一撃男 | ナノ


▼ 嘘をつくときは守るときだけ

急にサイタマさんがうちにきました

何事だろうと思ってさりげなく声をかけたり反応を待っても、サイタマさんの返事は「いや、なんとなく」としか返ってこない



でも、どう見ても彼は気持ちが沈んでいる


もしかして、本当に試験を落ちたのだろうかと心配で、今は私の布団の上でゴロゴロしてる彼を見つめる



「あの、サイタマさん」

「ん」

「ケーキ、食べる気にはなれませんか?」



お祝いにと思って持って帰ってきたケーキを机に並べると「食べる」と言い
こっちに座り込んできました

どうしたのでしょうか、でもこの状態を放置するのはよくないと思えた


喧嘩だって、謝るのを遅らせれば気まずくなって後々になってしまうのだから


「ジェノスくんと喧嘩したんですか」

「してない」

「試験落ちたんですか」

「おまっ…ストレート過ぎるぞ、あと落ちてない」

「じゃあ、何が問題なんですか」


ケーキを黙々と食べながら、彼を返事を待っていると彼は浮かない顔で呟いた


「なんかさ、違うんだよな」

「何がですか」

「俺のなりたかったヒーローと」


よくわからないでいると、彼はひとりごとのように話し始めた

試験に受かっても、正式なヒーローだというお墨付きをもらっても
C級だからってわけでもない、ただただ…何かが違う気がする

本当に俺は、こういうヒーローになりたかったのだろうかと不安定に心が揺れているように私には見えてしまいました




私は、今日初めて店長に協会について教えてもらったから

ヒーローに関しては、正直サイタマさん以下の知識量だと思うし

何にも手助けできない



彼はきっと真剣に悩んでいる










「知りませんよ」










彼の本気の言葉に、私も本気で返すしかないと思えた

もしこれで嫌われても、私は傷つくけど、自分の気持ちに嘘をついてまで

彼に答えるのは、どうしてか気が引けた



「ただ、私はサイタマさんが受かってよかったって思ってます」

「…」

「これでやっと就職できたわけですし、ヒーローはよくわかりませんが」



それでもわかることはある、趣味が仕事にかわる、それは嬉しいことだけど

きっと同時に、素直に喜べない日もくるんだろう



この世界にくる前の世界で、ふと手に取った雑誌で読んだことがあった、とある有名な漫画家さんのお話を思い出す

漫画かさんは大好きな絵を仕事にできた

けど、それと同時に読者確保のため描きたくない絵も描かなくてはいけなくて

自分の思い描いたものと違うものに直面することはよくあるのだと



それは、大好きなぶんつらいこと



でも、信じ切れるサイタマさんなら大丈夫な気がしてきます


「嫌なら辞めちゃえばいいんですよ」

「は」

「辞めて今まで通りに活動すればいいじゃないですか」

「…そんなんでいいのかよ」

「いいんです、サイタマさんが受かったのはサイタマさんの実力だから」


それはきっと本物、実力あるならフリーでやっても十分だと思う、こんなことで悩むサイタマさんはらしくないなぁと感じた

彼の隣人としての付き合いは短くはない、だから彼の気持ちを大事にしたい



「仕事は就くのと続けるのが大変だけど、辞めようと思えばいつでも」

「なにいっ」

「私はサイタマさんを信じて、今日進められたこの一歩を一緒に喜びたい」





いつもの間にか食べ終わってたお祝いケーキ


なんだそれ、とまだぶつくさ言ってるみたいだったけど

顔を少し覗くとサイタマさんは、いつも通りに戻ってきた気がした




「ありがとな七面鳥の蒸し焼き娘」

「いつでも頼ってください、サイタマさんだけの隣人を」

「…」

「なんですか、黙らないでください…ちょっと恥ずかしい」

「まーあれだな、七面鳥の蒸し焼き娘が俺の隣人でよかったよ」



せっかくの就職ということで、サイタマさんも前向きにとらえることにして


「ジェノスくんがS級かぁ、なんだかファンクラブできそうですね」

「…俺もできる、と思う」

「…」

「なんか言えよ」

「ノーコメントだから、話題変えてよ」



私たちは、またいつも通りの他愛もない会話をし

いつも通りに「じゃあ、またな」とサイタマさんを見送って帰る彼の背中

見えなくなるまで見守り

いつも通りなのに、どこか暖かい気持ちになれた



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