ここほれわんわん | ナノ
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まだ他の人に伝えなればいけないからと、猛スピードでかけて行った朝日奈さんを見送って、わたしとセレスさんは、プールまでやってきた。

女子更衣室を抜けると、プールサイドのロッカーの側、霧切さんと十神くんがいた。その傍らには、確かにジャスティスロボがいる。セレスさんの体が強張るのを感じた。彼女は被害にあった一人だから、無理もない。

「これは間違いなく……わたくし達を襲った不審者ですわ……!」

「霧切さん!」

飛び込んできたのは、苗木くんだった。校内を走り回って苗木君を連れてきてくれたらしい朝日奈さんが、後から女子更衣室を出てきた。二人がプール際を回って来るのを待つ。

「十神くん、あれって、中にいるのは……」

もぞもぞと居心地悪そうに動くジャスティスロボを前に、つい声を潜めてしまう。彼は興味なさそうに息をつくと「あのふざけた物体が葉隠らしいぞ……詳しいことは、霧切にでも聞いてみろ」と言った。

「私が葉隠君を見つけたのよ。そこのプールサイドのロッカーに、すっぽりはまってたわ」

苗木くんと朝日奈さんがたどり着いたのを見計らって、霧切さんが口を開く。

「ぐっすり寝てたみたいだから、蹴っ飛ばして起こしたの……」

「蹴っ飛ばすなんてヒデーぞ!もっと優しく起こして欲しかったべ。ポンポンさすってくれたりとかな!」

「……気持ち悪いわ」

憤慨する葉隠くんを一蹴する霧切さん。苗木くんが困ったような笑みを浮かべたのは一瞬で、すぐに真剣な顔つきになる。

「それにしてもさ……霧切さんは今までなにやってたの?いきなりいなくなっちゃって、そのままだし……」

「ちょっと……調べ物をね」

「調べ物?」

「なんでもないわ」

「なんでもないじゃなくて……」

珍しく食い下がる姿に、彼が焦っていることを知る。観察するように成り行きを見守る十神くんは、その瞳に浮かぶ疑いの色を、隠そうともしていなかった。苗木くんはそれに気づいていて、霧切さんが消えていた空白の時間を、彼女自身の口から説明させたいのだろう。

ところがそんな思惑を知らない霧切さんは、有無を言わさない口調で、「なんでもない」と強く遮った。さらに、「そんな事より」と仕切り直して、議題を葉隠くんに戻す。

「まずは、葉隠くんから事情を説明してもらいましょうか。そんな恰好をしている、事情をね……」

唐突に話を振られた葉隠くんは、動揺していた。しかし、自分が何も覚えていないことを必死に語り出す。彼はいつの間にか眠っていて、気づいたらこの状態だったと主張した。でも、誰も彼の意見を聞かなかった。特に朝日奈さんとセレスさんは、彼が犯人だと信じて疑っていないようだった。

ジャスティスロボが見苦しいという十神君の意見により、葉隠くんの衣装を脱がすことになった。脱がす、というのは本人が自力では脱げないと主張したからだ。霧切さんは葉隠くんの背後に回ると、背中の留め金が原因だと指摘した。

「仕方が無いわ、手伝ってあげましょう」

霧切さんの鶴の一声で、私たちは彼の衣装を脱がせ始める。パーツごとに取り外して行き、数分後にようやく彼は、いつも通りの姿になった。

「ふぅ〜、やっと解放されたべ!」

「ていうかさぁ、これってビックリするくらい、葉隠の体型に合わせて作ってあるんだね?」

ジャスティスロボの頭の部分を持ち上げながら、朝日奈さんが言う。

「逆に言えば、葉隠くん以外にこのコスプレをするのは不可能という事ですわね」追い討ちをかけたのはセレスさんだった。「みょうじさん、葉隠くんの匂いを嗅いでみて下さい」

急に声をかけられ、私はびくりと肩が震えた。ジャスティスロボの解体作業は思った以上に頭を使ったので、すっかり疲れ切って、へばっていたのだ。慌てて立ち上がって葉隠くんの元へむかう。みんなの視線が集まっていることに緊張しながら、彼の胸元に鼻をうずめた。

