ここほれわんわん | ナノ
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<また後で来るわ>という霧切さんの言葉に、アルターエゴは『うん、また来てね!約束だよ!!じゃあねぇ〜!』と返し、パソコンはすぐにスリープモードになった。

脱衣所が静まり返ったせいで、私が鼻をすすった音が、タイミング悪く響いた。朝日奈さんや山田くんあたりが窺うような視線を向けてきたので、慌ててマスクを外し、泣いていないことをアピールした。実際、かなり泣き出しそうだったけれど、やはり、みんなの前で何度も泣きじゃくるのは恥ずかしかった。

ネットに接続してみたらどうかという意見も出たけれど、霧切さんの、今は危険を冒すより解析を待った方がいいという言葉で、しばらく様子を見ることが決定した。アルターエゴを元のロッカーへ戻して、脱衣所を出る。

「スゴくない!?なんだかんだで、私ってお手柄じゃない!?」

廊下に出た途端、朝日奈さんが顔を輝かせて歓声を上げた。

「タッタラタタッター!朝日奈の活躍により、彼女のレベルが上がった!……で、何がお手柄?」

「もっ」

「モノクマ!」

朝日奈さんの言葉に返したのは、いつの間にか紛れ込んでいたモノクマだった。

みんなが身構えるように距離を置く。先ほどまでの浮かれた空気はなくなり、表情は引きつっていた。

「オマエラ、ずいぶん上機嫌じゃん。何かいい事でもあったん!?」

「べ、別になんでもない……!」

「……内緒話?卑怯だぞ、独占取材を要求する!」

モノクマが私たちの周りをぐるぐると駆け回り、声を張り上げた。山田くんや朝日奈さんが言い返すけれど、ものともせず、いつもの調子でかわしていく。

このままじゃ、脱衣所で何してたの?なんて中をのぞかれてしまう可能性が高い。不安を感じながらもどうすることもできず狼狽えていたら、セレスさんが祈るように手を組んであごの辺りへ持ってゆき、首を傾げて微笑んだ。

「わたくし達は、久しぶりに大きなお風呂で羽を伸ばそうと相談していただけですわ……」

「……へ?」

不意を突かれたようにモノクマが立ち止まった。同じように首を傾げて、セレスさんを見上げる。

「ですが、困ったことに、お風呂は男女別に分かれていませんでしたので……男女のどちらが先に入るか、じゃんけんで決めることになったのです。そこで朝日奈さんが勝って、それで喜んでいただけですわ」

