「あったぁ!五枚目!」
潜り込んでいた教卓の下から顔を出し、喜びの声をあげた。苗木くんにもらった乾パンをしまっているポケットに入れると、モノクマメダルがガチャガチャと鳴った。
低姿勢のまま教室を嗅ぎ回り、ここにはもう無いようなので出ていこうとすると、勢いよく教室の扉が開いた。びっくりしてそちらを見ると、特徴的なドレッドヘアーの葉隠くんがいた。彼は私に気づいてポカンとしている。慌てて立ち上がり、服の埃を払った。
「あー!みょうじっちだべ?昨日はトイレこもってたんだってな」
「へ、部屋だよ」
「で、こんなところで何してんだべ?」
彼が近づいてきたので、モノクマメダルを見せて、探していることを伝えた。すると彼はあごに手を置いて、考え込むそぶりをする。
「よっしゃ、こうして会ったのも何かの縁だ!俺が占ってやんべ」
「あ、そっか、葉隠くんって超高校級の……」
「占い師だな。今回は特別に同級生価格でいいかんな」
「え、お金とるの……?ちなみにいくら?」
「実際、モノクマメダル一枚につき一万八千円だべ」
「う、うーん、遠慮しとこうかな」
タイムセールだぞ!とか、こんなチャンスはもう二度とないべ!とか言う葉隠くんの言葉を背中に聞きながら、教室を飛び出す。
追いかけてくる気配は無かったけれど、逃げるように廊下を進んでいると、玄関ホール付近で大和田くんが壁を調べていた。
「あ……テメェは」
凄みのある視線に怯んでしまう。一昨日、彼が苗木くんを殴り飛ばしたのを目の前で見た私は、恐怖の記憶が刻み込まれていた。暴走族の知り合いなんて、今まで一人もいなかったのに、その中でも一番すごい人が目の前にいる現実が信じられない。
「大和田くん、何してるの?」
「どっか隠し通路とかねぇか探してんだよ」
早く出てぇからな。彼は私にいうというよりは確かめるように呟いた。
「そういうお前は何してんだよ?」
ふいに話題を返されて戸惑う。言うべきか悩んで、自分が嘘をつくのが下手なことを思いだしたので、正直にモノクマメダルを探していたことを伝えた。
私はてっきり探索もせず遊び歩いていたことを責められると思ったのだけど、彼は平然と「なんなら手伝ってやるよ」と答えた。
「い、いいよ!大丈夫、悪いし」
咄嗟にそう言うと、彼の表情が険しいものとなった。壁側に向けていた体を回転し、私に向き直る。
「んだよ……俺といるのが嫌なんだな?」
「違う!わ、悪いもの」
「人の厚意は受け取らねぇほうが失礼だろ!?」
怒鳴り声の迫力に、肩が思いきり弾んだ。それに気づいた大和田くんは、ばつの悪そうな顔をする。
「わり……。言いすぎた」
そう言いながら彼がポケットに手を突っ込んだ。握ったまま出した手をつきだし、私に受けとるよう指図する。素直に従うと、両手を広げて揃えたところに少し砕けたビスケットが乗っていた。予想外のプレゼントに目が丸くなる。
「俺もどうせ暇してんだ。構わねぇだろ?」
私は必死に首を縦にふってみせた。満足げに笑った彼が歩き出したので、慌てて隣に並ぶ。私たちはメダルを探しながら、他愛のない世間話をした。そして分かったのは、彼がかなりの犬好きで、昔飼っていたマルチーズの話をする時は涙ぐんでしまうほど、心根の優しい人だということだった。
十枚ほどみつけたモノクマメダルで早速モノモノマシーンを試したら、ほとんどがガラクタだったけど、何個か舞園さんにあげられそうなものが出てきた。目的を達成できてほっとしていると、ついてきた大和田くんが、ガラクタのうちの一つをじっと見つめているのに気づいた。
「大和田くん?」
「……!お、おう」
我にかえったように景品から目をそらした彼が、食い入るように見ていたのは新品のサラシだった。私はもしかしたら、と思い、それを手渡す。
「これ大和田くんにあげる!ビスケットのお礼」
「な……っ!お前のもんだろうが」
「私使わないし、厚意なんだから受け取ってほしいな」
彼はぐっと言葉に詰まった後、素直にお礼を述べた。それから早速、今のサラシと取り替えたいから部屋に戻ると言って購買部を出ていった。
私はそれを見送ってから、数々の景品を抱きかかえて廊下に出た。すると、ちょうど通りかかった【超高校級のギャンブラー】ことセレスさんと鉢合わせた。
「まあ。みょうじさん、引きこもりは終わったんですか?」
「う、うん……」
「一部の方々が心配してましたよ。石丸くんや石丸くんや、あと石丸くんですね」
「石丸くんしか心配してくれてないの……?」
冗談なのかもしれないけれど、セレスさんのつかめない雰囲気のせいで、笑っていいのかいけないのかよく分からなかった。マスクで感情の機微が読み取りづらいだろうことに感謝していたら、セレスさんが私の腕の中の景品たちに視線を落とした。
「ずいぶんと、面白そうなものを持っているのですね」
「え!あ、これは購買部のね……」
解説しようとしたら、距離をつめてきたセレスさんが、まるで最初から狙っていたかのように、迷いなく一つのものをつまみ上げた。思わず「あっ」と声を漏らしてしまったのは、舞園さんにあげるつもりだった『色恋沙汰リング』を彼女が手にしたからだ。セレスさんは表情ひとつ変えず、自分の指にそれをはめた。
「悪くありませんわ」
すらりとした白い手を眺め、満足げに微笑んだ。
「もらって差し上げますわね」
「えっ、えっと、その〜…」
有無を言わさぬ態度に戸惑っていると、彼女は首をかしげて「なにか問題でも?」と優雅に微笑んだ。
「石丸くんが心配していたことを言伝ててあげたんですから、これくらい良いでしょう」
疑問系ですらなくなった彼女の言葉に力強さを感じ、本能的に上下関係を悟った。セレスさんは返事など待っていないとでも言いたげにに身を翻すと、堂々とした後ろ姿で立ち去ったのであった。
Next
131030