴで、モノクマの前だから、わざと伏せているのだと思い至った時には、苗木くんがポケットから、折りたたんだ紙を取り出し、開いて掲げる。そこには、『食堂に集合せよ!』と、達筆な字で書かれていた。

「葉隠くん、字うま!!」

感動のあまり叫ぶけれど、場違いだったようだ。苗木くんが苦笑した。

「うん、そうだよね。明らかに筆跡が違うよね?そっちの設計図とさ……」

セレスさんが掲げている、葉隠くんの部屋から見つかったという設計図と見比べる。確かに、こちらに書かれている字は、どちらかというと癖が強く、お手本のような葉隠くんの字とは、似ても似つかなかった。

「……筆跡を使い分けただけでしょう」

「いや、筆跡を使い分けた程度の差には見えんぞ……」

セレスさんの言葉に、大神さんが反論する。葉隠くんも、自分にそんな器用な真似はできないと、捲し立てた。

「じゃあ、苗木は、葉隠は犯人じゃないって言うの?」

朝日奈さんが困惑の表情を浮かべていた。苗木くんがそれに返す前に、十神くんが口を挟む。

「苗木だけじゃない。俺も同じ考えだ」

予想外の人物からの援護に、苗木くん自身が驚いているようだった。朝日奈さんはムキになったように、「だったら、あのジャスティスロボの正体って、誰だったの!?葉隠が言ったみたいに、他の誰かが、似たような別の衣装でも着てたって事!?」と声を荒げた。

これについて苗木くんは、ジャスティスロボの中身は間違いなく葉隠くんであったことを説明した。十神くんが重ねて同意すると、朝日奈さんはますます憤慨する。

「言ってる事おかしいじゃん!葉隠は犯人じゃないって言ったばっかだよ!」

「おかしくなどない……葉隠は不審者の正体ではあるが、犯人ではないというだけだ」

「という事は、まさか……」

十神くんの言葉に、大神さんが察したような表情になる。それを見た十神くんは、得意気な顔つきになり、「……そうだ」と肯定した。「今回の事件の犯人は、あの不審者と関係ない」

「根拠はあるのですか?」驚きに目を見張った朝日奈さんの代わりに、疑問をぶつけたのはセレスさんだった。「あの不審者が犯人ではないという根拠は」

「もちろんだ。だが、その前に……先にハッキリさせておかねばならない事がある。まずは、それについて話しておくとしよう」

急に話が飛んだように思ったけれど、十神くんいわく、物事には順序というものがあるらしい。彼の言う、“ハッキリさせておかなければならない事”というのは、犯人が、石丸くんを殺した後、どのように運搬したかということだった。

ここで苗木くんが解説を引き継ぎ、石丸くんの運搬に利用されたのは、「台車」と「ビニールシート」だったと説明した。物理準備室から消えた石丸くんが、美術倉庫で再発見された時、彼はビニールシートに包まれていた。あのビニールシートは、物理準備室にあったものと、同じだったというのだ。

「犯人は、物理準備室から石丸くんの死体を運び出す際、そこにあったビニールシートを使ったんじゃないかな?死体の移動中に、血痕を残してしまわないようにね……」

「ビニールシートの件はなんとなく分かっていたが、台車というのはなんだ?」

大神さんの疑問に、苗木くんが答える。

「最初に、物理準備室で石丸くんの死体が発見された時、そこには確かに台車があったのに、死体が消えた後は、台車も一緒になくなってたんだ。その後、美術倉庫で石丸くんの死体が再発見された時には、そこには、死体と一緒に台車もあったんだ」

「つまり、死体は台車によって運ばれたとおっしゃりたいのですね?」セレスさんが、苗木くんの意見をまとめた。彼が頷きかけた時、最初から返事なんて待っていなかったとでも言わんばかりに、「ですが、それは思い違いではありませんか?」と付け足した。

「えっ……?」

「最初に物理準備室で石丸くんの死体を発見した時、本当に、そこに台車があったのでしょうか?そもそも、あの台車は、美術室の彫像などを乗せておく為のものですわよね?それが物理準備室にあったこと自体が不自然ですわ。本当は、最初から美術倉庫にあったものを、移動したと勘違いしただけではありませんか?」

