ここほれわんわん | ナノ
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なかなか集合場所に来ない腐川さんをモノクマが無理やりつれてきたので、全員でエレベーターに乗り、地下へと降りた。

前回と同じように円を作って、私たちは裁判を始める。

最初はモノクマに促され、凶器の話から。これは近くに落ちていた血痕の付着したダンベルということが明らかだったのに加え、死体を調べていた霧切さんが、傷痕と一致したと証言したため、確定事項となった。

「ここからは犯人の話に移るぞ」

話題が途切れる前に口を挟んだのは十神くんだった。

「と言っても……その犯人もすでに判明しているがな……」

そう言って彼が挙げた名前は、連続殺人鬼のジェノサイダー翔だった。みんなは呆気に取られた。確かに一度、話題に出たことはあったけれど、それは黒幕の可能性としてだったからだ。

いまいち現実味のない十神くんの発言に、誰もが戸惑っていると、補足するように説明したのは苗木くんだった。図書室の書庫に、ジェノサイダー翔事件をまとめた警察の極秘資料があったのだという。

資料を見たという二人の話によると、ジェノサイダー翔の殺人には特徴があるらしい。決まって“チミドロフィーバー”の血文字を残していくというのは、私達も聞き覚えのある話だった。肝心なのはもう一つの方で、被害者の死体が必ずハリツケにされているという事実だった。このことは犯人以外だと、警察上層部の人間しか知らされていないらしい。

今回の事件では、チミドロフィーバーの血文字はもちろん、不二咲さんの死体がハリツケの状態にされていた。警察上層部の人間しか知らないことができたのは、犯人がジェノサイダー翔本人だったから。それが十神くんの主張だった。

「では、ジェノサイダー翔はわたくし達の中にいるのですか?」

当然のセレスさんの疑問に、彼が間髪入れずに答えたのは。

「腐川冬子だ」

「え……?」

「腐川冬子がジェノサイダー翔の正体だ」

十神くんが真っ直ぐと指差した方向へ、視線が一斉に集中する。注目を浴びた腐川さんが瞠目した。

混乱して何も言えずにいるのを気の毒に思ったのか、気絶するほど血の苦手な腐川さんが殺人鬼なはずないと、朝日奈さんが庇った。しかしそんな反論を予測していたように十神くんが返したのは、ジェノサイダー翔が“解離性同一性障害”の可能性があること、目を覚ました後の腐川さんの奇妙な言動が、彼女が多重人格者であることを証明するという推理だった。

さらに彼は昨日の夜、モノクマが動機の話をする直前に、腐川さんからこの秘密を打ち明けられていたと発言した。みんなが息を呑み、彼女に怯えの視線を向ける中、朝日奈さんだけが「ウソ……だよね?腐川ちゃん……?」と問いかける。けれど当の本人は、十神くんに恨めしげな視線を向け「だ、黙っててくれるって……言ったのに……!」と、自白ととれる言葉を絞り出した。

対する十神くんは、表情一つ変えず、約束なんかしていない、お前が勝手に勘違いしただけだと言ってのけた。

「さてと、そろそろ前座は終わりだ。後は、本人から直接話を聞くとしよう……」

十神くんが退屈そうに息をつくと、腐川さんが目を剥いた。

「ほ、本人……!?そ、そ、そ、それってててててて……!!」

彼女の体は大きく仰け反り、倒れた。けれどそれは一瞬のことで、誰かがかけ寄って助け起こす暇もなかった。

「アタシに代われってことかしらんッ!!」

飛び上がった彼女の口調、テンション、狂気的な表情。大人しくて控えめな腐川さんと別の人格であることは明らかだった。

長い三つ編みをうっとおしげに払うと、彼女は自分を【超高校級の殺人鬼】であるジェノサイダー翔だと紹介する。

「そう、世界のすべては、表と裏で構成されているのです。九回表に九回裏があるように……真実の裏にウソがあるように……根暗の裏には太陽のような朗らかさがあるのでーすッ!!ゲラゲラゲラゲラ!!」

静まり返った裁判場に、豪快な笑い声がこだました。誰もが唖然としている状態で、果敢にも疑問の声をあげたのは山田くんだった。あなたが黒幕なのか、そう問われた彼女はあっさり肯定したかと思うと、その直後、まるで冗談を否定するみたいな軽い調子で「ウソだけどねッッ!!」と言い切った。ますます混乱する私たちを見かねたのか、モノクマが口をはさみ、ボクをこんなヘンタイと一緒にするなと憤慨した。

