ここほれわんわん | ナノ
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図書室からの帰り道で、夜時間を告げるアナウンスが流れた。急ぎ足で学校エリアを抜け、寄宿舎まで戻る。食堂の前へと差し掛かった時、脱衣所から出てきた苗木くんと出くわし、目を丸くされた。

「みょうじさん……!具合、大丈夫なの?いつから起きてた?」

気づかうように走り寄ってきてくれたけれど、私は若干の気まずさを覚えた。昼間、想いを吐露してくれた彼に対し、何も返せなかった記憶がよみがえったのだ。

なんとなく目を見れなくて、彼の首あたりに視線を落としながら、先ほど目が覚めたことを説明した。

「苗木くんはお風呂入ってたの?」

「ううん、実は石丸くんと大和田くんの喧嘩に巻き込まれて」

「喧嘩!?と、止めなくていいの?」

早合点した私が焦りだすと苦笑された。石丸くんと大和田くんは殴り合いの喧嘩をしているわけじゃなく、サウナで対決をしているそうだ。

苗木くんは小腹がすいて食堂に向かったら、二人が口論している場面に鉢合わせてしまい、立会人として付き合わされることになったらしい。

「夜時間になったからって解放してもらえたけど、本来の目的だった食堂はロックされちゃったよ」

どうやら本格的に空腹が訪れたようで、苗木くんは自分のお腹をさすった。それを聞いて同情すると同時に、不二咲さんたちが用意してくれた夕飯のことを思いだす。

「そうだ、私の部屋にパンがあるよ!よかったら食べる?」

「え、いいの?」

「うん。お腹減ってないからあげる」

二人で並んで私の部屋の前まで行った。苗木くんを招き入れるつもりだったのだけど、「夜遅くに女の子の部屋に入れないよ」と遠慮された。「気にすることないのに」と返しながらも、心臓がドキドキした。相手が自分を女の子として意識しているという事実が、妙な心地にさせた。

「はい、これ。サラダもあるよ!」

メモだけは自分の手元に残して、部屋の前で待っていた苗木くんにトレーを預けた。すると苗木くんは、ふと何かに気づいたように、眉を寄せる。

「これ、不二咲さんたちが用意した、みょうじさんの食事じゃないか」

「知ってたの?でも、気持ちはもらったから大丈夫」

「そういうわけにはいかないよ。何も食べてないんでしょ?」

「でも、本当にお腹減ってないんだよ」

苗木くんは困ったように口を閉じた。私を気づかう気持ちとお腹が減った苦しみがせめぎ合っているのかもしれない。

私は苗木くんが持っているトレーの上から、パンの乗ったお皿を手にした。その場でお皿をつつむラップを外すと、直接触れないよう気づかいながらラップ越しにパンを持ち上げる。

トレーに皿だけ戻し、不思議そうに私の行動を見守っていた苗木くんを見つめ返した。そして、彼の両手がふさがっているのをいいことに、その口めがけてパンを押し当てる。

「もむっ……みょうじさん!?」

「大丈夫だよ。ほら、ラップでくるんでるから風邪の菌もついてないはず。口開けて?」

「そうじゃなくて……!いいって、みょうじさんのパンなのに……」

「お腹がすいてる人が食べるべきだよ〜」

「……っ!わ、分かったから!もらうから、一度置いて!」

素直になった苗木くんに満足してパンを皿に戻した。彼は首がいたくなりそうなほど横を向いて、私の視線から逃げていた。耳が赤くなっているのを見て、無理をさせすぎたかもしれないと考える。

