人の気配がした。寝ぼけたまま体を起こすと、椅子の上に立ち、デスクに向かって何かしているモノクマがいた。
なんだ、モノクマか。人じゃなくてクマの気配だったのか。
納得してもう一度布団にくるまろうとしてから数秒後、飛び起きた。
「なんでモノクマがいるの!?」
「あっ、みょうじさん、やっと起きた?もうお寝坊さんなんだから……」
モノクマは、どうやって握っているのか知らないけれど、ペンを持って何かを描いているようだった。
「な、なんで私の部屋にモノクマが……」
言いながら覗き込んで、モノクマのしていることにようやく気づいた。私が作ったトランプに、落書きしていたのだ。
「やめて!何するの!?」
とっさに奪い返そうと手を伸ばしたら、呆気なく身をひいて、椅子から飛び降りた。勢いづいた私はトランプの散らばったテーブルに、飛び込む形になる。
「うぷぷ。親切心で改造してあげたんだよ。ボクのイケメン具合がちゃんと描かれてなかったからね。ていうか、ボクがジョーカーってひどいよ。こんなに愛くるしいクマなのにッ!せめてキングにしてほしかったよッ!」
憤慨するモノクマから視線を逸らし、散らばったトランプを見た。私が描いた絵をバツ印で消した上から、乱雑な絵を描きなぐっていた。さすがにちょっとムッとして、モノクマを睨みつける。
「どうして朝から私の部屋に来て嫌がらせしてるの?ていうか、朝なの?まだ夜時間?」
「正真正銘の朝だよ!起こしに来てあげたのに酷いなぁ」
「なんで?」
「趣向を変えてみようかなって、校内放送じゃなくて、直接おこしに来たんだよッ!!」
「なんのために……?」
「おもしろいから」
ただのモノクマの気まぐれだろうと判断し、考えることをやめた。ため息をついてバラバラにされたトランプをかき集めていると、モノクマは私のベッドに飛び乗って、ぽよんと跳ねた。
「それと……せっかくだから、ボクの口から教えてあげようと思ってさ!」
ジャンプを繰り返すモノクマの言葉を無視し、シャワールームへ入る。背後についてくる気配を感じながらも蛇口をひねって顔を洗えば、何がおかしいのか「うぷぷぷ、うぷぷぷ」と笑い続けている。
「ねえ。ずいぶんのんびりしてるけどいいの〜?ボクが起こしにきたの、みょうじさんが最後なんだよ。だってぐーすか眠ってて全然起きそうになかったからさ!寝不足だったの?昨晩何してたの?あっ、もしかして……ハァハァ、人に言えないようなこと?」
顔を拭きながらシャワールーム出る。またついてきたモノクマは、わざと私の視界に入るため、目の前に回ってきてベッドに飛び乗った。
「コラッ!学園長を無視するなんて……みょうじさんってば意外に不良なんだね!?せっかく、仲良しクラスメイトの誰かさんに、何かあったこと教えてあげようとしてるのに!」
「……え?」
瞬間、背筋を冷たいものがかけぬける。使い捨ての新しいマスクをつけていた私は、振り返ってモノクマを凝視した。
「何か……あったの?」
「うぷぷぷぷぷ」
「教えてよモノクマ!」
「それを確かめるのはオマエラの仕事!頑張ってね〜ッ!」
モノクマはまた、椅子の上に跳ねて移動すると、ペンを手にした。そうして、私がいつも数えている日数のところに、勝手に棒を一本足した。
二つ目の正の字が完成した、十日目の朝のことだった。
部屋を飛び出して食堂にかけ込むけれど、誰もいなかった。時計を見ると既に七時半を回っている。この時間に一人もいないことはどう考えてもおかしかった。
食堂を出て、みんなの部屋を片っ端から当たろうと思い、引き返す。すると、トラッシュルームの方角から大神さんが歩いてきた。
「お、大神さん!みんなは……!?」
「今、我らも手分けをして探しているのだ……」
「何かあったの!?」
急かすように彼女に詰め寄って見上げた時、放送の電源が入る音がした。反射的に、何もないのに天井を見上げてしまう。
『死体が発見されました!一定の自由時間の後、学級裁判を開きまーす!』
モノクマのやけに明るい声は、耳にこびりつくように残った。大神さんと視線をかわす。今の放送を聞いたのは、この学園生活が始まってから二度目だった。
「そんなっ……だ、だれが、なんで」
舞園さんの死体を見つけた時のことを思い出し、足が震えた。むせ返るような血の匂いが、足元から漂ってくる。
「……落ち着け。まずは現場を探さねばならん」
「やだ!!だって、なんで、またこんなこと……!」
パニックに陥った私が大神さんと不毛なやりとりをしていると、学校エリアからバタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。二人してそちらを向くと、汗だくの石丸くんが飛び込んできた。真面目な彼が廊下を走ってくるなんて、と妙に場違いなことを考えていると、彼は入り口に手をついて息を整えながら、悲痛な面持ちで叫んだ。
「ふっ、ふっ、不二咲くんが……っ!!更衣室で……!!」
みょうじさんだぁ。
箱ティッシュを持って私に笑いかける彼女の笑顔が走馬灯のようによぎった。私は石丸くんを突き飛ばし、入れ違いに学校エリアへ走り出した。毒々しい色の照明の中を、呼吸も忘れてもがくように走った。不二咲さん、不二咲さん、不二咲さん。夢中で繰り返した言葉が、声になっていたのかさえ、わからない。
階段を二段飛ばしでかけ上がり、プール前ホールの扉はほとんど体当たりするように開けた。開け放たれた女子更衣室の入り口に、十神くんと苗木くんの背中が見える。
不二咲さんは?
彼らに問いかけるが、息が上がっていたせいで、言葉にならなかった。
立ちくらみを感じながらも前にすすむ。鼻がつまっているせいで匂いが分からないはずなのに、血液の香りが漂っているような気がした。
入り口を塞ぐように立つ苗木くんの横をすり抜けた。名前を呼ばれた気がしたけど、返事をするという当たり前の考えができなかった。
私がそこで目の当たりにしたのは、不二咲さんの変わり果てた姿だった。
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131106