ここほれわんわん | ナノ
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保健室につくと、朝日奈さんが山田くんの手当てを申し出た。しかし、もう流血は収まっているからと、彼はそれを遠慮した。

ただ、少し頭がぼんやりすると言うので、彼には保健室へ残ってもらうことになった。後のみんなは、不審者の捜索へ戻ることになる。

「次の犠牲者が出る前に不審者を捕まえないとですわね。……犯人が使っているジャスティスハンマーは、1号、2号と順々に大きくなっていました……」

「次があるとしたら、さらに大きくなった3号のハンマーということか」

「あれ以上大きいので殴られたら、絶対に死んじゃうって!!」

セレスさんと十神くんの言葉を聞いて、朝日奈さんが叫ぶ。血の気が失せるのを感じた。ハンマー2号でさえ、けっこうな重さだった。3号は、いったいどれだけの大きさなのだろう。

「山田よ、何か手がかりを言え」

十神くんの偉そうな言葉も気にならないほど、誰もが焦っていた。期待に満ちた瞳を多数向けられ、山田くんがぽつりぽつりと語りだす。

「えーっと、ボクは早朝に目が覚めたので、先に彼女の……アルターエゴの捜索を始めてて……そこで向かった三階の娯楽室で、急に不審者に襲われたのです……」

「それが、わたくしの目撃した、朝七時頃の話ですわね」

「その後、図書室に連れていかれて、そこでゴチーンと……それが、今から三十分から四十分くらい前でしょうか」

「七時三十分ごろ……私たちはまだ食堂にいる時間だね」

つまり、私と朝日奈さんと大神さん、霧切さんと苗木くんは一緒だった時間帯――。

「俺はランドリーで洗濯中だったな」

「漆黒の闇夜を思わせる黒い下着をね……」

「なぜ知っている……」

「決まってるじゃありませんか!覗いたからです!!」

不快そうな表情をする十神くんと、全く気にした様子のないジェノサイダー翔のやり取りを聞きながら、苗木くんが考え込む。

「つまり、アリバイがないのは、まだ姿を見せてない葉隠くんと石丸くんの二人だけ?」

「ところで、霧切はどうしたんだ?あいつの姿がないようだが……」

十神くんの疑問に、周りがざわつく。

彼女が二階を捜索したきり、消えてしまったと知ると、彼は鼻をふんと鳴らした。

「そうか、消えてしまったのか……。まったく、あいつは妙な女だ。やはり、俺が考えている通り、あいつがそうなのかもしれんな」

「ちょ、ちょっと待って!」

十神くんの疑いが霧切さんにかけられていると知って、反論しようとした。しかし、私が口を挟むより前に出た苗木くんが、冷静に言葉を返す。

「セレスさんや山田くんが襲われた時、霧切さんはボクらと一緒に食堂にいたんだ。だから……」

「不審者の正体のことを言ってるんじゃない」

「えっ?」

苗木くんが怪訝な声をあげる。十神くんは、眼鏡を人差し指で押し上げて、もったいぶるように言った。

「俺が言っているのは、昨日も話題になった、“黒幕の内通者”のことだ」

心臓が大きく跳ね上がる。苗木くんも動揺したようで、一歩その場で身を退いた。

「霧切さんが……黒幕の内通者ってこと?そ、そんなはずないよッ!!」

それでも力強く否定する。途端に十神くんの表情が曇り、苗木くんに、鋭い視線を向けた。

「そんなはずない……?未だに自分の素性を明かそうとせず、死体を恐れるどころか平気で触れるようなヤツだぞ?」

霧切さんの、クールな横顔が浮かんだ。確かに、彼女は多くを語らない。誰もが恐れる中、平然と死んでしまったみんなの体を調べているのも、驚きだった。

でも、私には彼女が悪い人のようには思えなかった。厳しい言葉も言うし、冷たいようにも感じるけど――。

『お前は、“仲間”の死体に触れもせず、匂いも嗅いでいないだろう』

十神くんが以前、私にぶつけた言葉が蘇った。私にできないことをできる彼女を、「すごい」と、純粋に讃えたい気持ちがあった。

「……待て。その議論は後だ」

静かな言葉を挟んだのは、大神さんだった。今は不審者の行方を追うのが先だと主張する彼女の言葉は、至極真っ当だった。

少し休んでから合流すると言う山田くんを残し、私たちは保健室を出た。手分けをして探そう、という話になった時、セレスさんがさっと顔色を悪くし、身を強張らせた。

「……どうした?」

「影です……あの階段の上で影が動きました!」

セレスさんが階段の突き当りを指差した。みんなの視線が一斉にそちらに集まる。

「本当っ!?」

「二階だな?おのれ、もう逃がさんぞッ!」

踊り場に人影はなかったけれど、朝日奈さんと大神さんはもう、走り出していた。苗木くんや十神くんもそれに続いて走り出す。ジェノサイダー翔と、セレスさんと一緒に、私もそちらへ走った。

二階に上がったものの、どこにも不審な影は見当たらなかった。足を止め、立ち往生している苗木くんたちに、後から追いついたセレスさんが提案する。

「この付近にいるはずですわ。手分けして追い詰めましょう」

深く頷いた一同。けれど、大神さんが付け足した。

「だが、無理はするなよ。何か見つけたら、すぐに叫んで我を呼べ」

「……ですが、なんて叫べばよろしいのですか?」

緊急事態だというのに、いつもらしさを取り戻したセレスさんが、飄々と言った。元気になったのだと喜んだ私に反して、朝日奈さんは少し苛立ったように「なんでもいいよ、そんなの!」と叫ぶ。

「では……『キャア』でよろしいですか?」

「キャアでもドッヒャーでも、なんでもいいって!!とにかく聞こえるように叫べばいいんだから!」

危機感の足りない仲間の様子に、朝日奈さんはもどかしさを感じているようだった。そこまで言われてもなお、とぼけたようなリアクションを続けるセレスさんが煩わしくなったのか、朝日奈さんは、「いいから急いで捜して!!」と叫ぶと、みんなを振り返った。

