ここほれわんわん | ナノ
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二度目の学級裁判が終わった翌朝、食堂に集まった人数の少なさに驚いた。

殺されてしまった不二咲さんと大和田くんはもちろん、十神くんと腐川さんのボイコットも続いている。いつも朝早くからいる朝日奈さんがいないのは、腹痛のため自室で休んでいるとのことだった。

八人だけが並んで座ると、大机がやけに寂しく感じた。いつもは張り切って仕切ってくれる石丸君が、消沈しきっていることも大きい。彼は昨日の一件以来、まったく喋っていない。顔色もひどく、一睡もしてないことは容易に想像できた。

朝食を取りながら校舎を探索しようと提案したのは、意外にも葉隠くんだった。石丸くんの元気がないので、三度留年している年長者の自分が仕切るべきだと考えたらしい。学級裁判が終わったのだから、きっと新しく行ける場所が増えているはずだろう。今度こそ手掛かりや脱出経路が見つかるかもしれない。

みんながわずかな希望を抱いた時、何故かジェノサイダー翔になったままの腐川さんが乱入して来て、空気が凍りついた。騒然となったものの、朝食会は無事に終了し、各自の探索が始まった。

「みょうじさん、よかったら一緒に行こうよ」

声をかけてくれたのは苗木くんだった。誰もがばらけて行動しているので不思議に思ったけど、以前の探索で、私が倉庫の段ボールに潰されてしまったので、心配してくれているのだろうと気づいた。

ありがたく彼の誘いにのって、一緒に学校エリアに向かった。前回の裁判で二階に行けるようになっていたように、今回は三階への階段が解放されていた。

階段を上がってすぐの扉を開けると、真っ先に目に飛び込んできたのは、市松模様のタイルを敷いた床だった。他の教室とは明らかに違う雰囲気の中、部屋の左側を陣取っているビリヤード台がやけに目立った。

「えっと……ここは……」

「娯楽室……。学生たちの休憩所のような場所らしいですわね……」

苗木くんの疑問に答えるように、室内にいたセレスさんが返した。彼女は部屋の隅に置かれているスロットを観察していたらしい。

二人が話し込むのを横目に見ながら、私は部屋の奥まで歩いて行った。革張りのソファに挟まれたテーブルの上にはオセロが置いてあるし、ダーツや雑誌棚まで用意されている。学校内とは思えないような設備だった。

モノクマフィギアの入ったビンが並ぶ戸棚を開けると、中にはウノやジェンガ、パズルゲームなども取りそろえられていた。その片隅にトランプカードを見つけ、胸の奥がじくりと痛んだ。早々に戸を閉めようとして、片隅にモノクマメダルが紛れているのを見つけ、それだけはポケットにしまっておいた。

「ピロリロリーン!補足があるニョロよ!」

突然背後でした声に驚き、振り返った。気付けばセレスさんと苗木くんの前に床と同じ白色と黒色で二極化されたクマがいた。モノクマは雑誌の種類は豊富だけれど、成人向けは用意していないことを説明し、何故か苗木くんに向けて謝罪していた。彼は慌てて私とセレスさんを交互に見て、あっても読まないよ、と弁解した。