みんなは一瞬、セレスさんの言葉に唖然としそうになった。私は多分、口を開けたまま間抜けな顔で立ち尽くしていたと思う。

「そ、そうそう……!そうなんだって!!」

慌てて同意したのは朝日奈さんだ。その視線はモノクマから逸らされ、苗木くんや葉隠くん、山田くんを滑った。

「ほらほら!男子は食堂にでも戻ってて!私たちはこれから、ゆーっくりお風呂に入るんだから!!」

「しょ、しょうがねーなぁ!わかったべ!!」

「では、女子のみなさん。行くとしましょうか……」

セレスさんはそう言って、一番近くにいた私の肩を抱き、身を翻した。つられてその場で半回転した私が最後に見たのは、困惑の表情を浮かべる苗木くんだった。

「す、すごい、セレスさん」

脱衣所に入ってすぐ、声をひそめていうと、彼女が「何がですの?」と素知らぬ顔で聞いた。

「よく、さらっとあんな嘘がでてくるね……!」

「ほんとだよ!セレスちゃんすごすぎ〜!」

「うむ……。もはやここまでかと思ったぞ」

「なかなか機転がきくのね……」

後から入ってきた他の女子が、口々に言う。さすがの霧切さんも先ほどの場面には緊張したらしく、素直に感心しているようだった。

「わたくしを誰だと思っているんですの?【超高校級のギャンブラー】には容易いことです」

セレスさんは笑みを崩さず、そう答えた。

このまま脱衣所で時間を潰すのもいいけれど、モノクマに髪が濡れていないことを指摘されては面倒なので、本当にお風呂へ入ることになった。

朝日奈さんと大神さんが素早く服を脱いで浴場に駆けていくのを見送ってから、私もいそいそと服を脱ぎ始める。

隣でエクステのツインテールを外していたセレスさんが、「それにしても」と呟くので、カーディガンのボタンをはずしていた手を止めて、そちらを向いた。

「みょうじさんはあまりにも表情に出過ぎですわ。わたくし、そちらの方が気がかりでしたもの」

「えっ、ほんと?そんなに?」

「ええ。モノクマの目があなたに向かないことだけを祈っていましたは。それから、この癖に気づいてます?」

セレスさんが私の手を取った。言葉の続きを待っていると、私の手をひっくり返し、掌を上に向けさせた彼女が、手首当たりのカーディガンをつまんだ。

「ここ、すごく薄くなっているでしょう」

「え?あ……うん。そうだね」

「あなた、ウソをついている時、袖を目いっぱいに伸ばして、手を引っ込めていますわ」

「え、え?」

「ほら、このように」

セレスさんがカーディガンを引っ張って、私の手の指先まで隠した。確かに、しっくりきた。薄くなっている部分は、親指の爪がちょうど引っかかる場所で、穴が開きそうだった。

「さっきの、朝日奈さんの鼻の頭が赤くなる……っていう嘘とは違って?」

「間違いなく本当の事です。ウソをつく時、というか……緊張した時の癖ですわね。やはりその様子では気づいていなかったようですね」

彼女がそっと手を出させてくれた。私はもじもじと俯いたまま、彼女の言葉を聞く。

「このような場ですから、弱みは減らすに限りますわよ。まぁ、あなたの性格ではそれも難しいでしょうが……みょうじさん」

「え、なに?」

「言ってるそばから手を隠していますわ。全く……仕方のない人ですね」

呆れた様子のセレスさんに言われるまで完全に意識がなかった。自分の手がすっぽりカーディガンに収まっているのを見て、びっくりする。混乱した挙句、カーディガンを脱いでしまった。ぐちゃぐちゃに畳んでから、ロッカーに突っ込む。

「ご、ごめん。アドバイスありがとう!これからは気をつけます」

「別にかまいませんが」

重たげな髪の毛を取り払った彼女は、ショートカットのさっぱりした姿で複雑そうな服を脱ぎ始めた。その指に『色恋沙汰リング』が光るのを見て、妙な気持ちになった。

セレスさんは怖い人なのでは、と思っていたけれど、案外いい人なのかもしれない。今のだって心配してくれたんだろうし、それに――。

ふと、かつての不二咲さんの言葉を思い出す。そういえばあの時のお礼を言っていなかったと、彼女の名前を呼んだ。

「セレスさん」

「なんですの?」

「この前……不二咲さんに、柔らかいティッシュの場所を教えて、届けるように言ってくれたんだよね?」

気づけば彼女はタオル一枚になっていた。私も慌てて服を脱ぎ始める。

「心配してくれてたんだよね?ありがとう」

「……もう、風邪の調子は良いんですか?」

「うん!」

威勢よく返事をすると、チッという音が聞こえた。何の音か理解できなくて、聞こえた方を見ると、ポーカーフェイスのはずのセレスさんが、露骨に顔を歪めて私を見ていた。私はそこで、ようやく今のが舌打ちだということに気がついた。

「え?」

「先に失礼しますわね」

彼女はまた完璧な笑みを浮かべて、浴場へと入って行った。気づけば霧切さんもいなくて、脱衣所には私一人だった。

急いで服を脱ぎながらも、疑問ばかりが頭を渦巻く。

「な、なんで?」

私、何かした?どうして嫌われた?

セレスさんはやっぱりよく分かんないよ……!