「じゃあ行くよッ!」

「ロボちゃーん!どこに隠れたのー!!出てこないと解体しちゃうわよーッ!!」

叫びながら後に続いたのはジェノサイダー翔だった。

私たちはそれを合図に散らばって走り出す。廊下の奥へと走り出すと、ふと、霧切さんの香りがしたような気がして、私は足を止めた。

「図書室……!」

「え?」

「霧切さんの匂いがした気がした」

苗木くんが「本当!?」と声を荒げた。他のメンバーはもう、だいぶ先まで行ってしまった。本来の、不審者探しをすっかり失念して、私は図書室へ駆け込んだ。

しかし、中に入っても、彼女の姿はなく、先ほど部屋を後にしたまま、状況は変わっていなかった。

「霧切さんの匂いしたんだよね?」

後から入ってきた苗木くんが、問いかける。薄暗い図書室の中、私たち二人は図書室を見渡した。

「うん、もうここにいないみたいだけど……私たちがいなくなった後、彼女もここに――」

「ドッヒャァァァァァ――――――ッ!!」

「今の変な叫び声……セレスさん!?」

苗木くんが図書室の外を振り返る横をすり抜け、廊下に飛び出した。彼の、私を呼ぶ声を無視して、彼女の叫びがした方――三階へと走り出す。

「みなさん、こちらですわ!」

悲鳴を聞きつけたみんなが、各方向からセレスさんの元へ走り寄った。

「セレスちゃん、どうしたの!?」

「大丈夫!?」

全力で走ったせいで、声がかすれた。

涼しい表情で登場した十神くんは、彼女の前で立ち止まると、腕を組む。

「お前にしてはやけに大げさな叫び声だったな……」

「見つけたのです、例のコスプレ不審者を……わたくしが叫び声を上げたら、逃げていきました」

それを聞いて、彼女が襲われたわけではないことを知り、ほっと息をつく。けれどまだ、油断は禁物だ。捕まっていない不審者を思い出し、気を引き締めた。

「階段を背にしたわたくしに対して、左側の廊下の奥を曲がっていきましたわ」

「あっちの廊下の奥だね、急ごう!!」

苗木くんが美術室のある方を指差して、叫んだ。しかし、彼が走り出そうとした瞬間、ジェノサイダー翔が、大きなクシャミをして、緊迫した雰囲気をぶち壊した。

「……あ、れ?」

呆然とする彼女の表情に、先ほどまでの狂気はない。私はそれを見て、ジェノサイダー翔が腐川さんに戻ったことを知る。

「そういえば、クシャミで人格が入れ替わるとか言ってたっけ……」

「うわ……ホントだったんだ……って、今はそんな場合じゃ……」

もどかしげに言いかけた朝日奈さんの言葉を遮ったのは、先ほどのセレスさんのものより鬼気迫る悲鳴だった。

「ギニャアアアアアアアア――ッ!」

「な、何っ……!?」

「今の……!」

「下の階から聞こえましたわね。ということは、今の悲鳴は……!」

「保健室にいる、山田くんの……?マズイよ!急いで戻ろう!!」

苗木くんが声の主に気づいた途端、慌てて階段を引き返そうとした。私も後に続こうとするけど、十神くんに腕を掴まれる。

「不審者の捕獲はどうする気だ?せっかく追い詰めたんだぞ?」