「おっおぅふ……」

上から妙な声が落ちるのも気にせず、夢中で匂いを嗅いだ。

「どうです?葉隠くんから何か変わった匂いはしますか?」

「山田くんと、セレスさんと、石丸くんの匂いが――」

私が全てを言い終える前に、セレスさんが「全員、今回の事件の被害者ですわね」と口を挟む。

「なになに……?ちょっと待ってよ……!」

「とぼけても無駄ですわよ。あなたの部屋には設計図もありましたしね。つまり、あなたがこの衣装を作ったのは明白なのです」

状況が呑みこめないながらも、自分の置かれた状況を察したのか、焦りのにじんだ声を上げる葉隠くん。セレスさんは、真っ赤な瞳を見開いて、犯人を尋問するように、よどみなく捲し立てた。

「……設計図?」

首を傾げる私に、苗木くんが横から耳打ちしてくれた。なんでも、ジャスティスロボの設計図が、葉隠くんの部屋から見つかったのだそうだ。

「じゃあ、やっぱり……この衣装を着て、みんなを次々に襲ったのって……」朝日奈さんが青ざめる。しかしそれも一瞬で、すぐにその表情は怒りに染まった。「葉隠だったんだね!!」

「縛っておきましょうか」

さらりと提案したセレスさんにギョッとしたのは私だけだったようだ。朝日奈さんが強く同意したことに驚き、狼狽えていると、苗木くんが慌てて「ま、待ってよみんな。それは、やり過ぎじゃ……」と口を挟んだ。同じ考えを持っていた人がいることに安心し、私も「そうだよ、まだ分かんないよ」と同意する。こちらを振り返ったセレスさんが、冷たい目で私を見た。

「みょうじさん。あなたは確かに言いましたよね、葉隠くんから被害者たちの匂いがすると」

「う、うん。でも、なんだか、ちょっと変なんだよ。普通じゃないというか、いつもと違うっていうか」

「どういうことだ?」

十神くんが、要領を得ない私の喋り方に苛立っているようで、急かすように問いかけた。

「えっと、なんか、部分的っていうか、無理矢理匂いをつけられたみたいな……?」

「つーかさ、そもそも……襲ったとか設計図とか……何の話?よくわかんねーけど」

葉隠くんが、血の気の失せた表情で、面々を窺う。怯えるように体を縮めて、不安そうに頭をかいていた。しかし、そんな様子の彼に同情するでもなく、朝日奈さんはますます怒りをあらわにする。

「言い訳したって駄目だよ。もう決まりだよ。あんたが犯人なんだよ」

「なに?犯人とかなに?俺は知らーんッ!きっと俺のフリした誰かの仕業だべ!!」

朝日奈さんは、ジャスティスロボの衣装を着られるのが葉隠くんしかいないのだから、不審者の正体は葉隠くん以外に考えられないと主張した。着られないかどうかなんて、試してみなければわからないと食い下がった葉隠くん。売り言葉に買い言葉で、朝日奈さんは「わかったわよッ!そこまで言うんだったら試してみようか!?」と、足元の、一番近くにあったジャスティスロボのパーツを持ち上げた。

彼女は一つ、また一つとそれを身につけ始めた。右脚と左足、胴体を纏ったところで、これ以上は無駄だと判断したらしく、呆れた声を出す。

「あーあ、ほら見なよ、ぶっかぶかだし!!ていうか、これ……視界が悪すぎるよ!足元なんて全然見えないし!よく、こんなの着て歩き回ってたね……」

「だから……俺じゃ……ねーって……」

「しかもこれって、腰がまったく曲がらないよ!?明らかな設計ミスじゃん!?」

不満げにジャスティスロボの悪いところを並べる朝日奈さんに、葉隠くんが少しムッとしたような表情になった。

「設計ミスとはヒデーぞ!」

「……あら?」

ぽろっと出た、製作者の怒りともとれる言葉に、セレスさんが首を傾げた。我に返った葉隠くんが、慌てて弁解する。

「いや、今のは勢い余っただけで、俺が設計したわけじゃ……」

「どっちにしてもさぁ、これでわかったでしょ?」

この衣装は葉隠くんしか着れない。そう結論付けると、朝日奈さんはまた、一つ一つの部品を外していった。苛立ちからか、乱暴に着替える朝日奈さん。大ぶりな腕の動きをかわそうとしたセレスさんが一歩身を退く。その一歩が予想以上に大きくて、私の体にぶつかった。「あ」と彼女が振り返る瞬間が、やけにスローモーションに見えた。他のメンバーが私を見つめる瞳が大きくなる。だんだん傾く景色と、妙な浮遊感の中、気づいた時には私は水の中にいた。

