ここほれわんわん | ナノ
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -


「これは、不二咲さんの匂いでしょ」

確信をもって私が言えば、みんなは息をのんだり歓声をあげたり、とにかく驚きをあらわにした。

「まさに百発百中だな……」

「一応……【超高校級の犬】という肩書に偽りはないと判断できそうですね」

セレスさんが言うのを聞きながら、目隠しされていたタオルを外した。匂いを当てたハンカチはきれいにたたみ直して不二咲さんに返す。

「みょうじなまえ殿……!よければボクの匂いもぉ……」

「すごいよみょうじちゃん!この嗅覚さえあれば出口だって探せるよ……!」

何か言いかけた山田くんを押しのけて、朝日奈さんが目を輝かせた。

「捜査でも役に立つべ!」

葉隠くんの言葉に重い空気が漂った。捜査をする機会があるということは、再び殺人が起こるということだ。もうあんなこと、二度とやりたくない。

「遅くなってごめん……」

沈黙を打ち破ったのは、食堂に入ってきた苗木くんだった。朝日奈さんが途端に気まずそうな顔で、彼を労わる。

「あ、苗木……大丈夫……?」

「部屋を確認するだけだと言っていた割に遅いから、今から迎えに行こうと思っていたのだぞ!!」

そんな彼女の思いやりを無に帰すような発言をしたのは、石丸くんだった。びしっと伸ばした指先で、疲労困憊といった様子の苗木くんを指し示す。

「ご、ごめん……」

「それで、どうだ?部屋はちゃんと掃除されていたか?死体なんかが放置されている部屋では寝られなくて困ってしまうからなッ!」

「オイオイ……オメェ、空気読めなさ過ぎだろ……」

大和田くんが思わず口を挟むほど、石丸くんはあっけらかんとしていた。

苗木くんは、自分の部屋のシャワールームから、舞園さんの死体が綺麗さっぱりなくなっていたことを報告した。弱り切った彼に気づいた大神さんが、殺人現場となった彼の部屋を出て、今後は舞園さんの部屋で生活することを提案した。けれど彼は彼女の匂いが残る部屋で寝泊まりする方が辛いと断り、さらに、舞園さんの死から目を背けることはできないと、言い切った。

そういいつつも、明らかにダメージを受けている彼を見かねたのか、朝日奈さんが必死に慰めの言葉をかけた。しかし、彼女が「協力」という単語を出したとたん、ずっと片隅で成り行きを見守っていた十神くんが、苛立ちをあらわに立ち上がった。

「……気休めにもならないことをいうな」

「えっ……?」

「今だって何度も協力と言いつつ殺人は起きた。次からは、もっと簡単に裏切る者が出るはずだ……今や殺人は現実離れした出来事ではなく、ごく身近なものだと誰もが知ったのだからな……」

「舞園さやかが……口火を切ったせいでね……」

舞園さんじゃないのに。腐川さんの言い方に引っ掛かりを覚えたけど、反論する元気はもうなかった。

「だ、だけど……これ以上犠牲を増やさないためには、みんなで協力して、黒幕と戦わないと……」

なおも食い下がる朝日奈さんを、十神くんは一刀両断にする。続いてセレスさんもモノクマの強大な力について説き、逆らうのは危険だと主張する。

「ならば、我らはどうするべきだ?」

大神さんが問いかけると、十神くんが言い放つ。

「……ここでのルールに従うまでだ。どうしても、ここから出たいのなら……他のヤツらをだまして勝つ……それしかないだろう」

十神の言っていることが信じられなかった。暗に人を殺せと言っているのだ。その場の誰もが彼に対して畏怖の念を抱いた中、反論をしたのは意外な人物だった。

「イヤ……だ……」

不二咲さんが震える声で言った。その目には涙が滲んでいる。

「誰かを殺してまで……生きたくない……。人を殺すのは……もうイヤだよ……」

「もう……って、どういう意味だべ?」

「だって、桑田くんは、みんなが投票したせいで死んじゃったんだよ……!みんなで殺したのと……同じだよ……!」

彼女の言葉が、鋭利な刃物になって、私のことを貫いた。桑田くんに投票するとき、震えた指を思い出す。そんなつもりじゃなかった、なんて通じない。投票された犯人がどうなるか、私たちはちゃんと理解していたはずだ。

