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インターホンが鳴って飛び起きた。マスクの周りがしめっぽい気がして、自分が涎を垂らして眠りこけていたことを知る。あわてて玄関にかけ寄る途中で、ゴミ箱にマスクを投げ捨てた。扉を開けると、朝日奈さんが立っていた。

「みょうじちゃん、プール行こう!」

突然のお誘いに、寝ぼけた頭では反応できなかった。まばたきを繰り返していると、彼女の表情が不安げに曇る。

「もしかしてみょうじちゃんもプール嫌いだった?プール、楽しいよ?悩み事があったら吹き飛ぶんだよ!」

「あ……ううん!プール、好き!行く!」

必死で首を縦にふると、「よかったー!」と満面の笑みを浮かべた。なんでも、セレスさんや霧切さんから立て続けに断られた直後で凹んでいたらしい。たしかに、あの二人が水着になって泳ぐ姿は想像できないなぁと考えていたら、朝日奈さんは「それじゃあ私、他の人にも声かけるから!あっ、水着は倉庫にあったはずだよ〜」とだけ言い残して、慌ただしく廊下をかけていった。

いったん部屋に戻って時計を見ると、図書室から戻ってきてそんなに時間は経っていなかった。昨日、倉庫から持ち出したタオルなどを引っ張りだし、プールに向かう準備をする。朝日奈さんの笑顔を思い出すと、胸がすっきりした。単純に、少し眠ったおかげで苛立ちを忘れたのもあるかもしれない。何より、十神くんの意見に流されず、みんなで仲良くしようと考えている人がいることに安心した。

自室を出た後は倉庫に立ち寄った。積み上げられた段ボールを崩さないよう警戒しながら、目的の水着を探した。案外簡単に見つかったのは、先に探しに来た人がいたようで、手前にあったからだ。

ビキニなどのおしゃれ水着は一切なく、スクール水着のみだったけれど、サイズは一通りそろっていた。自分の体に合いそうなものを選んで倉庫を出ると、こちらに向かって廊下を歩いてくる、不二咲さんと目が合った。

「不二咲さん!」

「……みょうじさん!」

扉を閉めるのもそこそこに、彼女にかけよると、両手を胸の前で組んで、もじもじする。何か言いたそうなので待っていると、不二咲さんの視線が私の腕の中の水着やタオルに向けられた。

「みょうじさんも……プールいくのぉ?」

「うん、不二咲さんも水着とりにきたの?あ、段ボールたくさんあって分かりづらいから教えてあげるよ!こっちこっち〜」

「あ、行かないんだ……」

「え?」

「参加しないの。ごめんねぇ」

彼女は先程の一件で朝食を食べそびれたので、倉庫に食べ物をとりに来たらしい。プールに行かない理由を聞くと、水着になるのが嫌なのだと言われた。

「そっか……水着が嫌いなんじゃしょうがないね。あ、でもさ、それならプールサイドまで一緒にくるのはどう?倉庫にはジャージなんかもあったから!」

「う、……あの、今日は……遠慮しとくよ」

困ったようにかわされて、迷惑がられているのかもしれないと不安になった。だけど、十神くんの意地の悪い発言に、怯えながらも必死で反論する姿を思い出した。彼女はここにいる誰よりも命の大切さを理解していて、みんなの協力を切望している。優しい彼女がこんなに断るということは、きっと本当にプールが駄目なのだろう。

「そっかぁ。じゃあ、トランプで遊んだりはする?」

今にも泣きだしそうにうつむいていた不二咲さんが面をあげた。その表情は急に話題が変わったことを、意外に思っているようだった。

「う、うん。遊ぶよ。難しいルールのは分からないけど……」

「じゃあ今度はトランプで遊ぼう!倉庫になかったら私が作るからさ!」

「つ、つくるのぉ?」

今度こそ驚きをあらわにした不二咲さん。もともと丸い目をさらに見開くと、涙はひっこんだようだった。私はその姿に安心し、力強くうなずいた。

「私ね、小さい時から雑誌の付録とかについてるオモチャを作るの好きだったんだ!美術の成績は別によくなかったんだけど……。用意するから、一緒に遊ぼうね?約束だよ!」

「ありがとう……!」

頬をうっすらピンク色に染めて彼女が笑うので、無性に嬉しくなってしまった。調子に乗って、恥ずかしがる彼女に指切りげんまんを強いてから、その場を後にした。





プールに来ていたのは、私を含めて八人だった。男子は十神くん以外、女子は朝日奈さんと大神さんだ。ほとんどの人が交流の意思を持っていることを知って、ちょっぴり安心した。

