ここほれわんわん | ナノ
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石丸くんを連れて苗木くんと食堂へ戻ると、隅で小さくなってドーナツを食べる朝日奈さんの姿があった。声をかけようと口を開くが、背後からそれ以上に大きな声がしてかき消された。

「……朝日奈ッ!!」

遅れてやってきたのは大神さんだった。入り口をふさぐ私を突き飛ばしたい気持ちをこらえているのだろう、両肩を掴んで慎重にどかし、奥へ進む。

朝日奈さんは何故か気まずそうに視線を落として、テーブルの上のドーナツに気づき、慌てて手で隠そうとした。

「あれ?体調悪いんじゃなかった?」

後から来た葉隠くんも、私や苗木くんの横をすり抜けていく。続々と集まったメンバーに囲まれて、朝日奈さんは気まずそうな表情になった。

「……もう大丈夫なのか?」

「う、うん……。ドーナツ食べたら元気になってきた……」

心配そうな大神さんの質問に答える朝日奈さん。輪へ歩み寄りながら、「好きだね、ドーナツ」と苦笑した苗木くんは、肩を貸していた石丸くんを、食堂の椅子に座らせていた。

「ですが、腹痛だったんじゃありません?」

鋭く突っ込んだのはセレスさんだった。朝日奈さんが顔色をさっと悪くして、お腹が痛くてかえって空腹を感じたとか、記憶が曖昧でよく分からないと主張した。いつもの彼女らしくない、歯切れの悪い返事だった。やっぱりまだ具合が悪いんじゃないかと思い、無理をしないように言おうとしたら、葉隠くんが軌道を修正した。

「と、とりあえず……まずは調査の報告会でもすっか。だろ、石丸っち?」

声をかけられた石丸くんは、あらぬ方向を見つめるばかりだった。

「……だそうだべ」

仕切り直すように葉隠くんが念を押し、みんなの捜査報告が始まった。

最初に報告をしたのは意外にも捜査に参加していない朝日奈さんだった。一階にあった保健室の鍵が開くようになっていたのを発見したらしい。

頭痛薬などの市販の医薬品はそろっていたけれど、プロテインは少しもなかったらしく、大神さんと二人で悲しみに暮れていた。

「外に出られそうな場所はなかったかな?」

どんよりした空気を打ち消そうと問いかけて、話題を間違えたことに気づいた。案の定、暗い表情のままの大神さんが口を開く。

「念のため、片っ端から鉄板を調べて回ったが、どれもこれも頑丈に打ち付けられてあった。やはり……三階からの脱出も難しいようだ……」

「……そっか。そうだよね」

「ですが、朗報ですわよ」

上品な笑みを携えて口を挟んだセレスさんに、みんなの視線が一気に集まる。

「三階に娯楽室なる教室が存在しました。ここでの学園生活が、より一層充実すること間違いなしですわね」

周りの者が目に見えて落胆していくのを分かっていながら、彼女は「どなたか今度オセロでもご一緒しましょう」と付け足した。

みんなの発言が途切れ、重苦しい空気が流れそうになった時、「そういや」と声を発したのは葉隠くんだった。石丸くんがこんな状態だからと、今日は張り切ってくれている。頼もしいと思ったのも束の間で、彼が出した話題は、「さっき十神っちを見かけたべ」という、あまり実のない報告だった。

しかし、たった一人は別だったようで、腐川さん――ではなく、ジェノサイダー翔が食いついた。「なぬっ!!どこだッ!?どこにいたッ!?」と必死の形相で葉隠くんに詰め寄ったかと思うと、スカートの下から『マイハサミ』とやらを取り出し、長い舌で刃を舐める。

すっかり怯んでしまった葉隠くんは、十神くんが大量の本を持って更衣室で読書をしていたと答えた。聞いた途端、ジェノサイダーは踵を返し、笑いながら食堂を飛び出していった。

