ここほれわんわん | ナノ
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どこに行こうか考えていなかった私は、捜査をしながら学生証を探そうと、現在はロックが解除されている男子更衣室に入った。まずは近場からしらみつぶしに見て行こうという、安易な発想だった。

後ろ手に扉を閉めた私は顔をあげ、真っ先にポスターに気づいた。ずっと抱えていたもやもやが、一瞬にして晴れ渡るのを感じる。

「あっ!これだ……!」

壁際にかけ寄って、女性から絶大な支持をうけているアイドルグループ、『トルネード』のポスターを見上げた。まじまじと眺めて、これが女子更衣室に貼られていたものだと確信する。以前見かけたとき、メンバーの一人の名前が出てこなくて、水着に着替えながら頭を悩ませていたことを思い出したのだ。結局名前は分からないままだけど、今となってはどうでもいいことだ。

「つまり、誰かが男子更衣室と女子更衣室のポスターを入れ替えたってこと……だよね?」

画びょうを丁寧に外し、ポスターを回収すると、その下の壁には、四つの角に二つずつ穴が開いていた。誰かが貼り直したことは、間違いないだろう。

「問題は、誰がなんのために、交換したか……」

自分で自分の思考を整理するため、あえて口に出す。私はその場に座り込むと、外したポスターを床に広げ、丸まらないように両端を押さえた。

霧切さんが言っていたように、死んでしまった人たちの電子生徒手帳を利用すれば、男子と女子、どちらの更衣室にも入れる。誰にでもポスターの交換は可能だ。

「『誰が』、は置いておこう。後は、『何のために』……交換したのか……」

こちらに向かって爽やかな笑みを向けるアイドルたちを見下ろして、しばらく唸っていた。どれぐらいそうしていたかも分からないほど夢中になっていたせいで、背後で扉が開く音にも気づかなかった。

「……みょうじさん?」

「ぎゃああっ!」

突然肩に手を置かれ、私は飛び退くように振り返った。声をかけた人物――苗木くんも、私の悲鳴に怯んだのか、仰け反っていた。

「ごっ、ごめん!びっくりさせちゃったね!?」

「わわわわたしこそごめんなさい!ちょっと考え事してて……」

正座をくずした状態で座っていたので、足を整えそのまま土下座した。苗木くんはますます慌てて、私に顔をあげるように懇願する。かえって申し訳ない気持ちにさせてしまったことに気づき、すぐさま起き上がった。

「みょうじさんは、何を考えてたの?」

私が立ち上がったのを見ると、苗木くんが場を仕切り直すように問いかけてきた。くしゃくしゃになってしまったポスターを広げて、彼に見せる。

「あのね、女子更衣室と男子更衣室のポスターが入れ替わってたんだ。苗木くんもプールで遊んだとき更衣室に入ったよね?覚えてない?」

苗木くんの口の形が「あっ」と開いた。私が胸のあたりでポスターを掲げていたので、首を突き出すようにして覗き込むと、大きくうなずく。

「更衣室に来た時のことは覚えてなかったんだけど……さっき、女子更衣室でポスターを調べた時、変だとは思ってたんだ。女子のところにグラビアアイドルのポスターなんて」

「そう、それでずっと考えてたんだけど、誰がやったかっていうのは、分からなかったんだ。っていうのも、霧切さんに聞いた話なんだけど――」

死んだ人の電子生徒手帳を借りれば、誰でも両方の更衣室へ入れることを説明しようとした。しかしその途中で苗木くんが「それなら、ボクも知ってるよ」と控えめに口を挟んだ。

「ボクが教えてもらったのは十神くんだけどね。ちなみに、その電子生徒手帳は玄関ホールのレターケースの中にあったよ」

「そんなところに……!あ、そういえば十神くんと一緒に捜査するんじゃなかったの?」

「ちょっとだけ一緒に回って、あとは自己責任だって解散を命じられたよ」

そっか、とうなずいて見せる。もう一度ポスターを広げ、話題を元に戻す。

「『誰が』ポスターを入れ替えたのかは分かんなかったんだけど、『なんで』入れ替えたのかを考えてて、それで、一個だけ思いついたんだ……」

「何?」

違うかもしれないけど、当てずっぽうなんだけど、と前置きをする。

「女子更衣室の方のポスターには、血痕がついてたでしょ?もしかしたら、本当の犯行現場は男子更衣室で、不二咲さんが……殺された時、ポスターに血がついて汚れちゃったから、全部入れ替えたのかなって……」

