ここほれわんわん | ナノ
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起床時間のアナウンスで目が覚めた私は、デスクの上にあるメモ帳に線を引いた。一つの「正」の字と、一本の横線。これは、私たちがここに閉じ込められてから六日の時がすぎたことを意味していた。

もう一週間が経とうとしている。不安にのみこまれそうになって、振り切るようにペンを置いた。転がったペンはメモの傍らにあったミサンガにぶつかって止まる。昨日、苗木くんが渡してくれた舞園さんの遺品だ。一瞬、自分の腕につけようかと思ったけれど、なんとなく心が決まらなくて、今はまだやめておくことにした。

食堂に行く支度をしていると、再びモニター画面にモノクマが映った。体育館に集合するように言うと、すぐに消えてしまう。

今までも何度も集められたけど、ろくなことがあったためしがない。警戒心をむき出しに体育館まで向かったら、途中で霧切さんと会った。昨夜苗木くんに聞いた話を確認しようとしたら、彼女は挨拶もそこそこに歩く速度をあげて立ち去ってしまった。とりつくしまもない様子に、追いかける勇気はでなかった。仕方なく一人で寂しく体育館へと向かうと、既に何人かの生徒が集まっていた。

「ハイッ!腕を上下に伸ばしてぇ〜!イチ・ニ・サン・シ……」

「イッチ、ニッ、サーン、シッ!」

ステージ上でぬいぐるみみたいな体を伸び伸びさせているモノクマと、その下で同じようにラジオ体操をしている石丸くんがいた。他の人たちは呆れているような、困惑しているような、思い思いの表情でそれを眺めている。

慎重に扉をしめ、みんなの方へと忍び足で近寄っていくと、モノクマが「みょうじさん遅刻だよ!ほら、さっさと位置についてぇ〜!」と叫んだ。思わず近くにいた大神さんの陰に隠れてしまう。彼女は特に動じた様子もなく、壇上のモノクマを睨みあげて言った。

「それで……用件はなんだ?ラジオ体操のためだけに呼んだのではあるまい……」

その言葉にモノクマは、ラジオ体操を馬鹿にするなと憤慨した。さらに、中学生の男子が考えたような、ラジオ体操のありえない設定を、べらべらと語りだす。

「いいから、そろそろ答えろよ……本当に、ラジオ体操のためだけに呼んだのか?」

「あらやだ!ボクはそんなにヒマじゃないよ!」

うんざりした苗木くんが強く問うと、モノクマは簡単に意見をくつがえして、音楽再生機の停止ボタンを押した。

「えー、発表しますッ!この希望ヶ峰学園は、学級裁判を乗り越える度に“新しい世界”が広がるようになっております!オマエラも、一生ここで暮らしていくのに、なーんも刺激がないと困るでしょ?それに、適度にやる気を与えないと、オマエラみたいなシラケ世代はすぐにブーたれるし!てな訳で……探索はご自由に。学級裁判後の世界を思う存分堪能してくださーいッ!」

一方的な説明をし、モノクマは消え去った。残された私たちは戸惑いながらも、学園を探索し直すことに決めた。それぞれ行動した後は食堂に集まって、各自の発見を報告し合おうということでまとまった。

ぞろぞろと体育館を出た私たちは、さっそく気がついた。学校エリアの二階への階段を封鎖していたシャッターが上がっていたのだ。

こういう時こそ既知の場所を調べることが重要だと主張した石丸くんは一階の廊下を進んでいったけれど、大半の人が二階へあがって行った。私は少し悩んだ結果、石丸くんと同じく階段に背を向けて歩き出した。

とはいえ、学校エリアの一階は既に隅々まで調べ終わっている。何も見つからないのですぐに寄宿舎エリアまで到達してしまった。けれど、そこでふと、昨日までと違った光景に目が奪われる。キープアウトのテープで封鎖されていた大浴場が、入れるようになっていたのだ。

恐る恐る踏み込んで、脱衣所を抜けると、温泉独特の硫黄の香りが広がった。奥まで進んで扉を開ければ、辺りに熱気が立ち込める。一瞬ひるんだけれど、サウナルームだということに気づき、中に入った。熱源のあたりでマスクを外し、必死に匂いを嗅ごうとしたけれど、暑さのせいで鼻呼吸ができなかった。内側が焼けそうで、つい口を開いてしまうのだ。

「だめだ……ここ無理」

あわてて外に出て、扉を後ろ手に閉めた。短時間しかいなかったのに汗がにじんだ。手の甲で額の滴をぬぐいながら大浴場から脱衣所へ戻ると、同じく寄宿舎を探索していたらしい石丸くんが入ってきたところだった。

「な、なんと!入浴中だったとは思わず……失礼したッ!」

けれど彼は素早く引き返して、出て行こうとする。私は慌てて彼の服の裾をつかんだ。

「待って、よく見て!服きてるよ」

「……む?そ、そうか……。風呂には服を脱いで入るのがマナーだぞ」

「探索してただけで、お風呂には入ってないよ」

視線を逸らそうとする石丸くんに、苦笑しながら伝えた。彼はまだ少し混乱しているらしく、それならいいのだ、ボクも探索してこよう、と言うと、足早に大浴場の方へと向かった。