「……これで、お前たちもわかったはずだ。その殺人鬼が不二咲を殺したんだよ。動機もある以上、間違いない」

軌道修正を図ったのは十神くんだった。モノクマが用意した“恥ずかしい思い出”や“知られたくない過去”が、腐川さんにとってジェノサイダー翔だったなら、十分な動機になり得るというのだ。

「なるほどねぇ……なるほどなるほどなるほど……でも残念でした!アタシは犯人じゃないのですッ!!」

彼の考えを否定したのはジェノサイダー翔、張本人だった。だけど、あんな異常性を見せつけられてしまった以上、いまいち説得力がない。

「今回の殺人と過去のお前の事件……完全に手口が一致している」

「……本当にそうなのかな?」

十神くんの言葉に問いかけたのは苗木くんだった。

「不二咲さんの殺人と過去のジェノサイダー翔事件には、明らかに異なる点が二つ存在するんだ」

まず彼が挙げたのは、致命傷が違うことだった。ジェノサイダー翔の被害者はみんな、ハサミで殺されていたらしい。

もう一つの点は、今回の事件ではハリツケの道具としてロープ状のものが使用されていたことだ。ジェノサイダー翔はいつも、鋭利なハサミを利用して、被害者たちをハリツケにしていたのだという。

さらにジェノサイダー翔が口を開く。彼女いわく、信念と情熱を持って殺すのは、“萌える男子”だけで、女性の不二咲さんは絶対に殺さないらしい。

「お前の趣味や趣向はわかった。だが、それはあくまで趣味や趣向の話だ。生き残るために殺人を犯さなければならない場合は、話が別のはずだ」

「だーってろッ!負け犬がぁ!!」

「負け……犬……?」

面食らった十神くんが珍しく動揺を見せた。信じられないものを見るような目でジェノサイダー翔を見つめるけれど、彼女はそんな視線を全く意に介した様子もなく、自分は生き残るためなんてセコイ理由で殺しはしない。万が一、しなければならない場面になったとしたら、ハリツケも血文字も面倒なだけだと主張した。自分が犯人だとばれるような行為をするはずがない、その意見は至極まっとうで、彼女が犯人でないという説得力を持っていた。

「うぬ……うぬぬぬぬ……!訳がわからなくなってしまったぞ……。本当に、この殺人鬼は犯人ではないのか……!?」

「だけどよ……あの死体は“ハリツケ”にされてたんだぞ?それって、一般人はしらねーはずなんだろ?」

「だから、模倣犯じゃなくって、本人の仕業だって話になったんだしね……」

石丸くんの疑問に、大和田くんと朝日奈さんが返した。議論が行き詰る予感に、緊張が走る。

「十神くん、キミなら可能だったんじゃないかな?」

それは疑問形のようで、断定的な響きを含んでいた。みんなが一斉に苗木くんを見る。

「キミは、非公開の政府関連資料や、警察内部資料にも簡単に目を通すことができるような人物なんだし……。それに、ジェノサイダー翔事件の捜査報告書は、前からよく見てたんだよね?」

十神くんは答えなかった。腕を組んだまま、視線を誰とも合わせようとしない。

最後に図書室で会った彼の、不気味なほどに静かな声が耳鳴りのように響く。『俺を疑っているのか』、そう問いかけた彼の表情に浮かんでいた歪な笑みが、鮮明によみがえった。

「では、十神くんがジェノサイダー翔犯人説を主張していたのは……ジェノサイダー翔に、自分の罪を被せるためだったのですね」

セレスさんの発言で、議論の風向きが変わったのを感じた。先ほどまでジェノサイダー翔に向けられていた恐怖の視線が、十神くんへと移る。

しかし十神くんは全く怯む様子もなく、いつから自分をあやしいと思い始めたか、苗木くんに問いかけた。

苗木くんは考え込む素振りを見せたけれど、すぐに顔をあげた。そして、事件発覚前にプール前ホールで出会った際の十神くんの言動が、今思うと腑に落ちないとこぼした。

「十神くんは最初から女子更衣室へ行こうとしたよね?でもさ、男子だったら普通は……」

「男子更衣室から見るはず……か?被害者は女の不二咲だった。だから、女子更衣室を先に調べると言ったまでだ」

「いや……十神くんの発言はやっぱり変だよ……。だって、死体を発見するまでは、被害者が誰かなんてわからなかったはずだよ?」

裁判場がざわつく。たくさんの疑惑の目を向けられているというのに、十神くんは相変わらず平然としていた。それどころか苗木くんに、他にもあるはずの根拠を示せと要求する。

