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どれぐらいその場に呆けていたか分からない。気づけばほとんどのメンバーが集まっていて、目の前の光景にそれぞれの反応をしめしていた。動揺、怒り、怯え、後悔、様々な想いが渦巻き、部屋の中を満たすように広がっていく。

みんなが壁に残された「チミドロフィーバー」という血文字について話し合う姿を見ていると、自分と周りにテレビ画面のような隔たりがあるように感じ、すぐ傍にあるはずの現実が、やけに遠くなった。

遅れてきた腐川さんが倒れた時は、羨ましいとさえ思った。私も目を背けてしまいたい。トレーニング器具へハリツケにされた不二咲さんの死体から――。

不二咲さんの死体。

一つの言葉を脳が拾いあげた瞬間、ようやく頭が回転を始める。

そうか、不二咲さん、死んじゃったんだ――。



十神くんは、周りが落ち着いたタイミングを見計らい、その場を仕切り始める。

「現場の見張りは前と同じように、大神と大和田の二人で問題ないな?」

「ちょ、ちょっと待ってよ。そもそも……捜査って……」

動揺をあらわにして口を挟んだ苗木くんに、十神くんが冷めた視線を向ける。

「……言っておくが、黒幕の仕業なんかじゃないぞ。それは前回の件でわかったはずだ。不二咲千尋は間違いなく殺されたんだ。俺達の中の誰かにな……。そうだろ?モノクマ」

「もっちろんッ!!」

どこからともなく現れたモノクマが、卒業のルールなのだから当然のことだと主張した。十神くんは愕然とする苗木くんを気にもとめず、前に配られた死因や死亡時刻が記載されたファイルを寄越せと要求した。

モノクマは言われたとおりにモノクマファイル2を配り始めると、「じゃあ、捜査を頑張ってくださいね!」と無責任に激励した。

「また、あんなことしなきゃいけないの……?仲間の……死体を調べたり……仲間を疑ったり……。もう嫌だ……こんなの耐えられないよ……」

「俺もイヤだぁー!!お、お、お、俺はごめんだ!!もう逃げるぞッ!!」

早々にファイルを眺めていた十神くんは、騒ぎ立てる面々に、うんざりしたような表情を見せた。

「……いい加減慣れたらどうだ?しょせん血は液体、死体は物じゃないか……」

大和田くんの顔色がさっと変わった。十神くんの背後に立つと、震える拳を握りしめる。

「死体は……物だと……?アイツは……不二咲は物なんかじゃねーぞッ!!軽々しく扱いやがったらオレが許さねーからなッ!!」

「安いケンカはやめて……」

静かな声を挟んだのは、霧切さんだった。彼女はファイルを見下ろしたまま、淡々と続けた。

「それに、十神くんの言葉もあながち間違ってないわ。謎を解き、犯人を見つけなければ、私達自身の命が危ういのは確かだし……。それに、十神くんが言うように、不二咲さんを殺したのがジェノサイダー翔だったら……放っておけば、更なる犠牲者が出てしまうかも……」

それに答えたのはモノクマだった。学園生活が早々に終わってしまうのはつまらないから、“同一のクロが殺せるのは二人まで”という校則を追加すると宣言した。ほとんど同時に、ポケットの中で生徒手帳が電子音を鳴らした。確認すると、確かに新しい項目が増えていた。

話が一旦、区切られた。そのタイミングで、目覚めたものの様子がおかしい腐川さんを、朝日奈さんと石丸くんが部屋まで送るために更衣室を出て行った。

「わたくしたちも、さっさと捜査を始めましょう。のんびりしている時間はないのです。誰が、不二咲さんを殺したのか……その謎を解かなければ、私たちの方が処刑されてしまうのですから……」

