ここほれわんわん | ナノ
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希望ヶ峰学園に入学した私たちを待ち受けていたのは、どうしようもなく理不尽な共同生活だった。「一生ここで生活してもらう」「共同生活から卒業したければ誰かを殺せ」と言った、縦中央のラインを境に黒と白の半分に塗られたクマ型ロボットは、“モノクマ”と名乗った。そいつの言葉通り、建物内は窓も出口も封鎖されていて、私たちは完全に外の世界から切り離されてしまった。

突如巻きこまれた非日常の中、多くの人が仲間同士で協力して過ごすことを決めたらしい。脱出の糸口を探そうとしたり、生き延びる術を考えたり、互いに励まし合ったりしていた。中には、生きるためには適応しなければならないと主張し、ここでの生活を享受する人もいた。

初めてここに泊まった夜、私は与えられた自室で、布団にくるまって泣きじゃくった。ただただ怖かった。目の前で爆発したモノクマとか、誰かが自分を殺すんじゃないかという疑心とか。【超高校級の御曹司】である十神くんが言っていた。「すでに他人を殺そうと目論んでいるヤツが、この中にいないとは言い切れないはずだ。だからこそ、お前らは卒業のルールを聞いて恐怖した」と。そうなのかもしれない。私は誰かを殺してまで出たいと思ったから、こんなに怯えているのかもしれない。そんな考えが少しでも浮かんでしまう自分が、何より恐ろしかった。

浅い眠りと目覚めを繰り返しているうちに、校内放送が起床時間の七時になったことを知らせた。だけど私は部屋の外へ行く勇気がなくて、ベッドから動けずにいた。寝返りを打って枕に鼻をうずめると、やけに薬品くさかった。そういえばこの学校は、丸ごと消毒層につけられたのかと思うぐらい、どこもかしこも薬の匂いがする。それもまた、気分が滅入る原因の一つだった。

時間が経つにつれてお腹が減ってくる。それでも思考を放棄し眠り続けていると、チャイムが鳴った。途端に意識が覚醒し、体が強張る。私を訪れる人に全く心当たりがなかったけれど、無視してしまうのも怖かったので、掛布団を体にまとったままベッドから降り、インターホンを手にした。

「みょうじさんですか?舞園です」

可愛らしい声が受話口から響いた。舞園さん、と記憶をたどって、【超高校級のアイドル】の肩書きを持つ女の子を思い出した。

敵意のなさそうなトーンに安堵したけれど、布団に身をつつんだまま恐々玄関の戸を開けた。隙間から覗いた彼女はトレーを持っていて、その上に乗ったお皿には三つ、おにぎりが並んでいた。彼女をつつむ甘い香りと共に、食べ物の香が漂ってくる。

「なまえさんが今日、何も食べていないって聞いたんで、持ってきたんです」

全ての女の子が憧れるだろう完璧な笑顔を浮かべ、彼女は小首を傾げた。炊き立てのお米の香りに刺激され、空腹を思い出す。私はおずおずと扉を開けきって、彼女を部屋に招き入れた。

ベッドに布団を戻してから、彼女が座れるように椅子を置いた。トレーを預かり、自分はベッドに腰を下ろす。

まだ熱のあるおにぎりと、パリパリの海苔が美味しそうで、見下ろしていると喉が鳴った。舞園さんは椅子に座ると、脚をきっちり揃えて膝に両手を重ねた。私の視線に気づくと口角を均等に上げて絵画のように微笑む。

「毒なんて入ってませんから、安心して食べてください!あ、そのポットの中には温かい緑茶が入ってるんですよ。飲めますか?」

「う、うん。飲めます。毒がないのは、分かって……ます」

つられて敬語で返事をすると、彼女は一瞬きょとんとした表情になって、それから納得したように満面の笑みを浮かべた。

「そうでした。みょうじさんは【超高校級の犬】でしたね。じゃあ毒なんて入ってたらすぐに気づきますよね」

あっけらかんと物騒なことを言われ、少しだけ体が強張った。でも、こうして食べ物を持ってきてくれたということは、悪い人じゃないはずだ。緊張をほぐそうとして冗談を言っているのかもしれない。それならあえて応えようと、私はうなずいて見せる。

「【超高校級の犬】ってすごい嗅覚ってことなんですよね?じゃあ、このおにぎりの具材なんかも分かるんですか?」

「うん。こっちから梅干しと、鮭、これは……だし巻きの卵焼きかな?かわった具材だね」

「すごいです!」

舞園さんが興奮した様子で身を乗り出した。びっくりして比例するように仰け反ると、すみません、と笑いながら彼女が座り直す。

「よかったら温かいうちに食べてください。足りなかったらまた作ってきますよ」

「うん、あ、ありがとう」

まだ少し緊張しながらも、普段からしているマスクを下にずらした。あごの部分にひっかけておき、おにぎりの一つを手に取る。口元まで近づけて、大きく鼻で息を吸い込む。それからおもむろに口に含むと、あたたかくてふんわりしたお米が広がって、少しの塩味が舌に残った。何も通っていなかった食道を温もりが落ちていくのを感じ、何故か涙腺が緩みそうになる。

「こんな……みんなが辛い状況なのに、私なんかの心配してくれるなんて、舞園さんは優しいね」

思ったことをそのまま伝えると、彼女は小さく笑った。ポットを手に取ると、ふたの部分をひっくり返してお茶をそそぐ。それを私の膝の上のトレーに乗せると、今度は隣のベッドに座った。

「本当は私も、すごく不安で落ち込んでたんです。でも、他の人が励ましてくれて元気が出たんです。だからみょうじさんがずっと部屋にいるって知って、心配になっちゃって。元気、わけてあげられましたか?」

覗き込むように首をかしげた舞園さんに、喉の奥が熱くなった。ごまかすように、さっきより大きくおにぎりに食らいつく。今度は海苔まで到達して、ふやけた海苔が口の中でしぼんでいった。

舞園さんの問いかけに答えるよう、必死に首を縦にふると、反動で涙がこぼれてしまった。一粒落ちると止まらなくて、次からはもう、勢いにのって流れていく。

「みょうじさんも、明日から一緒にがんばりましょう」

舞園さんが私の背中を撫でてくれた。私は残りのおにぎりを一気に口に詰め込んだ。だし巻き卵の味が広がって、ますます涙があふれ出た。

「はひほほ……はん、はひはほ……」

舞園さん、ありがとうと言いたかったのに、言葉にならなかった。でも、彼女は理解してくれたみたいで、綺麗な笑みを返してくれる。

その後、夜時間のアナウンスがなるまでずっと、舞園さんは私と一緒にいてくれた。おにぎりの美味しさと、お茶の温かさと、彼女の優しい香りは、ざらざらしていた私の心を容易くとかしたのだ。




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