「根拠なら……あるよ!」

叫んだのは私だった。十神くんの首がゆっくりとこちらを向いた。緊張で震える体に鞭打って、発言を続ける。

「不二咲さんをハリツケにしてたロープ状のもの……見覚えがあるでしょ?あれ、図書室にあったやつだもん」

「ほう……お前が気づくとはな」

彼は片側の口の端をあげると、何が楽しいのか笑い出した。しかしすぐにその笑みも消して、私に体ごと向き直った。

「図書室は薄暗いから、十神くんは電気スタンドを使って読書してたよね。あの席からじゃコンセントは差込口まで届かないから、延長コードで繋いでたはず。だけど、事件の後、図書室から延長コードはなくなってた。ずっと図書室にいたはずの十神くんが、気づかないとは思えないよ」

「……なるほど、そうか。では結論はこういうことか?俺は、不二咲千尋を女子更衣室で殺した後、死体のハリツケと血文字をでっち上げ……その犯行をジェノサイダー翔の仕業に見せかけた……。そういうことでいいか?」

「…………よく、ない」

「はぁ!?」

声を荒げたのは葉隠くんだった。私の否定にわけがわからないといった様子で隣の席から詰め寄ってくる。

「もう犯人決まったようなもんだべ!自分で推理しといて、何言ってんだ?」

「だって……なんか、変じゃん」

「どこが変なのだねッ!!ゲームだのなんだの言っていた十神くんなら、いかにもやりそうな犯行だ!」

石丸くんが良く通る声で葉隠くんに同意した。私はそれでも、先ほどからまとわりつく得体のしれない違和感の正体を探ろうと、必死で脳みそを働かせる。

「そうだ……!」

すっかり忘れていた。私は顔をあげて、十神くんを正面から見据える。

「十神くんが犯人だっていうなら、なんでポスターを入れ替えたのか、その理由を教えてよ」

「ポスターだと?」

それまで余裕の表情を崩さなかった十神君が、初めて眉を寄せた。手が届かなかったかゆい場所に手が届いたような、妙な達成感を覚える。違和感の正体が明るみに出た気がした。

「そうだ……犯行現場について、十神くんは不二咲さんを女子更衣室で殺したって言ったよね?」

私の言葉を引き継いでくれたのは苗木くんだった。

「でも、本当にそうなのかな?他の場所で殺された後に、運ばれた可能性だってあるんじゃないのかな……?現場ごとさ……」

彼が何を言おうとしているのかは、すぐに分かった。捜査時間にした男子更衣室でのやりとりを思い出す。

「その根拠はなんだ?言ってみろ……!」

回りくどい言い方に腹が立ったのか、十神くんが声を荒げる。苗木くんはそんな彼の苛立ちをかわすと、私を見つめた。

「さっきみょうじさんが言ってたポスターの入れ替えのことだよ」

苗木くんの目線の先を追った十神くんがこちらを見た。私は目の前の手すりにつかまって、身を乗り出す。

「こないだまで女子更衣室のポスターは、人気アイドル『トルネード』だったはずなのに、今日は何故かグラビアアイドルのポスターになってたの。おかしいと思って男子更衣室を確認したら、そっちに『トルネード』のポスターが移されてたんだよ!」

苗木さらに、新たな根拠として、カーペットにも入れ替えがあったことを説明した。

「ポスターの入れ替えも、カーペットの入れ替えも、犯行現場を男子更衣室から女子更衣室に移すため……そうは考えられないかな?」

「なんだとッ!?」

「つまり、犯人は現場を入れ替える為に……死体と一緒に、血痕の付着したポスターとカーペットを移動させたんだよ。そうすることで、現場を部屋ごと入れ替えたんだ。ここまでがボクとみょうじさんの推理だよ」