「すっ、すっ飛んでったべ……!」

「だっ、大丈夫……なのかな?」

不安気な苗木くんに反して、セレスさんが冷たく「放っておきましょう」と言い放つ。まだ狼狽えている彼に、そっと「更衣室なら男子生徒手帳がないと入れないから大丈夫じゃないかな?」とフォローした。

「三階には仰々しい物理室があったわね」

ここにきて初めて口を開いたのは霧切さんだった。彼女の発言には集中し、耳を澄まさずにはいられない力があった。

「その中央に……見たこともないほど巨大な機械……」

「……空気清浄器らしいよ」

石丸くんを気にしながら苗木くんが答えた。

「は?なんでそんなモンが?」

「そんなに大きな清浄機なのか……?」

「これぐらいはあったと思う」

両手をいっぱいに広げ、食堂を移動し、表現して見せた。問いかけた葉隠くんと大神さんが、感心したように私を見つめていた。

「なんだか……意味不明だね」

「うん。でも、モノクマが言ってたことだし、ホントかどうかさえ分からないけど……」

最初、モノクマがタイムマシンだと主張したのを思い出して、呟いていた。石丸くんじゃないけれど、そう信じたかったのかもしれない。

「三階と言えば美術室がありましたな」

山田くんが立ち疲れたのか、近くの椅子に腰をおろしながら言った。

「しかも、色んな設備も充実していましたので……むふふ!これで、アニメキャラを制作し放題ですぞ!アニメを見れない分、せめて自分で作るしかないですからな!」

「そうだ!アニメで思い出したんだけど」

苗木くんが私を振り返った。つられて記憶がよみがえり、ポケットに手を入れる。

「そうそう。これ、探索中に見つけたんだ。デジタルカメラ!山田くんのじゃない?」

山田くん手渡そうとしたのに、横から伸びてきた手に取り上げられた。びっくりして振り返ると、葉隠くんがしげしげ眺めていた。

「なんじゃこら、オモチャ並みの低スペックだべ!画像は五枚程度しか保存できねーし、セルフタイマーもついてねーぞ」

「それにしても微妙なデザインですわね。なんですの?その妙なアニメキャラは……」

セレスさんが追い打ちをかけるように問うと、椅子に座って休んでいた山田くんが、勢いよく立ち上がってこちらに走ってきた。その勢いに怯んで思わず身を引いたのは正解で、デジカメに夢中だった葉隠くんは、彼の巨体に突き飛ばされていた。

「失礼な!『外道天使☆もちもちプリンセス』のプリンセスぶー子だぞッ!!」

デジカメを奪い返すと大事に胸に抱きながら、かつてないほどに熱く語る。

「そのデジカメは、アニメ化決定イベントのビンゴ大会で一等を当てた者にのみ与えられたという超レア物で……僕が、その当選者に大金を積むことで、ようやく譲って貰ったという一品……!!ていうかどこにあった!?」

「えっ!?」

急に山田くんに強く腕を掴まれた。あんまり勢いづいたものだから、びっくりした苗木くんが割り込んで守ろうとしてくれるほどだった。

「物理室にあったよ」

山田くんの手を解きながら苗木くんが答えた。私はそれに肯定するため、何度も頭を縦に振ることしかできなかった。

「宝物だから……この学校にも持ってきて……だけど初日にケータイとかと一緒になくなって……」

「……そんな物が、どうして物理室にあったのでしょう?」

「つーか、うわ……このデジカメ……いつの間にか、すっげぇ汚れてるんですが……コレクションしてたシールを勝手に貼られた気分……。もしくは買ったシャツを先に他人に着られた気分……もう、いいや」

