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「グッモーニンッだぞ、みょうじくん!」

朝のアナウンスの後、すぐに鳴ったインターホン。心当たりがなかったので緊張しながら扉を開けると、石丸くんが立っていた。

「い、石丸くん、おはよう!」

扉を最大まで開けて部屋にあげようとしたら、「ここで大丈夫だ!女性の部屋だからな!」と遠慮された。気づかいに感心し、彼に向き直る。

石丸くんの用件は、これから毎朝、みんなで朝食を食べようというものだった。一人では辛いときも、互いに支えあっていれば、乗り越えられるというのだ。

その言葉を聞いて思い出すのは舞園さんだった。恐怖から逃げ、殻に閉じ籠りかけた私を救ってくれたのは、間違いなく彼女だ。だから私も石丸くんの「固く協力しあうべき」という考えには賛成だった。

「うん。朝食会、私も参加するよ〜!朝ごはん食べると一日元気になれるし、すごくいいとおもう!」

「その通りだ!!今日をその記念すべき最初の日にしようじゃないか!だから、すぐに食堂に集まってくれたまえ!では、僕はこれで失礼するぞ!他のみんなにも知らせて回らねばならないのでな!」

早口に言い切ると、彼は宣言通りすぐに立ち去ってってしまった。きびきびとした後ろ姿を見送りかけて、セレスさんの言葉を思い出す。

「石丸くん!」

扉から顔だけ出して叫ぶと、早くも次のインターホンを鳴らそうとしていた彼が振り向いた。

「えっと、昨日……じゃなくて、おととい、心配してくれてありがとう」

「なんだそのことか。今後はちゃんと部屋から出たまえよ!」

石丸くんは両手を顔の横まであげて豪快に笑うと、すぐにインターホンを押していた。私は部屋に戻って慌ただしく朝の支度をしながら、まだあまり話していない面々を思い浮かべる。これを機に、みんなと仲良くなれたらいい。そう強く願いなら、私は部屋を出た。





辺りを落ち着きなく見回しながら食堂へ入ると、私に気づいた舞園さんが名前を呼んでくれた。顔の横でおしとやかに手を揺らす姿は本当に可愛らしい女の子の仕草だった。そんな彼女の手首には、昨夜プレゼントした『永遠のミサンガ』がついていて嬉しくなる。

彼女の隣の席に腰を下ろし、雑談をしながら人が集まるのを待っていると、寝癖を整えながら入って来た苗木くんが、真っ直ぐに舞園さんを目指してくる。その時に目があったので、挨拶をすると、彼が目を丸くする。

「みょうじさん、マスクしてない!」

「え?だってしてたらご飯たべれないよ」

「隠してたわけじゃないの?」

「何を?」

苗木くんは私の質問には答えず、何か納得したような、考え込むようなそぶりで、向かい側の空いている席へ腰を下ろした。よくわからず首をかしげていると、隣の舞園さんが耳打ちしてくる。

「苗木くんはみょうじさんの顔が見てみたかったんです。だけど、ずっとマスクをしてるから、もしかしたら顔を見られたくないのかもしれないって、思いこんでたんですね」

その言葉に、虹色の乾パンを持ち帰ったら苗木くんが残念そうに見送ったのを思い出した。あれは私が目の前で食べるためにマスクを外すのを待っていたのか。

「苗木くん、そんなこと言ってたの?」

「いいえ、聞いてませんよ。私はエスパーですから、苗木くんの考えてること分かるんです」

「エスパー!?」と叫びながら腰を浮かしかけた時、石丸君が場を仕切るように手と手を打ち合わせた。みんなの視線がそちらに集まる。私も座り直しながら彼の方を見たら、舞園さんが小さく「冗談ですよ」と笑った。

間抜けなリアクションをとってしまったことが恥ずかしくて、自分の頭をかく。そうだ、舞園さんと苗木くんは中学からの仲なんだ。それぐらい互いの考えを理解しててもおかしくないはずだ。

「よーし、みんな集まったな!では、さっそく朝食会を始めるとしようかッ!諸君、わざわざ集まってくれてありがとう!!」

「断ったのに、オメーが無理矢理、連れて来たんじゃん……」

はりきって声高らかに宣言した石丸くんに対し、桑田くんが不機嫌そうに返した。私は彼のそんな態度に少しだけ苦手意識を持ってしまう。男子にしては長い髪をいじる度、香水のきつい匂いが漂ってくるのも原因だった。