「そうだ、……犯人を、見つけなきゃ……」

セレスさんの言葉に同意した声が震えた。ずっと黙っていた私がしぼりだすように発言したので、何人かがこちらを振り向いた。

周りのみんなと、自分の立っている場所が、ようやく一致した。だんだんとまとわりつく空気の感覚が現実味を帯びて、私の中の感情が、ふつふつと息を吹き返す。

「不二咲さんをこんな目に合わせた犯人……、絶対に、許しちゃだめだもん……!」

「でも、今のみょうじっち、鼻が使えないんだべ?」

息巻いた瞬間、葉隠くんに指摘され、言葉に詰まった。大神さんが、「風邪ならば無理はしないように」と言ったけれど、ちぎれんばかりに首を横に振る。

「それでも、頑張る!」

嗅覚で犯人が当てられないのは、みんなも同じだ。だったら、普通に手がかりを探して、普通に推理すればいい。自信はないけれど……精一杯やることなら、私にだってできるはずだ。そもそも鼻に頼りきるのがダメなのは、前の裁判から学んでいる。かえって良かったのではないかと、前向きに考えることにした。

「そうだね……やるしかないんだ。……まずはモノクマファイルを見ようか」

苗木くんが覚悟を決めたように言うので、私も従った。死亡時刻は午前二時、死体の発見現場はここ、女子更衣室。致命傷は鈍器による頭部への殴打と書かれていた。

「鈍器って……これだよね」

床に転がるダンベルを見下ろす。片側の重り部分に、血液がついているのを見て、誰に言うでもなくつぶやくと、同じくモノクマファイルを読んでいた苗木くんが頷いてくれた。

「うん、ボクもそう思う。他にそれっぽいものもないし――」

「おい、苗木……ちょっといいか……」

会話を遮ったのは十神くんだった。私たちがほとんど同時に振り返ると、腕を組んだ彼は高圧的な態度で苗木くんを見下ろしていた。

「俺の捜査に協力させてやろう」

「……は?」

予想外の申し出に、苗木くんが目を白黒させる。十神くんは気にした様子もなく、眼鏡を押し上げた。

「俺はお前の能力を買っているんだ。舞園さやかの事件を解決させた、お前の能力をな……」

「か、解決って……あの時はただ」

「お前は、多少は使える人間のようだ。だから、お前を選んでやることにしたぞ。俺の捜査の協力をさせてやる……」

あの十神くんにここまで言わせるのって、かなりすごいことなんじゃないか?妙な感動を覚えていると、苗木くんが横目にちらりと私を見た。それがどういった意味合いを含んでいるのか分からなかった私は、とりあえず応援の気持ちを込めてガッツポーズした。彼は驚きに目を丸くしたあと、苦笑いを浮かべた。

「みょうじ」

今度は私の方に向けられた鋭い視線。予想していなかったのでびくりと肩をふるわせると、十神くんが続けた。

「風邪は治ったのか?」

「ま、まだ」

「鼻は?」

「効かない……です」

さっきそういう話を葉隠くんとしていたのに……と思いつつ、威圧するような視線に負けてつい敬語になってしまった。十神くんは舌打ちすると、「本当に使えないゴミだな」とだけ言って、苗木くんを引き連れて去っていった。

私もすぐに捜査を開始しようと、壁際に立ってぐるりと現場を見回す。無意識に不二咲さんをさけた目が最初に捉えたのは、壁に貼られたポスターだった。違和感を覚え、近づく。

「大神さん」

「なんだ」

近くにいた彼女を手招きし、血痕のついたポスターを指差した。

「女子更衣室のポスターって、これだったっけ?私はプールで泳いだ時しか来てないから、ちゃんと覚えてないんだけど……なんか、違くない?」

海と砂浜を背景に、黒いビキニを身に着けた女性が四つん這いになって大きな胸を強調している。顔のあたりに血痕が飛び散っているのに気づいて思わず顔をしかめると、大神さんが考え込むように唸った。

「……スマンが記憶にないな。ポスターなど注視して見たことがなかった」

「そっかぁ。私も違ったような気がするってだけで、じゃあ前にどんなポスターだったのかって言われると、浮かばないんだよね……」

「朝日奈だったら覚えているかもしれん。聞いてみてはどうだろうか」

「うん、そうしてみる。ありがとう」

そう答えたものの、ポスターが違うからといって、事件に大きく関係しているようにも思えなかった。後回しにしようと考え、再び現場を観察しようと振り返ったら、早々にこの部屋を調べ終えたらしい十神くんと苗木くんが、部屋を出ていくところだった。