苗木くんの目が見開かれる。途端に真剣な表情で、考え込むように俯いた。

「それだと、不二咲さんが男子更衣室に入ってたってことになるね」

「う、うん。理由は分からないけど、桑田くんの生徒手帳を借りれば入れたはずだし……」

言いながら、以前の事件を思い出していた。被害者だと思っていた舞園さんが、最初は加害者になるつもりで行動していたこと。不二咲さんの妙な行動の理由を説明できないことが不安で、全部ただの想像なんだけど、と付け足した。

「あっ、でも……それは無理だ」

「え?」

苗木くんが独り言みたいにこぼしたので聞き返すと、玄関ホールにあった三つのうち一つの電子生徒手帳は故障していたことを教えてくれた。舞園さんと江ノ島さんのものは起動したので、残りは桑田君の手帳だと推測される。他に男子の死人は出ていないので、女子である不二咲さんが男子更衣室に入ることは不可能だと、苗木くんが説明した。

「そっか、じゃあやっぱり不二咲さんは女子更衣室で殺されたんだね」

推理が外れたのにちょっとだけほっとしてしまった。けれど、苗木くんは静かに首を横に振った。

「ううん。そうとは言い切れないかも……」

「え?」

「ありがとう、みょうじさん。今の考え方はきっと何かのヒントになるよ」

苗木くんは私の質問には答えず、自己完結してしまったようだった。

「それじゃあボクはもうちょっと調べるよ……。あ、そうだ、みょうじさん、このカーペットのシミ、なんだか知ってる?」

「あ、ううん、全然気づかなかった」

「女子更衣室のカーペットって確か血がついてたよね……もしかしたらこれも……」

ぶつぶつと呟きながら男子更衣室を出て行った苗木くんを見送りかけて、いつまでもここで考えこんでいても仕方ないと気づき、ポスターを元の位置に戻してから部屋を出た。

女子更衣室から出てきた霧切さんが、わき目もふらずにプール前ホールを出て行こうとしている場面に鉢合わせた。私は咄嗟に呼び止めると振り返った彼女に走り寄る。

「あのね、苗木くんに聞いたんだけど、舞園さんたちの学生証は、玄関ホールにあるんだって!」

「そう……分かったわ」

実にシンプルな返事をし、彼女は颯爽と立ち去った。

「あっ、みょうじさん、よかった、まだここにいた」

「……苗木くん?」

女子更衣室から顔だけだした苗木くんが、手招きする。

「あのさ、ちょっと見て欲しいんだけど……」

彼の後を追って再び女子更衣室に入る。苗木くんがどんどん不二咲さんの方へと近づいていくので怯んだけれど、いつまでも避けていたってしかたないと思い直し、彼の後を追った。

「この不二咲さんの手首を縛ってるコンセント、見たことある?」

「コンセント?」

苗木くんの背中に隠れるように近づくと、たしかに不二咲さんの腕を支えているのはコンセントだった。てっきりロープだと思い込んでいた私は驚かされる。苗木くんは、どこかで見た気がするんだけど、思い出せなくて……と唸った。

「あ……これ、図書室にあったやつじゃないかなぁ。ほら、十神くんが本を読むのに電気スタンド使ってたでしょ?」

薄暗い図書室で明かりに照らされていた彼を思い出して、口にした。苗木くんが手を打った。納得してくれたらしい。

「そうか……!ボクも見た覚えがある!ちょっと図書室へ確認に……あっでも、山田くんに聞いたことも調べに行きたいんだった……!」

苗木くんが混乱したように足踏みした。時間を気にしているようだったので、私は申し出る。

「よかったら、図書室の確認は私がしてくるよ。苗木くんは他のとこ調べておいでよ」

「ほんと?ごめん、助かるよ!」

二人で女子更衣室を出て、階段の前で二手に分かれた。

図書室の扉をそっと開けると、中には誰もいないようだった。ほっと安堵の息をついた自分が何に怯えていたのかと考え、いつもここには十神君がいたからだと思い至った。自分で考えていた以上に、彼に対して苦手意識を持っていたらしい。

