ためいきはCO2


「なんか最近大人しいよね。何か悩みでもあるの?」
「えー…、そんなことないよ。多分、幸村の気のせい。」
「へぇ…なまえは俺の目がごまかせると思ってるんだ?…あとそれ。行儀悪いからやめなよ」

そう言われて自分の手元を見ると、何度もフォークで刺すだけ刺して口に運ばれなかったシフォンケーキが無惨な姿になっていた。
なんだか私みたいだな、とかわいそうなシフォンケーキを見て思った。
告白する前から失恋してる、私みたい。

好きになった瞬間から私の失恋は決まっていた。
他に男なんていっぱいいるのにどうしてよりによって幸村なんだろう。
長いこと友達として普通に過ごしてきたのに、なんで幸村から彼女ができたと聞いた時に、自分の気持ちに気付いてしまったんだろう。
気付かないままだったら、こんな気持ちにならなくて済んだのに。

そもそも休日だというのに、どうして幸村は私とこうしてカフェでお茶なんかしているんだろう。
本来、彼女がいるんだったらその彼女とこうしているべきなんじゃないだろうか。
たしか最近付き合い始めた彼女は違う学校の子だと言っていたはずだ。
違う学校に通っているなら、休みの日にデートをしなくていつ会うんだろう。
付き合いたてなら、尚更会いたい時期のはずなのに、いつもと同じように幸村は私と休日を過ごしている。

「あのさ、幸村は…なんで私といるの?」
「なんでってどういう意味?」
「だから…この前彼女ができたって言ってたから。なんで私といるのかなって。彼女が知ったらいい気はしないだろうし…いくら友達、でも。」

ティーカップに口をつけかけた幸村の動きが一瞬止まって、そのままそれをソーサーの上に戻した。

「なまえがそう言うなら、こうやって会ったりするのやめようかな。彼女を悲しませたくないしね」

その言葉に、喉が締め付けられてるみたいに息苦しくなった。
そうだよ、やっぱり彼女のこと一番に考えてあげなきゃ。
そう言いたいのに、締め付けられた喉からは声が出てこない。
視界が滲んで鼻の奥がつんとしてきた。
泣いてどうするんだ、私。
気持ちがバレてしまったら、友達ですらいられなくなるかもしれないのに。

俯きながら必死に口唇を噛み締めて涙を堪えていると、ふいに幸村の指が私の頬を撫でた。


「なまえ、泣かないで。」
「やだなぁ。なんで私が泣くの。」

きっと鋭い幸村は私の気持ちに気付いてしまった。
それでもこうやって優しくするんだから、もう堪えることはできなくなってしまって、涙が次々に零れていく。
いっそ冷たくしてくれたらいいのに、流れた端から涙を拭ってくれて、頭まで撫でてくれる。
それが嬉しくて、余計に辛くなる。

「…なまえ、ごめんね」
「……分かってるから、追い討ちかけないで」
「そうじゃないんだ。…本当はね。俺、彼女なんてできてないから」

ふふ、と笑いながら幸村はもう一度、ごめんね。と言った。
何を言ってるのかがよく分からなくて、一瞬で涙がぴたりと止まってしまった。

「は…、…どういう…こと?」
「泣かせちゃったから俺も悪いとは思ってるけど。でもなまえはいつまでも俺のこと友達扱いだし。ちょっとふっかけてみたんだよ。結果的にはいい効果だっただろ?」

あまりにも悪びれない物の言い方に呆れて何も言えなくなってしまった。
幸村がこういう男だって分かってたのに。
存在しない彼女にひとりでもやもやして泣いてしまったかと思うと、悔しいやら情けないやら恥ずかしいやらで。

「あぁ…もうなんか…やだ…」
「へぇ。やなんだ?」
「……やじゃないのが、やだ。」

そう言ったらまたくすくすと幸村は笑う。
きっと幸村といたらこういうことの連続で。
もっと振り回されたり意地悪されたりするんだろうか。
それでも一緒にいたいと思ってしまう私は。
なんか色んな感情が駆け足で押し寄せてきて頭の中がごちゃごちゃだ。

「ね。なまえ」
「…なに?」
「俺はなまえが好きだよ。……なまえは?聞かせて。」

やっぱり上手だ、幸村は。
私の気持ちなんて知ってるくせに。本当は聞かなくても分かってるくせに。
なんでこういう時だけそんな縋るみたいな顔するの。
今更改めて口に出すのも恥ずかしいけど、その表情が聞かせてほしいって私に訴えかけてくる。
いつもなら、早くしなよ。なんて言葉が出てきてもおかしくない頃なのに、幸村は私から出てくる言葉をじっと待っていてくれている。

「幸村が……すき、なの。」

ようやく声を振り絞ってそう言ったら、今までで一番優しい表情で幸村が微笑むから、なんだかまた泣きそうになってしまった。
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