「ねぇ、不二咲さん……」

口を開いたのは、苗木くんだった。

「悪いのは不二咲さんじゃないよ。桑田くんでも、もちろん舞園さんでもない……。全部……黒幕のせいだよ……。ボクたちに投票を強制したのも黒幕なんだし、逆らってたら、どうなったかわからないんだ……」

彼が拳を握りしめ、視線を斜め下に落とす。

「それに……処刑なんて言ってたけど、結局、桑田くんを殺したのは黒幕じゃないか!!だから……ボクらが憎むべきは自分達じゃなくて……黒幕のヤツなんだッ!!」

最後の方は叫びになっていた。言い終えた彼が一息ついたとき、タイミングを見計らったようにチャイムが鳴る。いつものようにモノクマがモニターへと映し出される。夜時間の合図だった。

ただ、それだけでは終わらず、決まり文句にプラスして苗木くんの発言を揶揄する。繰り広げられたやりとりに、自分たちを正当化しようとする浅ましさが見え隠れしていたことを指摘し、人が人を裁く責任の重さについて説教までした。

ただでさえ暗くなっていたみんなの表情が、絶望に染まる。私は座っていた椅子から腰をあげ、とりあえず食堂から出よう、とだけ提案した。





「みょうじさん」

部屋に入ろうとした私を呼び止めたのは、苗木くんだった。ドアノブから手を離して振り返ると、彼が近づいてくる。

「霧切さんに聞いたよ。みょうじさんは犯人の匂いを嗅ぎ当ててたのに、ボクがちゃんと答えを導き出せるように黙っててくれたんだってね」

「あ……それは、霧切さんが」

説明しようとして、言葉を止めた。あのときの私は、霧切さんがこんな提案をしたのは、舞園さんと最も仲が良かったのが苗木くんだからという、単純な理由だと思い込んでいた。

だけど今なら分かる。舞園さんに裏切られていたことを、他人に指摘されたとしても、彼が信じられるわけがない。霧切さんはそう考えたからこそ、彼が自分でその結論にたどりつけるように誘導したんだ。

「……ごめん、でも、私も舞園さんが自分から……ってことは知らなかったの」

あえて濁した言い方をすると、苗木くんは心境を理解してくれたのか、苦しそうに笑った。

「あのさ、これ、みょうじさんが舞園さんにあげたやつだよね?」

差し出した手に乗っているものを見て、思わず息をのんだ。私は静かにうなずく。苗木くんの手に握られていたのは、『永遠のミサンガ』だった。

「骨折してた手首とは逆側についてたから、血で汚れてないんだ。……舞園さんからみょうじさんの話、ちょっとだけ聞いてたよ。セレスさんは裁判であんな風にいったけど、ボクは違ったと思う」

苗木くんが私の手をとり、握りこぶしを開かせた。その上にそっとミサンガを乗せる。

「舞園さんは……みょうじさんと普通に仲良くしたかったんだ。DVDのせいでこんなことになっちゃったけど、……ボクは絶対、そうだって信じてるよ」

渡されたミサンガを握りしめると、涙が出そうになった。だけど今日、自分が散々泣いてしまったことを思い出し、これ以上の醜態を見られたくなくて、まばたきを必死に堪えた。

「苗木くん、ありがとう」

「ううん。……おやすみ」

彼は私の気持ちを察してくれたのか、すぐに立ち去った。扉の閉まる音を聞いてから、鼻水をすする。

てのひらを見下ろすと、赤色と黄色の糸を編みこんだミサンガがちょこんと乗っていた。忘れそうになっていた舞園さんの甘い匂いがかえってくる。優しい笑顔も一緒だった。おにぎりの味も、二人で話した他愛のないことも、全部ぜんぶ、確かに存在していた。




Next

131102