ここほれわんわん | ナノ
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夢も見ないほどぐっすり眠っていたせいで、もうすぐ夜時間という時に目が覚めた。私は昼ご飯も夕ご飯も食べそびれたことに愕然としたけれど、思いのほか自分のお腹が減っていないことに気づいて、まだ食欲が戻っていないことを知った。

後からあとから出てくる鼻水をかみながら、うまく働かない頭で考える。昼間、あれだけ眠ってしまったから、もう寝れないかもしれない。何か暇つぶしになるものが欲しい……そう考えて真っ先に浮かんだのは新しく解放された二階の図書室だった。読書はあまり得意じゃないけれど、あれだけそろっていれば、一つぐらい私に読めるものもあるだろう。いそいそとベッドから出て靴を履き、上着を羽織った。それから少しだけ考えて、柔らかいティッシュを数枚とりだし、ポケットに突っ込んだ。

マスクをしっかりして、部屋の扉をあけると、隅に寄せてトレーが置いてあった。その場に膝をついてよくよく観察すると、サラダやパンなどがのっていて、ラップでおおわれている。メモも一緒になっていたので手に取ると、不二咲さんや朝日奈さん、大神さんからのメッセージがあった。

『みょうじさんが起きた時、お腹が減ってるんじゃないかと思って用意しました――不二咲』

『冷めないように、パンとサラダにしたよ!手抜きじゃないからね!――朝日奈』

『よく食べてよく眠り、養生するのだぞ――大神』

それぞれ特徴のある筆跡が、ぼやけて見えなくなった。自分が感動のあまり涙ぐんでいることに気づき、慌ててひっこめようとする。こんな状況下だからこそ、人の優しさが余計に身に染みる。感謝の気持ちを抱きながら、私はトレーを自分の部屋に持ち込み、改めて外に出た。





人のいない夜の学校エリアは少し不気味だった。足早に目的の場所へと向かうと、何故か明かりがついているのが見えた。その瞬間、私の脳裏に一種の可能性がよぎったのだけれど、覚悟を決めて扉を開いた。案の定、図書室には、電気スタンドの明かりの下で読書に勤しむ十神君がいた。

「……おい、お前は……ノックもできないのか?」

すぐさまこちらに苛立ちの視線を向ける。私は咄嗟に「ごめんなさい」と口にだし、そして後悔した。別にここは彼の個室でもなんでもないのだから、ノックなんてする必要ないはずだ。だけど、風邪のせいで体もだるく、主張する元気はなかった。音を立てないよう細心の注意を払って扉を閉じると、図書室内に踏み込む。十神くんがますます眉間にしわを寄せたのを見て、「本を選んだらすぐでてくから」とだけ言っておいた。

私は意識的に部屋の左側にいる十神くんを避け、右側の本棚に近寄った。並ぶ書籍の背表紙を眺め、気になるものは軽く指でひっかけ、表紙を確認する。そうやって、自分が読めそうな本を探していたら、上の方に気になる背表紙をみつけた。つま先で立って腕を精一杯伸ばすけれど届かない。図書室内には、梯子もなさそうだった。

仕方がないので行儀が悪いとは思いつつ、ジャンプを繰り返し、ちょっとずつ背表紙を引き出すことにした。風邪のせいかやけに早く息があがったけれど、おかまいなしにどったんばったんやっている内に、あと数回で本を落とせそう、というところまでやってきた。

気合いを入れ直すため、腕まくりをしようと袖口に手をかけた時、背後に気配を感じた。素早く振り返ると、不機嫌なオーラを全身にまとった十神くんが立っていた。ジャンプに夢中になっていたせいで、いつの間に彼が近づいてきたのか分からなかった。仰け反るように後退したせいで、本棚に背中を打ち付ける。彼はそんな私を見て、険しい表情をますます歪めた。