息を継ぐ間も与えずに、セレスさんがまくしたてるので、苗木くんはわずかに動揺しているように見えた。先ほどまで味方をしていたはずの十神くんまで、「言われてしまったな、苗木……さて、どうする?」と他人事のように言う始末である。

「気にしないでください、苗木くん。あなたには誰も期待していませんから。あなたが勘違いキャラだというのは、周知の事実ですので――」

「あの台車が移動している根拠ならちゃんとあるんだ」

怯んだのは一瞬のことで、苗木くんはすぐに反論した。セレスさんの目が、冷たくなったように感じたけど、瞬きしたときにはもう、いつも通りの彼女に戻っていたので、真偽は分からない。

「ボクが美術倉庫で台車を見つけた時、そのタイヤには血痕が付着してたんだけど……それと同じタイヤの跡が、物理準備室の血だまりにも残ってたんだ。きっと、犯人は物理準備室から死体を運び出す際に、誤って台車のタイヤに血をつけてしまって……それを、そのまま、美術倉庫まで移動させちゃったんだよ」

「……まぁ、いいだろう。しょせん補足の話だ。そろそろ本題に戻るとするか」

十神くんが話を仕切り直すと、朝日奈さんが「そうだ、ジャスティスロボが犯人じゃないって話だよ!」と同意する。「犯人がジャスティスロボじゃないなら、じゃあ、どんなロボなの!?」

「朝日奈よ。ロボは関係ないと思うぞ……」

静かな声で朝日奈さんを窘めるのは大神さんだった。十神くんは気にも留めず、「では、話してやろう。例の不審者が、事件の犯人ではないという根拠をな」と言い、不敵な笑みを浮かべた。「それは、石丸の死体運搬の流れを振り返ってみれば、すぐに見えてくるはずだ。犯人は物理準備室で石丸を殺し、その死体を運んだのだったな?」

「死体をビニールシートで包んで、それを台車に乗せて運んだんでしょ?」

苗木くんの推理をおさらいするように、朝日奈さんが答えた。

「あの台車は取っ手がなかったはずだ」

「でも、取っ手なんかなくたって、腰を屈めた体勢になれば――」

朝日奈さんが言い切る前に、苗木くんが口を挟む。

「確かに、腰を屈めて姿勢を低くすれば、取っ手のない台車でも押せたかもしれない。でも、あんな衣装を着たままで、そんな体勢になれたのかな?」

彼は、みんなでジャスティスロボの構造を確認した際のことを思い出してほしいと言った。朝日奈さんが、実際に衣装を身にまとった時、言っていた台詞がよみがえる。

『視界が悪すぎるよ!足元なんて全然見えないし!よく、こんなの着て歩き回ってたね……』

『だから……俺じゃ……ねーって……』

『しかも、これって……腰がまったく曲がらないよ!?明らかな設計ミスじゃん!?』

「あ……そういえば」

プールサイドでのやり取りを思い出した。苗木くんは私たちが悟ったことを確認し、強く頷いた。

「腰を曲げられないとなると、取っ手のない台車を押すのは難しそうだな……」

「でしたら、足で蹴って台車を転がせば……」

「足元がまったく見えないんだよ?そんな状態で、台車を蹴って転がせる?」

動きづらい衣装を着たままでは、死体をビニールシートに包むなどの、細かい作業もできないだろうということで、ジャスティスロボを身につけていた者に犯行は不可能だという話でまとまった。

死体を運ぶ時だけ衣装を脱げば?と、ジェノサイダーが提案したが、あの衣装は背中が留め金で固定されていて、自力では脱げないことを苗木君が説明した。

「つまり、台車で死体を運んだ犯人は、ジャスティスロボを着ていた葉隠ではないのだな」

大神さんが出揃った意見を元にまとめると、セレスさんが口を挟んだ。

「いえ、ちょっと待ってください。お忘れですか?わたくしが撮影した画像のことを……みなさんもご覧になったでしょう?山田くんが不審者によって連れ去られているところを……。あの不審者が犯人ではないのなら、あれは一体なんだったのです?」

セレスさんが、みんなに呼びかけるように、視線をぐるりと見渡した。

「それに、殺された山田くんだって、証言していたではないですか。『やられました、あいつに。ジャスティスロボです。今しがた僕が命名しました……』と。この事実がある限り、結論は揺るがないはずです」