「……でも、この推理には、よくわからないことがあるんだよね」

私が苗木くんの話を引き継ぐと、セレスさんが真っ先に反応した。

「現場を入れ替えた理由……ですね?」

「そう、それもあるし……本当に男子更衣室が現場なら、被害者の不二咲さんがどうやって男子更衣室に入ったのか分からないんだよ」

不二咲さんの電子生徒手帳では、女子更衣室にしか入れない。桑田くんのものを借りれば、校則の穴を利用し、男子更衣室に入ることができるけれど、何故か彼の生徒手帳は壊れてしまっていた。

「ねえ、モノクマ。もしも犯人が不二咲さんを気絶させたり、自由を奪ったりして更衣室に入り込んだとしたら、それはどうなるの?」

振り返って問いかけると、モノクマはちょっと悩んだ後、「それも校則違反かな!不純異性交遊になっちゃうもんね!寄宿舎なら自由にヤってくれてかまわないんだけど、神聖なる学び舎でそれはダメだよねぇ」と答えた。

同じように石丸くんが、電子生徒手帳を不二咲さんが改造した可能性を質問した。これもモノクマは否定する。改造しようと勝手に中を開けた場合、防犯ブザーが鳴る仕組みになっているらしい。

「苗木誠殿とみょうじなまえ殿の推理が間違えているのでは……?」

「被害者が男子更衣室に入れないなら、そうなっちゃうよね……」

議論が打ち止めになりかけた。石丸くんがそれなら自分は十神くんに投票すると宣言し、私は焦って止めようとした。

「……ちょっと待って」

それより前に口を挟んだのは、ずっと黙って成り行きをも見守っていた霧切さんだった。

彼女は私たちの推理に同意した上、見せたいものがあるからと、学級裁判の休憩をモノクマに提案した。モノクマは一度は反対したものの、霧切さんの「学級裁判が盛り上がる」という言葉を聞いた途端、あっさりと許可した。

霧切さんが私たちを連れて来たのは、散々調べたはずの女子更衣室だった。ハリツケにされたままの不二咲さんを見るのが辛くて、自分の足元に視線を落とす。

「被害者の死体を、もう一度詳しく調べてみて」

霧切さんの発言に、誰もが怯んだ。男子が言い訳を並べて動こうとしないのを見かねて、大神さんが名乗り出る。

不二咲さんの前で手を合わせてから、そっと体に触れた途端、その動きが固まるように止まった。普段、相手を諭すような口調で語る彼女にしては珍しく、咆哮をあげる。

「こ、こ、こいつ……は……ッ!男だ……ッ!」

「ふ、不二咲さんが……!?」

彼女が私に向けてくれた、可愛らしい笑顔を思い出す。とてもじゃないけれど、信じられなかった。

みんなも同じだったようで、その場が騒然となった。誰もがこぞって疑い、嘘だ、冗談だと否定したけれど、大神さんは意見を変えなかった。その目は至って真剣だし、彼女がこの場で意味のない嘘をつくとも思えなかった。挙句、モノクマがダメ押しするように発言する。

「おやおや?オマエラ知らなかったの?そんなの最初からわかりきってることじゃん!不二咲千尋は男の娘だよーッ!」

モノクマはひとしきり笑い、霧切さんが見せたがったものについて納得し、このテンションを持続させたまま裁判場に戻って議論を再開するように命じた。

「どんな理由があったかは知らないけど、不二咲千尋は女性ではなく男性だった……それは確かよ」

地下に降り、自分の立ち位置に戻るなり霧切さんが言った。

「そして、被害者が男性だったなら、男子更衣室にも問題なく入れたはずよ。そうなると、苗木くん達の推理通りだとしても、何も問題ないわね……。被害者は男子更衣室で殺され、その後、女子更衣室に運ばれた……。女子更衣室に入るときは、舞園さんや江ノ島さんの電子生徒手帳を使えば容易だったはずよ」

相変わらず現場を移動させた意図は分からないけど、と霧切さんがぼやいた。

「だが……これで繋がった……すべての謎がようやく明らかになったな……」

「明らかになるも何も……あんたが犯人って流れだったはずだけど……?」

一人で納得したようにつぶやいた十神くんに対し、朝日奈さんが非難の目を向ける。それでも動じる様子のない十神くんを見て、苗木くんが自分の発言を一つ撤回した。それは、十神くんが犯人ではないかという推理だった。

