ここほれわんわん | ナノ
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今日も私は起床時間を告げるアナウンスで目を覚ます。いつもと違うのは、校則が追加されたから確認しろとモノクマが付け足したことだった。昨日、食堂に集まった時、誰かがそんなことを言っていた気がする。男子は男子、女子は女子の更衣室にしか入れないよう、認証システムのついた電子生徒手帳を貸し出しすることは校則違反になったらしい。

七日目を数える正の字をメモ帳に刻んでから部屋を出た。食堂に向かうと、既に何人か集まっていた。時間が経つにつれて人がそろい始めるが、いつまでたっても十神くんが来ない。規律正しい【超高校級の風紀委員】である石丸くんは、真っ先に食堂を飛び出し彼を起こしに行った。

セレスさんが山田くんにミルクティーを頼んだり、そうして持ってきてもらったものが気にくわないとカップを叩き割ったり、過激なやりとりに唖然としているうちに、石丸くんが引き返してきた。何度声をかけても十神くんが部屋から出てこないという。みんなの中に一つの可能性が生まれ、空気が凍りついた。あれだけ態度の悪かった彼だ。恨みをかって殺されたっておかしくない。たしかに十神くんはいじわるだけど、殺されていい人なんていない。

すぐに探そうということになり、ティーの入れ直しを要求された山田くんと、喉が潤うまで動けないと主張するセレスさん以外は食堂を飛び出した。

「みょうじさん!」

学校エリアの方へかけ出した私を呼びとめたのは苗木くんだった。

「十神くんの匂い、分かる?」

「うん!こっち、ついてきて」

二人で廊下を走り抜け、階段をかけあがる。コーヒーの匂いと、どこか気品を感じさせる十神くんの香りが近づいてきた。

「ここだよ」

ドアの上にかかったプレートを見ると、【図書室】と書かれていた。途端に苗木くんが納得したような声をもらす。昨日の探索の時、彼がここを気に入った様子だったらしい。

「血の匂い、とかは」

「大丈夫」

不安そうな苗木くんを背後に感じながら、潔く図書室の扉をあけ放った。埃っぽく、薄暗い部屋は、本来の図書室の印象とかけ離れていた。恐る恐る足を踏み込んだその瞬間、すっかり嗅ぎ慣れた校内にまとわりつく薬品の匂いと一緒に、昔どこかで嗅いだ香りが鼻をかすめた。

「何……やってんの?」

苗木くんが私の前に進み出たことで、匂いに集中しかけていた意識が戻った。彼の視線の先を追った私は、目の前の光景に愕然とする。十神くんは足を組んで椅子に腰かけ、優雅にコーヒーを飲みながら本を読んでいた

「釣りでもやってるように見えるか?読書中だ……静かにしろ」

「あ、ごめん……じゃなくってさ!こんな所で何やってんの?みんな……心配して捜してるんだよ……?」

「……どうして捜されなければならない?」

「だって……朝はみんなで集まって朝食って……約束だったでしょ?」

「約束……?まったく、ゆっくり読書もできないのか……」

ようやく十神くんが本を閉じて立ち上がった。やれやれ、と今にも言いそうな態度に、私はもやもやした感情を抱く。苗木くんも同じだったようで、腑に落ちない表情をしていた。やがて、私たちのやりとりが外まで聞こえたらしく、他のみんなも図書室にかけこんできた。

石丸くんや朝日奈さん、葉隠くんが責めると、十神くんは心配される筋合いはないと跳ねのけた。それどころか読み途中の推理小説をかかげ、低俗な読み物だと思っていたけれど、この状況なら役に立つかもしれないと笑った。

「も、もしかして……そのトリックを利用するつもりなの?」

「バカを言うな……」

不安になって問いかけたら一蹴された。私が安堵の息をついたのもつかの間、十神くんは眼鏡を人差し指で押し上げ、口元を歪めた。

「……参考にするだけだ」

確かに彼が浮かべた笑みに、背筋が粟立つのを感じた。十神くんは完全に、このコロシアイ生活を“ゲーム”だと割り切っているようだった。やるからにはオリジナルで勝負するとか、なかなか体験できることじゃないから楽しまないとだとか、おおよそ私たちには理解できそうにない発言を繰り返す。高らかに笑い出した彼に、堪えきれずに食らいついたのは大和田くんだった。

