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まわすのは、りんごの方



「えっ? まさか夕飯それ?」
 振り返ると、わざとらしく目を見開いて、口元を抑える北村君がいた。
 よりによって、このタイミングで、この子に会ってしまうなんて――。私は何食わぬ様子で手に持っていた赤いきつねを棚に戻す。体ごと振り返り、「なんのこと?」と首をかしげると、彼の瞳が弧を描くように歪んだ。
「あぁ、やっぱり違うよねぇ! 認可の指揮官様ともあろう方が、カップ麺なんて食べるはずがないよね! あーびっくりした。いい歳した女性が、こんな時間にカップ麺なんて、意識低すぎだもんな!」
「……北村君、こんな時間って?」
「そりゃ、夜の十一時ですよ!」
「高校生は出歩いちゃダメな時間だね」
 ピタリと空気が止まる。彼が回れ右しようとしたので、素早く手首を掴む。「わっ! 指揮官サンのエッチ〜」と声を上げるので、コンビニ店員の目が気になった。それでもここで引いたら負けだと思い、できるだけ堂々とした態度で食らいつく。
「北村君、この前も騒動起こしたばっかでしょ!『こんな時間』に制服でうろついたらダメだよ! 補導されて、問題になって、ヒーロー続けられなくなったらどーすんの!?」
「じゃあ私服に着替えて出直してきまーす」
「そうじゃない、でしょ!!」
 にひひ、と笑って振り返る姿の、なんとあどけないことか。実のところ、腹の中で何を考えているかさっぱりわからず、恐ろしくさえあるのだけれど。
 ようやく抵抗が収まったので、解放してやる。彼はそのまま頭の後ろで手を組んだ。
「こんな時間までお仕事? お疲れ様だね! 疲れきったところに、ボクみたいなのと会っちゃって可哀想だなぁ」
「そっちこそ、今日は合同訓練だったし疲れてるんじゃないの? 早く帰って休んだ方がいいよ」
「ALIVEってちゃんと残業代出るの? 出るとしてもこんな時間まで働きたくないよね。そりゃカップ麺にも頼りたくなるさ! さっきは意識低いなんて言って悪かったなぁ。いやでもさ、いつもは仕事バリバリこなしてる指揮官サンが、こんなズボラな面を持ってるなんて思わなかったから、ビックリしちゃってね? ホントだよ?」
 北村君が、目を細める。意地の悪さが透けて見える笑みだった。途端に背後の陳列棚に並ぶ、大量のカップ麺の存在を思い出し、居心地が悪くなる。
「べ、別に、いつもカップ麺なわけじゃ……」
「へぇ? でも指揮官サン、カゴの中に日用品まで入ってるじゃん! これ典型的、生活力皆無の人間のすることだよね? ティッシュとラップとか、絶対スーパーで買うべきだよ! 安いし!」
「ちょっ……漁らないでよ!!」
 無遠慮に覗き込まれて、とっさにカゴを体で隠す。素直に離れた北村君は、先ほどまで私が持っていたカップ麺を手に取って、まるで鑑定でもするかのように眺め始めた。
「指揮官サンって、家ではてんでダメそうだね。なんて言うんだっけ? そういうの……えーと、干物女?」
「…………」
「職場ではカッコイイキャリアウーマン! って感じだったけど、実際はただの結婚できない女みたいな?」
「北村君、あのね、そういう発言は今センシティブだから――」
「ねえねえ! このこと他の奴らに言いふらされたくなかったら、お菓子おごってよ!」
 無邪気に笑った彼は、カップ麺を棚に戻すと、返事も待たずにお菓子コーナーへと走って行った。すっかり彼のペースだ。無視して会計に進むこともできたけれど、腕時計が示す時間を見たら、それも憚られた。
 早く帰って、残りの仕事しなくちゃいけないのに……。
「ねえねえ! これとこれ、どっちがいいと思う?」
 重たい足取りで後から向かうと、子供のようにしゃがみこんでいた北村君が振り返る。早く解放されたくて、適当に右手のお菓子を指さしたら、また笑顔になった。
「リンゴ味の方? 指揮官サン、リンゴ好きなの?」
「まあ、好きだけど」
「リンゴの皮も剥けなさそうなのにね!」
「剥けるよ!」
 ピーラーを使えば……という言葉は飲み込んだ。「ホントにぃ?」なんて疑念の言葉を黙殺して、彼の手からお菓子を取り上げる。そのまま自分のカゴへ放ると、一直線にレジへと向かった。
 