「え?いいって?」

「汚されてしまった……もうイラネーヨ……」

突然山田くんから押し付けられて、苗木くんが持て余していたデジカメを、近くで見ていたセレスさんがそっとつまみあげた。

「でしたら、わたくしが預かってもよろしいですか?何かに使えるかもしれません」

誰も反対する者はいなかった。彼女は笑みを深めると、デジカメが使いたい人は気軽に声をかけるように付け加え、話は一段落した。

「あのさ、聞いてくれる?」

一通りみんなの報告が終わったタイミングを見計らって、苗木くんが口を開いた。

「ちょっと気になる物を見つけたんだ……」

「気になる物……?」

「三階の美術倉庫で、変な写真を見つけたんだ。結局はモノクマに持ってかれちゃったんだけど……」

美術室でひどく取り乱していた苗木くんのことを思いだした。山田くんも同じだったみたいで、はっとした顔をする。

「変な写真って……エッチいヤツ!?」

憤慨したように話の腰を折ったのは朝日奈さんだった。苗木くんはギョッとした表情を一瞬だけして、「そういう変じゃなくて」と早口に返した。

「その写真には……桑田くんと、大和田くんと、不二咲くんが一緒に写ってたんだ」

先ほどの慌てようが嘘みたいに、苗木くんの声は落ち着いていた。

さらに彼は淡々と、三人が笑顔だったこと、写真に写っていた教室の窓に鉄板がなかったことを付け足した。

「この学園で撮った写真じゃないってこと?」

びっくりして口を挟むとセレスさんがすかさず反論する。

「ですが、あの三人が学園に来る前から知り合いだったなんて話は聞いていませんわ……」

彼女の言葉に誰もが頷いた。玄関ホールに集まって、自己紹介をした時、苗木くんと舞園さん以外は誰もが初対面だった。

幻なんじゃないか?と訝しんだ山田くんに対して、苗木くんは確かに見たと、珍しく強めに主張した。

「実は、三人とも生きてて、ここから出た後に撮ったんだべ!」

「それはないわ。だって……私たちは自分たちの目でしっかり確認したはずよ。彼らが殺され、そして……処刑されていった姿を……」

霧切さんの冷静な声にもどこか悲しみがにじんでいるようだった。うつむいて自分のスニーカーを眺めていると、隣で苗木くんがなおも問いかけた。

「だったら、なおさら……あの写真はいつ撮られたものなんだ……?」

それは、誰かに聞くというよりは、自問自答しているようだった。

「モノクマがねつ造したのでしょう。それ以外には考えられませんわ」

「……忘れんべ!モノクマのいたずらなんか気にしてもしゃーないって!」

「その通りですわ。それに……それ以外にも、気になることがありますしね」

「気になることって……?」

「朝日奈さんの件ですわ」

セレスさんの声に、今度は朝日奈さんへと視線が集中した。彼女は一拍の間を置いて、ふと気づいたようにみんなの顔を見回し、「えっ?私ッ!?」と自分のことを指差した。

「腹痛で体調不良……というのはウソなのですよね?本当は何があったのですか?」

「はぁ……?」

「個人差はあれど、人はウソをつく際、なんらかの特徴的仕草を見せるものです。それは、隠そうとして隠しきれるものではありません……朝日奈さんはウソをつく際、鼻の頭が赤くなるのです」

「えッ!本当ッ!?」

声をはりあげた朝日奈さんは、咄嗟に自分の鼻を両手で覆った。

静かに説明する姿に感心すると同時に、自分の内側まで見抜かれているような恐怖を覚え、私まで口元を隠してしまった。けれど、セレスさんはあっさりと、自分の意見を覆した。