脱衣所を出た私は、まだ探索を続けようとして、寄宿舎にもシャッターのおりた階段があったことを思いだした。こちらの二階も解放されているかもしれないと目指してみたが、あいにく変化はなかった。代わりに、その手前の廊下にある扉が解放されていることに気づいた。

中に入ると薄暗い部屋の中には、所狭しと物が詰め込まれていた。埃っぽいのが気になったけれど、マスクをしていることもあって、我慢できないほどじゃなかった。一番近くにあった段ボールを開けると、お菓子がいっぱいに入っていた。さらにその下も確認すると、ジャージや水着が詰まっている。見上げた棚には生活必需品が並んでいて、ここが倉庫だということを理解した。

まだ何かあることに期待し、物をかきわけて奥に進むと、ふいに銅の香りが鼻をかすめた。覚えがあった私はすぐにそちらへ近づいた。かがんで、段ボールの山をどかすと、陰にきらりと光るものを見つけた。

「あっ、モノクマメダル!」

またモノモノマシーンができる。良いものがでたらみんなにも分けてあげて――。そう考えかけた時、舞園さんが自分の手首にミサンガを通す光景が蘇って、胸の奥が締めつけられるような痛みを訴えた。

『今だって何度も協力と言いつつ殺人は起きた。次からは、もっと簡単に裏切る者が出るはずだ……今や殺人は現実離れした出来事ではなく、ごく身近なものだと誰もが知ったのだからな……』

十神くんの言葉が耳鳴りのように響く。

殺人が身近なものになってしまったって……何?テレビでしか見たことがなかったような、ただの情報としてしか知らなかったできごとが、自分の傍に?

血にまみれた舞園さんの死体や、あっけなく死んだ江ノ島さんや、ボールに滅多打ちにされて息絶えた桑田くんがフラッシュバックした。サウナルームから出てひいたはずの汗が、また噴き出してくる。

私は取り留めもなく浮かんでくる感情たちに蓋をするように、積み上がった段ボールと段ボールの隙間に肩ごといれた。モノクマメダルを取ることに集中しようとして、必死に手を伸ばす。視界に頼っていないせいで、なかなか指先がメダルに触れない。焦りばかりがふくらんで、もどかしさに下唇を噛んだ。

『……ここでのルールに従うまでだ。どうしても、ここから出たいのなら……他のヤツらをだまして勝つ……それしかないだろう』

みんなが協力して脱出しようと、頑張っているのに。水をさすように現実をつきつける十神くんは、モノクマのようだ。

「……っ、どうして十神くんは、あんなひどいこと――」

怒りにまかせて思い切り体をねじ込んだら、段ボール箱がぐらりと揺れた。嫌な予感がして反射的に顔をあげると、高い塔のように重ねられたてっぺんの方が歪んで、落下してくる瞬間が見えた。

私の悲鳴は段ボールの群れに飲み込まれた。いくつもの箱の下敷きになり、全身が痛みを訴える。ただでさえ暗かった視界が塗りつぶされたような黒になり、何も見えなかった。幸い、意識はあったけれど、身動きは取れそうにない。

「サイアク……!」

モノクマメダルの行方も当然分からなくなってしまった。上手くいかないすべてのことに対してイライラしたけど、ここで嘆いていても何も解決しない。段ボールを少しずつでもどかそうと、顔のあたりにあるものをどうにか振り落した時、倉庫に光が差し込んだ。扉が開いたのだと気づき、すがるような気持ちで素早くそちらを向くと入り口に立っていたのは。

「……何をしている」

「と、十神くん……」

内心冷や汗がたれた。渦中の人物が狙ったようなタイミングで訪れるなんて、そんなにないはずだ。先ほどの叫びは聞こえていないと思うけれど、様子を窺うように動きを止めて見入ってしまう。彼も口を開かないので、しばらく奇妙な対面が続いた。

痺れを切らしたのは十神くんだった。深い溜息を吐き出すと、倉庫を出て行こうとする。途端に我に返って必死に十神くんの名前を呼んだ。しまりかけた扉の隙間から、嫌悪感をあらわにした瞳が覗く。

「あの、段ボールが崩れてきちゃって……助けてほしいんだ!」

「……」

十神くんはますます眉を寄せた後、ためらいなく扉を閉じた。再び闇と静寂が訪れて、私は呆気にとられた。まさか置いて行かれるなんて思わなかったのだ。

「ちょ、ちょっと!十神くん、まって!助けて!」

じたばたともがいて声をはりあげたら、また一つ崩れてきた段ボールがおなかのあたりに衝撃を落とし、うめき声がもれた。

無理に動くのは得策ではないと知り、その場に丸まったまま過ごしたけれど、十神くんが引き返してくる気配はなかった。

結局その後、食堂へなかなか来ない私を心配した苗木くんが探しにきてくれて、無事、救出してもらえた。

「わ、私、十神くんのこと、嫌いかもしれない!」

苗木くんが最後の段ボールをどかしてくれた瞬間、思い切り立ち上がって叫んだら、しゃがみこんでいた彼は丸くした目で私を見上げた。




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