「な、何がゲームだ……!テメー、ふざけたことぬかしてんじゃねーぞッ!!」

「ゲームはゲームだろう……たった1人だけが勝ち抜けられる命がけのゲーム……それだけのことだ」

今にも大和田くんが掴みかかりそうな険悪な雰囲気の中、冷静に十神くんの言葉を引き継いだのは、いつの間にかやってきたセレスさんだった。気づけば山田くんもいて、彼女のティータイムが無事に終わったことを知る。

セレスさんは私たちが置かれた状況を“ゼロサムゲーム”と呼ぶことを説明した。得られるものの数が決まっている場合、誰かの取り分が増えればしわ寄せは他人に集まる。有限の資源を奪いあうゲームを、そう呼ぶのだそうだ。

「入学試験や出世競争……ほとんどの社会的活動が、このゼロサムゲームに当てはまります。すべては、限られた枠の奪い合い……他人同士の蹴落としあい……。わたくし達の挑んでいるこの学園生活もそうです。そして、この場合の……限りある資源とは……」

そこで一度間を置き、彼女はいつもは優しげに細めている瞳を見開いた。

「たった一人のクロ枠となるわけです」

「つまり、これは最初から蹴落としあうことを目的として作られたゲームって訳だ」

セレスさんは口をはさんだ十神くんを無視し、この状況で生き残るためには、適応するしかない、脱出したいと思う人がいなくなれば、ゲームに巻き込まれる心配はないと続けた。

「どうして、ゲームを避ける必要がある?こんなに楽しそうなゲームなんだぞ?」

十神くんは、自分がゲームに負けるだなんて、微塵も考えていないようだった。みんながそれぞれに彼を批判したり、死んでしまうことを心配したり、自信過剰だと指摘したりした。だけど十神くんは表情一つ変えない。本当に、楽しみで仕方がないというように、笑い続けている。

「いくら言っても無駄ですわよ。彼には“負け”なんて概念が存在しないのですから……彼は【超高級の御曹司】幼い頃からあらゆる帝王学を叩き込まれた超エリート……生まれながらにして勝つことを宿命づけられ、そして、それを実践してきた人物……彼にとって試練やゲームは勝つためにしか存在しない。例え、それが生死のかかったゲームだとしても……そうですわよね?」

セレスさんの言葉を聞いて、彼は満足げに「よくわかってるじゃないか……」と言った。

「……とにかく、これだけは言っておくぞ。お前らも気合いを入れてゲームに参加することだな。敵が本気でないと俺もつまらん……」

「そ……んなの……ダメ……だ……よ……」

涙声で口をはさんだのは不二咲さんだった。全員が一斉にそちらを振り返る。彼女は震えながらも、十神くんをまっすぐに見つめていた。私はそれを見て、おとといの夜のことを思い出す。「出たければ人を殺せ」といった彼に反論したのも、彼女だった。

「これは……ゲームなんかじゃないんだよ……人の命が……かかってるんだよ?仲間同士で殺しあうなんて……そんなの……そんなの絶対にダメだよ……!」

「……仲間同士だと?誰がそんなことを決めたんだ?俺たちは仲間同士なんかじゃない。その逆だ……互いに蹴落とし合う競争相手なんだ」

「で、でも……やっぱり……」

「でも?お前如きが偉そうにそんな接続詞を使うな。俺の言葉には肯定だけしてればいいんだ」

聞いていられなくなって、私は十神くんと不二咲さんの間に割り込んだ。彼女をかばうように背中で隠し、正面から十神くんを睨みあげる。何人かが意外そうな声をあげるのを聞いた。だけど、正面の彼は、表情ひとつ動かさなかった。

「と、十神くんの言い方、すごく嫌い!」

本当は、もっといろいろ言いたいことがあったのに、全然言葉にならなかった。自分の語彙力のなさに絶望しかけたけど、それを相手に悟られたくなくて、仁王立ちのまま睨みつける力だけは弱めなかった。

十神くんは大して気にした様子もなく、私を見下して、鼻で笑った。

「感情論でしか主張ができないとは哀れだな。今時、小学生だってもっとマシな論理を組み立てることができるぞ。嫌い、だからどうした。俺もお前みたいな中途半端な正義感を振りかざすやつは嫌いだ」