「不二咲さんの死をジェノサイダー翔の犯行に見せかけたのは、間違いなく十神くんだったと思う。だけど、犯人は十神くんじゃないのかも。彼の余裕な態度……謎が解けるのを楽しんでいるみたいだ……。まるで他人事だよ……そんな風に振る舞っていられるのって……」

「実際に、他人事だから……?」

セレスさんが目を見開き、苗木くんの言葉を継いだ。彼はうなずくと、延長コードを利用したのがあからさますぎること、不二咲さんが男だと知って十神くんが驚いていたことを、さらに根拠としてあげた。

「私も、十神くんは、犯人じゃないと思う」

発言のタイミングを逃さないように、議論のわずかな隙間を狙って声を出す。

「前に図書室で十神くんが言ってたこと覚えてる?十神くんは私たちに気合いを入れて本気を出せって言ってた。そうしたら、“ゲーム”が面白くなるからって」

「それがどうしたんだよ」

あの時のことを思いだしたのか、大和田くんが不機嫌そうに言った。私は彼の方を向いて、言葉を続ける。

「十神くんは、私が風邪をひいてるって知った時、すごくがっかりしてたんだ。彼は、私の嗅覚が捜査に生かされることを望んでたんだよ。それをかわすことすら、彼の中ではゲームの要素の一つみたい……」

そこまで言って、十神くんの方を横目に見る。

「だから、ゲームとして完璧に楽しめない現状で、彼が殺人を犯すとは思えないよ。実際、私の風邪が治るまでは殺人はしない、的なこと言ってたし」

腕を組んだ十神くんが喉をくつくつ鳴らした。何がおかしいのか、彼はこの状況で笑っている。

「なるほどな……そうか……。明確な根拠がないのが気になるが……まぁいいだろう。とりあえず正解にしておいてやるか」

「正解……?」

朝日奈さんが怪訝な表情をすると、彼は言い放つ。

「苗木とみょうじの言うとおりだ。俺は犯人ではない。たまたま、最初に女子更衣室で死体を見つけたんで、あんな偽装をしてみたというわけだ」

常人には理解しがたいことを平然と言い放つ十神くん。案の定、周りからは「最低だ」と非難する声や「そんなの信じられない」と動揺する声があがった。長い議論が無意味だったことに疲れ切ってしまったのか、十神くんに投票して終わらせようと主張する者までいた。これには霧切さんやセレスさんが反対し、裁判は続けられることになった。

とはいえ、手がかりはもうほとんどない。誰もが口ごもり、新たな展開は期待できなさそうだった。

「誰か犯人を目撃していないのか!?」

「してたら最初から言うべ……」

「ならば、被害者の目撃でもよい」

大神さんが言った途端、苗木くんの表情が何かを思い出したようなものになった。

「被害者を目撃した人なら、いたはずだよ。そうだよね、セレスさん?」

彼女はあっさり肯定した。なんで今まで黙っていたのかは分からないけれど、それについて誰かが触れる前に、淡々とその時のことを語り始める。

昨夜の夜時間になる直前、セレスさんは不二咲さんと寄宿舎の倉庫で会ったのだという。彼女――彼はスポーツバッグの中にジャージなどを詰め込んでいたので、そのままトレーニングへ向かったのだろうと推測を付け足した。

さらに彼はその時、「急いでいる」と口にしたという。急ぐということは、誰かと待ち合わせをしていたと考えられるはずだ。

すぐさま石丸くんが、現場にはスポーツバッグもジャージもなかったことを指摘した。犯人が証拠隠滅のために処分したのだろうと答えたのは、大神さんだった。

「要は、その待ち合わせ相手が犯人で、それが誰なのかを突き止めればいいんだね!?」

少しの希望が見えたせいか、朝日奈さんが意気込むように拳を握った。

「でも、これだけの手がかりじゃ見当も……」

「付いているじゃない」

苗木くんの言葉を無理に継いだのは霧切さんだった。

みんなが一斉に彼女の方を見た。霧切さんは集まる視線に怯むことなく、自信からこぼれる笑みを浮かべ、堂々とした態度で繰り返した。

「もう犯人は分かっているじゃない……」




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