彼女はそこで一呼吸を置く。先ほどのように、やけに冷たい目を葉隠くんへと向け、「犯人は例の不審者……つまり葉隠くんで間違いありませんわ」と言い切った。

「そうだよね!やっぱ、そうだよね!」

「ちょ、ちょっ……ま、待って……!」

力強く同意した朝日奈さん。葉隠くんは再び雲行きが怪しくなったことに怯み、泣きじゃくった。

「結論を出すのは、まだ早いわ」

強い声で割って入ったのは、ずっと成り行きを見守っていた、霧切さんだった。

「それに、決めるのはいつでもできる……。その前に、他の可能性を話し合ってみるくらいは、しておいた方がいいんじゃない?一つの視点に囚われるより、様々な視点から見た方が、真実に近づける場合もあるはずよ」

彼女は一連の事件を、最初から振り返ることを提案した。面倒だとジェノサイダーが反対するも、事件の始めを知らない霧切さんへの説明も兼ねることになると朝日奈さんが同意し、私たちは始まりから流れを確認することになった。

娯楽室でセレスさんが襲われたところから、美術倉庫室で消えた死体を発見したところまで、みんなで順を追って復習すると、黙って聞いていた霧切さんが、ふと息をついた。

「なるほど、かなり複雑な事件みたいね。これらを一連の連続した事件として考えても、らちが明かなそうだわ……」

「だったら……どうするの?」

「連続した事件としてじゃなくて、それぞれを別々の事件として考えてみるのよ。そしてそこから……この事件の矛盾点を見つけ出すのよ。さっそく始めましょう。まずは、石丸くんの事件からよ……」

霧切さんの指揮によって、私たちは事件について別視点から考え直すことにした。まず、霧切さんが問題提起をする。

「そもそも、石丸くんが殺されたのは……山田くんより先だったのかしら?それとも後だったのかしら?」

「二人の殺された順番なんて決まってるよ!石丸の方が後だよ!」

即答したのは朝日奈さんだった。大神さんが、「なぜ、そう思うのだ?」と問いかけると、「ジャスティスハンマーの順番だよ!」と叫ぶ。彼女の言う通り、山田くんの傍には3号、石丸君の傍には4号が落ちていたはずだ。

「いや、ジャスティスハンマーの順番が殺された順番とは限らないはずだよ!」すぐさま口を挟んだのは苗木くんだった。「というより、それ自体が犯人の偽装工作だと考えられるんじゃないかな?」

「あのジャスティスハンマーの番号が犯人の偽装工作という事は……実際に殺された順番は、石丸が先で、山田が後だったという事か?だったら、その根拠を示してもらおうか」

十神くんが苗木くんを鋭い瞳で見据えるが、彼は怯んだ様子もなく、ポケットから証拠品を提示した。

「これは、霧切さんが見つけたものなんだけど――石丸君の腕時計だよ。ほら、針が六時過ぎを指した状態で壊れちゃってるでしょ?」

「おそらく、犯人に襲われた際に壊れたんでしょうね。だって昨日の晩、見た時には――」

苗木くんの説明を補足した霧切さんが一度言葉を切る。つられて思い出すのは、昨夜、最後に会った石丸くんの姿だった。脱衣所へ集合した時、彼は自分の腕時計を確認しながら、遅れて来た面々を怒鳴りつけていた。あの時は確かに、彼の腕時計は動いていた。

「――しかも、昨日の夜の時点で壊れていなかったとなると、彼が襲われたのは“今朝の六時過ぎ”で間違いないわ」

「つまり、石丸くんはその時刻に殺されたんだよ」

「だが、朝の六時過ぎとなると、山田が殺されたのよりずっと前だな……」

「それに、最初にセレスさんが襲われた、朝の七時過ぎよりもね……」

「そう、石丸くんの殺害は、どの事件よりも早く起きていたのよ」

苗木くんと大神さんの言葉を継いで、霧切さんが結論を言い放った。私は、みんなの話し合いについていくのがやっとで、口を挟む余裕さえなかった。

ただ、なんとなく分かったのは、今まで信じていたものが、一瞬にして引っくり返ったということ。順番が崩れるということが何を意味しているかまでは、はっきりと説明できなかったけれど、何かとんでもないことが判明したということだけは、漠然と感じていた。