「みょうじさん」

霧切さんが急に声をかけるものだから体が強張った。彼女の方を向いたら不二咲さんが目に入ってしまい、逃げるように視線を落とした。

「……なに?霧切さん」

「今、手が離せないから調べて欲しいんだけど。あなたの電子生徒手帳を出してくれる?」

確かに霧切さんは、不二咲さんの様子を調べるのに忙しそうだった。

言われるままにポケットから取り出し、起動させる。「出したよ」と言うと、校則画面を開くように指示された。

「最近追加された校則を、一字一句間違えずに読み上げて」

妙に念を押され、緊張した。

「こ……『コロシアイ学園生活で同一のクロが殺せるのは、2人までとします』……?」

「そっちじゃなくて」

「えっ……」

まさか駄目だしされると思っていなかった私は、上ずった声を漏らした。彼女はやはり不二咲さんの体から目線は逸らさずに、「その、ひとつ前のやつ」と訂正した。

「あぁ……『電子生徒手帳の他人へのタイヨを禁止します』の方?」

「ええ。……間違いなく“貸与”と書いてあるのね?」

「うん。貸し、与えるだよ。読み方あってるよね?」

「あっているわ」

「じゃあさ、被害者が不二咲さんで、現場が女子更衣室で、電子生徒手帳も自分のものしか使えないってことは……犯人は女子だよね?」

考えなしに口にしてしまった。淡々と返されていた言葉が途切れ、自分の失言に気づく。

「あっ、ご、ごめん。今のは別に、霧切さんや他のみんなを疑ったわけじゃ……」

「それを決めるのは早いんじゃないかしら」

てっきり非難されると思って弁解した私にかけられた言葉は、想像したものと違っていた。

「あなたに確認してもらった校則には、“貸与”という言葉が使われていた」

「え……うん」

「貸与は先ほどあなたが言ったように、貸し与えること。つまり、借りることに関して言えば、校則違反にならないのよ」

目からうろこが落ちる思いだった。唖然としていると、彼女は構わず続ける。

「恐らく死んでしまった人たちの電子生徒手帳が校舎のどこかにあるはずよ。それを使えば男子も女子も、自由に両方の更衣室を出入りできるわ」

「す、すごい!霧切さん、一休さんみたい!」

彼女が一瞬手を止めた。だけど、すぐに捜査を再開する。

「じゃあ、その生徒手帳を探せばいいよね!待ってて、すぐに見つけて――」

マスクを外そうとして、自分の鼻が効かないことを思いだし、項垂れる。

「風邪ひいてたんだった……他の捜査をしながらしらみつぶしに探していくしかないみたい。ごめんね」

私の謝罪に霧切さんは答えなかった。もともと期待なんてされていなかったのだろうと思い、悲しくなる。せめて他のことで頑張ろうと、霧切さんから離れようとした時、ふと思いついて足を止めた。

「あのさ、霧切さん」

「何?」

「不二咲さんのこと、……下ろしちゃダメかな?」

私の問いかけに、初めて彼女がこちらを向いた。眉ひとつ動かないポーカーフェイスが、探るように私のことを観察している。

「あの、こんな風にハリツケにされてるの……不二咲さん、かわいそう、だから」

「……あなたは、彼女を“死体”と言わないのね」

答えになっていない霧切さんの言葉に、何と返していいのか分からなかった。彼女はすぐに視線をそらしてしまい、表情が窺えなくなる。

「悪いけど……今は現場の保全を優先させて」

「そう……だよね。邪魔してごめん」

「邪魔だなんて思ってないわ」

その答えは私が想像していたより、ずいぶん優しいものだった。

再び霧切さんが捜査に熱中し出した。今度こそ会話が途切れたので、私は彼女に背を向けて、女子更衣室を後にした。




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