「……でしたら、二手に分かれましょうか」

セレスさんが言った。不審者のことも、山田くんのことも気がかりだった私は、彼女の提案を、心の底からすごいと思った。これだけの場面で、冷静に判断を下せるセレスさんは、やはりただ者じゃない。

「俺は捕獲の方に回るぞ。その方が面白そうだ。……みょうじ、お前も来い」

十神くんが私の腕を掴んだまま、引き寄せた。既に一歩、階段を降りようとしていた私は、躓いてよろけるように彼の胸に倒れる。

「待ってください。私は、みょうじさんと一緒にいたいですわ。――でも、不審者を追うなんてこと、怖くてできません」

反論したのはセレスさんだった。十神くんが掴んでいるのと反対側の腕を取り、自分の方へ引き寄せようとする。

「くだらん我儘を言うな。こいつの鼻は、こういう時に生かされなくてどうする?ないとは思うが、万が一とり逃したとき、こいつに匂いをかがせておく必要があるだろう」

「嫌ですわ。こんな無力な女の子に、危険を冒してまで不審者の匂いを嗅がせるっていうんですか?十神くんは、ずいぶんとみょうじさんに絡んでいますけど、何かあるんですの?」

セレスさんと十神くんが睨み合う。先日の、厨房でのやり取りを思い出しているらしく、十神くんの表情が陰った。

「ま、まあまあ!!二人とも落ち着いて……!」

場を収めるように間に入ったのは、やはり苗木くんだった。私を引っ張ると、二人から引きはがすように自分の背後に隠してくれる。

「今は争ってる場合じゃないから……セレスさんの言う通り、ボクもあんまりみょうじさんを危ない目に合わせたくないな」

十神くんは、舌打ちをすると、こんなことをしている場合じゃないとでも言いたげに、不審者の消えた方へ歩き出した。苗木くんはそれに動揺し、セレスさんを見る。

「……では、苗木君と朝日奈さん、みょうじさんはわたくしと共に保健室へ。腐川さんと大神さんは、十神くんと一緒に不審者の捕獲をお願いしますわ」

「こちらは任せておけ。山田の方は頼んだぞ」

大神さんも十神くんに続いた。不審者の消えた方面の廊下は一本道だからか、彼らはどこか落ち着いているように見えた。袋の中の鼠を追い詰めるような、確かな足取りだ。それでも、そんな確実な状態でも、念のために私を連れて行こうとする十神くんは、どれだけ万全を期すつもりだったのだろうか。それが、彼の彼たる所以なのかもしれない。

「大神さんたちも、気をつけてね!」

二手に分かれた私たちは、すぐさま階段を駆け下りた。

一気に一階まで来ると、踊り場の位置からもう既に見え始めている保健室に向けて、走る。

もうすぐたどり着く、という時、鼻を掠めた匂い。寒気がした。

「ち、血の匂いが……!」

言葉にするのが怖かったけど、廊下を走りながら叫ぶように言った。先頭を走っていた朝日奈さんが、ぎくりとしたように振り返るので、苗木くんが追い抜いた。彼は保健室に似つかわしくない、ショッキングピンクの扉に手をかけると、躊躇ったのは一瞬で、潔く、思い切り開いた。

