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『死体が発見されました!一定の自由時間の後、【学級裁判】を開きまーす!』

少し前を歩いていたセレスさんと十神くんが美術倉庫室へ踏み入れた途端、すっかり聞き慣れた死体発見アナウンスが鳴り響いた。すっかり聞き慣れた――。自分で考えて、眩暈がした。

吐き気をこらえるように入り口際で留まっていると、颯爽と現れたモノクマが、いつものように事件の詳細が書かれたファイルを配り始める。私はそれを受け取ると、準備室の外の壁に寄りかかった。

「さっき、死体をめっけた時に配っておこうと思いつつ、まだ何かありそうだから出し惜しみしてたんだけど……その予感ピタリと的中!!」

「いいから早く渡せ……」

ファイルをひったくりながら十神くんが言う。モノクマは気にした様子もなく、「じゃあ、しっかり捜査して、しっかり学級裁判に備えてくださいねっ!……じゃあ、また後でねッ!!」と言って、どこかへ消えてしまった。

「さてと、死体も見つかって、後は犯人を当てるだけだな……」

「ちょっと……待ってよ……」

場を仕切るように口を開いた十神くんに、朝日奈さんが口を挟む。

「あんたは、なんで……そんな冷静でいられるの……?し、死んじゃったんだよ……?二人も、死んじゃったんだよ……?もう……返って来ないんだよ?酷いよ……こんなの酷過ぎるよ……!」

入り口から中をのぞかなくても、彼女が泣き崩れたのが分かった。足元の山田くんにすがりつくと、子供みたいに、叫ぶように泣いている。

「誰がこんなこと……どうして……どうしてなのッ!!」

与えられたモノクマファイルを抱きしめて、私も静かに唇をかんだ。無力な自分を思い知って、涙がこぼれる。

「……蘇生したッ!?」

突然、苗木くんの素っ頓狂な声が準備室から響いてきた。

何事かと思って中を覗くと、朝日奈さんに膝枕をされた山田くんが、弱々しく、手を宙に伸ばしているところだった。

「ここ……どこ……?さむ……さむい……よ、雪国……?」

「や、山田!しっかりしてッ!!」

朝日奈さんが、彼を労わるようにゆすっていた。山田くんの虚ろな瞳が、焦点の定まらない様子で、準備室を彷徨う。

「え……?あぁ……そうか……。思い出した……希望ヶ峰学園……」

山田くんが伸ばした手を、朝日奈さんが捕まえる。強く握って、余計に涙をボロボロこぼしながら、叫んだ。

「しっかりして!頑張ってよ!!」

「思い……出したよ……僕はみんなと出会う前から……みんなと出会ってたんだね……」

「記憶が混在しているようだな。もう駄目だろう」

腕を組み、冷静に成り行きを見守っていた十神くんが言った。「そんな……」思わず私が呟くが、それは誰の耳にも届かなかった。

「ねぇ、山田。誰にやられたの!?誰があんたを襲ったの?犯人は……誰なの?」

「は……んに……ん?」

朝日奈さんの呼びかけに、山田くんが弱々しく開いていた目を、瞬かせた。

「犯人の名前……僕は知ってる……思い出したんだ……や、やす……ひろ……」

そこで彼は手を落とし、そのまま何も言わなくなった。開いたままだった目から、光が消える。朝日奈さんが、全てを悟って、大粒の涙をとめどなくこぼした。近くにいた大神さんが、そっと傍にしゃがんで、山田くんの瞳を、閉じさせた。

