ここほれわんわん | ナノ
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朝日奈さんから「みんなでお風呂に入ろうって、霧切ちゃんからの伝言!」と声をかけられたのは、夜時間になる少し前のことだった。彼女の口から出た名前に冷えた空気が背筋をかける。昼間、階段ですれ違った時にかけられた言葉が蘇ったのだ。自分を纏う香りを無意識に吸い込み、セレスさんを思い出した。

また何か言われたらどうしよう、と不安になりながらも、できるだけみんなと仲良くなりたいと願う私は、言われた通りに脱衣所へ向かった。

中には霧切さん、朝日奈さんだけでなく、大神さんやセレスさんもいた。駆け寄ろうとして、隅っこに十神くんがいることに気づいてぎょっとする。一番近くにいた朝日奈さんに飛びついて、腕を組んだ状態で壁に背を預ける十神くんを観察した。

「なんで十神くんがいるの?」

「……チッ」

彼は舌打ちをして、視線をそらすばかりだった。

代わりに応えてくれた朝日奈さんいわく、お風呂は黒幕に気づかれないための演技で、本当はアルターエゴの話をするために、霧切さんがみんなを集めたらしい。

彼女が教えてくれた通り、ぞろぞろと人が集まり始める。腐川さんや山田くん、石田くんも来た。

「オイ、コラァ!いつまで待たせんだッ!!」

最後の葉隠くんと苗木くんが暖簾をくぐった瞬間、怒声が響いた。

石田くんが、自分の腕時計を確認しながら、苛立ちの声をあげる。

「もうすぐ十時になっちまうぞ!よい子は寝る時間だろーがッ!!」

「チッ……ウルセーヨ」

「……んだコラァ!?泣かすぞ……?」

声を荒げる石丸くんに噛みついたのは、山田くんだった。意外、と考えて、納得する。そういえば二人は、大喧嘩をしたばかりだった。まだ仲直りしていないのだと分かり、ぞっとする。この状況で喧嘩は火種になりかねない。宥めるために二人の間に割り入ろうとしたら、それより前に、十神くんが口を挟んだ。

「石丸……話には聞いていたが、本当に重症のようだな。だが、よかったじゃないか。ようやくキャラが立ってきたな」

「なんじゃ、コラァ!奥歯にクソ挟まったみてーな言い方してんじゃねー!」

さらに腐川さんまで喧嘩に混ざってきて、ややこしいことになる。情けなくみんなの間を行ったり来たりする私に、場を収めることなどできなかった。

このまま殴り合いになったらどうしよう、なんて最悪を想像して泣きそうになっていると、鶴の一声がかかる。

「霧切よ、我らを集めたのは貴様だな。なんの話があるのだ?」

場を仕切り直すように発言したのは大神さんだった。

「そんなん決まってるべ!アルターエゴの件だろ!?」

「そっか!やっと手掛かり見つけたんだね!どうだった?黒幕の正体は?出口は?」

神妙な表情の霧切さんの答えを待たず、喜びをあらわにしたのは葉隠くんと朝日奈さんだった。ようやく希望が見えたことに、私も自然と笑顔がこぼれた。ところが、彼女は重たい様子で口を開く。

「ないの……」

「ない……?」

苗木くんが、霧切さんの静かなつぶやきを繰り返した。

「さっき確認しに来て、そこで気づいたの……。アルターエゴが……ノートパソコンがなくなっていた……」

「えッ!?」

「な、なんで!?」

「ウ、ウソでしょ!?」

誰もが息を呑む中、激昂したのは、山田くんと石田くんだった。二人はアルターエゴを特に気に入っていたので、無理もないだろう。

黒幕の仕業ではないかとセレスさんが言うと、霧切さんがすぐさま否定した。見知らぬ人物の接触があったら、悲鳴をあげるようアルターエゴに指示していたというのだ。

黒幕のせいじゃないと分かると、山田くんが石田くんを疑い始めた。売り言葉に買い言葉で、石田くんも山田くんが怪しいと詰め寄る。周りの人たちも、二人の執着を知っていたので、どちらかが犯人だと思っているようだった。けれど、その可能性も霧切さんが否定する。

「その二人が犯人という可能性も、考えられないわね」

「えっ!?なんでだべ!?」

「事前にアルターエゴに言っておいたの。石丸くんや山田くんが脱衣所に来たら悲鳴を上げるように」

石田くんが、黒幕と同等の扱いを受けたことにショックを受けて、顔を歪めた。霧切さんは気にした様子もなく、「アルターエゴを持ち出してしまう危険があったから、その対応のためにね……」と、誰に言うでもなく呟いた。

「大体、事情がわかってきたな……黒幕でも、石丸でも山田でもないとしたら、その他の人間の仕業に決まっている。俺、苗木、セレス、大神、朝日奈、腐川、みょうじ……その誰かが犯人なんだ」