苗木くんが、目を見張る。後から追いついた朝日奈さんが、口元を抑えて、つんざくような悲鳴を上げた。セレスさんも、この時ばかりはポーカーフェイスを崩していた。最後に追いついた私は、中を見ずともわかっていた。扉を開いた瞬間から、むせ返るような血液の匂いが、漂っている。マスクの上から強く鼻を抑え、恐る恐る踏み入れたその部屋は、白を基調としていたはずなのに、赤一色に染まっていた。

「ど、どうやら……大変なことに……なってしまったようですわね……」

セレスさんが震える声でつぶやいた。私は、部屋に立ち入ることもできず、廊下に力なく崩れ落ちる。冷えた感触が、足元から徐々に登りつめ、脳天まで達する。不二咲さんの、もう、誰も死なせないという意思を継いだはずだった。継いだ、つもりだったのに。

「まさか……予期していませんでしたわ……。あの山田くんが……殺されてしまうなんて……!」

セレスさんの叫びが私を貫いたのと、モノクマのアナウンスが流れたのは、ほとんど同時だった。単調な声は、一定の捜査時間後、学級裁判が開かれることだけを告げる。

「い、今のって……!」

「死体発見アナウンス……ですわね」

私たちの中で殺人が起こり、その死体が三人以上に発見された際に流れるアナウンスだ。それが流れたということは――。

「つまり山田くんは……わたくし達の誰かに殺されてしまったということですわね……」

「ボク達の誰かに……?」

苦しげに吐き出したセレスさんの言葉を、苗木くんが愕然と受け止める。

私たちの中に、そんなことをする人がいるわけない、そう反論したかったのに、目の前に死体がある以上、何も言えなかった。

「それと……、あれを見てください」

セレスさんが指差した先にあったのは、前の二件の襲撃現場にも落ちていた物だった。

部屋の外からでも見える。山田くんの傍らに落ちているそれは、赤色に染まっていた。

「また……!」

ジャスティスハンマー3号と書かれた木槌は、以前の二つより大きくなっていた。

「じゃあ、犯人はやっぱり……」

苗木くんが、落ちているハンマーを覗き込んで呟く。

「間違いないでしょう。例の不審者……山田君が命名した名で呼べば、“ジャスティスロボ”……でしたわね。あの衣装で姿を隠した誰かが、山田君を殺したのです!」

「……でも、待ってよ。あいつは、三階で目撃されたばっかりだよね?廊下の奥に逃げてくのをさ……。それが、どうして保健室に?瞬間移動でもしたって言うの?」

苗木くんの疑問に、私が思い出したのは、図書室でのモノクマの言葉だった。

『うぷぷ、正義のロボットだって!なんだか楽しそうな展開になってるじゃん!!どんな必殺技使うんだろ?飛べるのかなぁ?お約束の合体とかは、どうなんだろ?にょほほほほー!』