「それを、ボク達は勘違いしてたんだ……あのジャスティスハンマーのせいで、事件が起きた順番を誤認していたんだよ」

苗木くんが自分の胸のあたりを強く握りしめ、汗を浮かせた。十神くんも、苗木くんと霧切さんの話を聞いて納得したらしく、考え込むように手を顎に添える。

「犯人がわざわざ凶器に番号を振ったのも、凶器を徐々に大きくしていったのも、事件がハンマーの番号通りに行われていると、誤認させる為だったというわけか」

「しかも、石丸くんの殺害時刻が朝六時過ぎだとすると、彼の殺害時には全員のアリバイが適用されなくなるわ。だって、彼の事件が起きたのは、私たちが食堂で合流するより前ってことになるんだから……」

「えっ……!それじゃあ、私たちはみんな、犯人かもしれないってこと?」

素っ頓狂な声をあげると、苗木くんが静かに首を縦に振った。霧切さんは私の問いかけには答えず、一人一人の表情を伺って、反応を確認しているようだった。

「確かに、石丸の殺人に関してはそうかもしれんが……」今度、口を開いたのは大神さんだ。「だが、山田が殺された時は、我ら全員にアリバイがあったはずだぞ」

これに同意したのは朝日奈さんだった。保健室から山田くんの悲鳴が聞こえた時、霧切さんと葉隠くん以外は全員一緒にいたことを、改めて確認する。

ここで葉隠くんが、ラジカセで山田くんの悲鳴を、あらかじめ録っていたのでは?と発言するけれど、朝日奈さんに、「どこにラジカセがあるの?」と、ばっさり切り捨てられていた。

「ともかく、山田の悲鳴が聞こえた時は、我らには明確なアリバイがあった。つまり、あの場にいた我らには、山田の殺人は不可能だったということになる」

「不可能なのは山田くんの殺害に限ったことではありません」

大神さんの言葉を引き継いだのは、セレスさんだ。

「その後の死体消失の件も、そうですわ。保健室から山田くんの死体が消えた時……わたくしと朝日奈さんとみょうじさんは、一緒にトイレにいましたし、他の皆さんは物理準備室にいらっしゃったのですよね?それに、物理準備室から石丸くんの死体が消えた時も、そうですわ。あの時、わたくし達は山田くんの死体消失の件で、全員、保健室に集まっていたのです」

そこまで言った彼女は言葉を切り、真剣な眼差しを霧切さんに向けた。

「つまり、山田くんの殺害も、その後の二人の死体消失も、わたくし達には不可能だったのです。逆に、それらが可能だったのは、姿を消していた葉隠くんか霧切さんだけですわ……」

「霧切さん……?どうする?」

弱り切った様子の苗木くんが、霧切さんに視線ですがった。彼女は、セレスさんから疑いの目を向けられていることを全く気にした様子もなく、「このまま“誰がやったか”を話し合っていても、堂々巡りするだけのようね」とため息を吐いた。それどころか、「――だったら、“誰が”じゃなくて、“どうやって”で考えてみましょうか?特に、山田くんの死体運搬については、話し合う必要がありそうだし……」と解決策を提示した。

「そうなんだよね……いくら調べても、彼の死体を運んだ方法だけはわからなかったんだ……。しかも、セレスさんの証言によると、彼の死体は、セレスさんと朝日奈さんとみょうじさんが目を離した、ほんの一分程度の間に消えたらしいけど……。でも、そんな短い時間で、あの巨体を一階の保健室から三階の美術倉庫に運ぶなんて――」

「――どう考えても不可能だべ」

考え込む苗木くんの言葉を聞いて、葉隠くんが眉を寄せた。みんなが沈黙し、議論が止まるかと思われた時、一人が口を開く。

「その不可能を可能にする方法があると言ったら……?」

長い髪を耳にかきあげながら、霧切さんが何でもない風に言った。驚きに目を見開いた朝日奈さんが「え!?どんな方法?」と食いついた。

問われた霧切さんは、表情一つ変えなかった。凛とした声で、ためらいもなく、言い放ったのは――。

「“死体自身”に移動してもらえばいいのよ」




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141013