「埃が立つだろう……。跳ねるのをやめろ」

「えっ、あ、ごめんなさい……」

マスクをしていたので気づかなかったけれど、よくよく周囲を観察すると、光を反射した埃がきらきら空中に漂っていた。

十神くんは自分の手で口元を押さえている。途端に罪悪感が襲い、もう一度だけ謝罪した。

これ以上、彼を苛立たせないように、本は諦めて部屋から出た方がいいかもしれない。そう思って棚に背を預けたまま横に移動しようとすると、一歩踏み出してきた十神くんが、口を押えていたのと反対側の腕を振り上げた。

殴られる!咄嗟にそう思って身構えたのだけれど、恐れた衝撃はこなかった。十神くんは上段で飛び出ていた本に手を伸ばし、抜き取ったのだ。その瞬間、強烈な頭痛が襲い、目の前にいる彼が、別の誰かと重なった。迫った体とか、高いところにある本をとる腕とか、額にのった吐息とか。身に覚えのない既視感に混乱したのは刹那のことだった。頭の痛みも一瞬だったので、本をとった彼が体を離す時にはもう、収まっていた。

「これか」

投げ渡された本をギリギリのところでキャッチした。意外な行動をとった彼を穴が開くほど見つめてしまう。早く図書室から出て行って欲しいがための行動だろうけど、昨日、あんな演説をこの場所でした彼からは全く想像ができなかった。

「子供の読み物だな」

彼が私の腕の中の本を見下ろし、鼻で笑った。嫌味な態度に、心臓がちくりとする。やっぱり、いじわるな人だ。本当は優しい人かもしれない、なんて少しでも考えた自分が信じられない。

渡された本を抱きかかえたまま彼の横を通り抜けようとしたら、「待て」と言われた。思わず足を止める。振り返ると、十神くんが別の本を指でひっかけて、本棚から取り出すところだった。

「これも読め」

先ほどと同じように投げられて、反射的にキャッチしてしまう。表紙を確認すると、十数年生きてきて、一度も手にしたことがないような、難しそうなタイトルだった。

「推理小説だ」

十神くんが言って、頭に血がのぼる。

「私は犯行の参考になんてしないからっ」

引き返して距離を詰め、彼に押し返そうと胸に叩きつけた。でも、十神くんが全く受け取ろうとしないので、本から手が離せない。それどころか一歩ひかれてしまい、結局は私が持ったままとなった。

「違う、そうじゃない。お前の能力は捜査する側として生かされるべきだろう?」

「……は」

「残念なのはそのおつむだ。だから、本を読んで少しはまともにしておけ」

最初は何を言われているのか分からなかったが、昨日の十神くんの言葉が蘇って理解した。彼は私たちが気合いを入れて本気を出すことで、“ゲーム”の難易度が増すことを望んでいた。

「本当に、殺人を起こすつもりなの……?」

早々に私から離れ、デスクに戻ろうとする背中に問いかけた。彼は返事をしなかった。

「十神くん、協力しろなんて言わないからさ、せめて殺しあいをしようなんて考えは捨てて……」

説得しようと口を開いたら、焦りと緊張のせいか咳が出た。しばらくむせ込んでいると、一緒に鼻水も出てしまい、呼吸がままならなくなる。会話の途中でカッコ悪いとは思いながらも、ポケットからティッシュを取り出し、いさぎよく鼻をかんだ。

「……おい、風邪か?」

訝しげな視線を向けられて、素直にうなずいた。ゴミ箱に丸めたティッシュを捨てると、彼が嫌悪の表情を浮かべた。

「そんなことで鼻は利くのか?」

「それが、さっぱり」

十神くんの盛大な舌打ちが、静かな夜の図書室に響いた。思わず怯んだ私は肩をすくめる。

「愚民が……唯一の才能を失ったお前などゴミクズ以下だ……」

「そこまで言わなくても」

「張り合いのない奴だ……。お前の鼻が治るまで、ゲームは始められんな」

深い溜息をはいた十神くんに驚いた。今のはつまり、私の風邪が回復するまで、殺人を犯すつもりはないということだろうか。

「あのさ、十神くん、それって――」

「いつまでそこにいるつもりだ?」

低い声で威嚇される。言葉を切ると、彼が鋭い眼孔で私を射抜いた。

「俺にうつす前に出ていけ」




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131104