「古典マンガでもあるまいし……涙ごときで体力が回復してたまるか」

十神くんが鼻で笑う。奇跡なんてないのだと、奇跡にすがろうとした私たちを嘲笑うような言い方だった。

「あなたは本当に血も涙もカルシウムもないのですね。せめてタンパク質が残っている事を祈るばかりです」

セレスさんの言葉に、十神くんから笑みが消える。その鋭い眼光は、山田くんへ向けられた。

「……イラついているんだよ。わざわざ蘇生して、余計な言葉を残していくとはな……お陰で、ゲームが興ざめになってしまった」

とても、死にゆく仲間にかける言葉ではない。彼が未だにこの殺人を、「ゲーム」としてとらえていることは、明らかだった。

「やすひろ……だったな?」

「はがくれやすひろ……葉隠康比呂、そうとしか考えられませんわね」

大神さんが確認すると、セレスさんが応える。

みんなの中ではもう、葉隠くんが犯人だと、決定しているようだった。私も、彼のことを思い浮かべ、少しだけ身震いした。

「とにかく、そろそろ始めるとしようか?命がけの犯人当てゲームを……。いや、命がけという割には、今回は簡単に決着がつきそうだがな……」

「えぇ、そうですわね……」

十神くんの言葉を皮切りに、セレスさん、苗木くんがモノクマファイルを開いた。私もつられて中を確認する。

ファイルに書かれているのは、石丸くんと山田くんが今回の被害者であること、致命傷は頭部の殴打であること、それぞれ似たような凶器で殺されたことだった。

「これだけ?」

拍子抜けしたようにファイルを閉じた苗木くん。「確かに妙だな」と、十神くんも同意した。

「情報量が今までと比べて少な過ぎる」

「もしかしたら、今回はいろんな事件が続けざまに起きたから、モノクマも追いきれなかったのかも……?」

入り口から、準備室の中へと声をかけると、セレスさんが後をついだ。

「その可能性もありますね……ですが、問題ないでしょう。そもそも今回の事件は、わたくし達の目の前で次々と起きたのです。モノクマファイルよりも、わたくし達の方が事件に詳しいはずですわ」

「それは、そうかもしれんが……。…………みょうじ!」

沈黙しそうになった十神くんが、私の名前を大きな声で呼んだ。びっくりした私は、手を滑らせ、黒いファイルを足元に落としてしまった。

「普段はゴミほど役に立たんお前が、唯一役に立てる時が来たぞ」

つかつかと歩み寄ってきた彼に、首根っこを掴まれた。咄嗟に身を縮めるものの、抵抗虚しく、引きずるように、美術準備室へ連れ込まれる。

「嗅げ」

マスクをひったくられ、背中を突き飛ばされた。よろよろと山田くんの前にへたり込んだ私を、上から威圧する。

「わっ……わたし」

「大切な“仲間”なんだろう?」

十神くんのズルい言葉が私を動けなくした。「私……」居住まいを正そうと、座り込んだまま動くと、床へ広がっていた血だまりに、片手をついてしまい、ぬるりとした感触があった。悲鳴をあげて仰け反ろうとすると、その場に膝をついた十神くんが、私の頭に手を置いた。

「やはりお前は言葉だけだな。仲間の死体にも寄らず、『信じ合おう』なんて……都合がいいと思わんか?」

ぐいと後頭部を押され、山田くんの体に顔を近づけられた。咄嗟に呼吸を止めて、硬く目をつぶってしまう。

「十神くん!!」

苗木くんの怒りに染まった声が遠くから聞こえた。それでも頭を抑えつける力は弱まらなくて、「嗅げ。間違いなく葉隠の匂いがするか?」と問われる。バタバタと足音が近づいてきた音の後、先ほどより近い位置で、「やりすぎだよ!みょうじさん、嫌がってるじゃないか!」と苗木くんが叫んだ。十神くんの舌打ちが聞こえる。

「こんなことしても、時間の無駄ですわ」

セレスさんの声が聞こえ、十神くんの手が緩んだ。はっとして呼吸を再開すると、彼女の香水が鼻に残った。

私が顔をあげたころには、十神くんは立ち上がって、セレスさんと睨み合っていた。

「どうした、やけに突っかかってくるじゃないか」

「弱い者いじめは見ていて胸がすかないだけです」

「今までは、構いもしなかっただろう」

「こんな時まで、喧嘩している馬鹿に付き合っている義理はありませんもの」

貴様……!?と、十神くんが苛立ちに声を張り上げるが、セレスさんは無視して、私に手を差し伸べる。汚れた方の手を出しそうになって慌てて引っ込めようとしたら、セレスさんは御構い無しに掴み、私を引っ張りたたせてくれた。

「無理をしてはなりません、みょうじさん。――あなたは石丸くんを気にかけていましたね。今回のことは、余計につらかったでしょう」

彼女のいたわるような言葉を聞くと、決壊したように、涙があふれてきた。苗木くんも走り寄ってきて、マスクを掲げた。十神くんから取り返してきてくれたらしい。手渡そうとするが、私の手が汚れているのを見て、袖で涙を拭ってから、マスクをつけてくれた。