「……ここの雑誌は、新しい号が出たら、順次追加されていくのですか?」

そんな苗木くんを無視して問いかけたのはセレスさんだった。

「それは無理だねぇ。ボクがそうしたくても、雑誌そのものが……」

「え?」

「……おっとっと!なんでもないよ〜!補足はそれだけだからバイバイッ!」

モノクマは妙な事を言い残し、いつものように素早く姿を消した。

「今の……モノクマさんの言葉……」

「……やっぱ、気になるよね?」

「たまには雑誌を追加してもらった方が、ここでの生活が充実するのですが……残念です」

「そ、そう……」

セレスさんの返答に苗木くんは困ったように口元を引きつらせた。彼女と話すことは諦めたらしく、私の方へ歩いてくる。

「みょうじさんは気にならなかった?」

「うーん、なんかおかしかったよね。雑誌の新刊を追加できない理由って……なんだろう?」

「だよね、おかしかったよね!」

私が同じ疑問を抱いたことを知り、彼は安堵したようだった。

「雑誌を買うお金がないとか?」

「あれだけ大量の食材が追加できるんだし、それはないんじゃないかな」

二人で雑誌棚の前に行き、それぞれ適当なものを抜き取る。

「漫画雑誌なんかもあるんだね。あっ、私この少女漫画、むかーし友達に借りてたな〜」

「それ、妹が持ってた。読んでるの見たことある」

「苗木くん妹いるんだ!」

「うん。でも……いや、なんでもない」

彼が言葉を止めて、考え込むように雑誌に視線を落とした。なんとなく察しがついてしまったのは、私も同じようにDVDを見せられたからだろう。

「苗木くんもここから出たら、妹さんにこの少女漫画読ませてもらいなよ。すごくキュンキュンするから」

雑誌棚に戻しながら笑いかけると、彼が意外そうな表情をした。けれどすぐに笑顔を返してくれる。

「うん、そうするよ。ありがとう」

もっとここを調べるというセレスさんを残し、娯楽室を出た。次に通りがかった部屋に入ると美術室で、山田くんがいた。彼が充実した設備だと褒め称えるので、話を聞いてみたら、彫刻に関する長話が始まってしまった。

私が彼の相手をしている間、苗木くんに探索をしてもらおうと思い目くばせすると、察してくれたらしく美術倉庫に消えていった。

山田くんが延々と語るマニアックな話についていこうと必死で頭を働かせていると、こそこそと出て行ったのが嘘みたいに、苗木くんがすごい勢いで帰ってきた。美術倉庫の扉を閉めるのも忘れて私たちの間に割り込んでくる。びっくりした山田くんが会話を止めるほどだった。

「今、向こうで、不二咲くんと、大和田くんと、桑田くんが……!違う、写真が!」

「え……?」

「モノクマに取られちゃったけど、確かに三人の写真だったんだ!笑顔だったし、鉄板のない教室にいたんだ……!これってどういうことなんだろう、あの三人は前からの知り合いだったのかな!?」

「苗木誠殿ぉ!落ち着いてくだされ!」

山田くんが口を挟み、興奮していた苗木くんが我に返った様子で「ごめん」と謝った。

「とにかく……このことは自分で整理して、後で食堂でみんなに報告するよ」

「う、うん」

「そうしてください……」

圧倒された私は、やっとのことで返事をした。山田くんも汗を拭きながら、安堵の息をついていた。

美術室を苗木くんと出る。彼は言葉通り考え込んでいるようで、喋らなくなってしまった。先ほどまでは移動の間に他愛のない雑談をしていたので、少しさみしく感じてしまう。

『絶望三丁目』というプレートのついた電信柱が立ち並ぶ奇妙な廊下を抜けると、突き当りには物理室と書かれた部屋があった。しかし中は教室というよりは研究所のようで、中央にある大きな機械が存在を主張していた。

「うわ、何これ、すごい」

隣で驚きの声があがるのを聞きながら、隅に石丸くんがいるのを見つけていた。そちらに走り寄ると、苗木くんも気づいたらしく、後からついてくる。

「石丸くん、こんなところにいたんだね」

「ここって何かの研究所みたいだよね」

「…………」

朝食会の時と同じで、彼は直立不動のまま、あらぬところを見つめているばかりだった。顔の前で手を振ってみても、肩を揺さぶってみても、何の反応も示さない。

苗木くんと顔を見合わせると、困惑の表情を浮かべていた。私もきっと同じだったと思う。

生気のない石丸くんを見ているのが辛くなって、私は俯いた。そして、ふと自分のポケットに入っているモノクマメダルのことを思いだした。

「石丸くん、よかったらこれ、気晴らしにやってみたらどうかな?」

取り出したモノクマメダルを握らせようと、彼の手を取った。

「購買部にガチャガチャがあって、けっこー色々出るんだよ。よかったら、これあげるから試してみてよ」

彼の手は力なく垂れ、メダルが床に転がった。私の言葉は届かないようだ。

仕方なく落ちたメダルを拾い、苗木くんに呼ばれるまま石丸くんから離れた。「そっとしとこう」苗木くんが辛そうに言うので、私も一度うなずいた。

「このバカでかい機械、なんなんだろうね」

私の意識を逸らすように苗木くんが問いかけた。教室の中央、天井まで届く装置が、小さなモーター音を立てて稼働している。よく観察しようと二人で近づいた時、割り込むように飛び込んできた物体が、目の前に立ちはだかった。