お風呂をあがって食堂へ行くと、お茶を飲んでいた男子たちが、落ち着かない様子でこちらを一瞥した。

本当にお風呂に入ると思っていなくて、待ちくたびれたのかもしれない。遅くなってごめんね、とみんなに声をかけると、何故か苗木くんが露骨に視線を逸らした。普段優しい彼がここまで怒るとは思っていなかったので、私はショックを受けた。

しかし、ちゃんと謝罪しようと口を開きかけた瞬間、モノクマが現れた。

相変わらずの唐突な登場には怯むけど、事前にお風呂場で予想していたのでそこまで驚かなかった。私達が楽しそうにしているのを、性格の悪いモノクマが黙って見ている訳がない、というのが霧切さんの見解だったが、見事に的中したらしい。

いつものように体育館への集合を命じ、モノクマはいなくなった。

残された私たちを取り巻く空気は、一瞬にして重たいものへと変わる。

「きっと、また始める気なんだわ……例の……“動機”がどうとかを持ち出して……」

「……また?やだよ……もう行きたくないよぉ……」

「俺も……すっかりトラウマだべ」

霧切さんの言葉に、朝日奈さんと葉隠くんが嘆いた。私も項垂れて、見せられたDVDや、秘密を世間に公表すると脅したモノクマを思い出す。お風呂上りだというのに嫌な汗が浮いて、足がすくんだ。

「……大丈夫。私達にはアルターエゴがある。きっと彼が手掛かりを見つけてくれる。だから今は……耐えましょう。何があっても……」

冷静な彼女の言葉に励まされ、私たちは重い足取りで体育館へ向かった。

「お前らに待たせられるとはな……。銃器の使用が認められていたら迷わず撃っていたぞ」

物騒な言葉で迎えたのは、十神くんだった。その隣には身を縮めた腐川さんもいる。いつの間にかジェノサイダーから戻ったらしい。

「十神くん……早かったんだね?」

「お前らが遅れたのは、二足歩行を忘れたからか?いいか、右足と左足を交互に出して進むんだぞ」

苦笑いで返す苗木くんに、さらに追い打ちをかける。よくもこんなに人を傷つける言葉が簡単に出てくるものだ、と苗木くんの後方でやり取りを見ていると、十神くんの視線が私に移動した。

「お前に至っては四足歩行でも構わないだろう。愚鈍な犬め……」

「なっ、なんでそんなに私に当たり強いの……?」

そんなやり取りをしているうちに、全員が体育館へと揃った。

「オマエラ全員集まったみたいだね!じゃあ、さっそく始めようか!!」

みんながステージに注目し出したころを見計らって、飛び出してきたモノクマが壇上に乗った。

警戒し、表情を強張らせる私達を見渡したモノクマは、「そんなに構えなくたっていいって」と言った後、こう付け足した。

「今回はね、趣向を変えてみたのです。今までは、オマエラを追い詰めるような北風ピューピューばかりだったけど……たまには、暖かい太陽も必要だと思った次第です!」

真意がくみ取れず、ますます身構えたみんなを、モノクマはひとしきり笑った。それから、短い両手を高々と掲げ、わざとらしいぐらいに仰々しい動作を見せつけた。

「そんなこんなで、今回ボクが用意したのは……これで――すッ!!ひゃっくおっくえーん!!」

冗談みたいな叫び声のあと、モノクマが立っている壇上に、重たそうなものがドサドサと落ちてきた。

離れた場所から見ていたけど、それが札束であることは明らかだった。

その場にいた大半の者が、圧倒されて、声を失う。

こんな大金を目の前にしたことがあるのは、多分、十神くんやセレスさんぐらいだろう。

「少なすぎるな……」

十神くんのつぶやきを聞いて、自分の予感が的中したことを知る。

「もし、卒業生が出た場合のプレゼントにします!どう?100億円だよ!ひゃっくおっくえーん!!もう、ウッハウッハでしょ!?」

「お金……確かに動機としては定番中の定番ね。ミステリーの世界でも……現実世界でも……」

「だ、だけどさ……。今さら、お金なんかのために仲間を殺したりしないよッ!!」

霧切さんの声を打ち消すように叫んだのは、朝日奈さんだった。大神さん、葉隠くんも、続いて肯定する。

「そうだ……みんなの言う通りだ。100億だろうと、なんだろうと……。いや、お金だけじゃない。この先、お前が何をしようと……ボクらは仲間同士で殺し合ったりなんかしない!」