 *
 
「指揮官サン、結局カップ麺買ってたね」
 自動ドアを抜けたところで、北村君がクツクツ笑った。
「うるさいなあ、こんな時間に帰って料理なんかしてらんないよ。悪い?」
「うわっ、開き直った。意外にクズだね〜」
 袋からお菓子を出すと、乱暴に押し付ける。
「ほらっ、家はどっち? 送る!」
「えぇ? 指揮官サンって大変だね……こんなゴミの面倒、そこまでみなきゃいけないの?」
「いいから、そう思うならすぐ答える!」
「えーっと、あっち!」
「私とおんなじ方向じゃん……」
「指揮官サン、ひょっとしてご近所サン? ボクごときが同じ地域に住んでて悪いなあ……。引っ越そうか?」
「はいはい、しょーもないこと言わないでさっさと帰るよ」
「あ、荷物持ってあげる! 日用品、たーくさん買ったから重たいでしょ?」
「……お気遣いありがとう」
 素直に袋を手渡したら、普通に受け取ってくれた。北村君は、理解しがたい言動をとり、なかなかに捻くれた精神をもっているけれど、それなりに優しい選択ができる子だ……と思う。
 
 *
 
 私の家の前に差し掛かったところで、北村君の足が止まる。
「どうしたの?」
「ここでいいよ。はい、返すね」
 コンビニ袋を押し返されて、反射で受け取った。腕の中に戻ってきた重みに、少しだけ怯む。
 まさか、この辺りに住んでいるのだろうか。本当にご近所さんだったら、今後、休日すら身構える必要がありそうだ。警戒心をむき出しに周囲を見渡していると、突然、北村君が元来た道を戻り始めた。
「ちょっと、どこ行くの?」
「ボクの家、反対方向なんだよね! コンビニ曲がって左〜」
「えっ……!?」
「いくらボクが底辺で、いくら相手が女性の底辺でも、家までは送るよ。夜道は危ないんだぜー」
 呆ける私を置いて、彼はどんどん進む。開いた距離に気づいて、ようやく我に返った。名前を叫ぼうとして、周囲の静けさにためらった。あっという間に角へ差し掛かった北村君が、最後にこちらを振り返る。
「野菜ぐらいとったほうがいいよ。……干物女さん」
 ぴんと伸びた指が、コンビニ袋を指す。ふと、自分の手元へ意識を向けた途端、最初よりも重たいことが気になった。ハッとして顔をあげると、既に彼の姿はなかった。私は素早く袋を抱え、中身を確認する。
 自分の買った、カップ麺や日用品とは別に、ビニル袋があった。コンビニ袋の中に、コンビニ袋が入っているのだ。全く身に覚えがなく、かき分けるように開いたら、サラダと割り箸が入っていた。
 いつの間に入れたんだ? そもそも、どうやって気づかれずに買ったの? あげたお菓子より高いじゃん。一体、何考えてるの。ていうか、なんで私の家知ってるんだ?
 ぐるぐるぐるぐる、頭の中が渦を巻く。今すぐ追いかけ、捕まえて問い詰めたら、疑問の全てが解決するだろうか。一瞬だけ、そんな思いがよぎったけれど、走り出す元気もなかった。
 ――とにかく、家に帰ろう。早く靴とストッキングを脱いで、化粧を落としてしまいたい。そして、スキンケアしたら……カップ麺の前に、サラダ、食べようかな。




End

190618