けれど石丸くんは全く気にした様子もなく、言葉をつづけた。仲間同士が信頼を築き上げることがいかに重要かを説明した後、それでは朝食にしようとみんなの前にご飯が並んでいるのを確認した。

彼の「いただきます」を合図に食事を始め、しばらく和やかな世間話が続いたあと、神妙な面持ちで発言をしたのは、意外にも【超高校級のギャル】である江ノ島さんだった。

「ねぇ、そんな事よりさ……あれから手掛かりを掴んだヤツはいないの?」

食堂が静まりかえった。穏やかな雰囲気は一変して、重苦しい現実がその場を支配した。

「マジで!?なんも進展なしッ!?犯人に関してでも、逃げ道に関してでもいいから、誰か、なんかないのッ!?」

変わらない現状に苛立ったのか、状況を忘れて盛り上がるみんなに腹が立ったのかは分からないけれど、江ノ島さんは、言葉を荒げた。

「……死にますわよ」

「……は?」

「他人の前で弱みを見せているようですと……あなた死にますわよ」

一気に悪くなった空気に追い打ちをかけるように口を開いたのは、セレスさんだった。気温が急激に下がったみたいに、私の体は硬直した。

江ノ島さんが反論したり、大和田くん絶対に外へ出ると意気込んだり、食堂は一度混乱状態になりかけた。仕切り直すように桑田くんが手がかりの有無を問うと、今度は不二咲さんがおずおずと手を挙げて発言した。

「犯人のこと……ひょっとしたらって程度なんだけど……」

「この際、程度は問題じゃない!発言を許可する!」

石丸くんの発言を聞き、彼女はやけに慎重に言葉を紡いだ。

「う、うん……あのね……。みんな……“ジェノサイダー翔”って知ってる?」

ジェノサイダー翔とは、ネットやテレビで話題になっている、連続殺人犯のことだ。猟奇的かつ残忍な手口で殺人を繰り返し、現場には必ず被害者の血で『チミドロフィーバー』の文字を残していく。あまりニュースやネットを見ない私でさえ知っているぐらい、有名な殺人鬼だ。みんなも顔色が悪くなったので、その名を耳にしたことがあったのだろう。

犠牲者の人数が数千人にのぼるとか、それは都市伝説だからせいぜい数十人だとか、憶測と推論が飛び交い、誰もが不安と恐怖を抱いた。けれどそれを打ち破るように叫んだのは、いつも明るくて元気いっぱいな【超高校級のスイマー】、朝日奈さんだった。

「大丈夫だって!絶対に完璧に間違いなく大丈夫だって!だってさ、もうすぐ助けも来るんだし!」

これだけの人数が閉じ込められて数日経ったのだから、さすがに警察が動き出すはず、というのが彼女の主張だった。確かに、捜索願いが出されていてもいいころだ。入学式に出かけたことは私の母親も知っているし、そうなった場合、真っ先に調べられるのはこの希望ヶ峰学園だろう。

私たちの間に安心の表情が浮かびかけた時、突如食堂に響いたのは、そんな考えを嘲るような笑い声だった。みんなが声のした方を一斉に振り返ると、テーブルの端にモノクマがちょこんと立っていた。

「警察だって……!警察なんかあてにしてんの?オマエラ……警察にはどんな役割があるか知ってる?引き立て役だよ。悪の組織や悪役やダークヒーローの。あいつらがやられる事で、悪役が引き立てられんの。そんな安直な役割しかない警察をあてにするなど、お約束と言えども、どうかと思いますぞ」

一気にまくし立てたかと思うと、何がおかしいのか「うぷぷ」と笑う。それから、丸い手をこちらに突き出して、鋭い方の目を、赤くぎらつかせる。

「……ていうかさぁ、そんなに出たいなら、殺しちゃえばいいじゃーん!」

私たちの意思や気持ちなどお構いなしに、モノクマは明るい口調で言い切った。それから、なかなか殺人が起きない理由を考え、“動機”だけがこの場に足りていないことに気づき、用意したと言う。