「ウソですわ」

「は……?」

朝日奈さんと私の声がかぶる。

「ですが、今あなたは確認しましたわね。ということはやはり……」

続きは言わなくとも明らかだった。我に返ったように憤慨する朝日奈さんに対して、セレスさんは優雅に微笑むばかりだった。

大神さんが朝日奈さんの名前を呼ぶ。途端に彼女は、悪戯が見つかった子供のように萎縮して、項垂れた。

「……朝日奈よ、正直に言ってくれ。腹痛というのはウソだったのか?」

「…………う、うん」

本当のことを言っても信じてもらえると思えなくて、そう前置きした彼女が話し始めた嘘の理由は、確かに、信じがたい内容だった。

昨夜、朝日奈さんは今までのことを考えて塞ぎ込んでしまいそうになり、気分転換のためドーナツを探しに倉庫を目指した。

しかし、部屋を出た直後、妙な音が聞こえた。

気になった彼女が音のする方へと向かうと、お風呂場へとたどり着いた。半開きのロッカーの扉を開け、中を確認したら、青白い光に包まれた人影がボウッと……。

「あの人影、確かに……不二咲ちゃんだった!!」

「ぎゃああああああああああああああッ!!」

「ひぃっ……!」

背後であがった山田くんの叫び声に怯んで、近くにあった腕にしがみついてしまった。

「あ、あ、ありえねーって……!ゆ、ゆ、ゆ、ゆ、幽霊なんてッ!」

顔を真っ青にして頭を抱え込んだのは葉隠くんだった。セレスさんが呆れたように息を吐く。

「……幽霊なんて、非現実的すぎますわ。何かの間違いに決まっています。大抵の場合がそうであるように、あなたの心理状態が見せた幻影でしょう……」

ばくばくする心臓の音を聞きながら朝日奈さんを確認すると、唇が段々への字になって、「ほら、やっぱり」と小さくつぶやくのが聞こえた。

「……確かめに行けばいいだけだ」

口を挟んだのは大神さんだった。彼女はさっき、話すことをしぶった朝日奈さんに、何があっても自分だけは信じると豪語していた。

「朝日奈が見たものはなんなのか……浴場に行って、我らの目で確かめてみればいい」

「時間の無駄ですわ」

セレスさんが切り捨てるように言って、二人の間に見えない火花が散った。

私はますます握りしめる手に力をこめる。喧嘩を止めたいけれど、できれば浴場には行きたくない……。

「で、でもさ……行くだけ行ってみない?何もなかったら、それで済む話なんだしさ……」

仲裁する苗木くんの声を聞きながら、私は朝日奈さんの話を何度も脳内で反芻していた。

「……みょうじさん」

ふと、ひそめた声で話しかけてきたのは、先ほどまで仲裁をしていたはずの苗木くんだった。恐る恐る顔をあげて、思いのほか距離が近いことに驚く。

「ご、ごめん、ちょっと痛いかな」

「え……」

最初は何を言われているのか分からなかった。彼が苦笑いしながら視線で促した先を見て、ようやく理解した。

私が先ほど、山田くんの声に驚いてしがみついたのは苗木くんで、無意識のうちに力を入れつづけていたようだ。彼の腕に爪までたてているのを見て、慌てて距離を開ける。「ごめんなさい」頭を思い切り下げると、苗木くんは笑ってうやむやにしてくれた。

「もしかしてみょうじさん幽霊怖い?」

「……うん。あんま得意じゃないかも」

「じゃあここで待ってれば――」

苗木くんが言いかけたのと、朝日奈さんが「じゃあ待ってりゃいいじゃん、一人で!」と少しキツい声で叫んだのはほとんど同時だった。自分に言われたのかと思って怯んだのだけれど、どうやら浴場へ行くことを渋った葉隠くんに向けた言葉だったらしい。彼は泣きそうな顔になって、「一人はもっと嫌だッ!連れてって!!」と朝日奈さんにすがりついていた。

「私も、行くよ……」

葉隠くんのように冷たくあしらわれる自分を想像して、口にしていた。苗木くんは「本当に大丈夫?」と不安気に問いかけたけれど、無言で首を縦に振る。「無理はしないでね」と彼は念を押した。

セレスさんも渋々ながらに従うことになり、茫然自失状態の石丸くんだけ置いて、私たちは浴場へ向かうことになった。

不二咲さんの霊なら……大丈夫だよね?

私は自分の腕を強く握り、先ほど苗木くんにしがみついていた感覚を呼び戻そうとした。




140105

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