早速、目的のものを確認しようと、私はいつも彼が座っていた場所へ近寄った。何気なく電気スタンドの電源を入れようとするが、反応がない。視線を落として、コンセントが届いていないことに気づいた。周辺を確認したけれど、届く範囲に差込口はない。やっぱり、不二咲さんをハリツケにしていたのは、ここにあった延長コードのようだ。

「あれ……なんかひっかかるかも」

最近の十神くんは、ずっと図書室で読書に勤しんでいた。延長コードがなくなったら、電気スタンドが使えなくなってしまって、すぐに気づくはずだ。

「犯人はどうやって……延長コードを持ち出したんだろう……」

呟いた時、奥の扉が開いた。ぎょっとしてそちらを見ると、十神くんが立っていた。彼は私に気がつくと、露骨に眉を寄せる。何かのファイルを持ったまま腕を組むと、革靴の足音をわざとらしいぐらいに響かせながら歩み寄ってきた。

「……何故ここにいる?」

「えっと、確認したいことが、あって」

「ここには事件に関係するものは何もないだろう?」

「じゃあ、十神くんは何してたの?」

彼の目の色がさっと変わった。その瞬間を見てしまった私は、体が凍りつくのを感じる。

「俺を疑っているのか」

私の考えが及ぶ前に、彼が口にした。ビクッと分かりやすいぐらい肩が跳ねてしまった。十神くんの口元に確かな笑みが浮かぶ。

「馬鹿は馬鹿なりに考えているということか……」

「どういう、意味?」

彼は手にしていたファイルを持ち直すと、私の質問には答えず図書室を出て行った。張りつめた空気だけが残される。緊張から咳が出た。一度出たら止まらなくなって、マスクの上から口をおさえ、しばらく咽こんでいた。

図書室に苗木くんが飛び込んできたのは、しばらくしてからだった。私が涙目で咳を繰り返しているのに気づくと慌てて背中を撫でてくれる。

「大丈夫!?」

「う、うん。ちょっと……埃を吸いこんじゃっただけ」

ようやく落ち着いてきたので、彼に他の調べ事は終わったのかと尋ねたら、残すはここだけだと言われた。

「やっぱり、不二咲さんのことをハリツケにしていたロープは、ここにあった延長コードで間違いないみたい」

「そっか……」

苗木くんは私と同じように電気スタンドのボタンを数度押した。それから何か思い出したように奥の部屋へと続く扉を見る。

「そうだ、もう一度確認しておきたいんだった」

「何を?」

「実は奥の部屋にあるファイルが今回の事件に関係ありそうで……」

苗木くんの言葉を聞いて十神くんが持っていた黒いファイルが脳裏をよぎった。

「もしかしてそれ、黒くてこれぐらいの大きさ?」

「そうそう!なんで知っているの?」

「さっき十神くんが持って出て行ったよ」

「え!?そっか……最後に見ておきたかったんだけど」

苗木くんが言った瞬間、タイミングを見計らったように、モノクマのアナウンスが流れた。学級裁判を始めるから、赤い扉の部屋へ来いと、用件だけ伝えて切れる。

緊張からスカートの裾を強く握りしめると、苗木くんが私の名前を呼んだ。そちらを見ると、彼の視線は私の拳に落とされていた。我に返って、手から力を抜き、適当な言葉でつないだ。

「は、始まっちゃうね、また……」

思った以上に弱々しい声が出て、自分が怯えていることに気づいた。

苗木くんは私に強い眼差しを向けると、手を差し出してきた。その意味が分からなくてぼんやり見下ろしていると、体の横に垂らしていた私の手をとられ、強く握られた。

彼の右手は温かかった。図書室まで走ってきたからかもしれない。

「……大丈夫だよ。ボクたちは、ちゃんと犯人を見つけられるよ」

苗木くんの励ましの声は、自然なことのように、私の胸の中に落ちていった。

肯定の意味を込めて彼の手を握り返すと、心地よい痺れが指先に走った。




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