ここほれわんわん | ナノ
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舞園さんの励ましを無駄にしたくなくて、翌日は勇気を振り絞って部屋を出た。誰かとすれ違うたびに「あっ」という顔をされるので、なんとなく気恥ずかしくなって、挨拶だけして逃げているうちに、寄宿舎から学校エリアまで向かっていた。妙な照明に照らされる校舎を足早に進んでいると、急に目の前の扉が開いて、危うく顔面をぶつけるところだった。

「……わっ」

「あ!ごめん、大丈夫だった!?」

部屋から出てきたのは、超高校級ぞろいのメンバーの中では、比較的平凡な外見の少年だった。確か、苗木くんだったと思う。視線を上にあげると、彼が出てきた扉の上に、【購買部】というプレートがかかっていた。

「怪我はない?えっと……みょうじさんだよね」

少しだけ緊張した様子の彼が、上から下まで視線を動かし、私の無事を確認している。返事をしようと口を開きかけた時、ふと、彼から甘い香りがただよったので、本能のままに苗木くんの首筋に鼻をよせてしまった。

「舞園さんの匂いだ」

「えっ?」

急に縮まった距離に怯んだ彼が、上ずった声をあげる。それを聞いて我に返り、私は一歩下がって謝罪した。

「ご、ごめん!なんでもない」

昔から匂いを嗅ぐのに夢中になってしまうことがよくあった。それが原因で友人に呆れられたり、距離を置かれたりした経験もある。こんな状況でみんなに嫌われてしまったら、それこそ死活問題だ。念を押すようにもう一度だけ謝罪をしたら、苗木くんは少しどぎまぎしながら、「びっくりしただけだから、気にしないで」と答えてくれた。

沈黙が訪れそうになったので、他の人にもそうしたように、逃げ出そうとした。けれど苗木くんが名前を呼んで引き止める。「よかったら少し話そうよ」と笑う彼は、私に全く不信感を抱いていないようで、拍子抜けしたほどだった。安心しつつうなずいて見せると、彼は購買部の向かい側にある柱へ背を預けた。

「みょうじさん、昨日全然部屋から出てこなかったって聞いたけど、具合でも悪かった?」

「うん、そんな感じ」

まさか、殺されるのが怖かったなどと言えるはずもなく、私は言葉を濁した。

けれど苗木くんは何かを察したような顔つきになり、「こんな状況じゃ無理もないよね」とフォローするように言った。

人を安心させるような笑顔を見ていると、舞園さんのことを思い出した。彼女の匂いが苗木くんにうつっていたのもあるかもしれない。そして私はなんとなく、昨日、彼女を励ましたという人物は苗木くんなんじゃないかと考えた。

「苗木くんは、舞園さんと仲良いの?」

「えっ、なんで?」

ちょっぴり顔を赤くした苗木くんに、予感が確信へ変わった。彼は視線をそらすと、頬をかきながら笑った。

「確かに、昨日はほとんど一緒にすごしたし、よく話すかな。中学が一緒だったんだ」

なるほど、元もと知り合いだったのか。それならこんな環境で、ここまで早く信頼関係を築けるのも納得できる。何度も首を縦にふっていると、今度は苗木くんが問いかけてきた。

「みょうじさんって、【超高校級の犬】なんだよね?ここに来る前ちょっと――小耳にはさんだんだけど、詳細は全然しらなくて。よかったらどういう能力なのか教えてくれる?」

「たいしたことないんだよ。人よりちょと嗅覚がすぐれてるってだけで」

「なるほどね。だから犬なんだ」

「うん」

「いつもマスクしてるのは、強い匂いとかから鼻を守ってるの?」

「うーん、まぁそんな感じなんだけど、ほとんど気休めかな〜……」

苗木くんはそうなんだ、としきりにうなずいた。自分の能力が他の人に比べて曖昧なことを恥ずかしく思っていたので、私はなんとなく居心地が悪くなって、耳が熱くなるのを感じた。

「あのさ、ネットで希望園ヶ峰学園について調べると、新入生の写真とか結構みれるの知ってる?ボクも検索してみたんだけどさ、みょうじさんの写真はどれもマスクしてて顔があんまり分からなかったんだ」

「だって、ずっとつけてるもん」

そう答えると、一瞬の間が開いた。沈黙の意味が分からずうろたえると、彼が思い出したようにパーカーのポケットに手をつっこむ。

「……あ、そういえば、これあげるよ」

苗木くんが手渡してくれたのは『虹色の乾パン』と書かれた缶だった。

「何これ!」

七種類の味が楽しめるというキャッチコピーに、思わず声のトーンが上がった。苗木くんはそれにびくっと肩を揺らしたものの、「そこの購買部にあるガチャガチャ、いろんなものが出てくるんだよ」と教えてくれた。

「私もやってみよう!」

美味しいものが出たら嬉しいし、何かいいものが出たら舞園さんに昨日のお礼をしたい。

「あ、でもモノクマメダルっていうのが必要なんだ」

こういうの、と彼が手のひらにのせて見せてくれたのは、五百円玉ぐらいのサイズの、銅のメダルだった。中央にはモノクマの顔が立体的にデザインされていて、その悪趣味さにちょっぴり顔をしかめる。

「そこらへんに落ちてるよ。もうこれしかないけど、よかったらあげようか?」

その言葉には首を横に振り、彼の手のひらに鼻をよせた。マスクをつまんで少しだけ浮かせると、見た目通りの素材で、十円玉みたいな銅の匂いがした。

「苗木くん、色々ありがとう」

もらったお菓子をしまいこむと、苗木くんがちょっとだけ驚いたような顔をした。

「ここで食べないの?」

「うん、あとで部屋で食べる!」

「そっか……」

「それじゃあ、私モノクマメダル探しにいくから」

苗木くんが寄り掛かっていた柱から背中を離した。

「そうなの?よかったらボクも手伝うよ」

「ううん、悪いよ。また舞園さんと過ごすんだよね?」

予想は当たっていたらしく、彼の口が「あっ」という形になった。私は彼に手をふりながら、走り出した。

苗木くんから見えなくなったところで、マスクをあごにひっかけて、注意しながら銅の香りを探る。

「私も舞園さんや、みんなと早く仲良くなりたいなぁ」

なんとなくこぼれた言葉は本心だった。物でつろうとしている感じが否めないけれど、プレゼントを渡して喜んでもらえたら嬉しい。

中学、高校と一緒の人がいるなんて、苗木くんと舞園さんはうらやましいな。そう考えた時、脳の奥の方がツキっと痛んだ気がした。思わず足を止めて後頭部に手を添えるけど、それは一瞬で、特に違和感もなかった。

首を傾げた時、ふと鼻をかすめたのは銅の匂い。私はまた走り出し、一目散にモノクマメダルを目指した。そのころにはもう、先ほどの頭痛のことなどすっかり忘れていた。




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