苗木くんが叫ぶのを聞いて、モノクマはないはずの肩をすくめるような動作をした。

「……お決まりの強がりはもういいよ。せいぜい清く正しい共同生活を心がけるんだねー!」

不吉な言葉と舞台上の大金を残して、モノクマは消えた。みんなは自然と、心の奥を覗こうとするように、表情を伺い合う。

「大丈夫だよ!あんな、モノクマが用意したお金なんて、ホンモノかなんて分からないし、誰も本気にしてないよ。そもそも、お金のために人を殺すなんて、ありえない!」

もう二度と不二咲さんたちのような犠牲者を出したくない。自分にも言い聞かせるように、私は声を張り上げた。

「もう、前回の教訓を忘れたのか?」

水を打ち付けるような冷えた声を挟んだのは、十神くんだった。

「自分の基準と他人の基準は違うんだ……」

彼の言葉は、私自身も、痛いほど感じていることだった。言い返すことができなくて、唇を噛む。逃げるように目をそらすことしかできない自分が歯がゆかった。

「誰か……いるんじゃないの……?お金に困ってる人が……ッ!!」

十神くんの言葉に感化されたらしく、腐川さんがヒステリックに叫んだ。それに対してセレスさんは、いつもと全く変わりなく、「わたくしはギャンブルで10億以上稼いだ身です。生活には不自由していませんわ」と微笑んだ。

「や、山田は……?山田はどうなのよッ!?」

「僕は売れっ子同人作家ですぞ!コミックやDVD買う金には困っとらんわ!!」

「じゃ、じゃ、じゃあ……ッ!!」

居もしない犯人を捜すように、腐川さんの目がせわしなく動く。

「よせ」

狼狽する彼女の肩に手を置いたのは大神さんだった。

「金なんかのために疑心暗鬼になるなど、醜いことこの上ない……」

「み、み、み、醜いッ!?」

「心配など無用だ。どちらにせよ、起きる時はあっさり起きるもんだ。それが……このゲームなんだからな」

十神くんの言葉に、朝日奈さんが噛みつこうと口を開いた。しかし、そのタイミングで夜時間を告げるチャイムが鳴り響く。勢いを削がれた私たちは、我に返って各々の時計を見た。

「解散する前に、もう一度言っておくけど……」

仕切り直すように口を開いたのは、黙って成り行きを見ていた霧切さんだった。

「今晩から、私の部屋は開けっ放しにしておくわ。アルターエゴに異変があった時のためにね……。だけど、ドアが開いてるからって、無暗に私の部屋に近づかない方がいいわよ」

腕を組み、全員の目を一つ一つ確認してから、言い放つ。

「間違って……返り討ちにしてしまうかも」

それは、穏やかで落ち着いた声だった。しかし、確かな力がこもっている。

「……とにかく、今日のところは部屋に帰るべ!いいか!金のことなんか考えんじゃねーぞ!わかったら、解散だべ!」

空気を壊すように、手を叩いたのは葉隠くんだった。

彼はそこまで言って、石丸くんを振り向く。

「……でいいよな、石丸っち?」

しかしそこには相変わらず虚ろな表情の彼が佇んでいるだけで、その瞳には私たちの姿も、大金も、何も映っていなかった。

「……だそうだべ」

葉隠くんはそれでも無理やりその場を収め、私たちは各自、部屋へと戻ることになった。




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140215

この連載の苗木くんは男のロマン持ってたみたいです。