「わ、わたしは……でも……」

「誰もあなたのことを責めてませんよ。――そもそも、今回は犯人が確定しているのですから、あなたが無理をする必要なんてないじゃないですか」

「ううん、平気、大丈夫だよ」

「ですが、顔色も悪いですし――。朝日奈さんと二人で、部屋で休んでいてはどうでしょうか?」

セレスさんの提案に、首を横に振る。

「大丈夫だよ、私。死んじゃった山田くんたちの匂いを嗅ぐのは……まだ、無理だけど」

十神くんの鋭い視線が突き刺さるのを感じ、俯いた。

「証拠を探すぐらいなら、手伝える。だから――」

「心配なんです。私は、あなたが」

セレスさんがギュッと手を握ってくれて、胸の中で渦巻いていた、気持ち悪さが和らいだ気がした。私はその手を握り返すと、いつものように、脱力するように笑って見せた。

「ありがとう!でもね、みんなが頑張ってくれてるんだから、私も頑張れるよ」

まだ何か言おうとセレスさんが口を開いた。

「――少しいいか。他にも気になっていることがある」

遮るように発言したのは大神さんだった。「消えたままの、もう一人のことだ」

「霧切さん……のことだよね?」

苗木くんが表情を曇らせる。彼は、彼女に疑いがかかることを、良しとしていない様子だった。

話を続けることが不可能だと思ったらしく、セレスさんは息をついた。会話を邪魔しないように、アイコンタクトをされる。彼女の視線が準備室の奥にある流しを示していた。手が血に濡れていることを思い出し、私とセレスさんは手を洗いに行った。

「確かに、あいつにはセレスや山田襲撃の際のアリバイがある。だが……だったら単独犯ではなく、あいつが犯人の共犯をしていた可能性ならどうだ?」

「きょ、共犯!?」

苗木くんの驚きの声に、モノクマの声が重なった。

ハンカチで手を拭くセレスさんの横で、申し訳ないとは思いつつ、ピッピとしずくを振り払っていた私はとっさにみんなの方を向いた。

「……何しに来たのですか?」

警戒心を強めたセレスさんが、ハンカチをしまいながら言う。ところがモノクマは、全く気にする様子もなく、「邪見にしないでよ。せっかく質問に答えに来てやったんだからさ!」と笑った。

その言葉通り、「共犯」について詳しく話した。以前もしたけど、と前置きして。

殺人の際、共犯者を味方につけるのは可能だが、“卒業”できるのは、実行犯であるクロ一名のみ。つまり、いくら殺人を手伝ったところで、共犯者は得しない、ということだった。

大神さんが、今回も共犯者の可能性を問いかけると、モノクマは曖昧な物言いで煙に巻いた。

「では、今回の学級裁判で俺たちが指摘するのは、いつものように殺人を犯したクロ一人だけなんだな?」

十神くんが尋ねると、モノクマは考え込むようなしぐさをする。

「……じゃあ、この際だから、ここでハッキリと決めておきましょうか。今回の学級裁判でオマエラが指摘するのは……この殺人計画を作り上げ、それを実行した、“真のクロただ一人のみ”です!」

そう宣言すると、最後に全員と、犯人を応援するような一言を残して、モノクマは消えて行った。

苗木くんが、今のモノクマの発言からすると、共犯がいるとは考えられない。と主張し、霧切さんの件は、一旦保留となった。

言い出しっぺの大神さんは、「事件に関係ないならそれでいい。ならば、我らは捜査に集中するとしよう」とあっさり退いた。

「捜査……ですか。犯人は葉隠くんで間違いないでしょうけど……一応、捜査だけはしておいた方がいいでしょうね」

捜査を始めようとした時、気絶していたはずのジェノサイダー翔がやってきて、彼女を容疑者に入れるべきではと提案した朝日奈さんと一悶着あったが、ジェノサイダー、もとい腐川さんにはアリバイがあるので、今回は無関係ということで落ち着いた。本人も、自分は顔バレしてる状況で人殺しなんてしない。だてに殺人鬼をやっている訳じゃないと主張していて、妙な説得力があった。

それから現場の見張りを決め、朝日奈さんと大神さんが残ることになった。

ようやく捜査が開始されることとなり、気合いを入れてマスクを外す。カーディガンのポケットにしまい込んだ時、「みょうじさん」と声がかかった。

「わたくしもご一緒します」

答える前に手をつかまれ、一緒に、美術準備室を出た。セレスさんが、わずかに震えているのに気づいて、気丈な彼女の弱さを垣間見た気がした。彼女は、石丸くんを気にかけていた私のことを、思いやってくれた。だけど、よくよく考えたら、セレスさんだって、山田くんとは仲が良かったのだ。一緒にお茶をしている場面をよく見かけたし、彼の入れるロイヤルミルクティーを、満足そうに飲んでいたのを覚えている。喧嘩だってしていたけれど、こんなことになってしまって、一番悲しい思いをしているのは、もしかしたらセレスさんかもしれない。

強く手を握りかえすと、ポーカーフェイスがこちらを向いた。私は彼女を安心させるような笑顔を意識して、語りかける。

「裁判が終わったら、ロイヤルミルクティー淹れるね。私、山田くんに教わったから」

彼女が意外そうな顔をしたのは一瞬で、すぐに、いつもの上品の笑顔を浮かべてくれた。

返事はなかったけれど、私はその微笑みを肯定だと、解釈した。




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