「ところでさ、オマエラに見せたい映像があるんだ!あ、違うよ。十八禁とかアブノーマルとかじゃないよ!ホントに、そういうのじゃないんだからッ!!学園の外の映像なんだってば!」

「学園の外の……なんの映像だよ……」

苗木くんが険しい表情で見据えた。けれどモノクマはどこ吹く風で、調子を変えずに返事をする。

「ヘヘッ、ダンナも気が短けぇや!そいつは見てのお楽しみじゃねーですかッ!なんでも学校内のある場所に行けば、その映像が見られるようになってるらしいですゼッ!」

「だったら……、すぐに確認してみましょう」

次に口を開いたのは霧切さんだった。

「でも、その前に聞かせてもらえる?あなたは何者なの?どうしてこんな事をするの?あなたは私達に何をさせたいの?」

冷静に、淡々とした口調でモノクマに疑問をぶつけていく。途端に、モノクマの様子が変化した。おどけた雰囲気はなくなり、声音も下げ、わざとらしく間を置いた後、こう答えた。

「ボクがオマエラに……させたい事?あぁ、それはね……絶望……それだけだよ……」

ぞわりと何かが背中を這い上がったような気配に身震いした。誰もがが恐怖や不安、怒りの表情を浮かべる。

モノクマは、学園に潜む謎が知りたいのなら止めないから、自分たちで探究するように言った。私たちが必死に真実を求める姿までも、見世物として楽しむのだそうだ。

まばたきをした次の瞬間、モノクマはその場から消え去っていた。出現するときも唐突だけれど、いなくなるのもあっという間だ。ふと思い立って鼻をひくつかせ、モノクマがどこに消えたのか探ろうとしたけれど、不思議と気配は残っていなかった。

残された私たちは途方に暮れかけて、先ほど、モノクマが言っていた映像のことを思いだす。てっきりみんなで行くのだと思った私は椅子から立ち上がりかけたのだけれど、それより前に大和田くんが、「おう、苗木!ちょっと調べてみてくれや!」と命令した。

「えっ?なんでボクが……!?」

彼は突然の指示に戸惑った。けれど大和田君は全く気にした様子もなく、「オメェが扉の近くにいるからだ」と言い切った。苗木くんが反論しようと口を開くと、大和田くんは怒りをあらわにして強引に押し切る。殴られたことがトラウマになっているらしい苗木くんは、しぶしぶといった様子ながらに承諾した。すると舞園さんも続けて立ち上がり、一人では危険だから自分も行くと主張した。

「……じゃ、じゃあ私も行くよ!」

苗木くんと舞園さんに恩返しをするチャンスだと思い、意気揚々と起立した。けれど、舞園さんと反対側の隣に座っていた朝日奈さんが、私の袖を引っ張った。

「そんなにぞろぞろ行かなくてもいいんじゃない?ね、ここは二人にお願いしようよ」

「えっ、でも……」

予想外の言葉に口ごもってしまうと、苗木くんと舞園さんを大和田くんが見送ってしまった。おさえられた手を振り払うわけにもいかないので、着席し直せば、朝日奈さんが私の耳に口をよせ、こっそり話しかけてきた。

「あの二人さ、すごくいい感じじゃない?」

「え?」

「苗木と舞園ちゃん!だから一緒に行かせてあげようよ!」

彼女の思惑を理解し、ようやく腑に落ちた。

苗木くんと舞園の仲が良いのは知っていたけれど、まさかそういう関係だとは思いもしなかった。無粋な真似をしなくてすんだことに安心し、朝日奈さんにお礼を言う。彼女は満足げに笑うと朝食を口に入れ、「苗木ってばやるよね〜!【超高校級のアイドル】と仲良くなれるなんてさっ」と感心したように言った。

確かに、苗木くんは優しくて気づかいができるとはいえ、どこにでもいる普通の少年だ。そんな彼が、完璧な可愛らしさを持ち合わせる舞園さんの恋人になったら、世間は彼に嫉妬し、ラッキーなやつだと羨むだろう。

そう考えかけて、彼が【超高校級の幸運】という肩書きでこの学園に入学してきたことを思い出した。そして私は妙に納得し、朝食に出たマカロニサラダをほおばりながら、食堂から出ていく二人の後姿を記憶にえがくのだった。




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