「もしかして、正義のロボットだから……?」

私がつぶやくと、苗木くんが驚いたような表情でこちらを振り返った。彼が何か言いかけた時、セレスさんが制するように口を挟む。

「それを考えるのは後です。まずは、他のみなさんにこの件を伝えませんと」

「そ、そうだね……」

「では、行くとしましょう」

セレスさんが保健室を出ようとして、なかなか動こうとしない朝日奈さんに気が付いた。

彼女はその場に立ち尽くしたまま、目を見開いて、穴が開くほど山田くんを見つめていた。

「……朝日奈さん、しっかりしてください」

「……え?」

「朝日奈さん……大丈夫?」

「ご、ごめん……ちょっと、動けそうにないかも……き、気分が……」

朝日奈さんは口元を抑え、その場にうずくまる。冷静に現状を分析しているセレスさんと苗木くんを見て、忘れそうになっていたけど、これが普通の反応だ。

「……困りましたわね。ここに朝日奈さんを残していく訳にもいきませんし……」

「だったら。ボクがみんなに伝えてくるよ!」

苗木くんがすかさず提案する。

「だから、セレスさんとみょうじさんは、朝日奈さんと一緒にここに残ってて!」

「…………そうですか。分かりましたわ。では、お願い致します」

「うん、任せて」

「まっ、待って!」

私は、力の入らない足を無理やり奮い立たせ、壁伝いにどうにか起立する。

「苗木くん、一人じゃ危険だよ!や、山田くんだって、一人でいたから……」

涙が溢れそうになって、一度、言葉を切る。

「私も物理室いくよ」

苗木くんは、驚いたような表情を見せた後、私の脚元を一瞥した。震えて、立っているのもやっとな様子を見て、困ったように笑うと、私の前髪を一瞬だけ触れるように、撫でた。

「大丈夫だよ、無理しないで。すぐ行って、すぐ戻ってくるから」

「でも」

「そうですわ。無理することありません。ここは彼のお言葉に甘えて、私と一緒にいてください」

セレスさんが、ぴったりと腕にしがみついてきた。二人分の香水が重なって、妙に目の前が眩んだ。

「みょうじさん、ありがとう。ちょっと待っててね」

そういうと苗木くんは、みんなのことを呼びに行くために、走り出した。すぐに階段へ消えた、パーカーが特徴の後姿を見送ると、セレスさんが朝日奈さんに寄り添った。

「大丈夫ですか?朝日奈さん」

「ちょっと、……きついかも」

彼女は言葉通り、真っ青だった。私も保健室に立ち入って、セレスさんと反対側にまわり、朝日奈さんを引っ張り立たせる。

「ここにいては気分も良くならないでしょう……。一度、そこのトイレに入りませんか?」

セレスさんが朝日奈さんを気づかうように、肩を貸した。二人で間に朝日奈さんを挟み、保健室を出る。

すぐ側にある女子トイレに入ると、緊張の糸が切れたように、朝日奈さんが個室へ駆け込んだ。中から、嗚咽が聞こえてくる。セレスさんは後を追って、彼女の隣に立ち、背中を撫でてあげていた。

しばらく、呆けたように、涙声の交じった嗚咽を聞いていたけど、ふと我に返る。私たちがここにいたら、みんなを連れて戻ってきた時、苗木くんに心配をかけてしまうかもしれない。

「セレスさん、私、保健室で待ってるよ。苗木くんが戻ってきたとき、困っちゃうかもしれないし」

泣きじゃくる朝日奈さんが気にかけないよう、小声でセレスさんにだけ話しかける。すると、彼女は、少しだけ顔を上げて、妙な表情をした。

「一人で外に出るのは危険では……?」

「大丈夫だよ。すぐ傍だし、何かあったら大声出すから」

「ですが……」

「セレスさん、心配してくれてありがとう。平気だから」

まだ何か言いたげなセレスさんと、それどころじゃない朝日奈さんを置いて、女子トイレを出る。静まり返った廊下に出ると、確かに恐怖心が膨らんだ。それでも、私たちのことを気づかって、一人で校舎を駆けて行った苗木くんのことを想うと勇気が出た。私は恐る恐る保健室の前まで戻って、彼の帰りを待とうとした。

「あれ……?」

廊下に漂う血の匂いが濃くなっている気がして、私は妙な胸騒ぎを覚えた。マスクを外せば、一層鼻を刺激する鉄の匂い。恐る恐る保健室を覗き込もうとして、私は愕然とする。つい、さっきまでまであったはずの、山田くんの姿がなくなっていた。部屋の中央に血だまりはあるが、その中央が、ぽっかりと穴のあいた状態になっている。

「な、なんで!?や、山田くん!?」

恐怖も忘れて保健室へ飛び込んだ。辺りを見渡すが、血痕ばかりで、山田くんの体はどこにもない。

私はもう一度保健室を飛び出して、女子トイレへ駆け込んだ。個室から出た朝日奈さんが、洗面所で口をゆすいでいた。セレスさんもその隣にいて、騒々しく入ってきた私に、訝しげな表情を見せる。私はぱくぱくと、思い通りに動かない口を、何度も開いたり閉じたりした。

「どうかしましたか?」

「やっ、山田くんが――」




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