朝日奈さんに準備体操をしないでプールへ入ったことを怒られたり、山田くんに水中でも塩素の匂いを嗅ぎあてることはできるのかと聞かれたり(できるわけないと答えた)、犬かきしてみろと大和田くんに無茶ぶりされたり、濃い時間をすごした。

大神さんが高い天井まで届くような水柱を巻き上げるのを見ながらプールサイドに上がると、名前を呼ばれた。振り返ると、プールにつかった苗木くんがこちらを見上げていた。

「もうあがるの?」

「ううん〜。ちょっと疲れたから休憩!」

「じゃあボクも」

彼はふちに手をつくと、軽い身のこなしでプールサイドにあがった。体育座りをした私の横に腰をおろして、あぐらをかく。

「みんなすごい体力あるよね。私、わりと自信あったんだけど、ここの人たちといると自分は普通なんだなぁって思えてくるよ〜」

「みょうじさんは超高校級の才能があるじゃないか。ボクのほうが平凡で……みんなといると余計にそう感じるよ」

苗木くんは自分の体についた水分を払いのけながらいった。私はそれに、反射で言い返す。

「そんなことないじゃん!苗木くんはすごいよ!だってさ、裁判の時、すごく頭よかったじゃん!」

勢い余って身を乗り出したら、衝突を恐れたのか苗木くんがのけぞった。

「あのね、なんていうのかな……。頭いいよね、すごく。私にはみんなを納得させる説明とかできないから、苗木くんはすごいって思ったんだよ!上手く言えなくてアレだけど!」

「あ、ありがとう」

要領を得ない私の言葉にも、彼は優しく笑ってくれた。

それから私たちはしばらくお互いの話をした後、また少しだけ水遊びをした。

お昼の時間になり、誰かが空腹を訴えたので、プール遊びは終了することになった。

更衣室で着替えてから部屋を出ると、先に着替え終わった男子達が、プール前のホールに集まって世間話をしていた。出てきた私に気づいたのは石丸くんだった。「遅いじゃないか!」と彼が怒鳴るので、「女子の水着は濡れてると脱ぐの大変なんだよ」と解説すると、他の男子が気まずそうに視線を逸らした。申し訳ない気分になって「でも、遅くなってごめんね」と慌ててつけたす。

「お昼ごはんは何たべよっかー?」

悪くなりそうな空気をぶち壊してくれたのは、後からでてきた朝日奈さんだった。みんなは安堵の息をつき、昼食の話をしながらホールを出る。何気なく苗木くんの隣を歩くことになったと思ったら、彼が私の方を向いた。

「髪、かわかしてないの?」

「え?あぁ、うん。そのうち乾くかなと思って」

肩にかけたタオルで水分をふくむ毛先を軽くこすってみせると、苗木くんが少しだけ眉を寄せた。

「風邪ひいちゃうよ?脱衣所にドライヤーがあったはずだから、使ったら?」

「えっと〜……面倒くさいし、いいかな」

呆れられてしまうかもと思いつつ、正直に答えると、苗木くんは平然と言った。

「それならボクがかわかそうか?」

下ろうとしていた階段を踏み外しそうになった。苗木くんが私の名前を叫ぶのを聞きながら、咄嗟に手すりを掴んで持ちこたえる。

「危なかった……!」

「大丈夫!?怪我はない?」

「う、うん。あ……あと、髪の毛も大丈夫!面倒だからって他の人にそんなこと任せられないよ!は、恥ずかしいし!」

顔に熱を感じるのは、階段から落ちそうになって、心臓がドキドキしているせいだけではないはずだ。最初はいまいち理解できずにいた苗木くんも、私の髪の毛を乾かしているところを想像したのか、あっ!と声をあげ、一気に頬を赤くした。

「ご、ごめん。他意はなかったんだ……。男子に髪かわかされるなんて嫌だよね」

「嫌ではないけど、恥ずかしいね。い、いくら苗木くんがペットの毛を乾かしてあげるぐらいの気持ちだったとしても……」

「そ、そんなことないけど――」

フォローしようとしてくれたのか、苗木くんが否定した。だけどそこで、先を進んでいた大神さんが振り返って私たちを呼ぶ。

「昼食は話し合いの結果カレーになったようだが……苗木とみょうじもそれでいいか?」

「う、うん!カレー好きだよ」

「カレーいいよね!私だいすき!」

ほとんど同時に叫んだ二人に、大神さんは驚きの表情を見せた。けれど、深くは追求せず、「ならば我が伝えてこよう」とだけ答え、堂々とした後ろ姿で去って行った。

残された私たちは目を合わせる。先ほどの会話に戻すのも不自然なように思い、昼食のカレーの話を始めた。苗木くんは牛肉が好きだというので、豚肉派の私とちょっと言い争いになりかけたけど、食堂へつくころには気まずい空気はすっかりなくなっていた。




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131103