「あっぶなーいッ!!」

「わっ!?」

「な、なんだよ……」

怯んだ私に対して苗木くんは冷静だった。物体――モノクマは、私たちを遠ざけようと小さな体を賢明に大きく見せていた。

「時を駆けちゃうのッ!?」

「……は?」

「それ、タイムマシーンなの!すごくない?希望ヶ峰学園の生徒が開発したんだよ?超高校級の物理研究者……絶望の末に死んだ“元”希望ヶ峰学園生だけどね」

モノクマの突拍子のない説明に私たちが目を白黒させていると、背後から声が上がった。

「タイムマシーン……?」

振り返ると、相変わらず顔色の悪い石丸くんが、モノクマを真っ直ぐ見つめていた。その唇は小刻みに震えている。

「本当……なのか……過去に戻れる……のか……?だったら……僕を……乗せてくれ……過去に戻れば……そうすれば……」

ふらつく足取りで近づいてきた彼が、崩れ落ちるように座り込んだ。その姿はまるでモノクマに土下座しているようでさえあった。

「今度こそ……兄弟を止められる……ッ!!」

涙声で叫ぶ。床にぽたぽたと滴が落ちるのを見て、本当に彼が泣いていることを知った。しかしモノクマは非情にも言い放つ。

「無理だよ。このタイムマシーンって一分しか戻れないもん。カップラーメンを一分長めに放置した……なんて場合は、重宝すると思うけどね!」

「一分……?」

顔を上げた石丸くんの表情は絶望に染まっていた。こけた頬を涙が伝っている。私はもう、何も言えなくて、自分の胸のあたりで強く拳を握っていた。

「あれ、ガッカリした?ていうか全部ウソなんだけど。タイムマシーンなんて……ないない」

「え……?」

「ホントは空気清浄機なんだよ。あらゆる状況下で酸素を生み出せる優れものだよ。それさえあれば、火星でだって暮らせる。まぁ、気温とか重力の問題があるから、実際のところ、火星には住めないでしょうけど……」

モノクマは追い打ちをかけるようにまくしたてると、どうでもいい解説を加え、石丸くんに背を向けた。

「とにかく、オマエラがおいしい空気をいただけるのは、その機械のおかげなんだから……いじって壊したりしないよーに!!」

それだけ言って消えていくモノクマ。石丸くんを振り返ると、さっきと同じ表情のまま、その場にへたり込んでいた。

「そろそろ、食堂に戻ろうか……」

苗木くんが疲れ切ったような顔で提案したので、私は頷くしかできなかった。

彼が石丸くんに肩を貸して立ち上がらせるのを見ながら、私は部屋の様子を最後に眺める。ふとデスクの上に、この教室には異質な、おもちゃのようなものが乗っていることに気づいた。

「あ、これって……」

なんとか石丸くんを引っ張っていた苗木くんも気づいたようで、近づいてきた。

「なんだか、アニメ調の妙なデザインだけど……デジカメだよね?」

苗木くんの言葉にうなずきながら、カメラを手に取り、マスクを外して鼻を近づける。

「山田くんの匂いがする!」

「あ、みょうじさん風邪治ってきたんだ?マスクつけてるから分からなかったよ」

「うん、おかげさまでだいぶ良くなったよ〜。……ちょっと汚れてるけど、電源はちゃんと入りそうだね」

「山田くんの忘れ物かな?あとで渡してあげよう」

その発言を肯定するように、デジカメをポケットにしまった。それから石丸くんの、苗木くんが支えている方と反対側に回り、同じように肩を貸す。

「手伝うよ」

「だ、大丈夫だよ!ボク一人でだって――」

「ううん、手伝わせて欲しい」

苗木くんが口を閉じた。ぎこちなくお礼の言葉を言われたので、二人して歩きだし、物理室を出た。




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