「おい、コラァ!弱い者いじめて楽しいか!?胸クソわりーんだよ……!!」

とうとう大和田くんがブチ切れた。いつ殴りかかってもおかしくない雰囲気なのに、十神くんは淡々と私たちを馬鹿にする言葉を吐き続ける。ますます激昂した大和田くんを、朝日奈さんが慌てて抑えた。

「とにかく……俺はこれ以上、お前らと一緒に行動するつもりはない」

蹴落としあいのゲームで協力しあうなんて無意味だと、彼は主張した。要するに、今後、食事会に参加するつもりはないというのが、彼の演説の終着点だったらしい。

振り向きもせず立ち去った十神くんを、誰も引きとめようとしなかった。

「あいつ……本気か?」

困ったように頭をかいたのは葉隠くんだった。セレスさんが肯定すると、大和田くんがますます憤慨する。

「で、でも……彼の……言う通りかも……」

想像もしなかった十神くんの賛同者は、腐川さんだった。一斉に視線を浴びた彼女は、居心地悪そうに身を縮める。

「だって……誰かが食事に毒を盛る可能性だって……な、ないとは言い切れないし……」

「ちょっとぉ!腐川ちゃんまで……何言ってんの!?」

朝日奈さんが強く否定したにも関わらず、腐川さんはいつもの被害妄想をさらに酷く発展させて、聞く耳持たずといった感じだった。

「私にいなくなって欲しいんでしょ……?みんなして……そんな風に思ってるんでしょ……!?」

「あ、ちょっと!腐川さんッ!!」

苗木くんが呼びとめるも、彼女は脱兎のごとく図書室を飛び出してしまった。

結局その日の朝食会は、うやむやのまま中止となり、私たちはそれぞれ自分の部屋へと戻ることになってしまった。

自室に戻ったころには、朝から色々あったせいで、疲労感が押し寄せていた。ベッドに倒れこんで天井を見上げると、お腹がぐうとなる。何か食べなくちゃ、と頭のすみで考えるけど、食堂に戻ってご飯の仕度をするのが面倒に感じてしまった。

「そうだ……!」

私は勢いよく体を起こし、ベッドの反対側におりて、デスクの引出しを開けた。以前苗木くんに貰ったきり、手つかずだった『虹色の乾パン』を取り出す。

プルタブをひっぱれば開けられる、缶切りが不要なタイプだったのが幸いだった。ベッドに腰掛けその場で開くと、中の乾パンを次々に口の中に放りこんだ。

毒の心配か……。腐川さんや十神くんの言葉のせいで舞園さんの冗談を思い出し、胸のあたりがもやもやとした。

私は毒薬を盛られてもすぐ分かるから、そういう点では全く恐怖を感じない。だけどみんなは、食事さえ安心してとれない状況なのか……。

無心で口に乾パンを運んでいた手を止める。一つを指でつまんで穴が開くほど眺めると、これをくれた苗木くんの顔が浮かんだ。もしも私が【超高校級の犬】じゃなくて、嗅覚が人より劣っていたとしても、彼がくれたこの乾パンに毒が入っているかもしれない、なんて心配はしないと思う。ううん、しない。絶対にそんなこと、考えない。

セレスさんがつらつらと述べた、十神くんが十神くんである所以を思い出し、根本が違うのだろうなと悟った。彼と私は生まれも育ちも何一つかぶっていないから、永遠に交差することのない平行線なんだ。きっとお互いがお互いを理解する日は、一生こないだろう。

「私がみんなのご飯の匂いを嗅いであげれば安全確認になるかな……」

なんとなく声に出してつぶやいて、それも無駄だということはすぐに気づいた。そのためにはまず、みんなに私を信頼してもらう必要があるからだ。

「どうしたらいいのかなぁ〜」

満腹感を覚えた私は、まだ乾パンが残っている缶に蓋をした。それを机の上に置くと、手を軽くはらって、ベッドの上に再び横になる。

「どうしたらうまくいくんだろう……」

十神くんの冷たい眼差しに見下ろされた恐怖。背後に聞いた不二咲さんのすすり泣く声。いろいろなことを考えているうちに、だんだんと頭がぼんやりとしてきた。どうやら満腹になったせいで眠気が訪れたらしい。私は最後にあくびを一つすると、ほとんど抵抗することなく、意識を微睡の世界に手放した。




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