「みょうじさん!」

苗木くんの叫び声で、自分がプールに落ちたことを知る。立ち上がって、水面上に顔を出すと、セレスさんが、彼女にしては焦りのにじむ声で呼んだ。

「みょうじさん、大丈夫ですか?申し訳ありません」

「だ、大丈夫……」

水が鼻に入ってしまい、つんとした痛みに顔が歪んだ。波をかきわけるように進み、プールサイドによじ上る。制服はすっかりびしょびしょになってしまい、たっぷり水分をすった体が重たかった。スカートを掴んで裾を絞ると、足元に水たまりができた。

「へ、平気?」

走り寄ってきた苗木くんが、心配そうに問う。私は頭を縦に振りながら、随分重くなったブレザーやカーディガンを脱ぎ、こちらも絞った。苗木くんがその時、素っ頓狂な声を出したかと思うと、自分のブレザーとパーカーを脱いだ。動きを止めて彼を見ると、ワイシャツになった私に、深緑のパーカーを無理やり羽織らせる。

「これ、使って」

「えっ、苗木くんの服が濡れちゃ……」

「大丈夫だから!」

有無を言わさぬ口調に怯み、押し黙る。言われた通りに彼のパーカーを着ると、あからさまにほっとしていた。彼がブレザーを着直すのを見ていると、セレスさんに声をかけられる。

「わたくしとしたことが……申し訳ありません」

「大丈夫だよ、びっくりしたけど、ただのプールだし」

「いいえ、あなたは病み上がりですから、無理は禁物ですわ。一度、自室へ戻って熱いシャワーを浴びるべきです」

セレスさんが背中を押す。でも、と反論する前に、苗木くんからも後押しされてしまった。論理的で口のうまい二人に言い合いで勝てるわけもなく、私は黙りこむ。捜査から外れることに、漠然とした不安を抱くけれど、自分がいたところで大したことはできないと思い直し、彼らに任せて部屋へ戻ることを決めた。

「一人で戻れる?」

室内プールを出ようと、女子更衣室に向かう私を引き止めたのは、苗木くんだった。反対側のプールサイドでは、まだ葉隠くんを囲んで話し合いをしている。彼は一旦、みんなの輪を離れて、私を見送りに来てくれたらしい。

「うん。苗木くん、パーカーありがとう」

「部屋に戻るまで脱いじゃだめだよ」

「うん?わかった」

「……多分わかってないけど、それさえ守ってくれればいいよ」

苗木くんが困ったように笑うので、よくわからないまま笑顔で答えておいた。彼の苦笑はますます疲労の色が浮かぶばかりだった。

「このパーカー、苗木くんの匂いがして、なんだか気持ちいいな」

袖の部分に鼻を近づけて、匂いを嗅ぐと、彼が吹き出した。我に返って、自分の発言が変態のようだったことに気づく。

「あ、ごめん……!変な意味ではなくて、なんか、いい匂いは本当なんだけど、パーカーの素材も気持ち良くて、それがごっちゃになって……」

慌てて前言を撤回しようとするものの、俯いた彼と視線が合わなくなってしまった。

「ごめん、気持ち悪かったよね」

泣きそうな気持ちで謝ると、苗木くんは俯いたまま首を横へ振った。「気持ち悪くないよ」まるで裁判の時みたいな、はっきりした否定だった。気を使っているでもなく、怒っているわけでもないと分かった。

それじゃあ気をつけて戻ってね、とか細い声で言うと、苗木くんはみんなの元へ戻って行った。私は彼のパーカーを手繰り寄せ、袖をぎゅっと引き寄せる。妙に頭がぼんやりするので、もしかしたら風邪をぶり返してしまう予兆かもしれない。早く自分の部屋へ戻って、言われた通りに着替えようと考え、室内プールを後にした。



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141007