十神くんが、せせら笑う。一人一人の顔を見渡すので、視線がぶつかった。誰が、なんのためにそんなこと。そう問いかける前に、彼が解説したのは“裏切り者”が存在する可能性だった。

内通者がいた方が、黒幕はゲームを進めやすい。ゲームの進行を妨げると判断した黒幕が、“裏切り者”を利用してアルターエゴを排除したのではないか。それが十神くんの考えだ。

どうしていつも、彼は人を疑う道を選ぶのだろう。だいたい、今名前があがったメンバーの中で、一番怪しいのは十神くんじゃないか。

そこまで思考が至って、我に返る。十神くんに向けられた言葉の数々を思い出して、自分が彼の言う通り、言葉ばかりのずるい生き物に思えた。

「みょうじさん、探してみてもらえる?」

考え込みそうになっていた時、霧切さんが振り向いたので、肩が跳ねた。一瞬、なんで自分に言ったのか分からなくて、だけど少しして、自分の鼻を当てにされているのだと理解した。

「う、うん!分かった!やってみる!」

力強く頷いてから、アルターエゴの入っていたロッカーへと駆け寄る。鼻を寄せてみるけど、脱衣所はここ最近、特に人の出入りが多かったこともあり、全員の匂いが残っていて判別が難しかった。

それでも必死に嗅ぎ分けようと頑張って、霧切さん、苗木くん、山田くん、石田くんの香りが強いことに気づいた。全員パソコンに触れたことのあるメンバーなので、おかしくはない。途中、セレスさんの匂いが鼻をかすめた気がしたけれど、自分が香水をつけていることを思い出して、納得した。

「ごめん、わかんないです……。ここにはみんなの匂いが残ってるから……」

せっかくのチャンスだったのに、全く役に立てないことが歯がゆかった。霧切さんは表情一つ変えず、「そうじゃないかと思ったわ」と言った。最初から期待されていなかったことを知り、余計に傷つく。

ちょうどそのタイミングで、夜時間のアナウンスが流れる。石田くんと山田くんは、今すぐアルターエゴを探しに行くべきだと主張した。けれど霧切さんは、夜中に行動すると、目立ってしまい、黒幕に勘付かれる恐れがあると反対した。苗木くんもそれに賛同すれば、石田くんと山田くんは押し黙る。

「では、今日のところは解散しましょう。アルターエゴの捜索は、明日の朝から開始するということで」

セレスさんが切り捨てるように言った。

「ついでに……誰が黒幕の内通者なのかも、各自で真剣に考えておくといいぞ……」

余計なひと言を付け足したのは、十神くんだ。ますます重くなった空気の中、一人、また一人と脱衣所を後にした。

十神くんの心ない一言はもちろん、みんなの力になれなかった申し訳なさに、肩を落としながら脱衣所を出た。すると、みんなの自室のある廊下に差し掛かった辺りで、背中を軽く叩かれた。振り返ると、セレスさんが立っていた。

「あまり気を落とさないでくださいね」

「セレスさん……」

「最初から、あなたに誰も期待していないことは分かっていたじゃありませんか」

言葉に詰まる。彼女の優しさに感動しかけたら、この仕打ちだ。

「なんでも室内犬は、そんなに鼻が良くないそうですわよ。あなたも、閉じ込められた環境で生活する内に鼻がにぶったんじゃないですか?」

そこまで言った時、セレスさんが、何かに気づいたような表情になる。すんと鼻をすする音が聞こえて、私の匂いをかいでいることを知る。

「あら……私があげた香水、つけていないんですの?」

「え?だって昼間、貰った時につけたよ」

「こまめにつけて下さらなんですね。私と同じ匂いは嫌なんですか?」

セレスさんが悲しそうに眉を寄せるものだから、私は必死に首を横へ振った。

「そんなわけないじゃん!セレスさんと同じ匂い、うれしいよ!」

霧切さんの声が脳裏によぎったけれど、気づかないふりをした。彼女はとうに脱衣所を出て、自室へ戻っている。

私はだんだん周りから人がいなくなり、廊下にセレスさんと二人っきりになっていることに気づいていなかった。

「ありがとうございます。それじゃあ、部屋へ戻ったら早速つけ直してくださいね。もちろん、朝起きてからも」

「うん、つけるよ。プレゼント、本当にありがとうね」

へらへら答える私の言葉を最後まで待たず、セレスさんが身を翻した。「喜んでいただけたなら何よりです」と自分の肩越しに振り返って微笑むと、おしとやかな足取りで帰って行った。

残された私はほっと胸を撫で下ろすと同時に、どことなく疲労感がまとわりつくのを感じていた。

その正体を探りかけて、とうに夜時間になっていることを思いだし、慌てて自室へとかけ戻った。




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