「ごめん、強引だったかも。遠慮してるなら食べてほしくて……」

「ううん、大丈夫、みょうじさんが気にしてくれてるのは、分かったから……!」

苗木くんはトレーを一度膝に乗せて持ち直すと、ちょっとだけか細い声でお礼を言った。

「でもさ、本当にお腹減ってないんだよね?」

「うん。それにもし後で小腹が減っても、苗木くんにもらった乾パンが残ってるし、大丈夫だよ」

「そっか……じゃあお言葉に甘えてこれは貰うね」

不意に苗木くんの視線が、私を越えて、部屋の奥に向けられた気がした。

「そういえばさっき、本持ってたよね。読書するの?」

「あー、うん。昼間寝すぎちゃったから目が冴えてて……。本読んだら眠くなるかな〜って。ほら、教科書とか読んでるとすぐ眠気がくるでしょ?」

苗木くんは苦笑いをかみ殺した。

「さっき、ちょっと表紙が見えたんだけど、すごく難しそうな本だったね」

「多分それは十神くんが選んだ方かな〜」

「十神くんが?」

彼の声が驚きにうわずったのを聞いて、自分が失言したように思った。なんとなく気まずさを感じながら、肯定するように首をふる。

「十神くんと話したの?」

「う、うん。本を取りに図書室いったんだけど、あの人も図書室いたから、成り行きで……」

「そっか……」

一応は納得した様子の苗木くんだけど、気まずい空気が漂った。十神くんのことが嫌いだと言った手前、なんとなく決まりが悪い。

「あのさ」

思わず話を変えようとして、口を開いたけれど、いい話題が浮かばず口ごもった。苗木くんは静かに首をかしげ、私の言葉を待っているようだった。視線を静かに落とし、彼のスニーカーを見る。ちょっぴり解けた靴ひもを見ていると、気持ちが落ち着いてくるのを感じた。

「……苗木くんは、舞園さんを救えなかったこと後悔してると思うんだけど……私は、苗木君だけだったと思うんだ。舞園さんを救えてたの」

突然彼女の名前を出したせいで、苗木くんは露骨に体をを強張らせた。スニーカーを見つめたまま、自分の服の裾を指先でいじり、言葉を慎重に選ぶ。

「私は、頭があんまりよくないから、『信じる』って言葉の意味について深く考えたこととかなかったんだけど……苗木君の話きいて、『信じる』ことは、『人』のために『頑張り続けること』なんじゃないかって思ったんだよね」

いったん言葉を切り、マスクを押さえて咳をした。苗木くんが何かを言おうと口を開きかけたけど、右手を突き出して制する。咳がおさまってからも俯いた状態で、話を続けた。

「難しいことだから上手に言えないんだけど……、苗木くんと二人で過ごしてるときの舞園さんは、幸せだったはずだよ」

「……」

「苗木くんは舞園さんの本気に応えられなかったって言ったけど、そんなことないよ。私は、苗木くんが舞園さんのために頑張ってたの知ってる。苗木くんは、舞園さんにとっていい恋人だったと思う」

「ちょ……ちょっとまって」

苗木くんが遮ったので、ようやく私は顔をあげた。彼の目に涙がにじんでるような気がしたけど、その表情には動揺が浮かんでいた。

「こ、恋人って何?」

「え?」

やけに焦った声で止められて、何か間違ってしまったのかと不安になった。自分の言葉を振り返り、まだ舞園さんが生きていた頃、「苗木と舞園ちゃんいい感じだよね」と朝日奈さんが言っていた記憶を呼び起こした。

「……苗木くんって舞園さんと付き合ってたんだよね?」

「違うよ!それは違うよ!ボ、ボクと舞園さんはただの友達っていうか――」

ここまで取り乱す苗木くんは初めて見たので、呆気にとられてしまった。けれど、言葉を切った苗木くんは、恐る恐る私の目を覗き込むと、やがて、意を決したように声を大にする。

「――ごめん、ちょっと誤魔化した!ボクはたしかに舞園さんに憧れてたけど……、手の届かない人物に向けての……それこそ、アイドルに対する気持ちしか、もってなかったよ」

「そうだったんだ……」

彼はパンを口に入れられそうになった時より、顔を真っ赤にしていた。トレーの上のお皿がカタカタと鳴るのを聞いて、苗木くんが震えているのだと気づく。

「ごめん、変な勘違いしてたね」

「ううん、誤解……解けたんだよね?」

慎重に確認する苗木くんがおかしくて、少しだけ噴き出しそうになってから、何度も頭を縦にふった。

「あれ、なんで笑ってるの……?」

「だって、苗木くんが真面目だから」

「真面目?」

「【超高校級のアイドル】の舞園さんと恋人だと思われてるのって、すっごくラッキーじゃない?そのまま勘違いさせておけばいいのに、偉いなって思って」

「そんなの……舞園さんにも失礼だし……ボクも、次に進めなくなるじゃないか」

「次?」

苗木くんは言葉を止めて、視線を逸らした。腕時計を確認するような素振りを見せたかと思うと、私に背を向ける。

「ごめん、具合悪いのにまた長居しちゃった。読書もいいけど、ゆっくり休んでね」

「あ、うん。苗木くん、おやすみ!」

言ってからすぐに立ち去ってしまった彼にむけて、大きく手を振った。振り返った彼はトレーを片膝で支えると、同じように手を振り返してくれた。




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